ツーリング日和10(第33話)決勝スタート

 マシンがセットされてコースの反対側に第一ラーダーが並んだよ。いわゆるル・マン式のスタートだね。杉田さんところは六花が先に走るのか。そうなるとゴールを切るのは杉田さんか、

「そうはならん。順当に行ったら六花や」

 えっ、だいたい一時間ごとの給油でライダー交代でしょ。そしたら最後は杉田さんになるじゃない。

「だからならんと言うとるやろうが。ライダーが一度に走行できる時間は六十分未満までやねん」

 そうなるとライダー交代は三回じゃ無理で四回になり、

「六花が最終ライダーになる公算が高いんや」

 この辺もチーム戦術が出るそう。二人のライダーがペアを組むけど、どうしたって速い遅いが出る。速い方はエースライダーと言い換えても良いけど、エースの走行時間を少しでも多く取りたいよね。

「この辺は走らせれば良いってもんやない。この時間帯でも半端な暑さやないから、体力の消耗との兼ね合いも出てくる」

 後はレース展開もあるか。追い上げが必要と判断すればエースライダーの走行時間を長くしたりもあるだろうし、逆にトップを独走していたら、エースを休ませる選択もあるかも。それ以前にレース当日の好不調もからんで来るかも。


 シグナルがレッドからグリーンに変わってライダーがマシンに走って行ってスタートだ。1コーナーに雪崩れ込んで行った。今日の出走台数は六十台。昨日の予選で杉田さんのチームは二十位だった。健闘したのか、力を出し切れていないのか微妙だな。

「初参加やから優秀なんちゃう。耐久レースは予選順位はあんまり重うないから無理せんかったんかもしれん」

 六百台が参加していた頃の予選はコンマ一秒を争うガチガチの戦いだったろうけど、今の予選は決勝のスターティング・グリッドの位置決めだけみたいなもの。そりゃ、少しでも前の方が有利だろうけど、

「下手に頑張ってマシン壊したら終わりやからな」

 杉田さんはTカーまで準備していたけど、あれだって車両検査で登録が終われば使えなくなる。それとやっぱり耐久レースなのもある。少々スタートが不利でも四耐でも百周ぐらい走るのよね。距離にして六百キロぐらい先がゴールだから、

「スタート位置の差はスプリント・レースよりずっと小さいと思うで」

 マシンが一周回って帰って来たけど、これが今から百回ぐらい見ないとレースが終わらないものね。最初は団子になってスタートしたレースだけど、五周も走る頃にはだいぶバラけてる。先頭集団、第二集団、さらに第三集団以下って感じだ。六花はどこだ。

「第三集団に喰らいついとる」

 いたいた、黄色と緑のあのマシンだ。でも同じぐらいのマシンのはずなのに差が開くね。

「同じぐらいやけど同じやないのがレースマシンや。ほんのちょっとした差が積み重ねになって差となるねん」

 バイクレースって派手そうだけど、やってることは地味かもしれない。何回も何回も巡って来るコーナーを、自分が見つけ出したベストラインで駆け抜け、コンマ一秒でも縮めるのを競い合ってるようなものだもの。

 鈴鹿ならニ十個あるコーナーと格闘した結果がラップタイムで、ラップタイムの積み重ねが順位となって現れるのよね。

「素人がイメージする、直線でスロットル全開でぶっちぎりにならんからな」

 それでもメインや西ストレートはポイントになるそうだけど、

「スリップストリームをいかに使うか。それよりなにより、コーナーの飛び出し速度が最高速を左右してタイムが変わる」

 だから集団の中で走るのも一つの戦術だそう。シンプルにはスリップストリームを利用しやすいのもあるけど、

「ペースメーカーがおる方が走りやすい」

 体力の温存の意味もあるのかな。だけど先頭集団ならともかく、第二集団以下でそんな事をやっていても、永遠に追いつけないんじゃ。

「だから耐久レースやって。そのうちレースが動き出す」

 六花は予選二十位から十五位に順位を上げて杉田さんにチェンジ。ライダー交代で集団がバラけたけど、あれれれ、いつの間にか第三集団が二つになって、上位は第二集団に合流してるじゃない。杉田さんは、

「第二集団のケツで十二位や」

 でも先頭集団との差は開いたよな。先頭集団は四台だけど早くも優勝は絞られたとか。

「今からやて。耐久レースはスプリント・レースとちゃう」

 そこからまた淡々と周回をこなす展開になってる。じりじりと先頭集団が第二集団を引き離す展開だ。レースは中盤戦だよね。暑くなってきたな。もう九時半だもの。十勝と違って鈴鹿はメインスタンドにいてもコースの一部しか見えないんだよね。

 でっかいスクリーンの中継はあるけど、当たり前だけど映し出されるのは先頭集団ばっかり。たまに第二集団にもカメラが向けられるけど、杉田さんばっかり映してくれるはずもない。だからメインストレートで見るしかないけど、それこそ一瞬で通り過ぎちゃうんだもの。

 それにしても先頭集団と第二集団の差が随分開いたな。あの四台は四大ワークスのバックアップを受けてるそうだけどさすがに速いよ。あれ、第二集団が争ってピットに入ってる。

「130Rでなにかあったようや」

 130Rは西ストレートの終りにあるコーナーだけど、西ストレートはメインストレートより長くて最高速が記録されやすい所なんだよ。その速度で突っ込むからトラブルも起こりやすい鈴鹿の難所の一つ。

「その後のシケインも含めて事故が起こりやすいとこや」

 下位集団がもつれあって転倒事故を起こしたようだけど、

「イエローフラッグが出たんやろ」

 イエローフラッグはコースに障害が出た時に出されるんだけど、出ている区間は減速して追い抜き禁止になるのだよ。だから、

「上手いことしたな。インカムで連絡しとるんやけど、先頭集団はピットに間に合わへんかってんや」

 昔のレースと変わっているのはインカムが標準装備されてる点だって。つまりはドライバーとピットがいつでも連絡を取れるってこと。インカムがない時代はボードを出すぐらいしかドライバーに情報を伝える方法はなかったもの。

「それだけやない。ピットクルーもインカム使うてる。この爆音やんか、会話も満足に出来んことが多いらしいで」

 イエローフラッグ出ている間はラップタイムが落ちるから、その時間を利用して急遽ライダー交代をしたのか。先頭集団はタイミング的にピット入りは難しかったで良さそう。そうなると先頭集団は嫌でもイエローフラッグの区間を走らないといけないから。

「差はこれで詰まるで」