もう死語になりかけている言葉かもしれませんが辞書を引用すれば、
- 将棋で相手の王将を、盤の隅に追い込んで詰めること。
- 逃げ場のない所へ追い詰めること。
麻酔にはこれこれこういうリスクがあって、まれですが悪性高熱という致死的な病気を起こすこともあります、と説明をしたら、「そういうミスが起こったら、当然補償されるんですよね。うちの子を一生面倒見てくださるんですよね」とすごい剣幕で親御さんに言われたことがある。
引用文中に上げられている悪性高熱とは、麻酔中に突発的に起こる合併症の一つで、かつては死亡率が60%もあり、現在でも15%はあるという、麻酔科医にとって悪夢のような合併症です。私のような小児科医には学生時代に覚えたぐらいの知識しかありませんが、怖ろしい病気とぐらいに理解すれば良いかと思います。
死亡率が60%から15%に下がったぐらいですので、麻酔科医も日々研究を続けています。起しやすい要因を持った患者の調査、発生したときの対処方法なども確実に行なわれています。しかし良く考えてみると起こる危険性が高い患者であったからと言って、麻酔をしない訳にはいかないのです。患者は手術を受けなければいけないような病気になっているのであって、手術をしなければ生命の危険があるわけです。手術をするには麻酔が必要です。
さらに悪性高熱への基本的な対処を読むと、基本は麻酔をやめるにあるらしいのです。止めると言っても手術中ですから、そう簡単にはやめるわけにはいきません。麻酔科医が研究を重ねても死亡率が高率に留まっているのはその辺にあるかと考えています。(麻酔科医の皆様、知識が単純で粗くて申し訳ありません)
当然麻酔科医は手術前に患者にこの危険性を説明するわけです。もちろん同意書に署名もしてもらうわけです。ところがそこでfriedtomato先生が遭遇したような要求が出たら、医者サイドの正しい返答は一体何なんでしょう。
- そういう事態になったなら誠心誠意補償させて頂きます。
- そういう事態は今の医療では防ぎようが無く、残念ながら補償は出来ません。
似たような話は経験談ではなく判例として既に積み重なっており、肝硬変がある患者に超音波検査を勧めて拒否され、後で肝癌が見つかって訴えられた訴訟では医者が負けています。患者が定期処方薬をもらいに来るのをさぼり、誘因として患者が死亡した裁判でも医者は負けています。小児科でも受診して薬をもらい、改善しないと電話相談をされ、受診を勧め、それでも受診せずに死亡した裁判で負けています。
いずれも医者の説明不足として断罪されています。判決趣旨は「患者がわかるように説明を尽くしていない」の理由です。悪意で言い換えれば、患者の検査拒否や受診拒否で患者に不利益が生じた時は、後から出た結果から検証して、患者が翻意するまで説得しなかった医者が悪いと言う事です。
医者は患者に対して最善を尽くそうとするのが原則です。最善を尽くすためには患者の協力なしでは不可能です。ところが現在では患者がいかに不協力であっても、協力させるように努めなかった医者が悪いと言う事です。努めなかったでは表現はやや甘いかもしれません。いくら努めても患者が断固拒否し結果が悪かったら、「努めなかった医者が悪い」です。
こんな話を読みながら日々恐怖しています。頭に浮かんでいるのは雪隠詰めです。将棋盤の片隅に追い込まれ、マスコミ、政府、司法にひしひしと囲まれたら「詰み」です。将棋では盤外はありませんが、社会では盤外があります。雪隠詰めになってしまったら逃げ道は盤外に逃げるしかありません。
そう感じている医者はもう少なくありません。医者のプライドで辛うじて現場を支えてますが、プライドを支えるつっかい棒はドンドン外されています。ドタンと根元から崩れ落ちてしまうのは遠い将来の話ではありません。医者にはカウントダウンの音が轟々と鳴り響いています。医者には良く聞こえますが、医者以外にはほとんど聞こえていないのが残念です。