1/19付「医師養成についての日本医師会の提案−医学部教育と初期臨床研修制度の見直し−(案)」が話題になっているようなので取り上げて見ます。とりあえず23ページもありますから、気になるところを私の好みでピックアップしながら紹介しますので、その点は御了解下さい。
もっとも長いと言っても9ページ(表紙も含めて13ページ)は、日医が卒後研修も含めて憂慮し、懸念し、さらにそれに対する提案を適切に行ってきたの自画自賛部分です。そこについては面倒なので触れません。10ページ(表紙も含めて14ページ)目からが2011年版の提案になります。そこは「医学部教育改革案」と「初期臨床研修制度の改革案」が二本立てで行われていますから、それに副って見てみます。
まず医学部1〜4年生の教育内容の提案です。
高校の教科の繰り返しにならないよう、一般教養を見直して医学教養とし、医師としての資質の涵養に必要な教養課程を重視する。たとえば、心理学、社会学、哲学などである。社会保障、医療経済、男女共同参画やワークライフバランス(仕事と生活の調和)などについても学習する。
医学については、医学部教育モデル・コア・カリキュラム、大学独自のカリキュラムを尊重しつつ、1年生から臨床医学の履修を積極的に取り入れ、介護や福祉との連携も視野に入れた演習、見学実習、ボランティア活動等を実施する。
そして、おおむね4 年生終了時に、CBT(Computer Based Testing, 医学的知識を問う試験)、OSCE(Objective Structured Clinical Examination, 客観的臨床能力試験)、面接試験からなる「臨床実習資格試験(仮称)」を課し、合格者には、国家資格としての「臨床実習免許(仮称)」を授与する。
大学とは縁が殆んど無いので、現在の医学部教育がどうなっているのか知見に乏しいのですが、日医の提案を読む限り、教養分野の削減を主張しているように読めます。一般教養部分を削減し、直接医学に関る分野の教養に再編を提案していると言い換えても良いかもしれません。
それと多分ここが日医提案のカギと思われるのですが、4年次終了時にCBT、OSCE、面接試験からなる関門を設け、
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「臨床実習資格試験(仮称)」を課し、合格者には、国家資格としての「臨床実習免許(仮称)」を授与する
とにもかくにも臨床実習免許制が日医の提案通りに実行されれば、医学生にとっては最初の大関門になるのだけは間違いありません。大学によっては事実上、教養をほぼ消滅させるところが出てきても不思議ありません。今もそんなところがあるかどうか存じませんが、古典的な医学部では2年までは完全に教養で、3年次から医学(専門)教育みたいなスタイルでした。
古典的なシステムでは臨床実習免許試験まで2年しかありませんから、合格率を上げようと思えば、1年から医学教育を本格的にスタートさせた方が効果的とも言えます。そうしておいて3年次には一通り既に終え、4年次は主に試験対策に費やすみたいなスケジュールです。この辺は臨床実習免許試験の難関度によりますが、高くすればするほど、そういう傾向が強まると考えられます。
さて臨床実習免許を無事手に入れた5年次〜6年次の教育内容です。
現在は、医師法第17 条に「医師でなければ、医業をしてはならない」とあるが、法的整備を行ない、参加型の臨床実習を実現する。
卒業試験および医師国家試験については、基礎的医学知識は「臨床実習資格試験(仮称)」時のCBT によって評価されていると判断されるので、臨床実習の成果を問う問題に絞り込む。これによって医師国家試験対策の負担を軽減し、臨床実習を強化する。
参加型の臨床実習は、必ず指導医の下で行なわれるが、その際、医学生にとっては、医療事故に遭遇するのではないかという不安もあると思われる。日本医師会は、参加型の臨床実習の導入にあわせて、たとえば
などの支援を行なっていくことを検討する。
- 指導医等に対する医師賠償責任保険(医賠責保険)の補助
- 学生を対象とした準会員的な制度の新設
臨床実習免許による効力ですが、どうもかなりの範囲の「参加型」実習を想定しているように思われます。臨床実習免許試験の難関度もやはり高そうとするのが妥当の様で、
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卒業試験および医師国家試験については、基礎的医学知識は「臨床実習資格試験(仮称)」時のCBT によって評価されていると判断されるので、臨床実習の成果を問う問題に絞り込む。
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医師国家試験対策の負担を軽減し、臨床実習を強化する。
私の経験はかなり古いものですが、私の時代は医学部教育自体がすべて座学による基礎知識習得に費やされ、実習はすべて卒後であったと言っても良いといえます。そういう方式が良いと言っている訳ではなく、日医の提案は、私の時代なら6年かけて臨床実習免許(当時は医師免許そのもの)を得ていたものを、4年で取得させ、医学部5年次から実習に取り掛かるように見えます。
どんなものかと言うところですが、「臨床実習資格試験(仮称)と医師国家試験の改革案」の冒頭にこうあります。
医学部6年生は、知識問題を含む医師国家試験対策に多くの時間を割いている実態である。医学知識については、現在、4年生の半ば頃から4年生の終わり頃(大学によって異なる)に受験するCBT でも高度な内容が課されている。そこで、日本医師会は医学知識の評価はCBT の1回に絞り込み、以降は、臨床実習によって培われた能力の評価に特化することを提案する。
実はCBTとかOSCEと言われてもよく判らないところがあるのですが、非常に単純にCBTが知識試験、OSCEが実技(技能)試験ぐらいに解釈します。日医提案は知識試験を
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医学知識の評価はCBT の1回に絞り込み
司法試験に当たるのが臨床実習免許で、5年次からの臨床実習が司法研修所での司法修習になり、卒試や国試は司法研修所の卒業試験みたいな位置付けと考えると、かなり符合します。法曹は司法研修所卒業後に正式の資格を得ますが、法曹の場合は資格所持者は必ずどこかの機関に属する必要があります。裁判官であれば裁判所、検察官であれば検察庁、弁護士であれば弁護士会です。
医学生と言うか医師にもそういう意図があるかどうかですが、これは次章になるかと思われます。
日医の考え方はここに尽きるかと思われます。
日本医師会の医師養成改革案の基本骨格は、「医師は、地域の大学を中心に8 年かけて育てる」ことである。すなわち、初期臨床研修制度は、原則、出身大学の都道府県で行なう。窮屈な印象もあるかもしれないが、地域でこそ、あたたかく育てたいと考える。
非常に単純に解釈すると「合宿免許は許さない」でしょう。もう一つの見方は、新研修医制度導入時にあれだけ称賛された、研修の医局離れを全面的に否定し、すべて大学に縛り付ける方針と考えても良さそうです。そういう考えでの臨床プログラムは、
日本医師会が提案する医学教育改革案では、特に5年生、6年生でプライマリ・ケアを中心とする臨床実習を重視しており、その後、医師国家試験に合格した時点で、臨床研修能力は、一定の水準に達していると考えられる。そこで、初期臨床研修制度においては、1 年目はプライマリ・ケア能力の獲得に一定の目途をつけること、2 年目は、将来専門としたい診療科について、ある程度自立してプライマリ・ケアを行なえることを目標にする
医学部教育のところで解説したように、知識試験は4年次で終了するために、5年次・6年次は、現在の研修医1年目相当のものを行う構想である事がわかります。研修医の1年目を5年次・6年次で前倒しに行っているわけですから、研修2年目は、
将来専門としたい診療科のプライマリ・ケアを中心に研修する。
こうなるわけです。医学部教育もそうですが、これだけのシステム変更が行われれば、卒前・卒後の教育の一貫性と言う意味から、同じ大学で研修を受ける必要があるとのロジックも出てくるのがわかります。
次のところが興味深いのですが、
初期臨床研修を修了した医師は、医学部5年生、6年生での臨床実習、初期臨床研修医としてのプライマリ・ケア研修を経たことになり、十分な初期診療能力を身につけていると判断される。そこで日本医師会は、初期臨床研修修了者を、日本医師会認定「一般臨床医(仮称)」として認定する。
実に有り難いことに日医から一般臨床医のお墨付が頂けるそうです。なぜにここで日医が首を出すのか、私には「まったく」意味不明です。そう言えば、臨床実習免許での実習に対し、
参加型の臨床実習の導入にあわせて、たとえば
などの支援を行なっていくことを検討する。
- 指導医等に対する医師賠償責任保険(医賠責保険)の補助
- 学生を対象とした準会員的な制度の新設
こういう提案がなされていましたが、とくに指導医には日医入会が条件になると通常は考えます。それとも日医に入会せずとも支援するつもりでしょうか。よく判らないところです。
さて具体的な研修体制についての提案ですが、まず「都道府県ごとの「医師研修機構(仮称)」による運営」となっています。どんなものかと言うと、
都道府県ごとに、都道府県医師会、行政、住民代表、大学(医学部および附属病院)、大学以外の臨床研修病院からなる「医師研修機構(仮称)」を設置し、たとえば次のような運営機能を担う。
鳥取とか島根もすごい事になりそうですし、埼玉だって凄い事になりそうです。いや東京だって凄い事になります。たぶん凄い事にならないように、行政が強制的に調整し、調整の一翼に医師会が絡むとしているようです。日医の提案制度なら、研修医争奪戦は、厚労省の都道府県別割り当て数の獲得合戦が天王山になりそうです。研修医は大学を選んだ時点から、8年間のレールが敷かれることになります。
ここも面白いのですが、
各大学に「臨床研修センター(仮称)」を設置し、医学部卒業生は、原則として全員、出身大学の「臨床研修センター(仮称)」に登録する。研修先は、出身大学病院、当該都道府県下の大学病院以外の臨床研修病院とする。なお、たとえば出身大学の分院のような病院、関連の強い病院であれば、当該都道府県以外の臨床研修病院での研修も可能にする。
都道府県の研修センターですが、これを大学に置くとしています。大学を中心に研修するのですから、それ自体は不自然ではないのですが、とくに一県一医大のところには、既に厚労省の出先機関が作られるのが決定しています。来年度は15都道府県に限られるそうですが、地域医療支援センターです。あくまでもなんとなくですが、日医の提案がダブって見えそうな気だけしています。
日医の提案も評価できる点も、出来ない点もあると思います。出身大学に縛り付ける案などは、県ごとの人口の違いもあり批判は必至ですが、ここも良く考えれば、人口と医師需要に応じて調整すれば良いだけで、言うほどの欠点にはならないとは思います。むしろポイントは、
- 国試の二段階化(臨床実習免許試験と医師国家試験)
- 医学教育の前倒しによる速成化
- 研修医の研修場所の指定化
かなり前からそうなっていますが、日医に残されている力は「日医が賛成した」と言う形式だけです。形式として「日医の賛成 = 医療界の賛成」みたいなお墨付程度の存在感です。ただ馬鹿にならない存在感で、御用会議で賛成されてしまい、決定に使われると、後の対応が非常に厄介になると言う事です。後の厄介さは事故調の時にウンザリさせられました。
それとつくづく思ったのは、日医の脱退はできないものかと言う事です。医師会は「市町村医師会 → 都道府県医師会 → 日本医師会」の三段重ねの構造になっていますが、この三段は別組織です。会費も別々に支払っています。小児科開業医は検診業務や予防接種(神戸市では事実上、医師会員でなければ難しい)の関連があり、市町村医師会は必要ですが、後は不要と言うのがあります。
よく判らないのが、医師会員の数少ないメリットである医賠責です。あれはやはり日医に入会していないと無理なんでしょうか。研究した事も無かったのですが、京都府医師会に
内 容 | 日医医賠責保険 |
契約形態 | 団体契約 |
保険契約者 | 日本医師会 |
被保険者 | 日本医師会[A(1)・A(2)(B・C)会員] |
引受保険会社 | 東京海上日動火災保険他3社 |
対象となる事故 保険金と補填限度額 |
医療行為に基づく事故 損害賠償金と争訟費用、 年間総補填限度額=1億円 |
免責金額 | 100万円 |
発足年月日 | A1=S48.7.1 A2=S62.7.1 |
あきまへんな。日医会員である事が必要条件ですから、日医のみ脱退はデメリットが大きそうです。世の中うまく考えられているものです。