ちょっと気になった話

正月にたまたま旧知の医師と話し込む時間がありました。その医師も開業医なのですが、未だに各所の当直を請け負っています。個人的にはあれだけ遊び人だったのに、そこまで働き者であるのが意外だったのは白状しておきます。よほど経営が苦しいのかと聞いてみても、当直をやって収入が増えた分は殆んど税金で食われると笑っているだけでした。一応二代目ですから、開業資金の返済のためではないようでした。

人にはそれぞれ楽しみがありますから、その医師の意外な側面を聞いたぐらいでその点は置いておいて、少し気になる話を聞かされました。その医師は私がブログを書いている事を知っており、それなりの事情通と買い被られての質問です。

    当直請負集団をどう思う?
「???」てな話で、どうも従来からある医局主導の当直請負とは別種のものであるらしいようです。恥ずかしながらまったく知らなかったのですが、従来型とは違い、専業に近いような形で当直業務のみを請け負うグループが存在すると明言されていました。ま、当直も病院によりますが、月に7回もやればそれなりの収入にはなりますからビジネスとして成立はするかもしれません。

でもって当直請負集団のメンバー構成なのですが、実はこちらに一番驚かされました。話の信憑性はその医師を信用するしかないのですが、主体は前期研修を終えた医師がそのまま当直専門として所属していると言うのです。

私も研修医の頃(旧制度でのお話です)に、月8回程度のバイト(外来と検診)と病院からもらう給料が「バイト料 ≧ 給与」なんて笑えない時代がありました。たしかに当時は病院辞めてバイトだけの方がラクに儲かるなんて事を考えたものです。だから発想としてはありえるのですが、現実としてこれを地で行なうものがいるのにビックリさせられました。

それも自主的なグループではなく、どうやらですが会社的な組織で成立しているような感じのようです。その医師が実際に当直現場で見聞きした話ですし、私に壮大なホラを話すような関係でもありませんから、かなりの確率で信用できる話と判断しています。


上述したようにビジネスモデルとしては確立はします。かつてと言うか、たぶん今だって院生(無給助手もそうかな)の生活はバイトで成立しているかと考えます。院生は学費を納める上に、大学病院でタダ働きするのが基本で、それでは食っていけないのでバイトを行います。院生の場合はそれでも本業は研究で、研究から博士号を取得するまでのあくまでもバイトです。これの院生部分なしで行えば収入効率はそりゃ良くなります。

収入効率だけではなく、自分の時間を余裕で確保できます。当直は時間限定の上に、正規(ここは広義でお願いします)の勤務医のように受け持ち患者に主治医として24時間365日拘束されたりもありません。ごく簡単には当直時間以外はすべてフリータイムとして使う事が可能になります。私も研修医の頃に考えたぐらいで、見様によっては魅力的なモデルと言えます。需要も新研修医制度移行後に研修医戦力が消滅したために、売り手市場じゃないかと考える事もできます。


ただなんですが、どうしてもオッサン的な心配が出てきます。この当直専業モデルは短期としては魅力的な面はありますが、中長期ではどうなんだろうです。その点を話してくれた医師も心配していました。たしかに若い時はそれで収入と自分の時間の両立が出来る訳ですから良いでしょうが、そういう業務体系では医師としての技量の向上はさして望めません。

ここも当直と言う時間限定の業務に徹するなら技量もその程度で必要にして十分と言う見方も成立しますが、そういう技量では最後まで当直専科として医師生活を送ることになります。そんな生活が医師として本当に楽しいのだろうかです。


この点について私も話を聞いてから自問自答を繰り返しています。私は当直業務というもの自体が基本的に大嫌いのバイアスがあり、そこは慎重に考えないといけないところです。仮に当直業務が大好きであるならば、そういう医師生活も成立するんじゃないかです。夜間とか休日の業務だけを限定的に行なう代わりに、他の完全なフリータイムを楽しむのもアリじゃないかと。

それと当直専科であっても、開業への道が閉ざされているわけでもありません。開業も真面目に受け取れば、1人で誰との相談もなく判断・決定を行なわなければならないものであり、一般的には自分の技量にそれなりの自信がないと出来ないものです。ただなんですが、開業医のすべてが必ずしもそうとは言えません。

エッと言う年齢経験、さらには技量で開業するものもいます。そいでもって、そういう開業医が潰れるかと言えば必ずしもそうではありません。開業医と言うビジネスは、微妙な点が多々あって、「技量 = 繁盛」とは言い切れないところがあります。繁盛のポイントは他にも多々あって、医師から見ると「ヤブ」しか言い様のない開業医が大繁盛なんてのも珍しくありません。

極論すればニセ医師が大繁盛であったみたいな話すら転がっているのは周知の事です。ですから当直専科であっても、当直専科のまま過ごす選択も、時期を見て開業すると言う選択もあると言う事です。


当直専科と同列にしたら怒られそうですが、フリーランスの麻酔科医と言うジャンルが確立している事ぐらいは知っています。私は小児科医ですし、開業してから年月が経っているので感覚も少し古いかもしれませんが、常勤麻酔科医がこぼしていたのを聞いた事はあります。少なからぬ病院で麻酔科医は不足し、手術件数を成立させるためにフリーランス麻酔科医の手配が行われます。

常勤麻酔科医はフリーランスの手配を行った上で、また難度の高い方、長時間のマラソン手術はは常勤が受け持つことになるそうです。その上で緊急手術があれば呼び出され、収入がドッコイドッコイであれば常勤しているのがアホらしくなる愚痴っていました。


当直専科であれ、フリーランス麻酔科医であれ、そういう存在が確立してしまうのは、正規の勤務医の待遇が相対的に良くないのが根本だと思っています。そういうフリーター医師が確立してしまうのは、収入やその他モロモロの条件をトータルして、正規の勤務医の待遇がフリーター医師に必ずしも優越していない点だと考えます。

これは個々の医師の考え方、価値観の問題で条件の取捨選択、判断は変わりますが、フリーター医師で必要にして十分と考える者が出てきても不思議ないのが今の医療状況だと言う事ではないでしょうか。


勤務医の待遇改善はスローガンとして掲げられてはいますが、待遇改善のための根本的条件である医師数の不足は算数的現実として、現在の中堅層以上には無縁のお話です。現在の医師増加対策が成果を見せる頃には現役を退く年齢になります。現状への唯一の処方箋といえるアクセス制限も、現実の医療政策は24時間365日救急体制の確立に狂奔されています。個人的には医師が増えても24時間365日救急体制への新たな需要喚起により、増加効果は殆んど食い潰されるんじゃないかとも見ています。

従来の勤務医のライフプランの選択枝であった開業も、勤務医への歩留まりを狙った抑圧政策が続くのも目に見える現実です。抑圧政策がもたらすものは、開業の損益分岐点が高くなることです。新規開業での損益分岐点が高くなれば、開業自体がさらにリスキーになり、開業と言う選択枝のハードルが必然的に高くなります。開業医と言っても、なかなか30年も続けられるものではなく、だいたい20年ぐらいで投資資金を回収して老後のプランを考えないといけないからです。


開業への選択枝が狭めておけば、勤務医の待遇改善はスローガンだけで済むと言う計算かもしれませんが、そこまで締め上げれば、今度はフリーター医師の選択枝が広がる構図に見えない事もありません。医師生活の選択枝として成立するのは、それはそれで良いかもしれませんが、そういう選択枝の流れが太くなるのも将来的にはさして好ましい現象と言えない気はしています。

個人的にはフリーター医師と言うジャンルが成立してしまうのは医療の歪みの表れと感じます。しかし歪むように医療政策が推進されているのならば、これも結果として受け入れなければ仕方がないのかもしれません。需要は確実にあり、考えようによっては成長分野だからです。まだ勢力として小さいかもしれませんが、これが大きく成長していけば確実に問題となります。

是正したければ正規の勤務医の待遇がフリーター医師を鼻息で吹き飛ばすようにするのが正道ですが、そんな事が右から左に出来るぐらいなら誰も苦労しません。たぶん取られる是正対策は、お手軽なカネのかからない精神論とか感情論が用いられるでしょうが、本音の利害論をスローガンだけでどうにも出来ないのは誰でもわかります。

ま、色々と考えさせられるちょっと気になった話でした。