宇宙をかけた恋:三座の女神の秘密

 わぉ、久しぶりのナレーター役。いつ以来か思い出すのも大変なぐらい。先代は結崎忍、今は夢前遥のシノブだよ。ミサキちゃんが女神の秘書役って設定になっちゃって、シノブはいつもお留守番。

 それだけ信頼されてる部分もあるのだけど、とにかく出番が少なくて。今回の宿主代わりだって、なんかミサキちゃんのオマケみたいでモヤモヤしてたぐらい。それはさておき、話題はディスカルと結ばれたミサキちゃんこと三座の女神の話題に。ユッキー社長は、

    「ミサキちゃんはわたしとコトリの最高傑作と思ってる」
    「じゃあ、シノブはどうなんですか」
    「シノブちゃんは時代の要請で妥協しちゃったから」

 これも良く聞くと失敗って意味じゃなく、武神的な要素を盛り込まざるを得なかったぐらい。

    「シノブちゃんは教育担当が基本設計なのだけど、あの頃のエレギオンの必要性から第三の司令官が必要だったのよ」
    「第三とは?」
    「わたしとコトリが二人でトップだったけど、二人ともエレギオンを留守にしなきゃならない相手が出た時に三人目が必要でしょ」

 だから留守番が多いのか。

    「それにわたしだって、コトリだって不死身じゃないから、二人とも倒れるって可能性もあるわけじゃない。その時に三人目が必要なんだけど、ミサキちゃんじゃ平和すぎて、無理があるのよね」
    「そうなんよ。シノブちゃんは最後の切り札というか、もし首座と次座の両女神がいなくなった時にエレギオンを指導する役割と目的もあったんや」

 なるほど。ホントはミサキちゃんのような無防備平和都市宣言みたいな女神にしたかったんだけど、渋々最後のリザーブ的な要素を盛り込んだのが四座の女神のシノブってことね。

    「でもね、ミサキちゃんにも失敗しているところは幾つかあってね」
    「そうなんよ、どこをどう間違えたか頑固なんよ」
    「たぶんだけど真っ直ぐな信念を強くしようとして、やり過ぎたぐらいと思ってるけど」
    「あれはユッキーが、あそこを・・・」
    「よく言うよ、コトリが・・・」

 ミサキちゃんの基本キャラは真面目な常識家。そうしたのは首座と次座の二人がぶっ飛びキャラだからの自覚からで良さそう。二人の関係だけで言うと、

    首座の女神・・・秀才型の優等生
    次座の女神・・・天才型の遊び人

 これぐらいでまとめられるけど、ユッキー社長も相当どころでない破格キャラ。だからブレーキ的な役割を期待したぐらいかな。だから女神懲罰官は適任だし、二人の暴走を適当に制御するのに必要ぐらい。エレギオンHDでも縁の下の力持ちぐらいの役割だものね。

    「ミサキちゃんが激しいってホントですか」
    「疑うなら三十階に今から行ってごらん。エレベーターを出ただけでわかるよ」
    「さすがにビル中には轟かへんけど」

 そこまで・・・シノブだってそれなりのつもりだけど、ちょっと大げさな気が。そしたら二人は悪戯っぽく笑って、

    「あれを一緒にするのは無理があるって言ったやんか」
    「でもさ、最高の癒しになるじゃない」

 三座の女神が癒しの女神と呼ばれるのは、その特性として傷ついた心を癒すパワーを送りこめるのよね。ここで癒しのパワーは、通常なら静かに手を握り送り込むんだけど、

    「まさかですが、アレの時にも」
    「そうよ。あれ以上相手にパワーを送るのに相応しい体勢はないじゃないの」
    「そうやねん、感じれば感じるほど癒しのパワーは強くなって、エクスタシーの時にドット送り込まれる感じかな。この送り込む時に感度はさらに上がって、さらに大きな癒しのパワーが出来て・・・」

 ちょっと待って、そんなサイクルになれば、

    「癒しのパワーを送りこむだけで感度があがり、感度が上がるとさらに大きな癒しのパワーを送りこみ、それで感じたらさらにって・・・無限ループになるんじゃ」
    「そうなる」

 『そうなる』って、サラっと言いますけど、癒しのパワーの元は女神のエネルギーですから、それだけ大きな癒しのパワーを送ったらミサキちゃんはたちまちガス欠に、

    「そこんとこ心配しとってんけど、癒しの女神がアレやる時にはオルタネーターの効率が物凄い上がってフル回転するから問題ないみたいやねん。やればやるほどパワーがみなぎる感じかな」

 うわぁ、なんちゅう行き当たりバッタリな。まあ、そうなりゃ、灰になるまで燃え尽きるしかなくなるじゃない。なにか想像もつかない世界だけど。

    「そんな機能が必要だったのですか」
    「う~ん、ちょっとしたオプションのつもりだったのよ。物堅い常識家だけじゃ、男が寄り付かないと困ると思って」

 なにか無理やりなオプションよね。というか自分の男にしか使えないじゃない。

    「そういうけど癒しの女神が燃えまくる時に送られるパワーは凄いのよ。だからミサキちゃんの相手の男は、深い満足感と穏やかな心の状態になるのよ」

 そりゃ、そんだけの癒しのパワーがテンコモリ送り込まれれば、深い満足感と穏やかな心になるのはわかるけど、

    「どこまでパワーは増大するのですか?」
    「そりゃ、感じれば感じるほど」
    「たとえば失神するぐらい?」

 そしたら二人は顔を見合わせて、

    「シノブちゃん、癒しのパワーって良いパワーと思わない」
    「そうと思いますけど」
    「送られた方もイイ気持ちになるのよ」

 手からでもあれは良かった。

    「大きければ大きいほどイイじゃない」

 それはそうだけど、

    「ユッキーがドンドン大きくしようって言うから」
    「コトリだって賛成したじゃない」
    「まあ、そうやけど・・・もう一つのオプションはやり過ぎやったと反省してる」

 えっ、えっ、えっ、もう一つのオプションって、

    「シノブちゃんもわかると思うけど、最高に感じると意識さえ飛ぶぐらいになっちゃうじゃない」
    「ええ、まあ、そうですが」
    「でもさぁ、飛んだらそれ以上、感じられないじゃない」

 エライ話だけど、意識が飛ぶぐらいって極限でしょ。

    「あの頃のコトリは千年のブランクを経て、ようやく再開ぐらいだったし・・・」
    「ユッキーだって、やっと飛び始めた頃やったし・・・」
    「どこまでだろうって興味があったんよね」
    「絶対にイイと思ったのよ」

 なにをやらかしたの。

    「それに癒しのパワーの増大もそこがリミットになってまうやんか・・・」
    「あの加減って、あんなに難しいって思わなかったのよ。もう懲りたけど」

 懲りたって四千年前に何をした。えっ、えっ、えっ、

    「ま、まさか、飛ぶリミッターを・・・」
 コトリ副社長が高みって表現をよく使うけど、あれって風船を割れない様に、割れないように膨らませてる感じに近いかもしれない。当たり前だけど、より大きな風船が割れるほど強烈。ただしある一定以上はどの段階で割れても意識ごと持ってかれる。あれが人の耐えられる限界でイイと思う。

 失神するのは同じでも、その瞬間の強烈さを競うのがいかに女神でも感じられるリミットになるのよね。これがいわゆる飛ぶ高さのレベル。もちろん失神してからまた風船を膨らますのもありだけど、やはり限界がある。

 あれ以上膨らませて、もっと強烈な刺激を得る方法なんて考えもしないというか、あれ以上は体が耐えられないと思う。シノブが一番強烈に感じた時なんか、これで絶対死ぬと思ったもの。

    「イイ喩えだと思うわ。それはわたしも似た感じだもの。あれを越えるためには、意識を飛ばさずに味わったらどうかって思ったのよ。そうやって耐え切ったら、そこを越えて次に行けるはずだって」
    「そやから、ほんの少しだけリミッターを上げただけのつもりやってんけど・・・」

 なんだって! あの強烈なのを全部味わせて耐えさせるって・・・こいつら鬼畜か。そういえば嫌な話を思い出した。だいぶ前にミサキちゃんに、

    『やっぱりミサキはシノブ専務には遠く及びません。意識が飛ぶなんてないですもの』

 あの時は意識が飛ぶほどにはミサキちゃんがまだ感じたことがないと思ったから一生懸命慰めたけど、よくよく考えると四千年の蓄積があるミサキちゃんが、そんなはずないじゃない。そうなると、

    「どうなってるのですか」
    「まだ飛んだことないのなら青天井になっちゃってる気がする」

 ぎょぇぇぇ、青天井ってどんなレベル。それも五千年の経験者が言う青天井だよ。

    「目的はとりあえず達成してるのよ。ミサキちゃんがイクときの癒しのパワーは首座や次座の女神でさえ遠く及ばないものになってるはず」

 軽く言うけど、その代りどれだけ感じてるかを考えただけでも背筋がゾッとする。

    「だってあの上でしょ。あの上になると人では決して届くことのないまさに神の領域。ミサキちゃんは四千年前にそこに達し、粛々と昇り続けていることになるわ。今ごろはわたしたちでは想像すら出来ないところにいることになる」

 重々しく言うけど、そうしたのはアンタらでしょうが。

    「それでも元気にやってるから、なんとかなってると思てるよ」
    「そう、結果オーライ」

 結果オーライで片付けたら可哀想よ。たぶんだけど、シノブがダイナマイトとしたら、えっと、えっと、えっと、核兵器級の大爆発になってるとしか思えない。それもだよ、失神しないんだよ。全部受け止めて感じてるんだよ。

    「それでよく色情狂になりませんね」
    「そうね。基本設計が良かったと思ってる。とにかく真面目で、お堅い常識家だから、アレの時にちょっと感じ過ぎるのはオプションの隠し味になってくれた」
    「もっとも鷹の爪一つのつもりだったのが、ハバネロ漬けになったのが予定外やったけど」

 よく言うわ。死んでもおかしくないぐらいの隠し味じゃない。改めてミサキちゃんを尊敬し直した。クールでお淑やかで、猥談になるとすぐに真っ赤になるお堅いミサキちゃんに、そんな秘密があったなんて。なんちゅう強靱な精神力。そうそう、

    「どうしてあれだけ挑発したのですか」

 そしたらまたも顔を見合わせて。

    「からかったら楽しいじゃない」

 まあ、そうなんだけど。

    「ミサキちゃんはね、あれだけ感じる事が出来るし、燃えるのも大好きなんだけど物堅いのよね。お手軽には絶対しないのよ」

 それはシノブも同じ。お手軽過ぎるのはこの二人。

    「普段なら別にイイんだけど、ディスカルには癒しの女神の救いの手が早急に必要だったの。下手すりゃ自決しそうな感じもしたからね」

 たしかに、

    「だからミサキちゃんを焚きつけたのよ。ウカウカしてたら盗られちゃうって危機感を持ってもらったの」
    「そうやねん。だからあれも女神の仕事の一つ。今ごろディスカルはメガトン級の癒しのパワーを何十発も叩き込まれてるよ。それが出来るのはミサキちゃんだけだし」
 癒しのパワーは手を介して穏やかに流れ込むだけで気持ちが良くなるけど、イク時のメガトン級の物が一挙に流れ込んだら・・・叩きこまれるディスカルはウルトラ極楽浄土だろうけど、叩き込んでるミサキちゃんは狂乱なんて生易しいものじゃ済まないよ。

 叩きこむたびにメガトン級だよ。シノブが知ってる最大級の何百倍、何千倍みたいなのが炸裂するんだよ。いやもっとかもしれない。死んだっておかしくないし、そんなものを失神ぜずに受け止めきったら発狂しないのが不思議なぐらい。

 その状態が燃え尽きるまで延々と何十発も続くんだよ。それに、これって、やればやるほど果てしなく感度が上がるんだよ。ミサキちゃんの耐久力って、女神レベルでも桁がいくつ違うことか。


 このもう一つのオプションだけど余程懲りたみたいで、シノブにも付けられなかっただけじゃなく、張本人の二人もリミッターはいじくってないのよね。

    「ユッキー、遊び心もホドホドにせんとアカンてわかったもんな」
    「イイ勉強になったもの。ミサキちゃんがタフで助かったわ」

 タフで済ますな! 生きてる方が不思議なぐらいだぞ。

    「シノブちゃんも経験したい?」
    「死にたくありません」

 一度ぐらいならメガトン級に興味はあるけど、やったらたぶん死ぬ。

    「そうよね。わたしだって死にたくないし」
    「リミッターは戻せないのですか」
    「あれの調製は無理ね。やってみてよくわかったし。でもミサキちゃんもいつかは失神すると思ってる」
 そうなったらギガトン級とか。今度こそ死ぬ、絶対死ぬ。やっぱりエレギオンには三座の女神のブレーキが必要不可欠。ほっときゃ、なにやらかすかわかったもんじゃない。

宇宙をかけた恋:ミサキとディスカル

 ディスカルの病死が発表されました。これであの時のエラン人全員が亡くなった事になります。もちろんこれは表向きで、政府とも打ち合わせの上、日本の戸籍に編入させています。そして、

    『コ~ン』

 三十階にディスカルがやってきました。迎えに行ったのはミサキですが、そりゃ、ドキドキしました。あの三人ならトップレスで出迎えかねないからです。まだ日も高いですからよもやと思いますが、そうなればミサキも負けてられません。緊張しながらリビングに入ると、ごくごく常識的な出迎えになりました。

    「お世話になります」
    「遠慮しないでね。これもECOの仕事の内だから」

 ミサキも可能な限り癒しの力をディスカルに送り続けていますが、さすがに仲間のすべてを失った喪失感、寂寞感を埋めるにはまだ時間がかかりそうです。ディスカルを自分の部屋に案内し、しばらくは運び込んだ荷物の整理になりましたが、ようやく一段落しティー・タイムです。話は人類滅亡兵器に流れて行き、

    「・・・研究の結果ですが、あの兵器が作用するのは女性だけで良いようです。女性が生まれにくく、生れても子どもが出来にくくなって行くぐらいです」
    「やっぱり残留性が強いの?」
    「なんというか、ある種の生物兵器に近くて・・・」
    「伝染病みたいなもの」
    「それがイメージとしては一番近いと思います」

 地球人の血を引く者に抵抗性が強い理由ですが、

    「これは結果としてわかっただけで、未だに推測に過ぎませんが、過去の感染歴の記憶の問題ではないかとしていました」
 これはミサキの推測に過ぎませんが、エランでは感染症管理が極度に進み過ぎて、伝染病に対する抵抗力が落ちすぎていたのかもしれません。ディスカルも医学分野については素人の上に又聞きですが、地球人は人類滅亡兵器に対して基本的に免疫があると見て良さそうです。


 女性人口の減少はアラ時代末期から著明になっており、かつてアラが話したのは脚色がテンコモリでしたが、ディスカルの時代には実話になったと見て良さそうです。

    「実際の人口は」
    「小山代表が一千万人ぐらいではないかとされていましたが、そこまでではなく三千万人弱程度は残っていました」

 三千万人と言いながら少子高齢化、さらに男の比率が異常に高い社会です。

    「女性比率が一割を切るのも時間の問題でした」

 そこまでになれば、命懸けで地球に遠征して、治療の可能性がある地球人の血液製剤だけでなく、地球人を連れて帰るのだけの価値はあると思います。ジュシュルがユッキー社長の睨みにも屈しなかったのは、エランの重すぎる命運を背負っていたからでしょう。

    「結婚とかは?」
    「知る限り地球と類似のものと考えてもらって良いと思います。もっとも、これだけ女性が減ると、男のほとんどはあぶれますが」
    「完全人工生殖ならどうだったの」
    「総統はそれも考えられましたが、アラルガル時代の不評と、この技術もまた我々の時代には、これを実用化するのに無理がありました」
 エランの文明は高度なのですが、高度化しすぎて発達が乏しくなってたと感じます。これはアラルガルの時代からそうだったみたいで、新たな製品や技術を生み出すのに熱意が乏しくなっていたぐらいでしょうか。

 とにかくメインテナンスまで自動化され、古くなって調子が悪くなった機械は自動的に置き換えられるそうです。ミサキの頭の中には『完成されてしまった社会』のイメージが浮かんでいます。

 そのために開発研究者どころか、保守技術者の層も薄くなり、一度壊れてしまうと復活するのが難しくなってしまっているぐらいでしょうか。

    「仰ることは、地球に来て実感しております。地球の文明はエランに較べるとかなり遅れていますが、これから伸びて行こうとする活力を感じます。これに較べるとエランはむしろ衰え行く感じがします」

 エランは文明の終着駅に達したのかもしれません。地球もいずれ達するのでしょうか、こればっかりは、行ってみないとわかりません。同じ終着駅になるのか、違う終着駅なのか。これは、これからミサキが記憶の放浪者を続けて行けばいつか見ることになるかもしれません。

    「ところで小山代表」
    「もうその呼び方はやめようよ。そりゃ、全権代表やったけど、あれは臨時のお仕事。ユッキーと呼んで下さる」
    「そうやうちはコトリやし」
    「私もシノブ」

 ディスカルは照れくさそうに、

    「ではユッキーさん、仲間たちの墓地の整備ありがとうございました」
    「悪いけど地球式にさせてもらったわ」
    「あの碑文もユッキーさんが」
    「あれはね、三千年前に滅んだ国の哀悼歌の一節よ」

 ユッキー社長は軽く吟じながら、

    『勇者は行きて戻らず、
    その記録も失われたり、
    ただ記憶のみを伝えん』

 そこからディスカルの方に向き直り、

    「ディスカル、あなたには女神の選択を与えるわ」
    「選択とは」
    「神になること。あなたには最後のエラン人としてエランの歴史、記憶を伝える使命があると思うの。あなたが死ぬ頃にはエランも死に絶えると思うからね」
    「神ですか?」

 ディスカルの顔が爽やかなものになりました。

    「申し訳ありませんが、エランの滅びの元になってまで生きようと思いません。偉大なるアラもまたそうであったと聞いております」

 ユッキー社長はニッコリ笑って、

    「それもまた選択。アラもそうだったよ。さて、コトリ、シノブちゃん、今夜は飲みに行くよ」
    「ではミサキも」
    「ミサキは留守番。ディスカルを一人にする気なの。そうそう、今夜は朝まで飲み明かして帰らないからね」
    「そうや、帰るのは明日の昼すぎてからかな」
    「コトリ、それじゃ、可哀想だよ」
    「そうですよコトリ先輩。明後日まで飲んでましょう」

 えっ、えっ、そしたらユッキー社長はすくっと立ち上がり朗々と、

    「恵み深き主女神に代わりて首座の女神が宣す。ディスカルを三座の女神の男と認めたり」

 コトリ副社長が、

    「そういうこっちゃ、売れ残りは残念会でもやるわ」
    「私はまだ売れ残りではありませんよ」
    「シノブちゃんも気を付けないと売れ残りになるで」
    「コトリ先輩と同じにしないで下さい」

 三人はキャッ、キャッと言いながら玄関に向かいながら、

    「どんだけ燃えるんだろ」
    「そりゃ、灰になるまでに決まってるじゃない」
    「そんでもって、灰の中から不死鳥のように甦り」
    「また灰になるまで燃え上がる」

 ええ、燃えさせて頂きます。首座の女神の宣言を頂いているのですから、もうなんの遠慮もあるものかです。今はそれだけを考え、それだけに集中します。ディスカルは、

    「どういうことだ」
    「あれはエレギオン式の結婚式よ。古代エレギオンでは女神の男と正式に認めてもらうには、首座の女神の承認と宣言が必要なの。その宣言を頂いたの」
    「えっ、ではミサキとは夫婦・・・」
 地球とエラン、文明も文化も違うけど、アレだけは同じ。今から夫婦としての初夜。ミサキは幸せ。余計な事はもう考えない。今はディスカルと燃えたいだけ。言っときますけど、そんなに激しくありませんから。

宇宙をかけた恋:あれから三年

 宇宙船から脱出できたのは十一人で、浦島夫妻とエラン人が九人でした。ECO管理施設で地球順応教育を受けていたのですが、悲劇が襲います。三十五年前の宇宙船騒動の時のエラン人もそうだったのですが、地球の病原菌に弱いところがあるのです。

 エランでは感染症管理が極度に進み、殆どの感染症の撲滅に成功しているのです。そんなエランに較べたら、地球は感染症の巣窟みたいなところでしょうか。地球にあるだけのワクチン接種を行い、考えるだけの予防措置も施しましたが、一人また一人と亡くなって行ったのです。

 仲間を見送るディスカルの悲痛な顔を見るのが辛すぎました。そして三年のうちにディスカルを残し、すべて亡くなってしまったのです。ディスカルが生き残れたのは、前回に地球に来た時に施された地球の病原菌対策のためです。最後の仲間を見送った後のディスカルは悄然としながら、

    「ついに一人か・・・」

 ユッキー社長の表情も曇りがちでした。総理を脅し上げてまで地球人にする計画が殆ど実を結ばなかったからです。本来の予定でもエラン人は病死になる予定でした、これは表向きで、その時点で某国の難民に偽装させ、日本人にしてしまおうです。さすがにエラン人の風貌で日本人は無理でしたから。ところが本当に病死してしまい

    「思い通りにならないものね」

 仲間を失い一人になったディスカルを収容施設に置いておくのは拙いとユッキー社長は判断され、ディスカルだけは計画の病死にする予定です。そうやって日本人にはなれるのですが、どこに匿うかが問題でした。

    「とりあえず三十階に引き取ろう」

 孤独のディスカルを勇気づけ励ませるのは、エラン人がいないとなると、エレギオンの女神が適切なのは間違いありません。その意見には異論はなかったのですが

    「でもここは男子禁制では」
    「そんなこと、誰が決めたのよ。男子大歓迎に決まってるじゃない。ミツルだって、マルコだって来たことあるし」

 これはまた古いお話を。それでも三十階に男が住むのは初めての事になります。そうしたらユッキー社長とコトリ副社長はイソイソと、

    「男が住むのなら・・・」
    「ユッキー、とりあえず買ってきた」
    「必需品よね」

 どうしてコンドームを真っ先に買い込んで来るのよ。

    「あれっ、使わないの。そっか、子作りか、それともピル」

 そりゃ、欲しいけど。やっぱり、ちゃんと式挙げて籍入れてから・・・まだ、早いでしょ。ミサキだってディスカルが地球に戻って来てからまだなんです。シノブ専務まで、

    「ネグリジェ買って来た」
    「シノブ専務はパジャマ派だったんじゃ」
    「そりゃ、負けてられないし。ほらこっちの下着も見て見て」

 誰に負けてられないのですか。それにTバックまで買い込んで。寝室は四つですから部屋割りが問題になったのですが、

    「そうね。ディスカルの部屋は固定として、女は部屋は変わらないと」
    「コトリ先輩、スケジュール表がいるんじゃないですか」
    「そやな。でも、それやったら四日に一回しか出来へんやんか」
    「そっか、それは困りますね。二人ずつってのは、どうですか」
    「それやったら、バトルロワイヤルしたらどうやろ」

 なにがスケジュール表とか、二人一緒とか、バトルロワイヤルですか。

    「親しき仲にも礼儀ありだよ。風紀はちゃんとしないと女神のプライドに関わるわ」

 だ か ら、イボイボ付のコンドームを手にしながら言っても説得力ないでしょうが。

    「こっちの趣味はあるんかな」
    「ありません」

 ロープを持ちだすな!

    「まだ知らんだけかもしれへんで」
    「そうね、地球の性文化も教えなくちゃ」

 ローソク持ってムチを振るのはやめて下さい。そんなもの教える必要はありません。まったく、誰の男だと思ってるのですか。そしたら三人は口々に、

    「まだ籍入ってないし」
    「フリーでしょ」
    「チャンスはまだありますものね」
    「そやそや」

 何が『そやそや』ですか。何があっても渡すものですか。

    「せっかく地球に馴染んでもらうのだから、ミサキちゃんだけでなく、他も味見してから選ぶべきだと思うよ」
    「そうやで」
    「そうですよね」

 シノブ専務も尻馬に乗るな、

    「それならミサキが一緒に寝ます!」

 そしたら三人が口をそろえて、

    「反対」

 それに加えてシノブ専務が、

    「嫁入り前の娘が男と一つのベッドで寝るなんて、みだらですよ」

 スケスケのネグリジェにTバック買い込んでるシノブ専務に『みだら』は言われたないわ。スケジュール表とか、3Pはみだらやないんか。バトルロワイヤルって乱交やんか。女神がやれば乱交なんて生やさしいものじゃなくて、集団レイプみたいなものじゃない。そしたらユッキー社長が、

    「ミサキちゃんが一緒に寝るとお肌に良くないの」
    「どういう意味ですか」
    「ここの寝室だけど、完全防音じゃないのよ」
    「そうやで、残りの三人が寝不足になって、次の日の仕事にも応えるんや」
    「耳栓じゃ追いつかないし」

 そんなに激しくありません。

    「いや激しいよ。ベッドだって普通のベッドだから持たないだろうし」
    「そんなことで壊れません」
    「あの凄い声で仮眠室も壊れるかもしれないし」
    「そんな声は出してません」
    「そりゃ、一階の保安室までは聞こえへんやろけど」

 ここは三十階です。上や下の階にも響きません。とにかく猛烈な不安感に襲われますが、ここが今のディスカルにとって一番・・・良いのかなぁ。なにか腹を空かせた猛獣の檻に小ウサギを放り込むような不安が。

    「いろいろ楽しみだけど、とりあえずディスカルを説得してね」

 なにが楽しみなものですか。ただディスカルは相当ためらってました、

    「そんな女性ばかりのところに・・・」
    「そうなのよね、ディスカルが襲われないか心配で、心配で」
    「地球ではそうなのか」
    「ちがいます。あそこが特殊すぎるのです」
 ああ、ディスカルに貞操帯を履かせたい。それも鋼鉄製の頑丈なやつ。カギじゃ、アイツら開けかねないから、エランのロック技術を応用して・・・それでもコトリ副社長なら開けかねないか。シノブ専務なら調査部の総力を傾けても探り出しそうだし。

 なんとかディスカルを説得し、病死計画にも納得してもらいました。三十階に戻って報告したのですが、

    「それが今のディスカルに取って最良の選択だよ」
    「一人のままはエエことあらへん。ディスカルに生きる目的を与えんとな」
    「ミサキちゃん、私も協力を惜しまないよ」

 ああ、説得力がない。なによ三人ともスケスケ・ネグリジェにTバックって、いったい何考えてるのよ。ここは売春宿じゃないんだから、

    「ミサキちゃんも似合ってるよ」
 負けてなるものですか。ディスカルはミサキの男です。

宇宙をかけた恋:滅びの宿命

 ディスカルの話は何度も言い澱み、時に口をつぐみ、時に涙で絶句してしまうものでした。その度にミサキたちは見守り、ディスカルが落ち着いて話し出すまで辛抱強く待ちました。ユッキー社長は何度も、

    「ディスカル、もうイイわ。無理に話さなくたって。わたしたちが知ったところでどうしようもないことだもの」
    「いえ、聞いてもらう必要があります。地球がああならないためにも是非」

 前回の地球遠征にジュシュルが乗り込んできたのは、やはり地球への航海のリスクの余りの高さもあったようです。時空トンネルの内部の情報はエランの力を以てしても、

    『入ってみないとわからない』
 これもかつては、トンネル付近に監視衛星を置いて、かなりの情報を集めていたそうですが、今のエランにそんな力はありません。三十四年前の大船団の帰路の時と同じ状況であれば、到底通り抜けることが出来ないと誰もが考えたのでした。

 もう一つは宇宙船自体のリスクです。既に二回の離発着を行っているうえに、三十四年前のロートル船。そもそもエランから飛び立つことが出来るのかも疑問視されたぐらいだったようです。


 それでも結果から言えば地球遠征は大成功だったはずですがディスカルは、

    「前に小山代表は、エランの滅びの原因は意識分離技術にあり、これがある限り滅びは免れることは出来ないと仰いましたが、その通りになりました。我々の決死の努力など虚し過ぎるものとしか言いようがありませんでした」
 ディスカルに聞く限り、エランはすべて滅びの方向に運命づけられている気がしてなりません。その最後の希望がジュシュルとガルムムであったで良さそうです。この二人は本当の盟友だったそうです。ちょうどユッキー社長とコトリ副社長の関係のように。

 五年戦争を勝ち抜いた二人の命題はエラン再生であり、エラン再生のための焦眉の急は人類滅亡兵器の脅威への対処です。対処法のカギはアラ時代に既に見つかっており、地球人の純血種の血液と純血種の地球人です。ここで、より重視されたのはエランへの宇宙旅行を経た地球人です。

 ガルムムとジュシュルが地球に来たのは宇宙旅行のリスクに誰もが尻込みしたのもありますが、地球の神の存在を重視したようです。地球に行けば交渉相手は地球の神であり、人では相手にならない懸念です。とくに地球人の提供となると交渉が難しくなるのは必然です。

 ガルムムはシンプルな計画を立てていたようです。前回が友好使節でしたから、今回も友好交渉を装って降り立ち、サッと神戸空港を制圧して、何人かの地球人を拉致してトットとエランに連れて帰るぐらいです。

 しかし、あの時にはコトリ副社長が神戸空港にスタンバイしており、ガルムムの計画は一瞬に崩れ去ります。あの時にコトリ副社長さえ空港にいなければガルムムの計画は成功したはずです。そうなんです、エランに運命の女神は微笑まなかったのです。


 ガルムムの帰りを待ちわびたジュシュルでしたが、ついに帰って来ないと判断せざるを得なくなります。可能性として、

  • 地球にたどり着かなかった
  • 地球から離陸できなかった
  • エランへの帰路に遭難した

 いずれにしろ、誰かがもう一度地球を目指さないとエランの再生はありえません。ジュシュルは自分が長期にエランを留守にするリスクに苦悩したようですが、行かなければエランの滅びは確実に来ます。

    「ザムグ副総統は我々も信頼を置いていたのですが・・・」
 ザムグがエランの最後の命運を握っていたかもしれません。ジュシュルは地球での交渉に成功し、大量の血液製剤の入手と、浦島夫妻を平和裏にエランに招くことが出来ています。これでザムグが権力への野望に燃えなければエランは土壇場からでも再生した可能性はあります。

 しかしザムグは神になる魅力に屈してしまいます。シリコンはザムグが管理していたのです。そしてエラン最後の意識分離が行われる事になります。神となったザムグは権力奪取と、ジュシュル排除しか念頭になくなってしまったのです。運命の神はエランを見放したとしか言いようがありません。


 かつてコトリ副社長は意識分離技術こそが最終兵器であると喝破されました。この技術がある限り、人は神になる魅力を押さえきれず、神になれば覇道に走るのです。人類滅亡兵器の使用もそうで、神が覇道に走れば必ず使われてしまうぐらいでしょうか。

 エランは千年戦争の時、いや千年戦争の原因となった意識分離技術の普及で一直線に滅びの道を突き進んでいたのです。そんなエランがすぐに滅びなかったのは、まずアラの存在になります。

 アラは他の神々を打ち倒し、その後も断続的に現われる神々も悉く始末しています。意識分離技術も可能な限り封じ込み、シリコンの採取さえ不可能な状態にしています。そこまでして九千年の平和をエランにもたらしましたが、アラでさえ自分のための意識移動技術は残さざるを得なかったのです。

 アラが残さざるを得なかった意識分離技術の火種はアラが追放された後に再びエランで燃え盛ります。その時に登場したのがジュシュルとガルムムです。二人はアラの政策の継承を忠実に行い、他の神々を打ち倒し、エランに平和をもたらし再生のチャンスを得ます。それも後一歩まで漕ぎ着けていたのです。


 こうやってエラン再生の機会を考えると、ガルムムが来た時がラスト・チャンスだったのかもしれません。あの時にガルムムではなくジュシュルだったら、たとえガルムムであっても武力による地球人奪取を選ばず、平和裏に交渉していたら。

 運命の綾はいくらでもありますが、後悔は先に立ちません。あれもまたエランに定められた宿命だったとしか言いようがないのかもしれません。今のエランの状態は、

    『船、遂に覆る。ジュシュル溺る。エラン亡ぶ』
 嗚呼、ジュシュルの死はエランの滅びしかもたらしません。勝利者であるザムグは覇権を握るでしょうが、リル運動はさらに徹底推進されるとしか考えられません。地球人の血を引くエラン人排斥はさらに徹底され、人類滅亡兵器の対抗手段は完全に無くなります。

 たとえ新たな神が出現し、ザムグを倒したとしても、もうエランに地球に行ける宇宙船を作れる能力は残されていません。ディスカルが乗って来たのが最後の一隻なのです。ディスカルもあれを新たに建造するのは不可能だとしていました。

 ミサキにはエランの弔鐘が聞こえる気がします。百年も経たないうちにエランは無人の惑星になり、いつの日か地球人が訪れる日が来ても、目にするのはかつての高度文明の痕跡ぐらいです。


 亡宋三傑の一人文天祥は元の張弘範に捕えられ、宋軍に降伏勧告を書くように命じられます。文天祥はこれに対し所過零丁洋詩を贈ります。その文末には。

    『人生古より誰か死無からん。丹心を留取して汁青を照らさん』
 生きるより歴史に名を残すことを選ぶぐらいの意味です。文天祥は願い通り歴史に名を残しましたが、アラもジュシュルも、その名も偉大な業績を覚えるものはいなくなります。そう伝える人自体が死滅してしまうからです。


 ディスカルからジュシュルとアダブの死を聞いたユッキー社長とコトリ副社長は、毅然として、

    「ジュシュルは首座の女神の男である証を立てた」
    「アダブの至高の勇気は、次座の女神の男の証として相応しいものであった」
 涙を必死になって堪えているのが見てられませんでした。ミサキもエランの最後を飾った英雄たちの名を永遠に忘れません。せめてエレギオンの女神が永遠の記憶に残さずして誰が遺すと言うのでしょうか。

宇宙をかける恋:ディスカルの冒険

 なかなか話そうとしなかったディスカルも何回も三十階に招かれているうちに、ポツリポツリと話してくれるようになりました。ジュシュルが不在になった後に急速に勢力を伸ばしたのが、ある種の新興宗教兼政治団体のようなものだそうです。

 リル運動とも呼ばれたそうですが、リルは現代エラン語でも風とか嵐を意味します。この団体のスローガンは、

    『神聖なるエランの復活』
 具体的にはエランが滅亡の危機に瀕したのは、エラン人に地球人の血が混じったからだとし、地球人の血の混じったものをエランから排除すればエランは甦るという代物です。この運動がジュシュルの去った後に大きくなり、各地で地球人の子孫への迫害が起ったそうです。

 地球人の子孫と言っても、二千年前の十人ほどの子孫で、既に広く薄まってしまい区別など出来ないはずですが、

    『アイツは地球人の血を引いてる』

 こう目を付けられるとリンチを喰らうぐらいでしょうか。総統政府でも問題視されたようですが総統代行のザムグ副総統は、

    『信教の自由』

 これを理由に反応が極めて鈍かったとされます。そのためリル運動は燎原の火のようにエランに広がったとされます。既に暴動の域まで広がっていたリル運動に対し、ザムグは鎮圧部隊を送りますが、これが悉く撃退され、鎮圧部隊が敗れたことにより武器を手に入れたリル運動はますます猛威を揮うことになります。

    「後でわかったことですが、ザムグは意識分離を行い神になっていたのです。そして、リル運動を裏から操っていたのです」

 どうして人類滅亡兵器の対抗手段でもある地球人排斥運動など行ったかですか、

    「すべては総統が帰って来た時のためです。総統は持ち帰った地球人の血で人類滅亡兵器の脅威を取り除くとしています。総統に対抗するために、地球人の価値を否定し排斥したのです」

 なんてことを。自分が権力者になるためにエラン再生の可能性さえ捨て去るとは。ザムグはリル運動を公式のものと承認し、エラン全土に地球人排斥の嵐が襲うことになります。ディスカルも口を濁して言いにくそうでしたが、

    『地球人の血を引く者はエラン人にあらず。よって死刑廃止の対象にあらず』
 こうまでしてたようです。リル運動は熱狂的な支持は集めましたが、これに反発する者も多数いました。いや、そちらの方が数としては多かったとしても良さそうです。そこでルガルング将軍を中心としたクーデターが起ります。

 これは成功したのですがザムグ逮捕には失敗し、首都を逃げ延びたザムグは地方で勢力を拡大することになります。ザムグはリル運動の指導者として正体を現します。

    「ザムグは自らをディンギルと名乗り、各地の基地を襲い大勢力となったのです」

 ディンギルとは現代エラン語でも神を現します。もちろん総統府も討伐軍を送りますが、これがなぜか連戦連敗。逆に首都に迫る勢いを示すことになります。総統府も必死になって防戦に勤めますが、ついに首都を明け渡さざるを得なくなります。

    「ザムグに勝てなかったのは、神と人の能力差もありましたが、ザムグは総統府に毒を仕込んでいたのです」
 中枢の参謀府までスパイを置き、討伐軍の情報が筒抜けだったようです。首都からの撤退を強いられた総統府は残る戦力を宇宙基地の防衛に注ぎ込んだようです。目的はジュシュルの帰星。ここまで追い込まれた状況をひっくり返すには、総統府側も神であるジュシュルを待つしかないとの判断です。

 ザムグもジュシュルが帰国する前に宇宙基地を落としてしまおうと大攻勢をかけたようです。そんな大激戦の真っ最中にジュシュルはエランに戻ることになります。着陸中の宇宙船も攻撃を受け、辛うじての着陸だったようです。

 ディスカルは本当に悔しそうな顔をしていました。なんとか着陸した宇宙船ですが、その大きすぎる船体故にザムグ側の格好の攻撃目標になり、せっかく地球から運んできた血液製剤も宇宙船から運び出せずに炎上させられ灰燼と帰してしまったのです。

    「総統は報告を受け、反撃に移ろうとしたのですが・・・」
 しばらくは宇宙基地を支えていたそうですが、多勢に無勢はジュシュルを以てしても覆せずついに宇宙基地からも撤退。以後はゲリラ戦に移行することになります。


 ここでミサキも疑問だったのですが、エランの武器は携帯兵器でも強力なんてものではありません。なにしろクレイエール・ビルでも切り倒し、神戸空港から六甲山を貫くほどの威力があるからです。

    「あれは強力ですが、エランでは使われることは殆どありません」

 ディスカルの話によると、あの系統の兵器が出現した時には圧倒的な威力を示したそうです。そりゃ、そうでしょうが、それに対する対抗手段もすぐに開発されたようです。

    「ある種の干渉波ぐらいに理解してもらえれば・・・」

 あのレーザー光線のようなものを無効化する防御兵器が普及し、それも超小型化して兵士なら誰でも身に付けているそうです。それだけでなく、レーダーのような探査装置や各種精密誘導装置を無効化する技術も極度に発達したために、

    「エランの地上戦の基本は無誘導兵器が主体です。そういう意味では現在の地球より退化しているかもしれません」

 だからゲリラ戦が行えたのでしょうが、戦場の過酷さは変わりません。幾度かザムグ側に手痛い損害を与えたこともあったようですが、武器食糧の調達がジュシュル側では劣り、次第に追い詰められる事になります。

    「アジトを急襲された時に・・・」
 劣勢になると必ず出るのが裏切り。ゲリラ戦に移行してから築き上げていたアジトの位置を密告され、ザムグ軍の急襲を受けることになります。必死の防戦に努めたそうですが、ゲリラ側が後手に回らされると支えきれなくなったのです。

 ジュシュルたちは見逃されていたルートから決死の脱出を行いましたが、これを援護した部隊は壊滅、それだけではなくなんとか集めていた武器や食糧をすべて失うことになります。ゲリラ側の戦力は大幅に落ちることになります。

 アジトを失った後は野宿で転戦を重ねることになります。それこそ泥水をすすり、草の根をかじっての難戦苦戦の連続に陥ります。ザムグ側の追撃の手は容赦なく、次々とゲリラ側の兵士たちは倒れていくことになります。よほどひどい状態だったようで、

    「夜だって常に襲撃の危険があります。常に追いまくられながら、時に反撃して敵の武器や食糧を奪うのですが、それだけでまた兵士たちは減っていき・・・」
 ディスカルもそれ以上の詳しい内容は口にしませんでしたが、心身とも極限状態のゲリラ戦を夢遊状態で戦い抜いたぐらいで良さそうです。そんなジュシュルのゲリラ部隊が最後に潜んでいたのが古い鉱山の跡だったようです。しかしザムグ側の追撃は厳しく、そこもいつ襲われるかわからない状態だったそうです。


 そんな時にある情報が手に入ります。ザムグは残っていた宇宙船を修理し、これにエラン人戦犯を乗せて地球に星流しにする計画を進めていたのです。これぐらいエランでは死刑廃止は重いとしか言いようがありません。

 これを知ったジュシュルは重大な決断を行います。頽勢挽回の困難さ、たとえ頽勢を挽回しザムグを倒したとしてもエランの再生は無理との判断です。そこで残った戦力で最後の作戦を行うことにしたのです。ジュシュルはこれまで苦難を共にしてきた兵士たちを前に、

    『我々は地球側の満身の好意を受けた。不幸にも希望の綱であった血液製剤は灰燼と帰してしまったが、もう一つの大事な預り者がある。浦島夫妻だ。ここまでエラン再生のために不便を忍んでもらったが、もうエランで活躍できる場所は無くなった。我々に残された使命は、浦島夫妻を地球に送り届けることである』

 作戦は、ザムグが目の仇にして追い回しているジュシュルが囮になってザムグ軍を引き付け、手薄になった隙を狙って宇宙船を奪い、地球に亡命するものでした。最後の作戦の前にジュシュルに呼ばれたディスカルとアダブは、

    『お前たちには別働隊を率いてもらい、宇宙船で浦島夫妻を地球まで送ってもらう』
    『総統、お言葉ですが、それは承服できません。私たちは最後まで総統のお供をします』
    『ならぬ。あの時の乗組員で生き残っているのはもはやここにいる三人のみだ。誰かが行かねば地球とコンタクトさえ取れぬ』
    『それでは総統が行くべきです。そして小山代表と会われるべきです』

 ジュシュルは宥めるように、

    『この作戦は犬死するためのもでない。地球から預かった浦島夫妻をエランの誇りに懸けて送り届けることだ。そのためには如何なる犠牲も惜しんではならない』
    『しかし総統』
    『宇宙船を動かせるのは、今やこの三人しかいない。私は囮に必要だ。宇宙船奪取も容易なものではない。生き残れる保証もない。だから保険を掛けて二人だ。必ずどちらかが地球まで浦島夫妻を送り届けるのだ』

 不承不承だったようですが兵力を二つに分け、ディスカルとアダブが別働隊、ジュシュルが陽動隊を率いて作戦は行われます。最後の出撃の前にディスカルは、

    『総統、なにか小山代表への御伝言があれば預かります』

 じっと空を見上げたジュシュルは、その空の向こうにある地球、そこに住む愛しいユッキー社長のことを思い浮かべていたのではないかと思います。それでも微笑みを浮かべながらこう言ったそうです。

    『宇宙旅行に招待できなくて申し訳ないと』

 最後の作戦も熾烈なものでした。陽動作戦でザムグ軍主力を引き寄せたと言うものの、宇宙基地の警備も厳重。ディスカルたちは三百人の部隊を率いていたようですが、宇宙船に近づくまでに次々と倒れて行き、

    「乗り込んで飛びたつまでの間を支えるのが・・・」

 もう百人ぐらいに減っていたそうですが、アダブは浦島夫妻とディスカルたちを強引に宇宙船に押し込んだそうです。アダブは、

    『地上に残って離陸まで支える』
    『私も残る』
    『どちらかが宇宙船に乗らないと離陸できない。お前の方が宇宙船にも操縦にも詳しい。だからお前が乗らなければならない』
    『しかし、それでは・・・』

 アダブは怒鳴りつけたそうです。

    『総統の命に代えての作戦を無にするつもりか!』

 その後に二カッと笑って、

    『先に行って総統と待ってるぞ。あははは、地球で死んだらもう会えないかもしれないがな』

 目の前でアダブたちが次々と倒れて行くのを見ながらなんとか離陸。しかし攻撃目標になり、この時だけでも相当な被害を受けたとの事です。この時に宇宙船に乗り込めたのは二十人足らずであったそうです。

    「地球への航海中も緊急事態の連続でした」
 宇宙船と言っても老朽船の上、既に二度の離着陸を行っています。修理も流刑目的あったためか十分とは言えず、さらに離陸時に少なからぬ損害を受けています。船には自動応急修理装置もありましたが、その機能を越えるトラブルが次々に発生したそうです。

 決死の修理が何度も行われ、そのたびに乗組員の犠牲者も出たようです。難所の時空トンネルも大変だったようで。

    「総統との地球往復の時は平穏でしたが・・・」

 条件は大損害を出した時に近かったのではないかとしています。自動操縦で切り抜けるのは無理と判断したディスカルは半自動操縦に切り替えたそうですが、

    「私も素人みたいなものですから・・・」

 遭難こそしなかったものの、船体にさらにダメージを負ったそうです。それがあの彗星の尾であったとして良さそうです。船内も多くのところが損傷のために閉鎖状態となり、残された区画を維持するのに懸命の状態であったとしています。通信設備のダメージも大きく、

    「小山代表につながった時はホッとしました」
 ここまで疲労困憊状態の乗組員たちでしたが、地球との連絡が取れたことでわずかな希望が出て士気はあがったそうです。そして最後の難関が神戸空港への着陸。着陸態勢に入ったものの、しばらくして船の中央コンピューターがついにダウン。いや、とっくの昔にバックアップ用の緊急システムで凌いでいたようですが、これも止まってしまったのです。

 この時には大気圏突入の衝撃でさらに船の損傷は大きくなり、生き残っていた乗組員たちは出口に近い緊急事態用の副制御室に立て籠もっていたそうです。船内には火災まで発生し、覚悟を決めたそうですが、

    「でも信じられないことが起ったのです。コントロール不能のはずの船体が、なぜか最後の瞬間まで保ち続けたのです」
 ここから先は、あの時に見た光景になります。これで浦島夫妻が話したがらなかった理由がよくわかりました。浦島夫妻はディスカルが潜り抜けた修羅場をすべて体験されているからです。