ツーリング日和9(第1話)最後の難関

 わたしは旅人、無限の時間を旅する女。今日もまた相棒のバイクに身を委ね、当てもなく走り続ける。

「夏は暑い、冬は寒い言うて行かへんやんか」

 あったり前でしょ。真夏に走ったら照り焼きになりそうだし、真冬なら冷凍食品になっちゃうじゃない。そんな季節でも走る人をバカにする気はサラサラないけど、あんな難行苦行までしてツーリングにどうして行かないとならないの。

 もう、気を取り直して、そんなわたしだって目指すところがある。それは地の果て。人家は既に絶え果て、ついに地が終わり、海になってしまう最果ての地。無限の時間を旅する女にお似合いの場所。

「地の果ていうけど大間崎なんか一大観光地やったやんか。あそこのマグロを目当てに観光客が押し寄せてたやんか」

 あそこのお土産は好評だったものね。さすがは大間のマグロだと思ったもの。少しだけ残念だったのはスケジュールの都合で大間でマグロを食べられなかったことかな。その代わりに行った食堂は大満足だったけどね。あのウニは忘れられないわ。

 もう、話の腰を折らないでよ。地の果ては本州でも四か所ある。北の果て、東の果て、西の果ては極めた。残すは南の果てのみ。これを極めるのが今の目標。だが地の果てへの道は遠く険しい。そこにたどり着ける人は、

「何回行った?」

 えっと一回かな。昭和の子ども時代に勝浦まで家族旅行した時に立ち寄った。あの時は白浜から勝浦を回ったものね。那智の滝もあの時に初めて見たもの。

「出張でちょっと寄るには遠いもんな」

 それでも関西人なら行ったことがない人の方が少ないんじゃないかな。白浜、勝浦なら那智と合わせて一度ぐらい旅行してるはずだもの。東京なら箱根とか伊豆みたいなものかもしれない。この辺は東京に住んだことがないから実感ないけど。

「誰かが須磨から明石を西の湘南と言うとったけど、江の島言われても関西人には実感あらへんからな」

 まあね。東京の人は鎌倉に思い入れが深いけど、鎌倉が京都に匹敵すかと言うと考えこんじゃうものね。鎌倉も良いところだと思うけど、京都が立派過ぎるのはあるからね。もっとも関西人だって京都や奈良は小学校ぐらいの遠足で行くところだから、

「ああそれはある。寺なんかあれぐらいが普通と思い込んでるから、大人になって他のとこを見ても、あれって感じがどうしてもあったもんな」

 そんなことはともかく、わたしが目指しているのは南の地の果て潮岬。

「行ってるから、もうエエやん」

 行ってるのは行ってるし、電車でもクルマでも行こうと思えば行けるところだよ。でもまだバイクで到達してないじゃない。愛車を南の地の果てに連れて行ってあげるのが旅人たるわたしの使命。潮岬は距離だけなら遠くない。大阪からなら無理すれば日帰りだって可能。神戸からだって、

「ナビ上で二百三十キロ、高速使うたら三時間半ぐらいや」

 日帰りはさすがにシンドイけど、余裕の一泊二日圏内なのよね。二泊もすれば余裕が余りまくるぐらい。だがそんなに甘いところではない。そこには人を寄せ付けない厳しい道が待っている。

「ちゃうやろ。人はなんぼでも寄ってくる。道かって酷道や険道を乗り越えてやあらへんやんか。問題はコトリらのバイクや」

 ツーリングにとって不倶戴天の仇敵は都市部の市街地走行。あの渋滞と信号地獄を誰がツーリングしたいと思うものか。それも神戸から和歌山まで数珠つなぎに続く試練の道だ。

「はっきり言え、高速を走られへんからやって」

 高速だけじゃないよ。自動車専用道も走れないんだもの。とにかく大阪に行くだけで芦屋、西宮、尼崎を踏み越えないと着かないんだよ。

「大阪からかって、堺、高石、泉大津、岸和田、貝塚、泉佐野・・・」

 行く手を阻む城塞群。

「普通の街やって」

 ラスボス和歌山を越えても苦難の道は終わらない。そう死に国道。わたしを死へと誘う悪魔の道。

「タダの国道四十二号や。事故でもせんかったら怪我もせえへんし、死なんわい」

 それでもわたしは行かないとならない。それが旅人の宿命。

「そんなに行かれへん理由を並べられるんやったら、やめとこうや」

 あそこは知恵の女神とまで称えられる次座の女神でさえ躊躇わせる恐怖の地。これこそが南の地の果て潮岬。

「子どもでも行ける観光地やろうが。それにユッキーかって氷の女神と恐れられた首座の女神やんか」

 まあそうだったんけど、それは古い古い昔の呼び名と肩書。

「今は氷の女帝やもんな」

 ほっといてよ、コトリだって稀代の策士でしょうが。そんなことはともかく、小型バイクで北の大間崎、東の魹ヶ埼、西の毘沙ノ鼻まで到達してるじゃない。ついでに言えば本土の西の果て神崎鼻、南の果ての佐多岬もよ。それなのにお膝元の潮岬に行ってないのは悔しいじゃないの。

「じゃあ、行くんか?」

 うぅぅぅ。根性出せば行けるんだよ。距離と時間だけならね。だけどさ、道のりの地獄は、

「行きも帰りもあるもんな」

 そこ、そこなのよ。片道ならまだしも往復になるのよね。それを考えただけで二の足どころか三の足になっちゃうもの。現実もそうで、これまでにツーリングコースの候補にさえ出なかったぐらい。もしかして走ってみたら案外とか・・・

「あると思うか?」

 想像以上だったの方が確率は高いよね。そう思うから行きたくない。行きたくないけど行ってみたい。

「なに言うとるかわからんで」

 だ か ら、行きたいの。もうちょっと現実的に考えてみよう。とにかく神戸から和歌山まで延々と続く市街地走行が立ちはだかるのがとにかくネック。これをなんとかしないといけない。せめて片道でも回避できないとウンザリ気分しか出てこないもの。

「奈良回るにも大阪抜けんと無理やで。京都みたいに北から抜ける訳にはいかんからな」

 ぐぬぬぬ。でもその通り。奈良までは行ったことがあるけど、あれもトラウマだものね。行きは早出で渋滞を交わしたけど、帰りは事故渋滞も絡んで散々だったもの。あんな道が大阪越えて和歌山まで続いてるんだよ。

「尾道行った時も、岩国から新門司もトラウマやもんな」

 あれも酷かった。でも潮岬を目指すと待ち構えているんだよね。う~ん、う~ん、う~ん・・・

「どう考えたって無理あるで」

 それでも知恵の女神か! どんなに苦境に陥っても、あっと驚く奇策を編み出すのが次座の女神でしょうが、

「奇策にはタネがあるねん。タネ無しで奇策なんか出来るかい」

 陸路はどう工夫しても無理がある。だったら海路はどうよ。

「神戸から和歌山行くフェリーなんてあるかい」

 だものね。

「明石大橋出来る前やったら手もあったが」

 あの頃ならね。神戸から淡路に渡るフェリーは何航路もあったし、それだけじゃなく洲本から深日に渡れる大阪湾フェリーもあったもの。あれが今でもあれば大阪はカットできたのに。今は明石からのジェノバラインしかないから、淡路に渡れても巨大な袋小路のようなもの。せめて淡路から徳島に渡れたらな。

「需要がないんやろ。明石からのジェノバラインかって青息吐息みたいなもんやし」

 そうなるよね。淡路に行くフェリーを必要とするのは小型バイクと自転車ぐらいだもの。代替で高速バスもあるし、バイクだって中型にすれば済む話だものね。でも陸路をショートカットするには海路だ。

「フェリー買おうか」
「ミサキちゃんの説得よろしく」

 やめとく。どう考えたって無駄の極みだものね。貨物船をチャーターする手もあるけど、

「そこまでしたらツーリングやない」

 仕事じゃなくてツーリングはあくまでも趣味だ。なんか手がないかな。淡路ルートを使えないのなら・・・

「無理あり過ぎるで」

 わたしはあきらめないぞ。ちょっと閃いた。