ツーリング日和8(第7話)KATANAの女

 結衣は千葉に住んどると聞いてビックリした。まさか高速で来たんかと聞いたんやけど、

「フェリーで徳島です」

 それがあったか。東京から徳島経由で新門司まで行く東九フェリーや。あれやったら徳島に十四時ぐらいには着くはずやけど南回りにせんかったんか。どう走ろうが自由やけど、徳島からの四国ツーリングやったら南下して室戸岬を目指すんが多いんや。

 その先もあれこれチョイスはあるけど、足摺岬まで行くのもおるし、さらに四国カルスト目指すんもおる。愛媛まで出たら、しまなみ海道も視野に入って来るねん。もちろん石鎚スカイラインやUFOラインもある。

「香川のうどんを外せなくて」

 なるほどな。それも立派な理由や。ほいでもわざわざ小豆島に回って来たのは、

「うどんの醤油のルーツを知りたいじゃないですか。素麺もありますし」

 おもろい、おもろい。旅の楽しみに食い物はある。誰かって土地の名物食べたいやんか。ツーリングやったら観光と、走りたい道の兼ね合いもあるけど、食べる方に重点を置くのも余裕でアリや。

 それにしても乗っとるバイクは大きいな。カバーしとったけど余裕で大型や。華奢そうな子やけどよう乗っ取るな。あれは、

「KATANAです」

 ひぇぇぇ、スズキの伝説のバイクやんか。さすがにコトリやユッキーぐらいしか覚えとらへんと思うけど、あれの初代が登場した時は衝撃的やった。バイク乗りなら誰でも憧れたバイクやったし、なによりよう売れた。

「デザインにインパクトあったもんね」

 当時の暴走族の御用達みたいにもなっとったし、

「ヒデヨシの愛車だよ」

 そやった、グンとウサギとカメやって一度も遅れをとらんかったもんな。あんまり増えすぎて暴走族の取り締まりを、

「刀狩りって言ってたぐらいだもの」

 その復活バージョンやけど、これもよう走るバイクや。

「あの頃のKATANA以上だよ」

 スーパースポーツには負けるかもしれんが、そんじょそこらのバイクやったら余裕で蹴散らすと思うで。

「今ならHAYABUSAでしょうけど」

 そういう位置づけにスズキはしてもたからな。それでもKATANAと聞いたらコトリの血が騒ぎそうになるわ。

「また谷に落ちるよ」

 うるさいわ。千葉に住んどるから関東が中心やけど、東北も近いと言えば近いから、

「あんなバイクでそこまで回られたんですか!」

 あんなになってまうか。原付でもロング・ツーリングしとるのもおるけど、基本的に無理があるからな。近郊の日帰りぐらいやったら十分やけど、長距離移動を重ねる泊りのツーリングには根性が要り過ぎる。

 そこからも話が弾んで意気投合って感じや。北海道も行ったことがあるのが羨ましいわ。あれはどう頑張っても原付ではそう簡単に行かれへんとこがある。信州もそうや。

「阿蘇もそうですが、佐多岬に行かれたなんて・・・」

 千葉から見たら遠いやろな。神戸からでも余裕で遠かったけど。それでも千葉に住んどってもバイク乗りの悩みは一緒やな。いくらKATANAでも街中を走るシンドサは一緒や。とくに千葉から西に走ろうと思うたら、

「東京や横浜が鎮座しています」

 コトリらも大阪や京都抜けるのは好きやないけど、東京や横浜なんかなおさらやろな。千葉かって住んでるところで変わるやろうけど、結衣の家からやったらツーリング気分が味わえるとところまで、一時間ぐらいは市街地走行と格闘せんとあかんそうや。

「神戸って六甲山を越えたら郊外なのですか。なんと羨ましい」

 東京や横浜に較べたら小さな地方都市やし、地形も東西にこそ長いけど南北は狭いからな。そうや、そうや、千葉やったら頭文字Dの聖地巡りも出きそうやんか。

「あれは千葉にはないのです。一番近いの筑波のフルーツライン」

 なるほど頭文字Dの聖地は峠や。千葉が舞台に選ばれへんかったんはタマタマかもしれんが、峠は山があるとこやないとあらへん。関東平野は真ん中が平べったいから、舞台は平野の周辺を回ることになるもんな。

「良かったら一緒にマスツーしませんか」

 女とか。男女差別する気はあらへんけど、出来たら旅先のアバンチュールをしたいやんか。なぜか実を結ばへんのは置いとくけど。ここは無難に遁辞を構えて、

「バイクがちゃうやんか。コトリらは下道ツーリングやで」
「ツーリングの王道は下道です。そうじゃないと、美味しいものにありつけません」

 そっちが重いか。高速になったらSAとかPAのメシになるものな。思わぬ寄り道での発見のチャンスも低くなる。その代わりに距離が稼げへんのは宿命や。

「それに下道だったら、速度は関係なくなります」

 まあな。いくらKATANAでもぶっ飛ばせば捕まるだけやもんな。アカン、アカン、説得されてどうするんや。

「明日はどうするんや。コトリらはトットと高松に渡る予定やけど」

 結衣は女や。それも若い女や。さらには可愛いやんか。今でも女の一人旅は危ないとこがある。悪さどころか襲う奴もおらんとは言えん。その点で日本はかなり安全な方やけど、それでもツーリングするんやったら、キチンと宿を決めてるはずや。

 その日の気分でキャンプにしたり、行き当たりばったりで宿を決めえるのはやっぱり女やったら危険なところがある。男でも危険やけど、女、それも一人旅やったらなおさらや。マスツーするにしても明日の宿が違うたら成立せえへん。

「気まツーですから」

 冗談やろ。明日の予定も決めてへんいうんか。

「コトリ、楽しそうじゃない」

 余計な口を挟むな。今回のツーリングはかなりどころでないぐらい変則なんや。結衣はわざわざ千葉から来てるんやから四国で見たいとこ、走りたいとこ、食べたいもんがあるはずやんか。

「旅は道連れ、風の向くまま、気の向くままが結衣のツーリングです」

 羨まし。コトリもそんなツーリングにしたいもんな。仕事があるからそうは行かへんけど。それでもやぞ、

「へぇ、そんなプランが建てられるのはさすがは地元の人です」

 ちゃうて、たまたまそうなってもただけやねん。こんなプランに付き合わせるのは気の毒すぎる。なんのための四国にツーリングに来てるんやって話や。結衣かって金毘羅さんとか行きたいやろ。

「なにかワクワクしてきました」

 結衣も変人かもな。でもわかるとこはある。やっぱり女の一人旅は寂しいし、怖いとこもあるんやろ。それやったら、最初から誰かと来いやって話になるけど、行っては見たけどやっぱりが出てくるのはわかる。

「コトリも意地を張らないで」

 こらぁ、気楽な善人役に逃げるな。コトリが意地悪してるみたいやんか。

「それにさ、ペアよりもトリオの方が寄って来るかもよ」

 それはあるかも。結衣も美人やし性格良さそうやもんな。アカンて、アカンて、今回は気軽に道連れにしにくいんやって。

「そんな事を言ったら男も同じになっちゃうよ」

 グサァ。

「話は決まりね。じゃあ、結衣、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」

 勝手に決めるな。どうする気なんよ。

ツーリング日和8(第6話)ライダーズハウス

 オリーブの勉強もしたから次は土庄や。二十分ぐらいで、

「エンジェルロード公園は左になってるよ」

 あそこか。うん、えっと、こっちやろ。ここで行き止まりか。行儀悪いけどバイクを停めさせてもらお。こういう時に原付は無敵やからな。ここから撮影スポットか。インスタの威力は結構なもんや。

「なるほど砂嘴になってるのね」

 砂嘴というより砂州やろ。時間によって現れる道やけど、ここは午前と午後の六時間ぐらい砂州になっとるみたいや。

「渡るのでしょ」

 渡らん。何が悲しくてユッキーと渡らんといかん。ここは恋人同士が結ばれるために渡るとこや。

「結ばれたってイイじゃない」
「絶対イヤや」

 ユッキーの悪いクセや。これだけは五千年経っても治りくさらん。今日の観光はここまでや。結構回れたんちゃうか。残したとこは次の機会や。

「それもあるけど遠いのでしょ」

 それもある。日が高いうちに宿に着かんとエライ目に遭いそうやねん。土庄からまた引き返して、

「小豆島ヴィラって書いてあるとこ左や」
「そこに泊まるの」
「泊まりとうても潰れとる」

 この道もいきなりヘアピンやな。

「今日二度目の不意打ちワインディングだ」

 頭文字Dの舞台が関西やったらバトルの舞台にしそうや。そやなこのコースやったら、

「東堂塾とのバトル」

 あれに近い設定に出来るかも。あの時のコースは工事途中の閉鎖道路みたいなとこやったけど、ここもそれに近いとこがある。バリ伝やったら大学でのタイムトライヤルや。

「距離的にはバリ伝だけど、コース的には頭文字Dじゃない」

 距離やったら七キロもあらへんからどうやろな。いずれにしても登るのに一苦労や。とりあえず目標にしとったロータリーや。

「ここって一体・・・」

 バブルの遺産やな。小豆島の、しかもこんな山に中にリゾート開発をやっとってんや。その中心施設が小豆島ヴィラや。おそらくそれを中心に別荘が立ち並ぶ予定やってんやろ。別荘以外にもなんか誘致する気もあったんやと思う。

「でも無理があり過ぎ」

 そういうこっちゃ。小豆島に別荘を持つとしても、なんでこんな山の上に持たなあかんねん。小豆島やったら海やろが。景色重視にしても遠すぎや。

「それでも買って建ててる人もいるんだから、さすがはバブルとしか言いようがない」

 そんな時代やったからな。あれは、あれでオモロイ時代やった。その代わり、バブル崩壊後の不況がどんだけ長かったことか。バブルの話はさておき、こんな廃墟のようなとこに住んどる物好きがおる。

「そこが今日の宿ね」

 いわゆるライダーズハウスや。これをバイク乗りならライハと呼ぶ。

「エラそうに。今回のツーリングで初めて覚えたんじゃない」

 そうや。このライハってなにかと聞かれたら困るんやが、単純にはバイク好きが集まる宿や。

「それじゃ、わからないよ。釣り人が集まる釣り宿とは同じと言えないもの」

 そうやねん。そもそも宿って言えるかどうかも疑問や。とりあえず旅館どころか民宿とも言えへん。あえて言えば民泊に気持ち近いけど、

「それも違うよ。そうだね、バイク好きが昂じまくって、家にライダーを好意で泊めてるぐらい」

 上手いこと言うな。昔の旅人が家に頼み込んで泊めてもらう感覚に近いかもしれん。そのせいかビックリするぐらい安い。

「素泊まりなら原則無料ってところもあるぐらいだよ」

 バイク乗りにはありがたい施設や。バイク乗りってカネ持ってないのが多いんよ。カネないけど、バイクに身を任せてロング・ツーリングをやりたがる人種でもある。カネがあらへんから野宿、今ならソロキャンを重ねるのもおるぐらいや。

 そやけどキャンプも一泊ぐらいならまだしも、続くと辛いんや。バイクでキャンプするだけでも大荷物になるからな。それにバイクは走らせるだけでも消耗する乗り物や。さすがに昔の人みたいな旅は続けられるものやない。やっぱり夜は屋根付きのとこで寝たいのが本音や。

「民宿でも高いと思うのがバイク乗り」

 全部やないけど、そういうのが少なくあらへん。そういう連中を相手にしようとする商売やから、宿泊費も格安の極みみたいにしとるんやろ。まあ、よっぽどバイクが好きで、バイク乗りが好きやなかったら出来へん商売や。つうか、そんなもんでよう商売が成り立ってると思うもんな。

「バイク好きの世界はディープだよね」

 どこの世界でも同じで変なのもおるけど、バイク乗り同志の連帯感は強いとこあるからな。この辺はどこまで行ってもマイノリティの自覚もあるからやと思うてる。

「マスターはどんな人なの」

 ライダーズハウスを経営するような人物は良い意味でも悪い意味でも個性的でエエと思う。少なくとも普通の旅館や民宿を利用する気で行ったらアカンやろ。そやな、カネ払ってるんやからサービスするのは当たり前なんてのはアウトや。

「泊めてもらう感覚かな」

 最低限はそれやと思う。ほいでも、さらにプラスアルファは欲しいと思うんよ。そやな、客として選ばれてるぐらいの自覚やろか。予約の時に聞いた感じやったら、客と主人つうより、同好の士として楽しみたいがあると見た。

 これかって妙な話やないねん。バイク乗り同志が仲良くなっても悪ないし、その輪の中に入ってマスターも楽しみたいぐらいのスタンスのはずや。あんな宿を経営するぐらいやから世話好きやろうしな。

「じゃなけりゃ、出来ない商売だよ」

 平たく言えばせっかく一夜の宿をともにするんやから、友だちになりたいぐらいで間違ってへん気がする。そこで求められる礼儀は、

「親しき仲にも礼儀あり」

 これかって当たり前のことやからな。そやから客の選別もウルサイとこはあるそうや。そういうマナーを守れへんのは二度と利用できへんとかや。

「普通の客商売でもあるけど、もっとシビアぐらいかな」

 こう聞くと気難しそうなヘンコ親父を思い浮かべてまいそうやけど、そんなことはあらへんみたいやからここにしてみた。話のタネになりそうやんか。

「こんな不便なところに集まってくれるのだから、良い人のはずだものね」

 別荘地は広大みたいやけど、殆ど空き地で、草どころか木が生い茂って森になってるんねん。ポロンポロンと建物はあるけど、空き家と言うよりあれは廃墟やろ。

「このロータリーの周辺もショップが建つ予定だったんだろうけど」

 森しかあらへん。つまりって程やあらへんけど、商店なんてものはどこにもあらへんねん。もし買い物となったら、

「あのバトルロードの往復よね」

 バトルやないっちゅうねん。そやからでもないけど食料は持ち込みや。ライダーによってはコンビニでカップ麺におにぎりなんてのも珍しゅうないらしい。ビールもそうや。

「でもなんだよね」

 この辺がオモロイとこやねんけど、素泊まりが基本やけど夕食は相談やねん。宿として決まった夕食があるわけやないんやけど、泊まったメンバーの組み合わせとかで持ち込みでバーベキューやったり、鍋を囲んだりもあるそうやねん。

「マスターの気分一つみたいね」

 気分一つ言うたらあれやけど、バーベキューとか鍋やったらマスターも参加するねん。そうやって盛り上がりたいのは良いとしてやけど、バーベキューにしても連日食べられる物やない。マスターが食べたくなった時に、それをやりたいメンバーが集まるかどうかみたいなもんや。

 さて宿を探さんといかんねんけど、ロータリーから近いはずやねん。つうかナビではそうなっとる。この道やと思うけど・・・

「あれじゃない」
「あれは廃墟やろ」

 道案内の一つぐらいあってもエエのにな。それに日が暮れたら街灯もあらへんやんか。こんなとこに夜に上がってきたらホラーやで。

「あそこにバイクが止まってるよ」

 ホンマや。それもご丁寧にカバーまでしてあるやんか。まだ生きてる別荘でもあるんかいな。それでもこの辺のはずやねんけど、

「ここだ!」

 えっ、なんて遠慮深い看板やねん。止まってるバイクのとこやったんか。バイクを止めて、荷物担いで、この小道みたいなものを上がるんやな。

「あった」

 ほぉ、ログハウス風でオシャレやんか。あれやろな、二束三文で売りに出てた別荘でも買うたんやろ。玄関かって普通の家のドアやもんな。中に入って、

「予約してた立花です」
「いらっしゃい」

 立花小鳥はツーリング中の偽名や。小島知江の方がエエねんけど、コトリの呼び名の説明がこっちの方がラクやからや。同様にユッキーは木村由紀恵や。とにかく本名バレたら大騒ぎになりかねん。

 玄関も民家並でスリッパに履き替えるんか。おっ、荷物を持ってくれるとは優しいやん。部屋は男部屋と女部屋の二つらしいけど、さすがは元別荘だけあって居心地は良さそうや。部屋は二階やねんけど、

「こちらの方と相部屋になります」

 さっきのバイクの持ち主やろ。

「結衣です」
「コトリや」
「ユッキーと呼んでね」

 感じの良さそうな子やんか。パッと見は金髪でチャラチャラしてるようにも見えそうやが、言葉遣いも心得とる。顔は童顔としてエエやろ。そやから若く見えるけど歳の頃なら二十代の後半やな。

「後は男ね」
「さすがに夜這いはないやろ」

ツーリング日和8(第5話)オリーブ公園

 やっぱり小豆島は小さいわ。中山の千枚田から十分ほどで、

「だよね小豆島に来てオリーブは外せないものね」

 オリーブ園と道の駅オリーブ公園が一体になってるぐらいや。さすがに小豆島の象徴の施設やから、これは大きいな。

「魔女宅に実写版なんてあったっけ」
「知らんで」

 どうせ転んだんやろ。たくどうしてヒットアニメの実写版をあない作りたがるんか、コトリは不思議でしょうがあらへん。あんなものハズレが死屍累々と積み重なっとって、成功したんなんか数えるほどやないか。

「そうよね。百歩譲って漫画原作の実写版ならまだ当たりもあるけど」

 テレビやけど仮面ライダーや柔道一直線はそうやった。ほいでも時代がちゃうで。あの頃は漫画原作があるのも知らんで見とったからな。時代が進むにつれて難しくなってるとしか思えん。

 これは色々理由もあるやろうけど、基本は原作漫画の質やと思う。仮面ライダーや柔道一直線の成功が例外的で、アクションものは相性が悪いと思うてる。まだしも相性の良いのはドラマが主体のやつやろ、

「ちはやふるとか花男とかね」

 あれかって漫画の登場人物との差のギャップであれこれ問題が出るもんな。そやけどオリジナル・アニメの実写化は無理がテンコモリもエエとこや。アニメの実写化が難しいのはかつてはアニメでしか出来へん動きもあった。

「今はCGでほぼカバーできるけど・・・」

 ほいでも製作費はCG使えば使うほどウナギ登りになる。ちょっとでもCGケチってロケとかにすれば、

「チープになるし、アニメとの落差が激しくなるもの」

 アニメは作者のイマジネーションをそのまま絵に出来るが、実写で忠実に再現は無理が出る。とくにアニメからなら、原作アニメの動きや背景との差が違和感しか産まん。魔女宅なんか宮崎駿やぞ。

「オリジナル・アニメのファンから顰蹙買って、批判のヤマが押し寄せて皆転ぶだよね。でも、それでも懲りずに作り続けるのは・・・」

 まあな。映画がヒットするかどうかで大きな部分を占めるのは宣伝や。前評判も含めてのプロモーションとしてエエ。実写版は前作アニメがあるから制作発表段階から話題にしやすいのは確実にある。そこだけの費用効果だけでも大きいものな。

「賛否があっても話題として盛り上がってくれれば宣伝としては成功よ」

 ヒットが大きくなるには、公開直後の観客のクチコミ効果は大きいんや。

「ほぼ転ぶのは、まわり回って映画の出来が悪いからよ」

 そうやねん、原作アニメを吹き飛ばすぐらいの傑作やったらエエだけの話や。そんなハードルを乗り越えて成功したんは、そうやな、るろ剣ぐらいか。

「フランス版のシティ・ハンターも良かったよ」

 えらいディープやな。あれかって興行的に成功したかどうかは微妙過ぎるけど、あそこまで突き抜けると楽しめた。監督の原作愛の発露みたいなもんや。日本人やったらあそこまでモロにようやらんと思う。


 実写版魔女宅はこの風車のあたりでロケしたらしいが、ユッキーはなんでホウキもってうんや。ハリー・ポッターとはちゃうで。

「なに言ってるのよ。魔女宅だって空を飛ぶじゃない。ジャンプするからちゃんと撮ってよ」

 こんな小道具貸してくれるんか。風車を背景に撮るとエエやんか。コトリも撮ってもうとこ。

「ところでコトリ、小豆島のオリーブって昔からなの?」

 いいや日本にはあらへんかった。オリーブオイルが初めて日本に持ち込まれたのも安土桃山時代となっとる。宣教師が持ち込んだようや。江戸時代も蘭方医がクスリとして珍重したようやが、長崎経由やから珍品扱いやったぐらいで良いみたいや。

 初めて栽培されたんは幕末や。蘭方医の林洞海がフランスから輸入した苗木を横須賀に植えたとなっとる。ちなみにそれがどうなったかはどこにも書いてあらへんかった。横須賀じゃ寒いから枯れたんちゃうかな。

 本格的に栽培が試みられたんは維新後や。明治十二年に国会事業として神戸オリーブ園で栽培に成功してオリーブオイルの精製にまでたどり着いたとなってるわ。そやけど、それも試験栽培規模で終わったみたいや。

「そんなにオリーブオイルの需要があったの?」

 それもわからん。薬用オリーブ油は薬局に昔からあった気がするけど、

「湿疹とかかゆみ、火傷にも使ったみたいだけど・・・」

 明治の頃は珍重されとったんやろか。とりあえず明治のあの頃は、国産化出来るものならなんでもやろうの風潮は濃かったからな。ワインまで国産化しようとしてたから、オリーブもその一環ぐらいやったかもしれん。

 明治十二年の試みは日本でもオリーブ栽培は可能なことを立証した程度で終わったんやが、明治四十一年に大規模なトライをやっとる。これが小豆島のオリーブ栽培の始まりになるんやが、

「そんなに需要があったの?」

 それが調べたんやがはっきりせん。本格的な栽培計画やから、用途がないとやらへんはずやけど、その用途とされるものが謎々もエエとこやねん。

「北の海で獲れた魚の保存って・・・オイル漬けってこと」

 どう使ったか、どう使うつもりやったのかわからんねん。オイル漬けは欧米ではポピュラーな保存食や。代表的なのはオイルサーディンやが、なんでも漬けられるからな。西洋流の漬物ぐらいかもしれん。

 家庭用に使うぐらいやったらしれてるけど、北洋漁業に対応しようとすれば半端な量ではすまん。だから国産化しようとしたのは話の筋が通るんやが、どうにも使った形跡があらへんねん。

「保存だから缶詰とかは?」

 日本で本格的に缶詰が作られたんは明治十年の北海道開拓使石狩缶詰所となっとる。あのクラーク博士も訪れたことがあるそうや。これもあれこれ試行錯誤があったんやが、最初にヒットしたんがサケ缶や。

「じゃあ、サケのオイル漬け」

 この頃のサケ缶の調理処理がようわからん。そやけどサケ缶は衰えるんや。これは人気が無くなったんやのうて、サケやマスの漁獲量が減ってもてん。そやから明治の後期になったら、それまでは不要やとして捨てられていたカニを缶詰にしとる。

「カニは捨ててたんだ」

 カニは美味いけど保存食には適しとらん。そりゃ、塩漬けするのも、味噌漬けするのも、干物にするのもやりようがあらへん。それにすぐ腐るし味が落ちるのも早い。今かって獲って港に帰ってきたら釜茹でにしてまうのが多いぐらいや。

「釜茹でにしたって根室からじゃ遠すぎるのか」

 そやから地元の人しか食べてへんかったんやろ。これは明治どころか昭和の時代でもそうやった。いや、今でさえ美味しいカニのために、山陰に松葉カニツアーがあるぐらいや。そんなカニに目を付けたのがカニ缶の始まりや。

 カニ缶の製造が本格化したのは明治三十七年頃からみたいやからオリーブ国産化の時期と合うのは合うけど、

「カニ缶って水煮でしょ」

 明治のカニ缶の調理法もはっきりせんとこがある。それでも参考になるのが蟹工船や。この船は獲れたカニを船内で缶詰にしてしまう船やってん。

「今のマグロ漁船を鼻息で吹き飛ばしそうになるぐらい過酷だったんだってね」

 そんな本があるもんな。マグロ漁船との比較はともかく、蟹工船がカニを海水で茹でとってん。つうか今でも基本は同じや。オイル漬けのカニ缶なんか見たことも聞いたこともあらへん。

「そうなるとカニ以外の魚をオリーブ漬けにしようとしたことになるけど・・・」

 オイル漬けの魚の缶詰はイワシがポピュラーで、サバやタラも欧米ではあるみたいやが、

「サバは味噌煮でしょ」

 そうやねんけど、それ以上は不明や。国産オリーブオイルが北海道に送られたかどうかさえようわからん。だいたいやな、オリーブ漬けは西洋ではポピュラーでも日本人にはクセが強すぎるやんか。

 日本人は魚料理に馴染みは深いけど、オリーブオイルの味に熱狂したことはないと思うで、熱狂しとったらもっと普及してるはずやから。これは今でさえそうやから、当時はなおさらやろ。

「オリーブオイルなんて昭和の頃でも殆ど見かけなかったもの」

 そうやと思う。食用油と言えば天ぷら油とサラダ油、これにせいぜいゴマ油で、オリーブオイルなんか大都市のデパートにでも行かんと売っとらへんかったと思うで。とにかく謎が多い国産オリーブオイルやが、結果として栽培に成功して商売になったのは小豆島だけやったらしい。

「そこに黒船が来たのよね」

 昭和三十四年にオリーブオイルの輸入が自由化しとる。さすがに市場規模が小さすぎて国内農業の保護には出来へんかってんやろ。栽培農家は悲鳴を上げたと思うけど、ほとんどの日本人は気にもならへんかった気がするわ。

「わたしもそうだった」

 それでも小豆島のオリーブは踏ん張ろうとしたみたいや。小豆島でオリーブ栽培が最大になったのは輸入自由化から五年後の昭和三十九年やそうや。この時が百三十ヘクタールやったらしい。

「今は?」

 自由化で四十ヘクタール未満に減ったんやけど、なぜか滅びんかってん。よう残ったと思うぐらいや。それだけやない輸入品と競争しながらも、ジワジワ栽培面積を回復して今では百ヘクタールを超えてるようや。

 そうなったのは、健康食品としてオリーブオイルが段々とポピュラーになり、オリーブオイルのマーケットが拡大したからでエエと思う。そりゃ、どこのスーパーでも当たり前のように売っとる時代になったからな。

「国産安心のプレミアが認められたんだろうね」

 たぶんな。そういう試練を潜り抜けた小豆島のオリーブオイルやけど、国産やったらまさにガリバーや。国産だけで言うたら、九割が香川産で、香川産の殆どが小豆島産や。シンプルには日本のオリーブオイルの殆どが小豆島で作られてるんや。

「香川が県の木や県の花にするのもわかるわね」

 香川で一番ポピュラーなんはうどんやが、あれは木にもならんし、花にもならんからな。輸入品との競争は厳しいと思うけど、オリーブオイルの需要の伸び代は、まだまだあるはずやから、当面は安泰ちゃうかな。

「オリーブ茶も売ってるよ」

 美味しいんやろか。それでも変わり種のお土産にはなりそうやな。

「オリーブ化粧品は好みがあるからやめとくけど、オリーブペーストとかベラベッカーとかビスコッティは面白いかも」

 オリーブサイダーまであるんか。この辺を詰め合わせとったら小豆島土産としたら十分やろ。

ツーリング日和8(第4話)ワインディング・ロード

 さてやけど、ここからどうするかや。どうするもこうするも寒霞渓に行くんやが、ポピュラーなんはロープーウェイや。コトリかって乗りたいし、紅葉のシーズンやったら外せんとこやけど、

「バイクでも登れるんだね」

 そういうこっちゃ。目指すは県道二十九号、通称ブルーラインや。三十分ほどで着くはずやねんけど、

「まさか小豆島でワインディングやると思わなかった」

 コトリもや。これはかなりやけど楽しいな。おっとここが寒霞渓か。ここに来たら、

「オシッコ」

 景色もエエけど、ここのトイレも隠れた名所や。とにかく一億円かけて作ったデラックス版や。

「便器は普通だったけど」

 黄金の便器でしたかったら坂出に行け。もっとも黄金の便器でオシッコは出来へんけど。わざわざバイクで寒霞渓に上がって来たのは理由がある。

「トレッキング?」

 今日はパスや。寒霞渓スカイラインを走る。十分もせんうちにあったあった、

「四方指って方に曲がるで」
「らじゃ」

 こりゃ狭いな。ほいでも抜けたらあった、あった。この辺にバイクは止めといたらエエやろ。

「ここって、寒霞渓以上じゃない」

 見晴らしはな。これもちょっとした注意やが、四方指展望台より大観望展望台の方がエエ。インスタとかに上がってるのはこっちやねん。気持ちはわかるわ。

「コトリ、お腹空いた」

 朝早かったもんな。そやけどさすがにこの辺にあらへんねん。そやから銚子渓おさるの国を吹っ飛ばして中山千枚田の方に行くで。二十分ぐらいのはずや。ここで寒霞渓スカイラインは終わりで、県道二十六号を南に下って行くのやが・・・おかしいぞ。

「ちょっとストップ」

 いくらなんでも下りすぎや。どっかで左に曲がるはずやけどなんにも道路案内があらへん。

「通り過ぎてるけど、これってナビの罠じゃない」

 あるあるや。無料ナビは重宝するんやが、時々トンデモな道に誘い込むからな。そやけどバイクなら行けるやろ。つうか、そうでもせんと着かへんやんか。引き返して、

「あれやろ」
「見るからに怪しいよ」

 怪しいのは怪しいけど一車線半ぐらいあるやんか。ほいでもなんも案内あらへんな。とりあえず進むか。

「ちょっとストップ」

 四つ角やけど走って来たのは一車線半、クロスしとるんが二車線。なんも道路案内はなしや。

「直進は怪しげだから右じゃない」

 直進は怪しいのは同意やが、ここはナビを確認や。どうも左やな。なんか目印になるようなもんがあらへんかな。あった、あった。小豆島町中山って住所表示がやっと出てきた。この辺は農村地帯になっとるから小豆島の穀倉地帯ぐらいやろか。そんなに遠くないはずやけど、これは・・・

「ちょっと待った」
「またなの」

 なんちゅうややこしい道や。ナビ見たらやっぱり通り過ぎてるわ。またUターンして、あったあった、こっちからやったら看板見えるやんか。

「これって営業してないんじゃない」

 う~ん。赤茶けたトタン板の壁に色褪せ切った木の看板や。その家が店とはさすがに思えんな。たぶんやけどもうちょっと先に店があるんちゃうか。ナビ的にそうやねん。とにもかくにもあの角を入ろ。

「あっ、ここだ」

 へぇ、やっぱりここや。それにちゃんと営業してるわ。古民家風つうよりタダの古い家やでこれ。まあエエわ、こういうとこで食べるのもツーリングや。メニューは案外あるやんか。

「棚田のおにぎり定食と小豆島オリーブ牛バーガー」
「それに手作りスウィートも付けて」

 そうめん定食も心魅かれたけど棚田に来たらおにぎりやろ。お昼を楽しんだら千枚田やねんけど、このまま直進したら行けるはずや。

「これって完全に農道だよ」

 その通りや。前から軽自動車が来てもアウトや。それにコトリらのバイクでもUターンは厳しいやんか。ひたすら登ったら、

「これは・・・」

 こういう千枚田は減反政策で減ったもんな。さすがに見事に残ってるわ。あんな上まであるけど水だけは豊富なんやろな。

「コトリ、引き返した方が無難じゃない」

 これもその通りやねんけど、ひやぁ、こりゃアドベンチャーや。なんとか集落みたいなとこまで下りて来られたけど、

「ちょっと待った」
「どっちなの」

 わからんからナビ見てるんや。ここは右か。しっかしゴチャゴチャしとるで。ここも止まって確認や。なんか迷路をさまようてるみたいやったけど、

「出たぁ」

 良かったで。これやったら素直に引き返しといたら良かったわ。

「これもツーリングよ。結果オーライ」

 それやったら、途中であれだけ文句垂れるな。

「それもツーリングよ」

 そやな。こうやって迷うのも思い出になるもんな。

「♪ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」

 ロングやないけどワインディング・ロードやったもんな。

「ロングだよ。寒霞渓の登りからワインディングだもの」

 後は南の海岸線まで一本道のはずや。

ツーリング日和8(第3話)醤の郷

 映画村から十分ぐらいで、

「この匂いは醤油だね」

 小豆島の名産品の一つや。こんなとこで醤油醸造が盛んになったのが不思議なとこやけど、まず製塩業が盛んやったそうや。赤穂の次の生産量があったそうで島塩いわれて評判も良かったそうなんや。

 ここのポイントやけど評判がエエっつうのは小豆島の塩を買うた客の評判や。つまりは自給用の塩だけやのうて輸出販売用の塩も作っとってん。当時の塩は貴重品やねんけど、その質と量は塩市場の標準にもされたぐらいやったとなっとる。

 そやけど塩は儲かるとわかったから、瀬戸内沿岸で争って作られるようになっていってん。幕末には十州塩と呼ばれるぐらい作られて、日本の他の産地の製塩業を圧倒してしまったぐらいやねん。

 なんでもそうやけど、仰山作られたら値が下がる。そうなったら薄利多売の大量生産路線もあるけど小豆島では無理があったぐらいやろ。生産量は同じでも値段が下がれば売り上げが落ちる。

「島だから薪の調達にも苦労したみたいってなってるよ」

 そんな時に小豆島の人が目を付けたのが醤油や。これも話は時代がチトずれるから、別に製塩業が行き詰って手を出したもんやないと思う。伝承ではゴッチャにしとるみたいやけど、醤油に商品価値を見たのが正しいと思うとる。

 醤油に目を付けたキッカケは、小豆島が大坂築城の時に石の切り出し産地になったからになっとる。石の切り出し運搬のために大名が役人や人夫を送り込んだんや。その時に小豆島の人の目に留まったんんが醤油となっとる。これは合うてる気がする。

 醤油の歴史はコトリも詳しないとこがあるけど、この時点でも貴重品扱い、珍品扱いだったらしい。味噌は日常品としてあったけど、醤油は珍しかったぐらいや。

「役人が小豆島の人に振舞ったのかもね」

 この時の醤油やけど湯浅のものやとなってるねん。産地からしてそうやと思うけど、この頃の醤油は金山寺味噌の上澄みを採ったものやとされてるねん。だから量も少のうて高価な貴重品やったんやろ。

「それを作ろうと思ったのが凄いよね」

 よほど美味しかったんか、そこに商品価値を見出したんかは不明やけど、たぶん両方やろ。そのために湯浅まで人を派遣して製法の勉強をさせたとなってるわ。

「時代がずれてるってそういう事か」

 人を派遣するのもそうやけど、醤油醸造設備を作るんもゼニがいる。もちろん桶とかの道具もや。そういうものに投資できる財力は製塩業が栄えとう時代やなかったら無理やろ。そやから最初は先行投資みたいなもんやったと思うわ。

「その後に塩の値崩れが来るわけか」

 醤油を作るのも一朝一夕ではいかんもんや。あれこれノウハウを積み上げて商品化するのと、塩の商売が衰えるのがシンクロしたぐらい時代があったんやろな。

「そこまで醤油に入れ込んだのは」

 塩の教訓もあった気がする。塩づくりも簡単やないが、それでも模倣しやすい技術や。だから今度は模倣しにくいものにしたいのはあったかもしれん。この辺は結果論があるけど、醤油を塩に代えての換金商品にするのに成功したぐらいは言える。

「醤油って言うけど、あれって小麦と大豆が必要じゃない。そんなに取れたの」

 取れへん。こっちの方がコトリは感心するけど、江戸時代は商品が大きく動く時代になって来とるんよ。作物かって自給自足で作るだけやのうて、他の所へ売って換金しようとするのもありやってん。

 それでも特産品とか、名産品とされるのは、その土地で作られたものがベースのことが多い。原料ぐらいは自前の発想やな。そやけど小豆島の人は原料は輸入で手に入るのを既に知ってたとしか考えられへん。

「そっか、瀬戸内だから、とくにだからかもね」

 秀吉の頃から天下の産物は大坂に集め市を立てて取引するのを進めとった。これは家康も受け継いどる。そやから大坂には大名の蔵屋敷が建ち並んで、年貢を現金化するのに必死やった。これは米だけでのうて特産品もそうやった。

 そのための輸送船が瀬戸内海を行き来するねんよ。それだけやない、回船業も発達する。これらの船はあちこちで売ったり買ったりしながら商売するんよ。小豆島はそういう船がよう来とったはずや。

「海路を考えるとそうなるよね」

 そこには小麦や小豆を乗せた船もあり、生活のために小豆島の人も買うとったはずやねん。それだけやない、船からいくらでも買えるのも知っとってんやろ。

「小豆島が買うとなれば調達して運んで来る船がいくらでもいるのもね」

 それを知っとったから醤油は作れると判断したんやろし、原料を買って作っても、これが醤油になれば何倍も儲かる事も知っとったはずや。

「商品価値さえあれば買い込んで運んでくれるのもね」

 加工貿易みたいなみたいなもんやけど、それが小豆島なら成立するとわかっとってんやろな。そういう仕組みを学んだんが塩やったんやろ。

「ついでにそれを出来るような資本の蓄積もね」

 当時の陸路の輸送力はプアや。千石船に仮に本当に千石の米を積んだとするやん。これを陸路で駄馬で運ぼうとすればどれだけいるかや。一俵を四斗としたら二千五百俵になるけど、馬でも二俵ずつやから千二百五十頭が必要になるねん。

 そやから人の往来は陸路が多くても、荷物輸送は河川も含めた水路がメインや。瀬戸内海はそのメインルートみたいなとこで、小豆島やったら物流の中に存在しているようなもんやったはずやねん。

「だから素麺も作ったのか」

 そんなとこやと思うけど、あれも一ひねりあるかもしれん。とりあえず目の前の讃岐が天下のうどん県やんか。さらに言うたらうどんはどこでも自前で作れるようなもんや。気候風土の問題もあるけど、

「あえて素麺にしたのかもね」

 素麺はうどんより作るのがはるかに難しい。だから産地も限られとる。それに素麺は保存食品やんか。うどんかって乾麺あるけど、無理に乾麺にせんでも生で食べたらすむもんや。輸出という観点から見れば希少性でも輸送を考えても換金食品として適してるぐらいは言えるで。

「佃煮はイマイチね」

 また誤解されるようなことを。今の小豆島の佃煮は美味い。そやけど商品に付加価値は加えられへんかったと見るわ。言い換えればブランド化や。ブランド化されてこそ商品の価値が上がるのは今も昔も一緒や。それにしてもこんな小さな島に十八も醤油メーカーがあるねんからな。

 ここは現役の醤油蔵が見学できるんや。ほぉ、木桶で仕込んでるんやな。こういうとこは珍しなったもんな。蔵に沁み込んどる醤油の匂いが日本人ならたまらんな。

「これこそ醤油蔵だよ。こうやって作ってこそ本物の醤油だよ」

 例のグルメ漫画の影響やな。あの漫画は全部ウソやとは言わんが、考え方が偏り過ぎてるとこがある。なんでも、かんでも昔ながら至上主義や。そうした方が美味しいのもあるけど、現代技術をボロカスにしすぎやで。

 醸造技術もそうで、こんなもの環境要因の影響が大きすぎるもんや。自然任せやったら、どう頑張っても出来不出来が出てまう。とにかく相手は微生物やからな。

「ワインなんかもそうだものね」

 そやから今の最先端の醸造技術は、最適の発酵条件に人工的にコントロールするのが常識や。たとえばやが、神の悪戯みたいな最高の発酵条件の再現かって、いつも出来るってことや。そう、あの作者が大嫌いなオートメーションの工場システムや。

 原料かって丸大豆に異常にこだわったんも笑えるで。醤油を作るプロから言わせれば、いつの時代の知識やと冷笑しとったわ。あれは昔が丸大豆やっただけの知識でしかあらへんてな。それよりなによりや、中途半端な庶民の味方のフリも鼻に付いたもんな。

 作者御推奨の方法で作ってみい。醤油が一本なんぼになると思うてるねん。これがワインの話やったらまだ譲る。ワインは日本人の欠かせない飲み物やないからな。そやけど目を剥くほど高くなった醤油を庶民をどうせいと言うんや。

「それはある。醤油って基本調味料だものね」

 そりゃマイぐらいの神の味覚があったら変わるやろうけど、あそこまでわかるのがそもそも異常や。神でさえ足元にも及ばんわ。そんなビックリ値段の醤油の味を知らん人間が不幸やとか抜かすんはムカムカするわ。

「それはまあ、漫画の話の設定の部分もあるけど・・・」

 そういうけど、あの中華料理至上主義はなんやねん。中華は美味いけど、あそこまで至上主義をやられたらケッタクソ悪いわ。それでも中華料理礼賛はまだ許せる。殴ったろうか思たんはオーストラリア絶賛や。

 あんなとこの料理が美味いわけないやんか。だいたいやで、オーストラリア料理って聞いたこともあらへん。あそこはイギリスの流刑地から始まって植民地になっとるから、天下のイギリス料理の直系やろうが、

 これも誤解されたら困るから付け加えとくけど、オーストラリアにも美味い料理も美味いレストランもある。そやけどオーストラリアの伝統料理とか、家庭料理みたいなものがどんだけあるねん。

「途中で移住したみたいだから身贔屓が出たのよ」

 それやったらエラそうに和食を語るな。あの漫画も最初は面白かったんよ。コトリも新刊が出るたびに楽しみにしとったからな。そやけど、人気が出るって言うのは作者にとっては必要な事やが、漫画の質には逆効果になりやすい。

 それは無理やりのひたすらの延長や。あの漫画の構成の基本は独立したエピソードの積み重ねや。そういうスタイルの難点は、そのうちネタが尽きて来る。エピソードのネタの質が下がって来ると漫画の質も必然的に下がるんよ。

 漫画の宿命やいうたらそれまでやけど、人気があり続ける限り連載は続くんよ。そやからどんな人気漫画でも最後はグダグダになり、人気も落ち切って人知れず消えてまう。そうやない漫画なんか数えるほどや。

「なんとか最後まで頑張れたのは、こち亀ぐらいかな」

 今日は止まらんわ。あの漫画は社会的主張も織り込んどった。これかって、最初は社会の変化により失われた味ぐらいの位置づけやったけど、ネタの質が下がるほど、それをカバーするためか濃くするどころか、

「鼻血のエピソードね」

 アホかと思うたわ。日本に住んで現実を見てから書きやがれ。安全地帯から遠距離射撃してせせら笑いやがって。

「作者の世代的にそういうのが正義だと信じて疑わないかもね」

 そういうこっちゃ。たかが漫画、されど漫画や。

「どうどうどう。だから人気が無くなったんだよ。さあ醤油ソフトクリームでも食べて落ち着いて」

 こういうミスマッチは微妙な気がするけど、これはこれで美味いな。