ツーリング日和6(第29話)出会い

 あの時はビックリした。秋田に向かうフェリーの一日目の午後、コーヒーが飲みたくなりカフェに行ったんだ。カウンターでホッとを注文して出来上がるを待っていたんだけど、突然右腕をつかまれた。

 なんだと思って右腕の方に目をやると、これまで見たことのないほどの美人と目が合ったんだよ。これまでの人生でも美人とか、美女とされる女性は何人も知ってるけど、段違いとか、桁違いとはこのことしか思えなかったもの。

 彼女は強張った顔でボクに必死で目配せをしてきた。最初はなんだろうと思ったけど、なにを伝えたかったかはすぐにわかった。彼女に続くようにガラの悪そうなヤンキー三人組がカフェに入って来たんだ。必死の目配せを続けていた彼女は振り返り、

「私には彼氏がいるの」

 そういう事なら、

「おんどれら、ワイの女になんか用か」

 この時ばかりは自分の迫力のあり過ぎる強面に、生まれて初めて感謝したぐらい。ヤンキー連中は回れ右して逃げ散ってくれた。だけど彼女もまた怯え切っていた。すがった相手が怖すぎたんだろう。真っ青な顔で、

「ありがとうございました」

 こういう声が震えてたものな。このまま別れても良かったけど、

「お、お礼を・・・」

 ボクからすぐにでも逃げたいのは察せられたけど、コーヒーぐらいは一緒に飲んでも罪にはならないとテーブルに誘ったら付いてきた。椅子に座った彼女はもう半泣き状態だったよ。そこから話をしたのだけど、

「えっ、本当に本職じゃないのですか。たとえば企業舎弟とかフロント企業勤務とか」

 ヤクザのシノギの主力がそっちに流れているぐらいは聞いたことはあるけど、いくらなんでも、

「さすがに女性の下着は扱わないですものね」

 ボクがヤーさんでないと知って、彼女の緊張しきった顔が初めて緩んでくれた。その笑顔はボクのハートをぶち抜いた。ぶち抜かれない男はほとんどいないと思うけど、まさに一目惚れ。

 だけど疲れていると言い出して、部屋に戻って行った。そうするよな。もちろんあれだけの修羅場を経験したから本気で休みたいのはあるけど、それよりボクの前から立ち去りたいための遁辞だ。まあ、そうなるわ。

 これで終わりと思ったもの。普通ならこれが旅先での出会いで、恋が芽生えるキッカケになるはずだけど、この女難の相の威力は、それを許さないのを悔しいけど知ってるからな。彼女だって助けられた事には感謝してるかもしれないけど、これ以上は関わりたくないのも判ってしまうのが悲しいわ。

 それでも美女の危機を救ったことになるし、それなりの時間も話が出来たから女難の相としては上出来と思い直して、夕食のためにレストランに。席に座って食べている最中に、

「ご一緒してもよろしいですか」

 信じられないけど彼女だった。

「昼間は本当にありがとうございました。あの時は動転してしまって・・・」

 彼女は山野瞳と名乗り、なんと秋田にツーリングに行くとのこと。それも女のソロツーで気まツーをするって聞いて驚いた。

「でも今日の事があって怖くなりまして・・・」

 話はボクとマスツーをしてくれだった。ボクなんかとホントに一緒で良いかと念を押したんだけど、

「こんなに頼りがある人は他にいません」

 なるほど魔除けか。でもたとえ魔除けでもこれほどの美女とマスツー出来るなんて夢かと思った。これをNOと言える男はいるとは思えないし、これで舞い上がらない男がいたら見てみたいものだ。

 翌朝に下船。それでも山野さんが本当に来るのか疑問だったのだが、約束通りに彼女は駐車場で待っていてくれた。

「今日はどこに行くのですか」

 彼女連れとなるとボクの心も踊るし、行く先も宿もちゃんとしないと。その日は男鹿半島に行くのだけは決めていたからまず北に。途中でなまはげ像を見たりしながら入道崎に。さすがはツーリングポイントに紹介されるだけの事はある。彼女も、

「ここなんて素敵なところ・・・」

 そこから寒風山を走り岩木山を越えて弘前に。弘前の市内観光を楽しんだ後に青森市に移動。当初の計画では素泊まり宿とか、ベッドハウス、せいぜい民宿ぐらいを考えてたけど、山野さんをそんなところに泊めるわけには行かないよな。

 豪華とは言えないけど、気持ち高級目のビジホにした。もちろんシングル二つ。そりゃ、いきなり会ってツインとかましてやダブルなんてしたら、引かれるどこか逃げられる。これは女難の相がなくてもそうのはず。

 夜は青森市内で郷土料理を食べに行ったが彼女は楽しそうだった。ボクは言うまでもない。朝食はホテルでバイキングにして会計の時に、

「ここは払います」

 昨日の朝食、昼食、夕食は払ったから彼女なりのバーターのつもりかな。そういう心遣いの出来るところがまた好きになったぐらい。ところがフロントの人に、

「申し訳ありません。このカードは使えません」

 どういうことだ。彼女のクレカが使用停止になってる理解で良いのか。そうなると彼女はなんらかの事情があることになるが・・・とりあえずボクが支払い駐車場に。ところがそこに妙な男たちが待ち受けていた。

「お嬢さん。ツーリングごっこはこれで終わり。一緒に帰ってもらいます」

 お嬢さん? まあそうだけど、呼ぶときにお嬢さんと言うからには本物のお嬢さんで良いのか。クレカと合わせて考えるとこの連中はと思ったところで、彼女がボクの後ろに回り込み、

「お願い。助けて」

 どっちの味方をするかは考えるまでもない。とはいえ相手は三人。この場を無難に切り抜けるにはフェリーで使った手をもう一度、

「お前ら、オレの女に何する気や」

 これで引き下がって欲しいの願いも空しく、

「あなたには関係のない事だ。手荒なことは避けたいが、手を出すと言うのなら痛い目に遭いますよ」

 男は三人。それもかなりガッシリしている。自慢じゃないけど喧嘩はやったことがない。顔と違ってボクは平和主義なのだ。喧嘩以前に、顔を見られただけで喧嘩にならないのは神棚に上げさせてもらう。

 とは言うものの、引き下がってくれそうにない。じゃあ、ボクだけ逃げる。そんなことが出来るものか。そんな事をしたら死ぬまで後悔する。でも喧嘩ってどうやってするんだ。それも相手は三人もいる。

 こういう時は冷静になって戦法を考えないと。まずと思った瞬間に男のパンチがボクにヒット。痛い、痛いじゃないか。頭に血が昇るとはまさにこういうこと。

「おんどりゃ」

 完全に逆上してつかみかかったとこまでは覚えてる。何発かパンチやキックを入れられたが、ようやく我に返った時は彼女がボクの腕にしがみつき、

「これ以上はダメ、死んでしまう」

 彼女から後で聞いた話では、ボクはパンチをもらった相手の胸倉をつかんで投げ飛ばしていたそうだ。コンクリートの床だから、これで相手は動かくなくなったそう。残りの二人はボクの左右からつかみかかったそうだが、

「うりゃぁぁ」

 振り払うと言うより弾き飛ばした感じで、二人目を背負い投げで沈め、残った一人を足払いで倒して伸し掛かり、首を締めあげたところで彼女に止められたぐらいで良さそうだ。よほど強烈に締め上げていたみたいで最後の男も意識がなかった。

 男たちの服には白羽根警備の刺繍があったのだけは見えたけど、とにかく怖くなって逃げることにした。正当防衛と言えない事もないけど、ボクはこれでも柔道黒帯の格闘技経験者だから、ここまでやるとあんまり良い事じゃないのはわかるからな。

 その日に彼女の本当の名前と事情を聞くことになった。華道のことはお世辞にも詳しいとは言えないけど、家元の孫娘で見合いを強制されそうになって、逃げて来たのはわかった。今どきだぞ、そんな事があるのかと憤慨したよ。

 それもだよ追手付きってなんなんだ。そんなものマンガとか、小説とか、映画の世界だろ。なにがあっても彼女を守ってやるって思ったもの。思ったのは良いとして、追手付きのプレッシャーは強烈だった。

 誰を見ても、どのクルマを見ても追手に見えるのだよ。追いかけられてると思うだけで追いつめられいく感じなんだ。とにかく一か所に留まるのは良くないだろうから、ツーリングは続けたが、ボクだけじゃなく彼女の精神的疲労も目に見えるほど。

 ああなると人間の思考はいかに狭くなるかが良く分かった。帰りのフェリーチケットは取ってたから、なぜかそこがゴールのように感じてしまったぐらい。そこまで行方を眩ませれば、なんとかなるはずと何故か思い込んでいた。

 こうなってしまったのも女難の相かもしれないが、今回は違うはず。これまでは好きになった女に手ひどく捨てられるとか、女に理不尽なイジメに遭っただけだ。しかし今のボクは女に頼られているじゃないか。

 それも惚れた女にだぞ。ここも瑠璃堂さんに惚れられているかどうかは、三階の神棚の上に置いとくが、今の瑠璃堂さんを守れるのはボクしかいない。これで奮起できないのなら男じゃない。