女神の休日:ラスボス

 そこからはミサキは夜叉になった。クリスチャンに夜叉はおかしいけど、他に適当なのが思いつかいから、それでイイことにする。服と靴が見つかったのはラッキー。なけりゃ裸足に浴衣で戦わなきゃいけなかったし。第四の門からの戦いは、もう問答無用のものになった。門に着けば、

    「エレギオンの三座の女神が成敗に参った。覚悟しろ」
 のっけからこの調子で、当たるを幸い薙ぎ倒し、相手が何を話して来ようが一切無視して泡にするのに専念した。第五・第六と門を突破していったんだけど、とにかく変なのが多いというか、変質者ばっかりにしか見えない。

 七つ目の門を突破し洞窟を潜り抜けると見えてきたのが、イヤ~な雰囲気がプンプン漂う建物。あれが冥界の宮殿で良さそう、つまりは最終目的地。とにかく着かないと始まらないから近づいて行ったら、やっぱり出てきた、これが半端じゃなく強そう。

 手下も五十人ばかりいるんだけど、たぶんラス前のナンバー・ツーぐらいじゃないかと思う。ミサキの方も七つの門で、そこにいた冥界の神を根こそぎって感じで泡にしてきたから、さすがに肩で息してる。

 広場の真ん中で取り囲まれて、ワッて言う感じで一斉に襲ってきやがった。ミサキが疲れてる分を差し引いても、この連中はかなり強い。第三の門のガチレズ・レイプ集団の時みたいに一斉に泡になってくれないの。それなりに組みあって、

    「死にやがれ」

 これぐらいの気合をかけないと泡になってくれいのよ。それでも一人だったらイイのだけど相手は集団。ミサキが一人と組み合ってる間に、まとわりついて来やがるんだ。そいつらはミサキを押し倒そうとしているだけじゃなく、服も引きちぎろうとするんだよ。倒されたらまずいから踏ん張ってたんだけど、

    「ありゃ」

 ついに倒されて馬乗り状態に。もうミサキは必死。馬乗りにされるのは屈辱だけど、乗ってくれれば組みやすいから、

    「クタバレ」

 それでも次から次に乗ってくるし、手や足は抑えにかかられるから、なにがなにやらわからない状態がしばらく続き、ふと気が付くと最後の準ボスみたいなのが一人。気力を振り絞って、

    「クタバリやがれ」

 宮殿前広場の乱闘でミサキは、体は冥界の神が溶けた泡でずぶ濡れ、髪なんて振り乱してるどころじゃなかった。服の方は結局のところイナンナ状態。冥界の神の戦い方も変質的で、掟か何か知らないけど、執拗なぐらいミサキの服を狙うのよね。それこそところ構わず服をつかんで、

    『ビリッ』
 それが一人や二人じゃなくここまで何百人だから、もう半裸を越えて、なんとか服の残骸が体に辛うじて残ってる状態。靴だって脱がされて行方不明状態になってる。化物相手だから見られても辛うじて我慢できるけど、こんな状態は誰にも話せるもんじゃんないわ。


 それでもここまで来た。最後はあの宮殿だけ。扉を開けて入ったところはホールみたいだけど。いたのは椅子に座ってるのが一人だけ、こいつこそラスボスのナルメルのはず。

    「お前がナルメルか」

 男も当然のように神。陰険そうな笑いを浮かべながら、

    「ここまで来るとはな」
    「来たものはしょうがないでしょ。でナルメルなの」
    「ここに来るまでに仕上がってると思っていたが、これほどとはな」

 仕上がるってなんなのよ。

    「でもそこまでだ」
    「どういうこと」
    「ここは冥界だ、地上世界とは違う。生きた神はここで過ごすだけで変わる」

 薄ら笑いを浮かべながら、

    「エレギオンの三座の女神とか名乗ってたようだが、冥界は過ごすだけで軛が掛けられる」
    「それってエレシュキガルの軛」
    「良く知ってるな。一度かかると二度と外せない。お前は二度と冥界から出ることはない」
    「でも、出ていった神がいたぞ。お前もそうではないのか」

 男は高笑いし、

    「今の冥界の支配者はオレだ。オレは冥界の神を外に連れ出すことが可能だ」

 なるほど、その力で冥界の神を支配したってことか、

    「その代りオレの下僕だ。忠実な下僕だ。お前も下僕になるしか他に道は無い」
    「お前を倒せば」
    「お前は冥界の支配者になるかもしれんが、二度と冥界から出ることはない」
    「えっ」
    「お前は地上に帰りたくないのか。旦那や娘、息子たちに会いたくないのか。冥界でそれが出来るのはオレだけだ」

 マルコ、サラ、ケイ、会いたい。そしたら追い討ちのような言葉が襲ってきた。

    「お前は騙されてるのだ。エレギオンHDの社長も副社長も、オレを封じたいだけだ。オレを倒し封じれば目的は達成できるからな」
    「社長も、副社長もそんな人ではない」
    「どうかな。ではなぜ、自分たちで来ない、なぜお前だけを送り込んで地上に留まっておる」

 そ、それはなぜだろう。

    「エレシュキガルの復活の秘術は二つ。一つはイナンナにドゥムジが行ったもの。だがそれをやるには身代わりがいる。社長や副社長が身代りになると思っているのか」

 やってくれると言いたいけど、死者復活の秘術も知らないって言ってたっけ、

    「もう一つはエンキドゥに対して行われたもの。ただあれでは完全な復活は出来ない。そもそも、あの秘術は既に失われている」

 それも聞いてる。

    「地上界に帰りたければ、オレに跪き、下僕になるしかない」

 エレシュキガルの軛は

    『すべてを見つけ、
    すべてを捕え、
    すべてを冥界に繋ぎとめる』

 その力は社長や副社長の力さえ遠く及ばないとしてた。ミサキは帰れないの。ミサキはエレシュキガルの軛に捕らわれたまま、ずっと冥界で過ごさないといけないの。この男の言葉を言い返せない。

    「それとお前がオレの下僕になれば、同盟の代表にしてやろう」
    「アレクサンドラは誰だったの」
    「ニンフルサグだ。あれだけの神でさえ、地上に出るためにオレに跪いた」
    「ギルマンを殺したのは」
    「エンキドゥだ」
 ミサキはどうしたら良いの。さっきから見てるのだけど、ラスボスだけあって、今までのと較べても段違いに強そう。そのうえ、第一の門からの乱闘続きで、正直なところヘロヘロ。こいつを泡にする自信がないのよね。

 それとだよ、こいつを倒したとしても、今度はずっと冥界のままかもしれない。冥界がどれほど辛い場所かは、ニンフルサグやエンキドゥでさえナルメルの下僕になってしまったことだけでも十分わかるもの。

    「何を迷っておる。お前に他の道は無いのだ」

 こんな世界で永遠に暮らすのはイヤだ。地上界に帰りたい。それにしても地上界の同盟代表にいきなりってのは、条件が良すぎる気がするけど、

    「下僕になるには?」
    「まず冥界の掟に従ってもらう」
    「靴は脱いでるぞ」
    「服も脱ぐのだ」
    「服ってこんだけだぞ」
    「それも脱げ」

 まあ、ほとんど裸みたいな状態だけど、

    「それでわたしは同盟の地上界の代表になれるのか」
    「それだけはなれない。お前が同盟の代表になるのはニンフルサグが果たしてきた役割も課せられる」
    「役割? それはなんだ」
    「簡単なことだ、オレの愛人になり、神聖娼婦となることだ」

 やはりこいつも冥界の神か。まったくどいつもこいつも、

    「さあ脱げ、そして跪け」

 屈辱極まりない条件だけど、冥界から出れるのはたしかに超が付く魅力的。こんな短期間しかいないミサキですらそう思うんだから、ニンフルサグが屈した気持ちがわかる気がする。

    「ニンフルサグは屈したのか」
    「ああ、それはもう懸命になってたよ。神聖娼婦だって精魂込めてやっていた」
    「神聖娼婦とはなんだ」
    「冥界での意味は、神々の娼婦となり、オレが欲しいもののために人の娼婦も勤める事だ」
    「それをニンフルサグが・・・」
    「大喜びだった」
 ナムメルはとにかく地上界に出れる方法を知ってる。さらにそれを知ってるのは冥界ではナムメルのみ。ここは一旦屈したフリをして、冥界から脱出する方法を探り当て、それからナムメルを葬り去るって選択もあるはず。

 でもそのためには、ナムメルの愛人になり神聖娼婦にならなければならない。そこまでの屈辱に耐え抜かないといけないなんて。でも、それを耐え抜かないとマルコにも、サラにも、ケイにも二度と会えない。そうなると選ぶ道は一つしかない。ミサキの心は決まったわ。

    「わかったわ」
    「それは良い分別だ」
    「イイもの見せてあげる」

 そういうと残骸のように最後まで腰のあたりにまとわりついていた服を脱ぎ捨てた。

    「素晴らしい、ニンフルサグさえしのぐ」
    「それはありがとう。これは、わたしの決心を示したもの」
    「良い心がけだ、では跪け」
    「これはわたしの心が揺らいでしまった事への自戒のしるし。あなたへの冥土の土産よ」
    「どういう意味だ」
    「わたしは冥界の女王になるわ」
    「待て、考え直せ、二度と冥界から出られなくなるのだぞ」
    「わたしはエレギオンの女神。エレギオンの女神は必要とあれば、いつでも命を差し出す。たかが冥界に留まる程度の事を怖れるはずもない」
 ここまで長々と問答に時間をかけていたのは、ナルメルの言葉に迷ったのもウソじゃないけど、乱れ切ってた息を整えるため。見えた瞬間に襲いかかっても勝機が薄そうに思ったから。

 それとナルメルにすべてを見せたのは、最後の戦いに気合を入れるため。それぐらい疲れてる。我ながら下策と思うけど、疲れ切った自分を鞭打つために羞恥を使ったの。ミサキの裸を見て良い男はマルコだけ、そのミサキの裸を見た男を許してなるものかの闘志を極限にまで燃え上がらせるために、あえてすべてを晒したの。

    「死ね、ナルメル」
    「待て、きっと後悔するぞ。二度と冥界から出られないんだぞ」
 自分をそこまで追い込んでがっちり組合い、最後の気力を振り絞った。ナルメルが燃えるのがはっきりわかった。紅蓮の炎の中でナルメルが燃え尽きるのが見えた。でもこれでミサキは冥界から出られない。やっちゃった。でも後悔しない。ミサキは誇り高き三座の女神、あんな奴の愛人になんかなってたまるか。

女神の休日:第三の門

 道はますます陰気になってくのだけど、ようやく三つ目の門が見えてきた。まだ三つ目だけど、冥界の門って、洞窟の広間みたいなところの次の洞窟の入口を塞ぐような作ってあるみたい、洞窟自体、えらい狭かったり、ちょっと広かったり、登ったり下りたりもあるんだけど、門があるところは天井も高くてかなり広い。

 狭苦しいところを抜けて来るから、広い分だけホッとする感じもあるけど、空気も臭いもさすがは冥界で胸糞悪いのよねぇ。でも三つ目の門はちょっと雰囲気が違う。門のデザインだって、今まで二つの門は人を脅すというか、どんなセンスでデザインしたか頭を疑いたくなる代物だったけど、ここのは赤と白が基調で瀟洒。ここには門番みたいなのがいなかったから、

    「わたしはエレギオンの三座の女神、ここを通らせよ」

 こう怒鳴ってみた。また乱闘騒ぎを覚悟してたのだけど、出てきたのはなんと女。それも冥界だと言うのにかなり華やかな格好してる。

    「これはこれはお美しい女神様。歓迎させて頂きます」

 なんだなんだ、この展開は。門内の建物も妙に華やかで、しかも純和風。冥界に来て初めて見たけど、庭もあって花なんか咲いてるのよ。

    「どうぞこちらへ」

 冥界に来てから初めて『清潔』って感じの気分になれた。そのまま案内されたのはなんとお風呂。どうしようかと思ったけど、勧められるのを断るのも悪そうだから入ることにした。浴室は広々してて、

    「温泉でございます」

 へぇ、冥界にも温泉が湧いてるんだ。つかって見ると気持ちイイ。変質者の冥界の神と戦うには、相手と触れなきゃいけないから、もう百五十人ぐらいに触られてることになるのよね。しっかり洗っとこうっと。そこに裸の女が入ってきて、

    「お手伝いさせて頂きます」
 えっ、えっ、どこぞの姫じゃないとは思ったんだけど。三人がかりでミサキを洗い出すのよ。ラクチンとは思ったけど、妙に丁寧。そんなところまでと思うところまで丹念に洗われちゃった。

 風呂からあがると華やかなデザインの浴衣が用意されてて、そこから大広間みたいなところに案内され、座らされたのはいわゆる上座。なにをするのかと思ったら、

    「歓迎の宴でございます」
 なんと大宴会。考えてみれば冥界に来てからなんにも飲んでなかったし、食べてなかったんのよね。それでも喉は乾かないし、お腹も減らなかったんだけど、出れば食べたくなるのが人のサガ。

 広間には結構な数が集まってるのだけど、なんと全部が女。変質者野郎に襲われるより百倍マシとはいえ、これだけ女ばかりってのも、かえって気味悪い気もしてた。理由を聞いてみると、

    「冥界は大変なところで、女はいつも襲われます」

 たしかにそんな感じだった。

    「ですから、わたしたちは一致団結して、この第三の門で自らを守っているのです」

 だから女ばかりってことか。

    「ここまで来られるのがいかに大変だったかはよくわかります。でもここは冥界でも別世界、ゆっくり御寛ぎ下さい」

 別世界なのは見たらわかる。匂いも空気もこれまでの二つの門とは大違い。冥界にもこんなところがあるんだと感心した。冥界の中の楽園とかオアシスって感じはわかるもの。そこから飲めや、歌えの大騒ぎになり、しこたま飲まされた。イイ気分になったところで、

    「御寝所に案内します」
 うわぁ、お布団が敷いてある。考えなくとも第一の門、第二の門であれだけ乱闘してるわけだから、疲れてるはず。まだ門は三つも残ってるんだから、休養のチャンスじゃない。人だって休養が必要だし、神の力だってあれだけ使ったらチャージ・タイムが必要のはず。ここは天の恵みと思ってゆっくり眠らせてもらおうと思ったのだけど、何か違和感が。

 そうなのよ、ここは冥界。こんな夢のような世界がある方がおかしいじゃない。それと女たちの視線も気になった。そりゃ、主客だし、余所者だから、見られるのは仕方がないけど、あれって同性を見てる気がしないのよ。

 浴室での丁寧すぎる洗い方も気になるし、浴室への案内、浴室から大広間、さらに寝室に案内される時も、ずっと手を取って離さなかったのよね。

 そこまで考えると、イヤな気がしてきた。第一の門、第二の門は変質者野郎の塊だったけど、この第三の門はひょっとしてレズボス地獄じゃないかって。冥界でもアレするどころか、地上界より剥きだし過ぎるのは良くわかったし、その対象にミサキがなってるのもわかってる。男がそうなら、女の変質者だってミサキを狙うんじゃないかって。

 それなら先手を打って泡にしちゃった方が戦術的に効果的なんだけど、今のところ推測だけだし、とりあえず歓待されてるし、女にそこまでするのはどうにもって考えていたら、

    『ドドドドッ』

 部屋の中に女たちがワンサカ乱入。さらに手慣れたもので、あっと思う間もなくミサキは女たちの下敷きになり身動きできなくなっちゃった。つうか、のしかかられて苦しい、

    「お美しい女神様。これから本当の歓迎をさせて頂きますわ。まずは冥界の掟を守って頂きます」

 えっ、冥界の掟って、綺麗な服のこと。それだったらアンタらも着てたじゃないかと思ったけど、女どもは白の寝巻姿。ちょっと待って、ちょっと待ってと言う間もなく、下着まで毟り取られて素っ裸に

    「なにするの、やめてよ」
    「さて、お美しい花を拝見させて頂きます」

 うわぁ、こいつら間違いなくレズだ。それも集団のガチレズだ。両足に手がかかって、

    『グイッ』

 そこは見ちゃダメ。いくら女同士だって見せるもんじゃない。見てイイのはマルコだけ、触っていいのもマルコだけ、愛してイイのもマルコだけ。もう必死なって抵抗したけど、とにかく相手は数いるから、

    「ダメ、見ちゃダメ」

 と叫んだところで誰も聞いてくれるはずもなく、惨めな姿をさらす羽目に、

    「なんとお美しい。では、これから満開の花を咲かせましょう」

 花を咲かせるって、やっぱり、そうされるの、それだけは許してと叫んだところでこれまた無駄なことで、ミサキに伸びてくる指、指、指、指。素っ裸にされた上にガッチリ抑え込まれてるから、相手はやり放題、

    「イヤァァァ」

 どこを触ってるのよ、ダメだって、そんなところを、だからミサキにそんな趣味は無いって。ミサキに出来るのは身悶えと悲鳴だけ、

    「おほほほ、声もお美しいこと」
    「やめて、お願い」

 こんなもの、女にされたって良くなんだから、男だってマルコ以外はダメって、気持ち悪いだけなんだから、アカン言うてるやんか、やめろって、

    「御遠慮なさらずに御堪能下さい」
    「ヤダァァァ」

 なんとか逃げようと体をよじろうとしても、ほとんど動かず、されるがまま。そうやってやられ続けているうちに、なにかおかしな感覚が、

    「ほらほら、良いお顔になってきてますよ。今夜はすべて拝見させて頂きます」

 そう言えばコトリ副社長もアラッタの女官時代にやられたって聞いたことがある。どんなに頑張っても、どんなに歯を食い縛ったって、どんなに嫌悪感を強くもったって、すべてが突き崩されて、すべてが晒されるだけ晒されるって。このままじゃ、ミサキもそうなっちゃうとか。ヤバイ、体がいう事を聞いてくれなくなって来てる。声が押さえきれない、

    「あっ、あっ」
    「イイ声になってきましたわ」

 なんてこと、こんな連中相手に、そうなっちゃうって言うの。なんとか抑え込まないと。そうだそうだ、これもコトリ副社長が言ってたけど、あまりに感じまいと思いすぎると、逆に集中して不本意に感じてしまうことがあるって言ってたっけ。こんな連中の慰み者にされてたまるものですか・・・でも抑えきれない。

    「いっ、あっ、うっ、うっ、あぁっ、あぁぁぁ」
    「ほら、もう満開です。もうすぐですよ」
 ミサキにもはっきりわかった。もう時間の問題。言葉さえ出せなくなってる。コトリ副社長がどうしようもなかったのが、よくわかる。この冥界のガチレズ集団は、下手すりゃ何千年もこればっかりやってる熟練者。女の弱点を知り尽くしてやがるのよ。

 このままじゃ、このままじゃ、ミサキは。ダメよ、そうなってはダメ、絶対ダメ。なにがあってもダメ。ダメと思っても、体が・・・もう限界、耐えられない。気を逸らしたくても、他の事を考えられない、来ちゃう、来ちゃう、ああどうしたら、

    「さぁ、盛大にお見せ下さい」

 なにが『盛大』よ、どうしてミサキがそんな目に遭わなきゃいけないの。その時にミサキの怒りに火が着いてくれた。相手が女だから、神の力を使うのは遠慮してたけど、これだって立派なレイプじゃない。それに女だけどしょせんは冥界の神、ミサキの敵よ。こんな奴らのオモチャされてなるものかって、

    「お前ら、地獄に落ちやがれ」

 完全にミサキは怒ってた。プルプル震えるぐらい怒ってた。ここは誤解したいでね、プルプルしてたのは怒りだからね。我慢しすぎてプルプルしてた分もあるのは否定しないけど。そしたら部屋の中だけでなく、この屋敷中の女が泡となった。思い知ったか、

    「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
 危なかった。もう三分、いや一分でも遅れてたら間に合わなかったかもしれない。それぐらいの目一杯状態。それでも、なんとかギリギリだけどセーフ。もし間に合わなかったらと思ったらゾッとする。そうなってしまってたら、あそこの館の女がすべて満足するまで餌食にされてた。

 あのねぇ、ミサキの体はマルコだけのもの、ミサキが果てるのはマルコの時だけ、その姿を見てもイイのはマルコだけ、その姿を喜んでイイのもマルコだけなの。それをここまで追い詰めやがって、この火照り切った体をどうしてくれるのよ。なんとかしたいけど、女の誇りにかけて自然鎮火させなきゃ。こっちはこっちで辛すぎる作業だけど。

 やはりここは冥界、まともな奴などいやしない、男も女も例外なく変質者で、どいつもこいつもミサキの体を狙ってやがる。もう油断なんかしない、誰が出て来ても皆殺しにしてやる。女だって容赦はしない。この三座の女神の怒りをタップリと冥界の連中に教え込んでやる。ところでお風呂はどこだっけ。こんなんじゃ冥界の旅を続けれないじゃない。

女神の休日:ミサキの冥界下り

 階段は延々と下って行きます。とっくに地面レベルは通り過ぎて地下に入っているはずですが、それでも下って行きます。

    「これは深いですねぇ」
    「そうね、でも行かないと仕事は終らない」

 この階段には途中に部屋と言うものがありません。どうも竪穴を掘って、真ん中にラセン階段があるようです。もうどれぐらい下ったかわからなくなった頃に、

    「あら歓迎よ」

 階段の終わるところから何人か登ってくるのが見えます。

    「ミサキちゃんは、ここで待ってて。コトリと始末してくる」

 見てるとお二人に襲いかかる男たちが次々と倒れて行きます。しばらくして、

    「ミサキちゃん、もういいよ」

 倒れてる男たちをまたぎながら下りると、そこはホールになっており、ドアが一つ。なんとも異様な雰囲気が漂うドアです。

    「ユッキー、予想した通りになってもたな」
    「そうね、こうなって欲しくなかったんだけど」

 そう言って私の方に振り返り、

    「ミサキちゃん、良く聞いてね。見えるものをそのまま信じなさい。感じる力をそのまま使いなさい。怖れる必要はないから」
    「そや。言葉は聞く必要はないからな。言葉にはなんの意味もないし、力もあらへん。ミサキちゃんを騙そうとしてるだけ」
    「えっ、えぇ」
    「ここから先はわたしとコトリじゃ無理なのよ」
    「この扉の向こうには何があるのですか」
    「エレシュキガルの世界よ」
    「それって冥界」

 その時です、ユッキー社長は何やら念じるとさっと扉を開き、コトリ副社長はミサキを、

    「な、なにをするのですか」

 そしたらユッキー社長までミサキを扉の中に押し込もうとします。

    「ちょっと、ちょっと待ってください」
    「頑張ってね、ミサキちゃん」
    「後で話を聞かせてな。楽しみに待ってるさかい」

 でもって、最後に、

    「せ~の」

 問答無用でミサキは扉の向こうに、さらに扉も閉じられます。

    「ユッキー、だいじょうぶやんな」
    「だいじょうぶよ、ミサキちゃんは三座の女神よ」
    「まあ、そうやねんけど」
 扉の向こうは部屋ではありませんでした。社長と副社長に押し込まれる前には部屋に見えましたが、入るとそこは気味悪い洞窟です。でも真っ暗ではありません。どこから光が入っているのか見当もつきませんが、歩くぐらいには支障はありません。

 ここって冥界よね。漂う空気は呼吸こそできますが、なんとも妙なものです。これが冥界の空気なんでしょうか。それでもここはイナンナが下り、エンキドゥが下ったって言う冥界のはず。社長も副社長の言ってたミサキが怖い目に遭うってこういうことなの。うん、たしかにムチャクチャ怖い。

 振り返ると扉はありません。あるのは前に進む道のみ。とにかくミサキは進むことにしました。エンキドゥの時に冥界でしてはならない事とされたのは、

  • 綺麗な服を着てはいけない
  • 履物を履いてはいけない
  • よい香油を塗ってはいけない
  • 槍を投げてはいけない
  • 杖を持って行ってはいけない
  • 愛する妻に口づけしてはいけない
  • 愛する息子に口づけしてはいけない
  • 嫌いな妻を叩いてはいけない
  • 嫌いな息子を叩いてはいけない
  • 大声を出してはいけない
 こうだったっけ。妻とか息子のところは良くわからないというか関係ないと思うけど、とりあえずミサキが犯してるのは服と履物と香油だね。そっか、これを予想してマルコの指輪やネックレスを置いて行くように言われたのかもしれない。イナンナの冥界下りでは、七つの門があって、そこを通るたびに服を剥がされていき、最後は素っ裸にされたともなってたよな。とりあえず裸になるのはやだなぁ。

 ジメジメした洞窟の道を歩いて行くと、パッと広間が広がります。空気の感じがガラッとかわり、さらに気分の悪いものになっていきます。その大きな広間の向こう側に陰気そうだけど、かなり大きな門が見えます。あれはエレシュキガルが冥界を守るために作ったと言う七つの門の一つかしら。誰か人がいる、あれは門番って感じだけど。

    「通りたいのですが」
    「お前は誰だ」

 こいつは神だ。あれっ、ミサキにも神が見えるじゃないの。これって、どういうこと。まあ、見えないより見えた方がイイけど。とりあえずなんて答えよう。エレギオンHDの社員って言っても通じないだろうから、

    「わたしはエレギオンの三座の女神」

 門番は胡散臭そうな顔をしながら門の中に入ると、なんかビビリそうなほど怖ろしそうな奴が、これまた凶悪そうなのを五人ばかり引き連れて出て来たじゃない。やだなぁ。

    「ここは冥界。掟に従わぬ者は通さぬ」

 やっぱり冥界の掟ってあるんだ。

    「冥界では履物は許されぬ」

 だからこの連中は裸足なのか、

    「その服も掟に反する。脱いでもらう」
    「靴を脱いで服を脱いだら通してくれるのか」
    「いやまだある。お前の匂いだ。これも掟に反する」
    「どうすれば良いのだ」

 頭株みたいなのが、

    「お前が立っているところは既に冥界だ。もう三つも掟を破っておる。罰を受けてもらう」

 人相の悪い連中が下卑た笑いを浮かべながら、

    「オレ達がお前に罰を下す。罰を受ければお前は冥界に相応しい姿になり、この門を通れる日が来るかもしれん」

 この連中、まさか、

    「逆らっても無駄だ。素直に罰を受ければ楽しめるぞ」

 やっぱり。そしたら手下連中が口々に、

    「久しぶりの上玉だ」
    「しっかり罰を与えてやろう」
    「そう臭いも骨の髄まで沁みこむぐらいまでな」
    「こってりとな」
    「はやく声が聞きたいものだ」
 ここまでくればあからさま。この連中はミサキを裸にひん剥いた上に、飽きるまで弄ぶ気だ。レイプされるの自体が論外だけど、こんなところで、あんな連中になんて絶対にイヤだ。そうなりゃ、戦わないといけないけど、あいつら強いのかな。

 さっきから神は見えてるんだけど、この見え方がどういう強さを現してるのかわかんないのよね。もう一つ問題なのはミサキの神としての強さってのが不明なのよねぇ。そりゃ、無防備平和都市宣言だもの。神に直接攻撃されたのは魔王だけだけど、あの時は手も足も出なかったし、戦い方すら知らないのよねぇ。

 でもここは神として戦わないと絶対ヤバイ。人としての腕力じゃ、これまた話にならないし、相手だってそもそも神だから間違いなくレイプされる。レイプはやだ。エエイ、こうなりゃヤケクソだ。

    「この三座の女神への侮辱は許されぬ。お前たちこそ罰を下して進ぜよう」

 こう言い放った瞬間にいきなり襲ってきやがった。ミサキはもう必死、とにかく相手の何かが触れた瞬間に、

    「この助平野郎、地獄に落ちやがれ」

 こう念じまくってた。そしたら、襲ってきた連中が、

    『シュワシュワシュワ』

 泡となって溶けちゃったのよ。頭株らしい奴も驚いたようで、

    「こやつめ逆らうのか。お~い、出て来い、総出で取り押さえろ」

 わぉお、まだいるのかよ。門の中からウジャウジャと。あんなにいるのかよ。もう、とにかく、

    「この助平野郎、地獄に落ちやがれ」

 こう念じたら効果がありそうな事だけはわかったから、夢中でやってたら、

    『シュワシュワシュワ』

 最後に襲ってきた頭株みたいなのも溶けちゃった。門の中に入るとまだいたけど、そいつらもミサキが即席で編み出した、

    「この助平野郎、地獄に落ちやがれ」
 これで全部溶けちゃいました。なんなんだ、この冥界ってところは。なにがどうなってるのか、サッパリわからなかったけど、レイプ危機を脱したことだけはわかった。わかったけど、あれだけの人数に触れられたようなものだから、気色悪いったらありゃしない。服だって汚れちゃったじゃないの。

 最初の門で学んだのは、冥界は変質者というか、レイプ野郎の巣窟らしいってこと。油断も隙もあったもんじゃないじゃない。こんなところを一人で歩くって、地獄みたいなものやんか。つうか、冥界って地獄みたいなもんだけど。こんな門をまだ六つも突破しなきゃならないのかと思うとゲンナリです。

 とはいえ進むしかないから、陰気な道をテクテクと。それにしてもゴツゴツして歩きにくい。今日はルナの家を出る時に、ユッキー社長からウォーキング・シューズにしろって言われたけど、このためだったのかもしんない。ヒールじゃ論外だし、パンプスでももたないよこんな道。


 そしたら二つ目の門がある広場に到着。最初のよりだいぶ小ぶり。ここでも人相の悪いのが出て来たんだけど、

    「お前は誰だ」
    「エレギオンの三座の女神」
    「その格好はなんだ。どうやって大門を通って来たのだ」

 どうせ変質者の群れみたいなものだから、まともに応対するだけ無駄だものね。

    「あの門の連中には礼を教えておいた。お前も教えて欲しいか」
    「ま、まさかネティーを倒したというのか」

 ネティーって最初の門の頭株やってた野郎かな。

    「しっかり礼を教えてやった。お前がもう会うことはない」
    「許さぬ、冥界の掟を教え込んでやる。ネティーがしくじったのなら、まだサラッぴんてことだからな。者ども出て来い、極上の上玉だぞ」

 その声に応えるよう、

    「うぉぉぉ」

 ここでもワンサカと黒山の人ならぬ神集り。第一の門で覚えた要領で大立ち回り。こんな連中を許してなるものかと貞操の危機に闘志を燃やすミサキに触れるたびに、

    『シュワシュワシュワ』

 ホンマに気色悪い連中。ここでわかったんだけど別に、

    「この助平野郎、地獄に落ちやがれ」
 こう念じなくてもイイみたい。というか、もともと地獄みたいなものだから、これ以上落ちようがないものね。なんていうか、気合を入れる感じで十分効果があるというか、怒ってるだけでも効果がありそうな感じ。

 それと門を二つ突破してわかったのは、最初の門が大手門みたいな感じだったで良さそう。人数だって百人ぐらいいたもの。そうなるとネティーとか言う野郎が冥界でも屈指の強さってことになるはずだけど、ネティーだってミサキに触れただけで溶けちゃったのが良くわかんない。後はホントに雑魚ばっかり。

 しかし不思議だな。イナンナはどうしてこんな雑魚を相手に言いなりになったんだろう。時代が変わったから門番も変わったとか。でも、神って不死だし、力も変わらないはずなんだけど。それにしてもまだ五つも残ってて、その上にラスボスがいるんだよな。どうなるんだろ。こんな世界だとわかっていたら、鋼鉄のパンティでも履いて来るんだった。

女神の休日:謁見の間

 延々と控室で待たされ続けましたが、

    『コンコン』

 男が入ってきて、

    「ご案内します」

 そこからまた迷路のような館内を案内されて、やたらと重厚な扉の前に、

    「エレギオンHDの小山社長をご案内しました」

 扉が音もなく開き中に。なんだ、なんだ、この部屋は。部屋の飾りつけはひたすら金と赤。入った瞬間の印象はキンキラキン。一段高いところにやたらゴテゴテと飾りつけた椅子があり、これまたお世辞にも良い趣味とはいえない、やたらと飾り付けた女が座っています。ミサキたちが入って来たと言うのに座ったままで、案内してきた男が、

    「こちらが共益同盟代表のアレクサンドラ様でございます。頭が高い」

 ありゃ、すっかり女王様気取りみたい。社長も副社長も知らんぷりしています。にしても代表ってなに、トップは騎士団長のナルメルだったはずなんだけど。さて自分の声を無視された格好の男はさらに言葉を重ねて、

    「頭が高いと言っておるであろう」

 そんなことを聞いちゃいないお二人は、

    「ユッキー、こういう趣味は合わんな」
    「コトリもそうよね。いかにも成金趣味で品が悪いわ。あの安っぽい金メッキって、三昔ぐらい前のラブホテルで流行ってなかった」
    「流行ってた、流行ってた。天井が鏡張りでさぁ」
    「ベッドが回る奴」

 いつの時代の話やら。そんな悪趣味なのが流行ったのはバブル前のはず。ミサキだって、回転ベッドなんて見たことないもの。

    「ところでユッキー、プール付きの行ったことはある?」
    「あった、あった。でもあれ怖かった」
    「どんなんやったん」
    「えっとね、メゾネットになってて、上にお風呂があるんだけど、風呂がビーナスの誕生みたいになってて」
    「そんな風呂もあったよね」
    「そこから流れ出たお湯が滑り台に流れ込んでるの」
    「へえぇ、じゃそこを滑り降りるんだ」
    「それがね、ムチャクチャ急な上に途中で九十度に曲がるのよ」
    「そりゃ、怖いわ」

 あのぉ、なんの話に急に熱中し始めるのやら、

    「えっへん、聞こえないのかな。頭が高いと言っておるであろう」

 お二人は完全に無視して、

    「変わったところやったら、ディスコ付もあったで」
    「へぇ、どんなの?」
    「けっこう広いホールがあってさ、ミラーボールがグルグル」
    「でも、二人でしょ」
    「そうなんよ、素っ裸の二人が踊ってもサマにならへんし」
    「でしょうね。チンチンが上下左右に揺れるのは変な感じだろうし」

 男が裸で踊ったらチンチンは大きいほど邪魔よね。それにしてもディスコ・ブームっていつぐらいだったっけ。マハラジャとか、ジュリアナなんてなくなっちゃったものね。

    「コトリならSMルームも行ったでしょ」
    「行った、行った、鉄格子付きの風呂とかさ、磔台とか。あれは今でもあるで」

 ここまでも暴走だけど、そこまではちょっとでしょう。ここでお二人は共益同盟代表のアレクサンドラの方に向き直って、

    「あんたも行ったことある?」
    「フランスにもそんなホテルあるの?」

 フランスにそんなホテルはないような気が・・・それともあるのかな? そうしたらアレクサンドラは、

    「もう良い、本題に入ろう」

 あんな声なんだ、

    「今日来てもらったのは共益同盟への加盟をしてもらうためだ」

 やっと本題か。ユッキー社長が答えて、

    「なんのお話でしょうか」
    「聞いてないとは言わせない」
    「では約款をお見せ下さい。加盟なり契約には必要でしょう。それとも白紙契約をせよとか」

 ここでアレクサンドラが男に目くばせすると、革表装の分厚い本みたいなものを取り出し、

    「私が要約を説明させて頂きます」
    「時間がもったいないから、読みますわ」
    「これはラテン語で書かれてますが」
    「それがなにか問題とでも」

 社長の読み方。例の猛烈なスピードでページを繰るって奴、

    「はい、コトリ」

 コトリ副社長も出来るんだ。

    「はい、ミサキちゃん」

 そんなスピードでミサキは読めませんが、ミサキが読んでるうちに社長は、

    「わかりました。お断りします」
    「この契約に拒否は無い」
    「御冗談を、無理やり押さえつけて契約させる気ですか」
    「いや、自発的にサインしてもらう」

 ここでユッキー社長は高らかに笑い、

    「それ本気で仰られてますか?」
    「共益同盟の力を知ってもらうのも重要だからな」
    「そんなことを仰ってた方が、ザルツブルグにもいらっしゃいましたが」
    「なに」

 コトリ副社長が、

    「ユッキー、やはり見かけ倒しの雑魚やな」
    「そうね、コトリ任したわよ」

 殺気を感じたのかアレクサンドラは隣の部屋に逃げ込もうとしましたが、ドアノブに手がかかった時点で、

    『うっ』

 一声発してぶっ倒れちゃいました。

    「行くわよ」

 隣の部屋に入ると、えらい殺風景な部屋でしたが、ここにも男がおり、

    「ここは通さん」

 この男は、ミサキでも何か強烈な気配を感じましたが、ユッキー社長は、

    「まともなあんたなら勝てるかどうかわからないけど、今じゃ雑魚。消えなさい」

 あっと思う間もなくぶっ倒れました。ユッキー社長はさらにドアを開き次の間に、

    「コトリ、いよいよ本番よ」
    「よっしゃ」

 その部屋も変わっていて、どう言えば良いのでしょうか、独立した階段室みたいになっています。

    「この階段は?」
    「ナルメルの部屋への秘密の階段よ。やっと御対面できるってこと。手間取らせやがって」

 上からのぞくとラセン状で、かなり下まで続いている様子です。ミサキも一緒になって下って行きましたが、言い知れぬ不安が強くなっています。まるで地獄の底に向ってる不気味さがします。ミサキに何が出来るのか。社長の言い方なら、ミサキの出番はない方が良さそうだけど。

女神の休日:共益同盟本部

    「ここなんですか」
    「そうや」

 タクシーで下りたところは鬱蒼たる森の前。そこには十メートルぐらいありそうな巨大な門柱と鉄柵の門。ユッキー社長はタクシーの中からなにか考え事に集中されてるようなのでコトリ副社長に、

    「なんかバッキンガム宮殿の門みたいですね」
    「センス良くないな」

 コトリ副社長の感想はミサキも同意です。門自体は立派なんですが、なんとなく場違い感があります。ユッキー社長は守衛の詰所に来訪の意を告げています。通用門から入ると思っていたら、

    『ギィー』

 門が開きます。

    「ちゃんと門を開けるぐらいのマナーはあるか。でも油を注しといた方がエエな」

 門からは真っ直ぐに道が伸びており、その先に建物が見えます。とにかく遠い。コトリ副社長は、

    「迎えのクルマぐらい寄越せば良いのに」
    「コトリ副社長なら馬車がイイんじゃないですか」
    「別にスクーターでもエエけど」

 ブツブツ言いながらやっとこさ森を抜けると、今度は広大な庭園。庭園と言っても噴水とかお花畑があるわけじゃなく、ただひたすらの芝生広場です。

    「甲子園より広そうですね」
    「芝刈り大変そうやけど」
    「それをいうなら、水やりなんてもっとたいへんじゃ」
    「草抜きもな」

 この芝生広場ならぬ公園も大きいもので、なかなか建物に近寄りません。それでもだいぶ近づいたところで、

    「おっきいですね」
    「無駄な大きさや」
    「でも玄関は小さいですね」
    「ちゃうで、他がデカすぎるからそう見えるだけ」
 これは城館と言って良さそうです。全体の構図は奈良の東大寺の大仏殿を思い浮かべてもらうと近いかもしれません。森のところにあった門が南大門、今正面に見えてるのが中門ぐらいです。

 東大寺と同様に回廊がグルっとあるのですが、これがすべてコンクリート造りで、なおかつすべて部屋になっているようです。東大寺もデカイのですが、あれを数倍にしたスケールです。門までたどり着くと、中から一人の男が出てきました。

    「お待ちしておりました。御案内させて頂きます」

 コトリ副社長の言う通り扉もデカイわ。玄関は広いホールで、窓から大仏殿じゃなかった、この城館の本丸御殿みたいな塔も窓から見えるのですが、

    「どうぞこちらへ」

 玄関ホールから中庭を通っては本丸御殿には行けないようで、男はミサキたちを右側の回廊に案内します。うひょ、なんちゅう長い廊下。回廊は外から予想した通り部屋になっています。これも思い浮かべてもらうなら、学校の教室がずらっと並んでる感じでしょうか。部屋の中は事務室のようで、多くの人が働いています。外からの見た目はクラシックですが、事務室の中は現代の会社の作りになっているようです。

    「共益同盟の事務部門でございます」

 城館は南に向かって建っているのですが、回廊は正面から見てやや横長ぐらいの四角形です。いくつもの事務室を通り過ぎると、やっとこさ回廊の角に到着。ここは三階建てになっており、事務部門の食堂のようです。回廊の南東角の食堂から北側に向かいますが、ここもまた長い廊下と事務室が延々と並んでいます。

    「広いと言うか、長いというか」
    「無駄な広さやな、あれじゃ使いにくいで。素直にビルにしときゃイイのに」

 たしかにそうで、ひたすら横に長いので社内の移動は大変そうです。

    「動く歩道でも作っときゃエエのに、ケチッたんやろ」

 北東の角も三階建てぐらいの塔になっています。

    「出来そこないの姫路城みたいや。バランス悪いで」

 北東角の塔から本丸御殿というか、主塔に向かうのですが、回廊の北側部分は二階建て構造になっているだけでなく、なんかえらい複雑な道順になります。

    「建て増ししたんやろけど、設計ミスやで。火事になったら逃げられへんのが出るで」

 その通りで、上がったり下がったり迷路のような構造です。主塔も複雑な作りで、基本は五階建ての四つの塔の真ん中に八階建ての主塔があるって感じです。ミサキはこのバカでかい城館のどこを歩いているのかわからなくなりそうです。

    「ここでお待ちください」

 案内されたのは、おそらく控室みたいなところ。床は大理石、天井にはシャンデリア、壁にはタペストリー、やたらと豪華そうな応接セットみたいなもの。

    「ゼニはかかってるけど、センスはイマイチやな」

 御意。話に聞く成金趣味って感じがプンプンします。お茶は出ましたが、そこから待たされる、待たされる。

    「古風なやり方やな。待たすことで権威を感じさせようなんてカビの生えた感覚やで」

 それはそうなんですけど、サザンプトンからここまで来るのに何日寄り道したんじゃは置いとくことにします。

    「それとこの紅茶、アールグレイやけどティーバッグやで。妙なとこがケチ臭いわ」

 それはミサキにもわかります。ティーバッグでも十分に美味しいはずですが、どうにもイマイチ感がある風味です。ここで沈黙を守っていたユッキー社長が、

    「コトリ見えた?」
    「東の回廊にはおらへんかった」
    「西の回廊にいるのか、ここにいるのか・・・」
    「東側は純粋に事務部門でエエんちゃう」

 ここで昨日の夜にユッキー社長からいわれた事を思い出しています。

    『ミサキちゃん、付いて来るには覚悟してね』
    『はい。でも無防備平和都市宣言のミサキでもお役に立てるのですか』

 ユッキー社長はじっと考えて、

    『そうならないようにしたいし、コトリとそうするつもりだけど、最悪の展開になった時にはミサキちゃんが切り札よ』
    『ミサキが切り札?』
    『そうよ、わたしとコトリの予想が正しけばだいじょうぶ。どんな非常事態になったと思っても自信を持って対応してね』

 何が起こるって言うのだろう。ミサキに何の自信を持てと言うのだろう。ミサキは間違いなく神であり、エレギオンの三座の女神です。ただ今回のような女神の仕事、とくに対神戦になるといかに無力かは痛感しています。相手の神は見えませんし、戦う力は皆無。せめてと思って以前に、

    『ミサキにも一撃を教えて下さい』
    『ミサキちゃんが一撃? 似合わないからやめとき。ミサキちゃんの真価はそんなところにあるんじゃないよ』
 ミサキの真価ってなんだろ。今回の共益同盟戦でミサキが切り札って、何を期待されてるんだろう。