ツーリング日和13(第27話)小出雲環境大臣

 石鎚スカイラインの終点は広い駐車場になっていて、そこに土小屋テラスという立派なレストハウスがある。

「これはレストハウスの域を越えてるだろう」

 レストハウスと言えば食堂と土産物屋プラスアルファ程度のはずだけど、ここは宿泊施設も備え、会議室やさらには温泉まである。

「モンベルが入っているのに驚くよな」

 名前にある土小屋だけどもちろんそうじゃない。これはここに石鎚山を拝む土小屋遥拝殿があるから。遥拝殿も今は土小屋でなく木造だけど、かつては土小屋だったんだろうな。石鎚スカイラインもこの遥拝殿への参道だったはず。

「入り口に大きな石鳥居があったものな」

 ここからは石鎚山を拝めるのだけど、それだけでなくここから石鎚山への登山ルートの一つがあるみたいだ。だからモンベルが入っているのだろうけど、

「登山基地の性格もあるのだろうな」

 にしては立派過ぎる気がする。てな話をしながら撮影休憩だ。

「休憩じゃない仕事だ」

 まずは駐車場からの風景を撮影。この撮影だけど、ここでは土小屋テラスの中も撮りたい。内部を撮るとなれば撮影許可が必要。この許可も手軽に取れるところもあるけど、今回はちゃんとした方が良さそう。

 ちゃんととはこちら側の格好のこと。撮影許可をもらう要点は相手に信用してもらうこと。あっちだってどこの馬の骨と見えたら良い顔しない。撮影許可も店内やレストランぐらいならまだ手軽だけど、今回は宿泊施設内も欲しい。

 そのためにこちらの身分を示す準備がいる。これもあれこれ試行錯誤の末に、腕章と社員証の名札にしてる。ツーリングファン社は歴史だけは長いから、会社名を示したらわりと効果的なんだ。駐車場からの風景を撮っていた清水先輩だったけど、

「あれって小出雲環境大臣じゃないか」

 えっ、こんなところにと思ったけど、いるよ。小出雲大臣は代々の政治家一族で、お爺さんも首相になっている。小出雲大臣も与党のプリンスと呼ばれていて人気がある。これは政界のサラブレッド的な立ち位置もあり、若くてイケメンなのも理由の一つかな。

「最近はちょっと雲行きが怪しいが」

 まずは結婚したこと。あれで女性の支持が少し減ったかな。もっとも政治家の結婚は一般的に早いから、それぐらいは計算内のはず。

「それはそうだが、あの姉さん女房はどうだろう」

 ジェーン竜田川だろ。美人政治コメンテーターみたいなことをやっていた人でアメリカからの帰国子女だけど、どうにも上から目線が気に障る人。それが結婚してからますます増長してる感じかな。

 言ったら悪いけど、将来のファーストレディ気取りが鼻について仕方がない。小出雲大臣にしても、もうちょっと選びようがありそうが素直な感想。この辺は他人の好みもあるだろうし、蓼食う虫もなんとやらだし、それよりなにより出来ちゃった婚だけど、

「それも評判に微妙に水を差してるよな」

 口さがない連中はジェーン竜田川に嵌められたって噂も出てたぐらい。そこはまだプライベートの話だけど、

「ボクのシックスセンスに響いたはギャグのネタになったよな」

 環境大臣の大きな仕事の一つに環境の保持とか改善とはある。そのために目標値を定めて産業界とか国民を誘導するのはわかるけど、とある目標値の設定根拠についての答弁がシゥクスセンスだったのよね。

「あれから環境利権に小出雲家が絡んでるとかの疑惑話が出て来たものな」

 ここもざっくり言えば、小出雲大臣は与党のホープとして党の要職も経験したのだけど、なにをやらせても結果はイマイチなのがある。弁舌は爽やかなんだけど、

「口ばっかりの悪評も定着しつつある」

 それでも国民的人気ってやつがあるとかで、

「ああマスコミのお気に入りの地位はまだ保ってる」

 双葉たちだってマスコミの端くれだけど、扱っているのがバイクで政治には距離がある。でもさぁ、環境大臣になっていきなり持ち出したのが、

「電動バイク促進だろ」

 クルマはそうなってるけどバイクはそうなっていない。クルマがそうなったのは世界的な潮流に乗っかったものだけど、バイクはそうならなかった。

「そうならなかった原因はあれこれあるが、あえて言えばバッテリー問題だ」

 電動化の要はバッテリーで、これもクルマは苦労していたそう。それを一挙に解消してしまったのがEBバッテリー。世紀の発明とも呼ばれて、あれで世界のクルマの電動化が一挙に進んだとされるぐらい。

「でも高いのだよ」

 とにかく高い。クルマもバッテリー代のコスト吸収が巨大すぎる課題になって大変だった話は残っている。だけどバイクにそんなコストダウンの余地はなくて今に至るだ。

「バイクのメリットの一つはクルマに較べたら安価な点だろう。EBバッテリー一つで百万するのだぞ」

 小出雲大臣がこの問題の解消のために行ったのは、コストダウンの要請だった。あれもそういう話が既に付いてると誰もが思ったのよね。

「ああ、思い付きを口にしていただけだったものな」

 それこそ門前払い状態で拒否されてる。企業だって表立って政府に喧嘩を売るのは良くないはずだけど、

「相手が悪かった。エレギオン・グループだぞ」

 小出雲大臣はエレギオン・グループを悪者に仕立てようとあれこれパフォーマンスをしたけど、見事に返り討ちにされたものな。

「小出雲大臣は日本でのEBバッテリー購入禁止までちらつかせたって話だけど」

 世界にいくらでも買い手があるからエレギオンサイドは気にもしなかったみたいだけど、慌てたのは国産自動車メーカー。すったもんだの末に話は尻すぼみになってる。

「小出雲はバカだ。エレギオンHDは神戸に本社を置いてるけど、別に世界中のどこに本社を置いても構わないのだ。エレギオンに政治が喧嘩を売れば、エレギオンが日本からいなくなるだけの話なのがわかっていない」

 まあそうだ。エレギオンHDは世界一とも呼ばれるエレギオン・グループを率いていて、その活動規模は世界を覆うスケール。もし本社を移転したいとすれば、世界中から誘致合戦が巻き起こる。

「日本にエレギオンHD本社があるメリット、いや幸せの意味をまったくわかっていない。それを思い付きだけで振り回したのだからな」

 それでも小出雲大臣の人気があるのは日本の政治マスコミのお蔭かな。政治マスコミが目の敵にするものの一つが大企業。大企業とは悪の搾取の権化が基本スタンスだもの。そういう大企業もあるのも否定しないけど、あれは選んで批判してるのじゃなく脊髄反射みたいなもの。

「小出雲大臣がエレギオングループに喧嘩を売ったから尻馬に乗っただけだと思う」

 ついでみたいな話だけど、政治マスコミが嫌いなのが現政権。政権とは一日も早く倒さないとならないぐらいの方針と言うか信念みたいなものがある。

「芸能人の熱愛報道と同じだよ」

 上手い事いうな。芸能人の恋愛が発覚すれば、とにかく結婚に必死になって持ち込み、結婚した途端に離婚に向けて発破をかけまくるものな。小出雲大臣は現政権にとって代わる人気がありそうだから担ぎまくっているのか。

「政治で担ぐ神輿は昔から軽い方が良いって言われてるよ。トップにしても扱いやすいし、不要になったら次に回しやすい」

 そんな人だけど、どうして土小屋テラスにいるのだろ。