続々アラカンの修羅場のおまけの続き

 近所の内科診療所から無事降圧剤をゲットできたのですが、高血圧と言えば血圧を測定しての管理は必要です。内科医からも、

    家に血圧計はないんか
 ええ、家にはありません。さすがに仕事場にはありますが、小児科ですからあんまり使いませんし、恥ずかしながら、あの血圧計の使い方を知らないと言うか、自分で使った事がありません。そこでって話じゃありませんが、自分用の手軽な血圧計を買おうと決断しました。

 調べるとあれこれあったのですが、今どきの血圧計はスマホ連動して記録も付けてくれるようなので、手頃そうなものをネットで購入しました。ただし購入決断までの始動が遅くて、降圧剤内服開始してから1週間後になったのは御愛嬌です。さすがは今どきの機械で、血圧測定もスマホへのデータ送信もスムーズだったのですが、大問題が発覚。

    下がってへんやないか
 こりゃ、どうも頭がフラフラするのは高血圧が原因と見て良さそうです。さてどうするかです。素直に考えて血圧が高すぎるのですが、計測したのはまだたったの1回ですから、これだけで動くのはちょっと早い気もします。

 ワンポイント測定での再診であっても、このデータなら降圧剤の効果は不十分ぐらいは言えるとは思いますが、こういうものは、それなりの経過日数での変動を見て判断するはずです。降圧剤を始めて何日目なのか、その間の血圧の変動はどうかを見てこの先の治療戦略を考えると思うのです。

 この辺の知識が薄すぎるのがネックですが、せめて何日分かの血圧データが溜まるまで待つことにしました。化学療法剤の影響まで考慮すると、それが終わった後のデータもあった方が望ましいとは思いますが、化学療法剤の休薬期間は1週間です。

 化学療法中が2週間で、休薬期間が1週間のサイクルが今回も含めて7回残っています。さらに言えば、休薬期間だって化学療法剤の影響は残っているはずです。参考データは多いほど望ましいはずですが、待ち過ぎるのもどうかと言うところです。

 ですから5日分ぐらいデータがあれば、それなりの参考になると考えて、それぐらいのタイミングで受診しようと思っています。ただそうなると予習が必要になります。これが同業者相手の辛いところで、前回の受診の時にも、

    なにが欲しいんや

 気持ちはわかりますが、小児科医ですし、内科も諸般の事情で半年ぐらいやってはいますが、いかんせん古すぎる知識です。初診の時はARBを希望したのですが、咳のリスクを重く見られたようで、ACE阻害薬になっています。それに文句などないのですが、またぞろ、

    なにが欲しいんや
 これをやられると正直なところ困ります。悪意はないのは十分承知していますが困ります。ググった程度ですが、ACE阻害薬で十分な効果が得られない時は増量の選択もありますが、能書きでは今の投与量はマックスみたいです。

 そういう時にはARBへの変更か二剤併用のようです。初診の時に60日もゲットしてしまったのもありますし、ARBへの変更でも単剤では効果が薄そうな気がしないでもありません。そうなれば二剤併用になってくるのですが、二剤目の組み合わせもあれこれあるようです。

 病状に応じての部分のはずですが、今のところ癌治療中ぐらいで他にはデータ上は問題ありません。ざっとググった程度ですが、とりあえずCa拮抗剤ぐらいがポピュラーそうなので、もし聞かれたらそうしましょう。他を勧められたら従います。だって、今の降圧剤事情なんてわからないのですから。

 でも診てくれている内科医には同情します。同業者がどれだけやりにくいかは、こっちだって良く知っています。同業者だって患者に違いはないのですが、どうしても、その辺はあるのは良くわかります。次でコントロールが付きますように。

続々アラカンの修羅場のおまけ

 救急外来からそのまま入院になったのですが、入院患者となればバイタルチェックが行われます。そこで発覚したのが高血圧。それも相当な物として良いものです。定番の、

    普段の血圧は?
 職業柄不養生でまったく計っていません。結構な高血圧なのですが、その扱いが今の大病院なんだろなの経験をさせてもらいました。治療を担当したのは1回目の入院が外科と消化器内科、2回目の入院は外科と手術の時の麻酔科になります。

 血圧は朝夕ぐらいでチェックしていたので、そのデータは把握しているはずですが、高血圧に伴う自覚症状が乏しいだけですべて突っ走られました。そう高血圧治療はほとんどノータッチです。この辺は私も良くないところがあって、手術からケモまでの間は術後の回復しか考えず、1クール目のケモに突入していったぐらいです。

 1クール目は年末年始の休みだったのですが、年明けにさすがに高血圧の治療はしておいた方が良いとやっと決心した次第です。自覚症状も出て来たのはあります。なんとか診察時間が微妙にずれている近所の内科を受診したのですが、

    そこの病院の医者はなんもせんかったんか!
 はいそうです。理由として考えられるのは循環器科が診療に参加していなかったで良さそうです。そこから考えると診療科同士の連携も綿密とはお世辞に言えないところがあります。ここも断っておきますが、それぞれの診療科の医師は真摯に対応してくれています。

 ですが横の連絡、たとえば採血データの共有も怪しそうなところがあります。それを言えば画像データもどうなんだろうかの部分はあります。現時点で言えば手術した外科と、ケモを担当する腫瘍科も微妙に連絡の悪そうなところがあります。

 端的には予定通りに進めば3クール目がありますが、その5日後に外科フォローがあります。この外科フォローは採血データの確認と聞いていますが、採血なら化学療法前に行っています。検査の評価の時期が近すぎると素直に思います。

 大病院になるほど診療科同士の壁が高くなるの話は聞いていましたが、なるほどこんな感じなんだと実感した次第です。そこに高血圧が混じり込んでも、誰も積極的に手を出さなかったぐらいでしょうか。まあ、高血圧なんて診療所案件で、わざわざ自院の循環器科にコンサルタントなどしないぐらいの理解でも良さそうです。

 とくに入院中は、とにもかくにもDPCの縛りがあるのも大きいかもしれません。前にも書きましたが、悪性腸閉塞で発見され、現在は腸閉塞をステントで解除してから4週間後に手術するのは納得しました。でもって退院してから、胃カメラ、大腸ファイバー、造影CT、ちょっと別件で肝胆膵EUSを行っています。

 入院は1週間あったのですから、患者サイドとして入院中に出来るだけ済ませて欲しかったのは本音です。入院も後半は暇を持て余していましたからね。やらなかった主な理由はDPCです。それで納得してしまうぐらいの知識はありましたが、検査のために通うのは二度手間って言葉がどうしても浮かんでしまいました。

 今どきなら常識であるとの話は断片的に聞いてはいましたが、自分が実際に経験するとなんだかなぁと思ってしまうのは仕方がないですよね。

続々アラカンの修羅場

 手術で原発巣は摘除出来てリンハ゜節転移も見つからず、術前のStage 3B予測からStage 2Aになってくれて正直なところホッとしました。あれが逆だったら嫌だったろうな。ただこのStage 2Aですがオマケが付いていました。それは、

    high risk group
 名称を聞くだけで薄気味悪そうなオマケです。いくら医者でも専門外の知識となると古くて手薄も良いところなので、ググる程度ですがどんな代物か調べてみました。これぐらいだったら、どこかで手軽に解説しているだろうぐらいです。

 ところがギッチョン、どうにも記述が曖昧だったのです。high risk groupとする定義や、Stage 2であっても術後化学療法を必要とするぐらいは書いてあっても、患者にしたら欲しい5年生存率とかが出てこないのです。なんとかわかったのは、術後化学療法はStage 3と同じ扱いぐらいです。

 それだけわかれば術後化学療法が必要ぐらいには十分と言えば十分ですから、サバイバルのためのケモに入りました。行われたのはエルブラッドとゼローダを使うXelox療法です。これも標準として広く用いられるレジメです。

 ケモには副作用はセットみたいなものですから、それなりの心構えで臨みました。こんなものはこの身で体験しないとわからないものですが、エルブラッドの末梢神経障害は「うゎ」てな感じでした。それでも滑り出しは想定内の副作用が出てる程度だったとして良いでしょう。

 想定外だったのは倦怠感じゃなく強烈な疲労でした。倦怠感や疲労も出る事はあると主な副作用には出ていましたが、おそらく出現頻度として低いためか、どれだけググっても体験談とか、対処法みたいなものが見つかりませんでした。

 とは言うものの強烈過ぎる疲労で、それこそ文字を読むどころか、映像さえ見るのが苦痛です。どれだけ休んでも回復せず、着替えとトイレぐらいしか出来ない状態に陥ってしまいました。最終的には強烈な下痢や、悪心から食物をまったく摂取出来ない状態になり、ケモを断念せざるを得なくなってしまったのです。

 これは深刻な決断を考えざるを得なくなってしまったと言うことです。副作用の主役はケモの経過日数からゼローダでしょう。ところがキードラッグは5FUのプロドラッグであるゼローダで、エルブラッドだけでは効果は期待できないとなっています。

 なんてこった状態です。こりゃ、ケモをあきらめる最終決断さえ思い浮かんできます。そうなると頭に巡って来るのは、ここでケモを中止した時のhigh risk groupの再発リスクです。これがどうにもはっきりしません。私がググって調べた印象ではStage 2でありながら、限りなくStage 3に近い感触です。

 2クール目の前に腫瘍科医と相談です。腫瘍科医も疲労の原因となったのはゼローダであろうとしていました。またあの時点でケモを中止にした判断は間違ってないともしてくれました。まあ、あれ以上継続するとなると入院治療が必要ですからね。

 相談はこのクールの結果を受けてどうするかです。まずですがhigh risk groupについて簡潔な説明をしてくれました。私の場合、脈管への浸潤もあったのですが、ポイントは既に血液中に癌細胞がばら撒かれている可能性が残るのがhigh risk groupとしました。

 当たり前の話と言えばそれまでですが、妙に納得したものです。具体的な数値の説明を避けたのは、どうもエビデンスに足るほどのデータがまだそろっていない印象を受けました。突っ込んで聞かなかった私が悪いのですけどね。

 興味深かったのは血液に播種されているかどうかの検査法の開発も行われてるそうです、これが完成すれば、high risk groupでケモが必要かどうかの判断が出来るそうです。ただし、

    10年ぐらいしたら実用化されるかも・・・
 ギャフンです。もっともそんな検査があればやってますものね。とりあえず私のケースには間に合わないのは理解して、これからどうするかです。腫瘍科医の判断として、やはりケモは続けたいし、ゼローダは必要です。それは私もわかっていますが具体的にどうするかです。

 示されたのは現実的な対応です。副作用の主役はゼローダですが、同時にキードラッグでもあるのです。これは最終的な選択として、エルブラッドの副作用が強すぎる場合、ゼローダ単独投与もあるぐらいです。さらに副作用が強すぎる時には減量もあります。

 それに1クール目の副作用の強さを勘案して、次のクールはゼローダ単独とし減量して投与し、エルブラッドの投与もやめておく提案でした。その次のクールは今回の結果を踏まえて考えようぐらいです。

 こういう判断になるのはこれが外来化学療法であるのもエッセンスとしてありそうです。それなりに副作用が出るとしても日常生活が送れ、仕事も大きな支障を来たさない必要があるぐらいでしょうか。

 前回の副作用の主役はゼローダの可能性は高いですが、エルブラッドも併用している訳であり、この二つの化学療法剤の相互作用が副作用の増悪にどれほど影響を及ぼしているか未知数の部分はどうしたって残ります。今回も二剤投与をすれば、前回の悪夢の再来の可能性は誰にも否定できません。そこで副作用がどれほど出現するかわかりやすいゼローダ単独の減量投与にしたぐらいです。


 ここでなのですが、薬剤は量が多いほど効果が強くなるものです。もちろん多すぎると副作用が出て来ます。ただ化学療法剤の相手は腫瘍ですから、可能な限り多くの化学療法剤を投与します。ゼローダなら体表面積から算出されますが、それでも強い副作用は出る時は出ます。

 だから減量投与なのですが、これが有効量かどうかは神のみぞ知る世界になります。副作用ゾーンと有効域は近い時もありますが、被っている時もあります。被っている場合は有効域より下がっている可能性も十分にあると言うことです。こればっかりは個人差ですからね。

 今回は検査上は腫瘍がなくなってくれていますから、有効に作用してくれているか、そうでないかの判定なんて調べようがないぐらいです。それを言いだしたら標準量であって副作用が強くない人の場合は、実は有効域を下回っているケースだってあるはずです。

 あれこれ考えたところで、出来る範囲の事しか出来ないのが化学療法です。辛いのは自分の生死に直結するところですね。寿命と言うものは、元気な時に考えるのと、こうやって死の可能性に直面した時とでは違うと言う、ごくごく当たり前の事を実感している次第です。

1.17 あれからもう28年か・・・

 小説連載の関係もあって、もう1.17は触れない気もありました。地元紙は前日ぐらいから社会面は1.17で埋め尽くされる勢いなのは例年通りですが、ひょいと目に付いたのは語り部を受け継ぐです。減ってるだろうなは、素直にそう感じます。

 私だってアラカンになってしまいしたし、あの頃に大変な目に遭っていたはずの70歳なら、生きていれば98歳です。逆に30歳以下になれば、神戸生まれで神戸で育っていても記憶にすらありません。成人した二人の娘がそうですからね。

 30歳代の半ばぐらいから上なら記憶に残っているはずですが、神戸を生きるために離れた人も多く、40歳なら知っているかと思っても、震災後に神戸に移り住んだ人も少なくありません。これは後から見つけたので書き足しておきますが、震災後19年で8割が転居しているのデータを見つけました。

 転居は市内もあるでしょうが、市外だって少なくないはずです。どちらかだったまで当時も追及してませんが、あれからでも10年ぐらい経ってますから、推して知るべしぐらいは言わせて頂いても良いぐらいに考えています。

 それでもって言えるぐらいの人はまだいますが、他人のことは言えませんが、経験が深刻過ぎて口にしたくない人もいれば、逆に軽すぎて、この程度の経験を口にするのは控えてしまう人もいるはずです。私は後者です。

 それと震災経験者と言えども、知っているのはその目で見、その身で体験した事だけです。それが貴重だの意見もありますが、どうしたって同じ話の繰り返しになります。それが28年となれば、もうエッカみたいな気持ちもあるのじゃないかと思ったりします。

 語り部的な役割は震災の悲惨さを語り継ぐのも一面ですが、震災経験を後に活かして欲しいもあると思っています。そういう点では、かなり活かされてると思っています。阪神の後にも震災は起こっていますが、阪神の経験は確実に活かされています。

 それでもまだの意見はあると思っていますが、端的には自衛隊の出動の迅速化です。迅速化だけではなく、被災地救助に自衛隊が出動するのは当然ぐらいになったとは思っています。東日本大震災では、自衛隊だけでなく米軍も参加したトモダチ作戦が展開されています。

 阪神大震災の頃には、まだいかなる状況であっても自衛隊の出動には反対であるとする勢力が強かったのです。まああの時に不運だったのは首相が社会党だったのもあると思ってるぐらいです。ですから米軍なんて夢物語だったなんて、もう信じられない人も多いかもしれません。阪神の時に米軍まで必要だったかはさておき、それが28年の成果の気が個人的にはしています。

 復興予算もそうみたいで、復興計画には16兆3000億円が投じられたとなっていますが、その半分が県や自治体の負担になっています。復興予算を調達するために地方債が発行されてますが、28年経っても5826億円残っているそうです。

 これも阪神の教訓で、以後の震災では国の負担割合が大きくなって行ったそうですが、遡及措置で救済はしてくれないだろうな。そういう面でも利権に絡みついて、税金をチューチューするところへの怒りは被災者として大きいのかもしれません。 

ナニカみたいな騒動:利権の棲み分け仮説

 この騒動でマスコミの動きが鈍いの声はありましたが、議員の動きも鈍い気がします。これもマスコミが注目しない事案で動いたところでアピール効果が薄いぐらいで説明も可能ですが、話は公金の使用問題ですから、もうちょっと反応があっても良さそうな気がします。

 ある有識者がマスコミが動きが鈍い理由として、与党マターでなく野党マターだからとしたのを先日紹介しました。これはマスコミだけなら説明になりますが、野党マターなら与党が攻撃に使える材料じゃないかの素朴な疑問が出て来ます。

 ですが与野党とも腫れ物に触るようにこの騒動を取り扱っている印象を強く受けます。この辺は、もう少し確たる根拠、たとえば監査の結果を待っているとも考えられますが、週刊誌ネタでも国会で追及の材料にされている事もありますから、どうなんだろうと言うところです。

 そこで思い付いた仮説です。今回であれば男女共同参画事業から赤い羽根共同募金まで飛び火していますが、よくよく考えなくとも、この二つだけにしか起こっていないと考える方が能天気です。もっと広い範囲でも掘り起こせば出て来るとする方が妥当です。

 そうなると下手に攻撃材料にすれば逆襲されて暴露合戦の泥沼になる懸念があるから、積極的に手を出さないぐらいの見方が出てきます。つまりって程じゃありませんが、与野党とも事業利権を抱えており、それもこれはそうなっているとしか考えようがありませんが、棲み分けしている可能性が出てきます。そうですね、

    よそのシマには手は出さないのが議員道
 これまでも公金の不正会計疑惑はありましたが、あれだってもしかして、それは議員道に外れる行為であるとか、追及しても「ここまで」みたいな議員道としての紳士淑女ルールに則ってのものだった可能性すら考えてしまいます。

 こんなもの陰謀論も良いところですが、それでも利権の広がりは騒動になっている男女共同参画事業や赤い羽根共同募金にしか起こっていないと考えるのは。無理があり過ぎる気がします。