ツーリング日和2(第3話)ユーチューバー

 ボクの名前は笹岡勉です。東京のメディア映像専門学校を卒業して、学校で知り合った原田健吾と組んでユーチューバーをしています。そう言えば格好が良いのですが、とにかく甘い世界ではなく実態はフリーターです。

 ジャンルはモト・ブロガー。バイクが好きで、ユーチューバーをするにはこれしかないと考えていました。原田と仲良くなったのもバイク仲間、ツーリング仲間として始まっています。

「今月も厳しいな」
「バイト増やさないと」

 ユーチューバーと自称するのは誰でも出来ますが、食べれるユーチューバーになれる第一関門は、ユーチューブ・パートナー・プログラムの利用資格を得なければなりません。色々と条件がありますが、

 ・チャンネル登録者数が千人以上
 ・公開動画の総再生時間数が直近の十二か月で四千時間以上

 登録者数が千人も厳しいですが、総再生時間時間数はかなり厳しくて、

「一日十一時間だものな」

 番組時間の設定は自由ですが、だいたい十五分前後が目安になります。あまりに長いと見てくれなくなるからです。一本の動画を四人に見てもらえば一時間ですし、五十人に見てもらえば達成可能なのはそうですが、

「そうは簡単じゃないよな」

 登録者百人でも毎日見てもらえれば余裕のはずですが、登録したからと言って見てくれるものではありません。新しい番組をアップしないと見てくれないのです。これは見る方からすれば当たり前で、一度見た番組はそうは繰り返して見てくれないってことです。では新しい番組を上げ続ければ見てくれるかと言えば、

「結局は番組の質だよな」

 面白くなさそうであれば見てくれません。番組に登録する人も様々で、熱心に見てくれてコメントも入れてくれる人もいれば、とりあえず登録だけしている人も少なくないからです。

 登録はクリック一つで出来ますから、人によっては何十もの登録をしていて、目に付いた面白そうなものだけ見る人も少なくありません。さらに新番組の制作と言っても時間が必要になってきます。

 ユーチューバーの規模も様々で、事務所を構えて連日撮影しているところもあれば、ボクのところのように少人数で手作りみたいなところもあります。とにかくユーチューバーだけでは食べられないのでバイトに追われている有様です。

「週に一本で目一杯だものな」
「頑張っても二本か三本」

 一回の取材・撮影で二本撮り、三本撮りすることもあり、それで量産したりもありますが、

「とにかく番組数をあるていどストックしてからになるよな」

 ユーチューバー番組でも怪物的なヒットを飛ばすものもありますが、そういう幸運がなければ豊富なラインナップをまずそろえる事が必要になります。どこかで一本見てもらい、それで興味を持ってもらい、芋づる式に他のストック作品を見てもらい、さらにはチャンネル登録してもらうの流れです。

「理屈はそうだが、理屈通りに行かないのが世の中だ」

 まあそうで、未だにユーチューブ・パートナー・プログラムを取得できていないのが実情です。だからユーチューバーと自称しても、広告収入やアフェリエイト収入が細々とあるだけです。

「ユーチューブ・パートナー・プログラムはハードル高いよ」

 そうなのです。パートナー・プログラムを取得できているところは一割程度と言われています。有名人が始めた番組ならすぐに取得できるでしょうが、無名の一般人では果てしない努力の末にならざるを得ません。

「水商売だよな」
「人気商売ってこんなものだろうけどな」

 ユーチューバーは芸能界と似ているところがあります。人気のある所は雪だるま式に登録者数も視聴時間も伸びますが、そうでないところは見向きもされません。ユーチューブを普通に開けば、利用履歴でお勧めの番組が出て来ますが、そこに出してもらうランクになるのが遠い道になります。

「とにかく競争相手が多い」

 お手軽に始められるのがユーチューバーの特色で、それこそ一人でスマホ一つでやっているところも少なくありません。モト・ブロガーならツーリング記録は王道ですが、

「あれだけいたらな」

 有名ツーリング・コースの番組など掃いて捨てられるぐらいあります。その中からボクたちの番組を選んで見てもらわないとなりません。

「でもトップ・モト・ブロガーの作った番組は一味どころか、二味も三味も違うよな」

 参考にするために見ていますが、ボクたちでも見ただけでツーリングに出かけたくなります。もちろんせめて近いような番組を作ろうとはしていますが、

「並べられると厳しいな」
「それはわかっているが・・・」

 ボクも原田も絵の質は負けてはいないと思ってはいます。バイク動画は揺れるバイクから撮るので、初心者が撮ると揺れまくりのものになります。その辺は専門学校で学びましたし、画面の構成とか、番組の構成の編集も悪くはないはずなのですが。

「それでも違うのは間違いない。結果がすべてなのがユーチューバーだ」

 原田の言う通りで、ユーチューバーとして食べれるレベルには遠いものと思わざるを得ません。

「今日は相談があるのだが・・・」

 専門学校卒業以来、ずっと東京に住んでいますが、東京で暮らしていくのが苦しくなっています。東京は日本の中心ですし、情報文化の中心なのですが、

「ユーチューバーでも東京の情報を発信する連中は東京に住み続ける意味があると思う。だが、モト・ブロガーなら逆ではないかと思う」

 原田が言うには都内でツーリングする意味は低いとしています。

「仕事ならまだしも、ツーリングって遊びだろう。遊びに行くのにわざわざ信号と渋滞に付き合いたいものか」

 都内からツーリングに出かけようと思えば都市部を抜けるだけで一苦労になります。これが行きと帰りの二回あるからウンザリさせられるのは本音です。

「スギさんやカトちゃんを見てみろ」

 スギさんとカトちゃんはトップ・モト・ブロガーを越えてカリスマとさえ呼ばれています。あの二人が住んでいるのは愛媛です。あの二人がカリスマと呼ばれるのは紹介するツーリング・コースが必ず大人気になり、バイク乗りが殺到し、聖地と呼ばれるぐらいになるからです。ボクも原田もバイク好きになったのは、あの二人の番組の影響が確実にあります。

「東京にこだわる必要はないと思う」

 そういうことか。東京は刺激的な街ですが、暮らしていくのは容易じゃありません。東京の刺激が必要な連中はしがみついてでも居るべきでしょうが、モト・ブロガーにとっては必要不可欠なものじゃありません。現実的にも食い詰めそうです。

「千葉とか茨城に引っ越すか」
「あの辺はやめておこう」

 ボクも気が乗りません。群馬とか栃木もです。バイク乗りなら信州、それとも思い切って北海道とか、

「雪に降られるのはバイク乗りにとって致命傷だ」

 たしかに。雪が降らなくても冬のツーリングは辛いところがあります。

「じゃあどこだ」
「ボクたちはしょせんは都会人だ。田舎暮らしは難しいと思う。だから関西だ」
「大阪か」

 原田は少し考えてから、

「大阪も悪くないが神戸はどうだ」

 神戸か。山と海に挟まれたオシャレな街と聞いています。聞くと原田の親戚がいて、それなりに土地勘があるようです。東京暮らしに未練はありますが、このままではどうしようもないのもわかります。迷うところはありましたが、思い切って原田の提案に乗ることにしました。

 調べると家賃は東京に較べると格段に安いのにまず驚きました。一人暮らしですから広さはそれほど必要ではありませんが、東京のアパートは狭すぎましたし、風呂さえなかったのです。そのうえ、あまりにも生活が苦しくて・・・

「だよな。ランクを下げまくって棲み処を確保していたが同じ家賃でかなり違うぞ」

 荷物をまとめて、ボクと原田は神戸までのロング・ツーリーング。そうそうボクのバイクは四〇〇CC、中古をローンでやっと手に入れたものです。もっと大きいのも欲しかったのですが予算不足です。

「それは同じだ」

 大きな荷物は運送屋に任せて、

「原田、神戸が希望の街になって欲しいな」
「いや、そうするのだ」

 東名から名神、さらに阪神高速に入り、

「あれが神戸か」