不思議の国のマドカ:写真大賞

 アカネもプロだから評価は気になるのよね。あれだけ仕事の依頼があるのだから評価は高いはずだけど、なんか形のあるものが欲しいじゃない。呼び名だってエエ加減、

    『渋茶のアカネ』
 これ以外に変えて欲しい。これだってもっと名が売れれば、もっと格好の良いのに変わるはず。名を売るのに手っ取り早いのは権威あるコンクールで受賞することだけど、加納賞への応募は内規で禁止されちゃってるのよ。

 加納賞に継ぐものとしてはやっぱり写真大賞。フォトワールド誌主催のやつ。あそこは大きく分けると新人賞と大賞の二分野になってて、二十五歳までが新人賞、三十歳までが大賞の応募資格。マドカさんにどんな感じの賞か聞いてみたんだけど、

    「そうですね。権威的には東の加納賞ぐらいでしょうか」
    「レベルはどれぐらい?」
    「どれぐらいと言われても・・・とりあえず赤坂迎賓館スタジオ時代に新人奨励賞を頂いております」

 ふむふむ、オフィス加納に入門する前のマドカさんでも取れるのなら、アカネにもチャンスはあるはず。

    「応募条件は?」
    「年齢とテーマに応じた応募写真」
    「加納賞と似てるね」
    「特徴としては、これまでの実績の評価も加味される点でしょうか」

 アカネはまだ二十二歳だから新人賞の応募資格があるじゃない。マドカさんに取れて、アカネに取れないはずがない。取れればフォトワールド誌がドカンと特集してくれるだろうし。コッソリ取って、みんなを驚かせてやろう。まあ、応募宣言して落選したら格好悪いし。しばらくしてからツバサ先生に呼び出された。

    「アカネ、写真大賞の、しかも新人賞に応募したな」

 あちゃ、どこからバレたんだろ。それとも写真大賞って応募したら所属スタジオに連絡でも来るんだろうか。

    「まったく、なんて事をやってくれたんだ」
    「どこがですか! 応募条件を満たしてますし、内規にも反しません。ましてやアカネは専属契約です。どこも問題はないはずです」
    「そんなチンケな問題じゃない」

 はて? 応募条件を満たして応募したことのどこが問題なんだろう。

    「フォトワールド誌も困惑しきってしまって、わざわざ神戸まで来て相談されたんだよ」
    「電話じゃなくて」
    「社長が来たよ」

 なんだ、なんだ。どうしてそこまで問題になってるんだ。

    「なにが問題だったのですか」
    「アカネがバカだからだ」

 そんなストレートに言わなくても、

    「わたしもここまでバカとは思わなかった」
    「アカネはそんなバカなことをしてると思いませんが?」

 ツバサ先生は頭を抱えてしまい、

    「アカネ、応募資格は完全に満たしてる」
    「じゃあ、どこに問題が?」
    「アカネに応募資格なんて、そもそもあるか!」

 はぁ、ツバサ先生が何言ってるか意味わかんない。

    「アカネ、US・フォト・グランプリの審査員に一緒に行っただろう」

 仕事が忙しいから断ろうと思ったら、ツバサ先生に首根っこつかまれるようにして連れて行かれた。アカネはツバサ先生と違って、日本語以外、いや日本語だって時に怪しいぐらいだから、ウンザリした。

    「アカネ、US・フォト・グランプリの審査員をやったのだぞ」
    「やりましたが」
    「日本から選ばれたのはわたしとアカネだけだ」

 そうだったんだ。なんちゅう罰ゲーム。

    「だからと言って写真大賞の応募資格がどうして消えるのですか」
    「審査員って何する仕事だ」
    「アカネをバカにするのもエエ加減にして下さい。応募された写真を審査ばっかりさせられて、賞が当たらない役」

 ツバサ先生が大きくため息をつかれて、

    「全然違う」
    「どういうことですか」
    「審査員に選ばれるとは、その賞を授与するクラスってことだ」
    「だから賞がもらえない」

 ツバサ先生は頭をかきむしりながら、

    「そうじゃない」
    「じゃあ、審査員をやっても賞がもらえるんですか」
    「既にその賞の対象を飛び越えてるってことだ」

 はぁ?

    「さらにコンクールの審査員にも格がある」
    「成ったら馬になるやつ」
    「それは将棋だ。ランクだ」
    「トヨタのRVのゴッツイやつ」
    「それはランクル。相撲の番付みたいなものだ」

 うわぁ、こんな表情になるツバサ先生は久しぶりに見た。

    「フォトワールド誌はUS・フォト・グランプリに敬意を表して、わたしもアカネもあえて審査員に呼ばなかったんだ」

 助かった。あんまりやりたくないもんね。ひたすら写真見せられて点数つけるはウンザリだもの。

    「US・フォト・グランプリは世界最高峰のコンクールの一つだ。US・フォト・グランプリを横綱としたら、写真大賞は平幕か十両ぐらいの差がある。なのに応募、それも新人賞に応募が来たので、これはフォトワールド誌へのなんらかの強い抗議と受け取ったんだ」
    「そりゃ、フォトワールド誌の勘違い」

 いかんツバサ先生の顔が赤くなった。

    「アカネにわかりやすく言っとく。世界中のいかなるコンクールへの応募を一切禁ずる。もし破ったら・・・」
    「破門とか」
    「そんなもんで許されると思うか! マルチーズだ」

 うぇ~ん、写真大賞最優秀新人賞の夢が。

    「アカネ、プロは仕事の評価がすべてだ」
    「そうですが・・・」
    「たまには依頼料を見ろ。あれ以下の仕事は全部断ってる」

 そう言えば、最近安い仕事見ないもんね。

    「あれももう少し上げないと話にならん。それがアカネの評価のすべてだ。渋茶のアカネが日本だけでなく海外でもどれだけビッグ・ネームか少しは自覚しろ」
 渋茶は余計だ。とにかくわかったのは、コンクールで名を挙げるプランはマルチーズの刑が待っているのだ。でも、なんでダメなんだろ。

不思議の国のマドカ:二人のマドカ

    「コトリ、シオリから頼まれていた調査報告書があがったよ」
    「えらい遅かったな。もう読んだ?」
    「今から一緒に読もうと思って」

 とりあえず名前は新田まどか。

    「ユッキー、このマドカさんって、あの新田の和明の姪だぞ」
    「へぇ、思うぬところでつながりがあるものね」
 いやぁ、こりゃ大変な生い立ちじゃないか。新田和明の妹は集団レイプに遭ってるんだ。その時のショックで発狂してしまったとなってる。さらに悪いことに妊娠してしまい、出産までしてるのよ。それがマドカさん。つまりは父親も不明だし、母親は精神病院から出れるような状況じゃなく、伯父である和明夫妻に引き取られている。

 マドカさんは円城寺家の娘と同い年だったので、いわゆる御学友みたいな待遇で育てられたとなってるわ。だからお嬢様然としてるのかもしれない。

    「コトリ、これタマタマかな」
    「たまたまちゃうかな」

 というのも名前が同じ『まどか』なんよね。なにか意味もありそうな気がしないでもないけど、同じになった理由は不明となっとる。

    「名付け親は和明?」
    「調査では母親となってるけど、そんな状態で名前なんか付けられるのかな」

 大学はお茶の水か、エエとこ行ってるがな。それにしても、ここも円城寺まどかとセットか。御学友も大変だわ。

    「写真に興味を抱いたのは円城寺まどかの方が写真に興味を示し、写真教室に一緒に通ったのが始まりとなってるわ」
    「なるほどね。さて、大学時代も写真には熱中してたみたいね。けっこうな数のコンクールで賞を取ってるみたい」

 大学卒業後だけど、あちゃ、円城寺まどかとまたもやセットで赤坂迎賓館スタジオに入社となってるよ。ただ入社後の扱いはかなり違って、円城寺まどかは特別待遇で社長の竜ケ崎守が付き切りのマン・ツー・マン指導になってる。

    「新田まどかさんの方は、下積みから入ってるで良さそうね」
    「あれちゃうかな。円城寺まどかはお嬢様芸の一つとして短期習得コース、新田まどかの方は本気でプロとして入門したぐらいの差かな」

 その後も違っていて。円城寺まどかは二年を過ぎたぐらいで卒業退職になったみたいや。

    「新田まどかの方はトラブル起してるわ。どうも社長の竜ケ崎学にセクハラ受けかけたみたいで、投げ飛ばしてクビになってるやんか」
    「竜ケ崎って写真界の大物、とくに東京では大御所の一人みたいだから、どこのスタジオも新田まどかを受け入れなかったとなってるわ」
    「それで神戸のオフィス加納に入門したってところね」

 生い立ちはわかったけど、肝心のレズ調査はどうなってるんや。

    「・・・幼少時から現在に至るまで深い男性関係があったとは認められないが、だからレズビアン要素があるとも認められない」

 どうにも浅い調査やな。そりゃ、新田まどかのレズの可能性を探れとは命じたけど、和明の事も殆ど調べてないやんか。男関係はなかったかもしれんが、円城寺まどかとの間に何もなかったかどうかも調べとらへんし。

    「ユッキー、これじゃシオリに見せられへんわ」
    「そうね。これじゃ、その辺の興信所程度の代物だもの」
    「来年まで待ってられへん。もう、コトリが陣頭指揮を執る」
    「気持ちはわかるけど、ここは古代エレギオンではなく現代のエレギオンHDなのよ。いくら大抜擢といっても、まだ入ったばっかりじゃない」
    「そのへん、なんとかしようよ。だってさぁ、コトリがここに住んでるだけで、完全に特別視されてるわけやんか」
 これも今回はある意味、非常対応。当初の予定では、コトリは外部から抜擢のユッキーの秘書で三十階には一緒に住まへん予定やってんよ。それがシノブちゃんに続いてミサキちゃんまで休職状態になってもたから、一緒に住まんかったらユッキーがやばいやんか。

 でも結果として一緒に住んでいるというだけで、エレギオンHDでは特別視されてまうんよね。それぐらい特別な場所ってこと。だったら、開き直って特別待遇の大抜擢やってもエエと思うんよ。

    「わかった。コトリの言う通り、悠長に待ってられないわ。コトリにはCFO、それとCIOを任せるわ」
    「弁護士資格も欲しいからCLOもやるわ」
    「じゃあ、それで」
 翌日には即辞令交付。荒業もエエとこやったけど部下の視線が厳しいわ。そりゃ、大学院、それも考古学部エレギオン学科卒業のポッと出が、いきなりエリートぞろいのエレギオンHDのトップ・ツーになったようなものやからな。逆の立場やったらコトリもそう思うわ。

 でも悪いけどポッと出やあらへんのよ、ブランクこそ十年ぐらいあるけど、元副社長のCFOやってんよ。調査部の質も落ちてると思たけど、財務部もかなり甘なっとった。コトリがおらんようになって羽根伸ばしとったみたいや。

 そりゃもうガチガチに締め上げてやった。コトリが本気出したら甘ないで、三人ぐらいは入院したかな。そら、そうや、あんなチンタラ遊んどったら地獄やろ。でもな、そんだけの給料払とるんや。給料分はコキ使うのが当たり前や。

 クビもかなり飛ばしたわ。クビいうてもグループ企業に戻すだけやけど、エレギオンHDでしくじった経歴は残るんよ。つまりは完全な左遷。それぐらいの粛清人事が必要なぐらいタルんどったわ。

 ユッキーもコトリがおらん間はかなり甘かったんは反省してくれて、しばらくはカンカンの氷の女帝やっとった。エレギオン本来の形である、怖いユッキーをコトリが微笑みでフォローする関係に戻すのに半年ぐらいかかってもた。

不思議の国のマドカ:課題決定

 マドカさんに何をすべきかだけど、今のマドカさんに何かを付け加えるのがイイ気がする。それを付け加えることによって、マドカさんに自分で殻を破ってもらい、プロの壁を乗り越えてもらうんだ。

 問題は何を付け加えるかだけど、マドカさんが出来る事がイイと思ってるんだ。マドカさんの写真の上品さは、お嬢様としての品の良さから出てると思うんだけど、マドカさんはタダの品の良いお嬢様だけじゃなんいだ。赤坂迎賓館スタジオ時代には、セクハラをやりかけた先生を投げ飛ばしてるんだ。

 そう合気道四段の猛者なんだよ。もっとも合気道って言われてもアカネにはピンと来ない。たぶん柔道とか空手と違うのを知ってるぐらい。たぶんだけど剣道でもない。マドカさんに聞いたこともあるのだけど、

    「合気道とは天地の気に合する道です」

 だから合気か。でもこれじゃあ、さっぱりわからん。

    「自然宇宙との和合、万有愛護を実現するような境地を目指します」

 なんだ、なんだ、ホンマに武術か?

    「武産合気により、自分と相手との和合、自分と宇宙との和合が可能となります」

 どっかの新興宗教みたいやな。聞いてもサッパリ、イメージが湧かないから少しやってもらった。

    「イテテテテ」
 なんか訳の分かんないうちに腕を取られて捻り上げられてた。でもこれは使えそうと思った。武道の力強さをマドカさんの写真に取り入れたら変わるはずだ。


 仕事の依頼はいろいろあるのだけど、その中からマドカさんの課題に適当なのを狙ってた。そしたらやっと見つかった。ツバサ先生への依頼だったので交渉に行ったんだ。

    「これをマドカの課題にしたいのか。狙いは?」
    「武産合気です」

 ツバサ先生はしばらく考えてたんだけど、

    「悪い、どういう意味だ」
    「自分と相手との和合、自分と宇宙との和合です」
    「アカネ、わかって言ってるのか」
    「全然わかりません」

 ツバサ先生はそっくり返って笑ってたけど、

    「狙いはよくわかった。イイ狙いだと思う」

 依頼されてたのは社会人ラグビー大会のポスター。

    「向こうには上手く言っとく」

 マドカさんに、

    「ちょっと新しい仕事をやってもらうね」
    「こんな大きな仕事はマドカにはまだ・・・」
    「これがツバサ先生流だよ。もてあましそうな仕事を死に物狂いで頑張った方が早く力が付くよ」
    「わかりました。精一杯努めさせて頂きます」
 神戸にも社会人の強いチームがあり、今回の仕事はそこの協力も得られる事になってる。マドカさんは張り切って出かけたけど、アカネはやはり心配。そうだ、及川電機のカレンダーをアカネに任せたツバサ先生もこんな風に感じてたんだとわかった気がする。

 撮影から帰って来たマドカさんはパソコン相手に写真のチェックに熱中してる。アカネも帰りに寄ってみたんだけど、

    「どうマドカさん」
    「お願いします。どうかマドカとお呼びください」

 う~ん、端正で上品だけど、これじゃあね。こういう写真を撮らせるとマドカさんの弱点がはっきりわかる。

    「どうも迫力ないね」
    「アカネ先生もそう思われますか」

 翌日もそう。やっぱりお上品すぎる。どうすれば迫力が出るかをアカネは知ってるけど、それはあくまでもアカネの流儀。この課題はマドカさんが自力で迫力を出す方法を編み出さないと意味がないんだよね。

    「それじゃあ、ラグビーの醍醐味が伝わらないよ」
    「そ、そうですよね」
    「ラグビーは紳士がやる野蛮なスポーツ、サッカーは野蛮人がやる紳士的なスポーツ」

 間違ってないよな。この手の言葉はよく間違う、いやタマにしか合わない、いやツバサ先生に言わせれば合ってたら悪いことが起るとまで言われてるから、さっきまで必死になってアンチョコ見てた。

    「マドカさんのは紳士的かもしれないけど、野蛮さというか力強さが出てないよ」

 言えた。格好イイ。まるでツバサ先生みたいじゃない。ただ翌日になっても、

    「アカネ先生どうでしょうか。こういうところに力強さを・・・」
    「マドカさん、写真は一目で伝わらないと商売物にならないよ」
    「一目で」
    「ポスターなんてとくにそう。目の端に入っただけでも、そこから引っ張り込むぐらいのパワーがいると思うよ」

 そうやって見ているうちにマドカさんの欠点が見えてきた。これを指摘して良いか迷ったのでツバサ先生のところに、

    「マドカさんは構図にこだわり過ぎてる気がします」
    「はははは、アカネらしい意見だ。アカネは逆だったからね」
    「逆って?」
    「わたしがいくら口を酸っぱくして教えたって、丸っきり無視して撮ってたもの」

 ギャフン。あの頃のアカネは構図と図工も似たようなものだとしか考えてなかったし。

    「アカネはあれこれ好き放題に撮りまくったゴールとして構図があるんだよ。でもね、通常は構図から入るんだ。そうすりゃ上手に見えるから」
    「でもあれだけ構図にこだわると・・・」

 ツバサ先生は椅子から立ち上がり、

    「でもアカネの意見は正しい。マドカは構図の呪縛の中にある。でもここで構図を無視するアドバイスは逆効果だ。マドカの写真を崩してしまう」
    「でも・・・」
    「ベストのショットを狙えば自然に構図にならなきゃいけない。構図を意識して撮るのじゃなくて、撮るのはあくまでもベスト・ショットだ。これは自分で会得しないとならない」

 窓の方に歩いていったツバサ先生は、

    「動きがあるものはいつベスト・ショットのタイミングが来るかわからない。その時に構図を意識しすぎるとシャッターが遅れるんだ。アカネの選んだ課題はマドカの試練となる。締め切りはわたしが調節するから、焦らず見守ってやれ」

 そこからクルリと振り返り、

    「アカネ、撮っておけ」
    「えっ」
    「オフィスも商売だ。マドカがダメなときにお手上げって訳にはいかない。でも見せるな」

 こういうところはシビアだもんな。ツバサ先生は、

    『努力するのは当たり前。評価は結果がすべて。それが商売』
 これも口癖だし。ガンバレ、マドカさん。

不思議の国のマドカ:シオリからの依頼

 さてサトルと結婚してから初めて女神の集まる日への出席だよ。そう言えばコトリちゃんも復帰してるから楽しみだ。リビングに入ると、

    「シオリ、おめでとう」
    「だいぶサトルを待たしたやんか」

 でもサトルは待っててくれた。わたしもどうしたってカズ君へのこだわりがあったけど、ここまで待ってくれたからサトルのプロポーズは素直に受け入れることが出来たもの。

    「取ってたんでしょ」
    「まあね。やっぱり男は初めての方が嬉しいと思ったし」
    「で、どうだった」
    「正直、新鮮味はイマイチで、久しぶりって感じだった」
    「それはしょうがないよ」
    「でもね、ユッキーの言ったとおり、最初から全開って感じになっちゃってさ、あれはあれで恥しかったよ」
 結婚式の夜に麻吹つばさとして本物の初夜をやったんだよね。この日は式、披露宴、二次会と長丁場だったから、サトルは気を使ってくれて、ハネ・ムーンに行ってからにしようかっていってくれたんだ。

 でもね、サトルをみたら限界だったし、わたしも初夜をちゃんとしたかったから、しっかり結ばれた。最初にサトルが入る時にはさすがに緊張したし、少し痛かったんだ。サトルは何度も、

    『痛くない、だいじょうぶ』

 こうやって声をかけてくれたんだよね。でも、サトルも耐えきれなかったんだと思うよ。途中からグイッって感じで入って来たんだ。その瞬間に吹っ飛んだよ。全部甦ってしまった感じ。後は夢中だった。

    「初夜は一回だけ?」
    「まあね、さすがに疲れてたし、ははは、わたしも飛んじゃって、気づいたら朝だった」
    「その後は?」
    「ホントに凄いよ。結ばれれば結ばれるほど、どんどん良くなっちゃって、もうサトルに夢中だよ」
 仕事が終わって家に帰るのが待ち遠しくてしかたなかったもの。休みの日なんて素っ裸でひたすら求めあってたんだ。でもね、その時にハッと気づいたんだ。こんな状態になったことが前にもあったって。

 あの時は生理の時以外は朝から夜までひたすら求めまくって、カズ君がほとんど死んでた。いや殺されそうになったと言ってたものね。だから、今はそれなりにセーブしてる。焦らなくたってサトルとはずっといるんだから、休みの日も作るようにしてる。

 アレは最高だけど、アレ以外の時間もしっかり楽しまないと意味ないものね。デートして、外食して、一緒にお買い物して、やりたいことはアレ以外にもたくさんあるんだよ。今度は子どもだって欲しいし。

    「そうだ、やっぱり子どもは元の麻吹つばさ似になるの」
    「そりゃ、そうよ。神は体を借りてるだけだもの。加納志織じゃないからね」
    「そこだけは残念かな」
    「なに、言ってるの。だからアカネさんで練習したんでしょ」
    「バレたか」

 アカネを綺麗にしたかったのはホントだよ。美醜が女のすべてじゃないけど、やはり美しい方がなにかと便利だもの。あれほどのライバルに育ってくれたアカネへの心からの御礼のつもり。ついでに自分の子ども用の練習台になってもらったぐらいかな。

    「ユッキー、アカネの感度を上げるのは出来ないの」
    「どうして」
    「だって、アカネにもこの世界を味あわせてあげたいじゃない」
    「シオリはアカネさんをホントに可愛がってるんだね。でも、それはちょっと難しいわ。やったことないし、自信も無いの。でもね、心配しなくとも、その時になればアカネさんも感じるよ。シオリみたいにいきなり全開は無理としても、愛する男の腕の中でしっかり花開いていくよ」
 そうかもね。その方が男も嬉しいかもしれないし。サトルはある程度理解してくれていたから、わたしがああなっても、そんなには驚かなかったと思う。でもアカネを最初に抱く男がいきなり全開になったアカネを見たら幻滅するかもしれないものね。


 それはとりあえず置いといて、今日はユッキーにお願いがあるんだよ。こんなことを頼めるのはユッキーしかいないし、出来るのもユッキーしかいないだろうし。

    「ユッキー、頼みがあるんだけど」
    「な~に」
    「ちょっと調べ物をして欲しいのよ」

 気になるのはマドカのこと。写真のことじゃない。マドカの才能は本物だし、アカネが与えるに違いない課題をクリアして、必ずプロになってくれると信じてる。わたしが気になってるのはマドカの目。

    「・・・そのマドカさんの目が、女を見る目に見えないってこと」
    「そうなのよ、わたしやアカネを見る目が、恋する瞳にしか見えないの」
    「さすがはフォトグラファーね」
    「これでメシ食ってるからね」

 あれはレズの目でイイのだろうか。とにかくこの仕事は長いから、レズ女性の写真の仕事もしたことがあるのよね。マドカの目はそれに近い感じがしてならないんだ。

    「別にレズでもかまわないんだが、アカネが襲われたら可哀想じゃないか」
    「ちょっとぐらいはイイ体験よ」

 あちゃ、ユッキーもコトリちゃんもレズ経験あるんだった。アラッタの女官時代にかなりやられたって話だものね。

    「でもシオリ、レズと言っても色々あるよ」

 さすがユッキーは元医者。そりゃ、木村由紀恵時代は凄腕の救命救急医だったからね、

    「レズもホモも同性を愛するけど、だからと言って性まで変わりたいとは思わないのよ。レズならあくまでも女性として女性を愛するぐらいかな」
    「なるほど。じゃあ、ホモで女装するのは」
    「あれも男なのに女として男に愛されたい表現かな。ネコの一つの行き着くところかもしれない。それでも女装してもあくまでも男として愛されたいのが基本だよ。レズが男装しても同じ」

 なるほどね。

    「じゃあ性転換手術までやったのは?」
    「そこまでいくと、病的になってくるかな。ここも微妙だけど二つに分かれるぐらいで見てイイと思う。一つは男ならネコの極致。ネコは受け身だけど、男として受けるのじゃなく、気持ちは女として受けるぐらいの感じの説明でイイかな。これが高じて、体も女に作り替えてしまったぐらい」
    「なんか複雑ね。もう一つは?」
    「こっちは完全に病気になる。たとえば体は女なのに心は完全に男と言うケースがあるんだよ。もちろん逆もある。心と体がまったく一致しないから、自分の身体に苦しみ抜くって感じだよ」
    「それって性同一障害のこと」
    「それぐらいの理解で良いわ」

 さすがはプロ。かなりの猥談になりそうな話題を整然と分類して説明してくれた。

    「話を聞く限り、マドカさんはお嬢様みたいだから、可能性としてはレズかもね。まあ、女に少しぐらいレズっ気があるのは、それなりにいるからね。わたしも少しならあるし」
    「コトリはゼロやからな。いやあんなものマイナスやで」

 これも前に聞いたことがあるけど、ユッキーは上位女官として先輩女官に初物として愛されたみたいだけど、コトリちゃんの場合は上位女官のオモチャとして、どこまでも女が感じることが出来るかを余興でやられたそう。この辺が二人のレズっ気の残り方の差かな。もっとも五千年前の話だけど。

    「イイよ、調べといてあげる。でもね、最近調査部がイマイチだからね」
    「そうやねんよ。近いうちにコトリが締め上げる予定」
 おお怖い。コトリちゃんも本気で仕事となると、ニコニコ微笑みながら、相当どころじゃなぐらいキツイらしいからね。

不思議の国のマドカ:西川流

 ツバサ先生が西川流を嫌いというか犬猿の仲なのは良く知ってるけど、どうして嫌っているのか良く知らなかったんだ。だから聞いてみた。

    「西川流を全面否定しているわけじゃない、たとえばだ、マドカが小学生から通っていた写真教室は西川流だし、赤坂迎賓館スタジオは西川大蔵の愛弟子の竜ケ崎学が開いたものだ」

 へぇ、マドカさんって西川流だったんだ。

    「西川大蔵は一流のプロだった」
    「どんな写真を撮ってたのですか」
    「マドカの写真だ」

 はぁ? ここも話をよく聞くと西川先生は自分の撮影法を詳細に分析したそうなんだ。これを写真理論としてまとめ上げたぐらいかな。アカネには到底出来そうにないことだけど。

    「西川は自分の写真理論から撮影法をマニュアル化して行ったんだよ。写真を覚えようとする者のレベルはマチマチだから、レベルに応じてプログラムを作ったんだ」
    「なんか学校の教科書みたいですね」
    「そうだ、アカネなら絶対落第してた」

 ウルサイわいと思ったけど、アタリの気がする。

    「欠点はそれじゃ上達しないとか」
    「いやする。初心者を効率よくレベル・アップするには優れてる。アカネじゃ無理だが」

 いちいちアカネを引き合いに出すな。

    「どこが欠点なのですか」
    「到達点さ。アカネ、西川流を極めたらどうなると思う」
    「えっ、そりゃ、師匠の写真に限りなく近づいて行く」
    「こりゃ、明日は雨かな。ロケだから困る。でもしかたがないか・・・それで正解だ」

 たまに当たったら、そこまで言うか。ツバサ先生は昔を思い出すように、

    「西川のデビューは鮮烈だったんだよ。写真の革命とまで呼ばれてたよ」
    「そんなに凄かったのですか」
    「ああ、一世を風靡したとして良い。いや風靡しすぎたのかもしれない。あまりの成功に西川はこんな事を唱え出したんだ。
    『写真の行き着くところは必然的に収束する』
    つまり答えは一つってことさ」
    「なんか数学とか、物理の話みたいですね」
    「そんな理解でイイかもしれない。でもな、そうなれば西川の写真が究極になるじゃないか」

 ツバサ先生が西川先生を嫌う理由がわかってきた。

    「ある会合の時に大喧嘩になっちゃってな」
    「ホテル浦島の時ですか」
    「加納志織時代だ」

 これはなんとなく聞いたことがある。たしか、

    『テメエの写真が究極とはなにかの冗談か』

 これを相当どころやない過激な表現で言い放ったとか。

    「でも西川流は人気あったんでしょ」
    「今でもな。アカネ良く聞け、プロとして食うためにはある一定ラインの水準を越えないといけない」
    「ツバサ先生がいうプロの壁ですね」
    「そうだ。この越え方は未だに具体的な手順や方法は不明だ。さらに時代によってレベルも変わる。だからサキもカツオも弾き返されて挫折した」

 そうだった。

    「でも西川流は壁の越え方を学べると思われてるから人気がある」
    「越えれるのですか」
    「西川の世界だけならな。あの世界では西川への近づき方が評価のすべてで、ある一定以上になればプロとして認められ、それなりに食えるようになる」
    「どれぐらいが合格点なのですか」
    「マドカの写真だ」

 えっ、あの程度で。

    「でもな、写真の世界はそんなに狭いものじゃない。だから西川流写真は加納志織に圧倒されたし、今もわたしやサトル、さらにアカネにも圧迫され続けてる。そうだよ、西川の写真は究極でもなんでもなく、単に高みの一つに過ぎないってこと」

 やっと褒められる喩えにしてくれた、

    「加納志織に押された頃から西川は完全に守りに入った。そう、西川流写真以外の評価を貶めて回ったんだよ。あれは邪道ってな。さらにマニュアルの強化をやりまくった。その結果、育てた弟子は西川流以外の写真を撮れなくなってしまっている」
    「そんなに」
    「ああそうだ。西川一門って世間で言うが、あの連中が食ってくためには、西川流の写真以外に価値を認めちゃならないんだ。それしか撮れないからな。だから結束しているぐらいさ」

 なるほど、うん、うん、うん、

    「ツバサ先生もしかして」
    「さすがはアカネだな、写真の事だけなら鋭い」

 ウルサイわ、当たってるのが悔しいけど。

    「西川は西川流を広めることによって写真のレベルをあげたのは間違いない功績だ。だから西川大蔵のレベルにはプログラムで到達することは可能になった。そういう世界で食うためには、西川のレベルを越えないと食えないってことさ」
    「それがプロの壁」
    「そういうこと」

 だったら、

    「どうしてツバサ先生はマニュアル化しなかったのですか?」
    「あははは、西川流のプログラムは良く出来てるよ。あれ以上のプログラムを作るのは面倒だ」

 ツバサ先生も理論派じゃないからね。

    「アカネ、西川流の最大の欠点はゴールを決めてしまっていること。でもね、わたしはゴールをひたすら目指してるんだ。それがフォトグファーだよ。写真学校の校長なんてする気もないよ」
 そっか西川先生はもうゴールに着いたと考えてるから、ゴールへの到達手順の作成に傾き、ツバサ先生はゴールは遥か先と考えてアーティスイトとしてそこを目指してるぐらいかな。


 ツバサ先生と西川流の関係はだいたいわかった。マドカさんは西川流の申し子みたいなもので良さそう。その西川流がマニュアル至上主義なのもわかった。その枠を越えさせればよいんだよ。

    「ツバサ先生。マドカさんの指導の方向性が見えてきた気がします」
    「ほぅ、楽しみにしてるぞ。アカネなら必ず成功するさ」
 なんだかんだと言いながら、ツバサ先生がアカネに置いている信頼は絶対なんだよな。なんとかしてこの期待に応えてみせなきゃ。