ツーリング日和(第6話)ペア・キャンプ

 ツーリングやけどソロで走るのも多いんよ。これをソロ・ツーリングって言うんやけど、団体でツーリングするのもある。これをマス・ツーリング、略してマスツーって呼んでるわ、ちょっと妙なのは十人とかの集団やったらマスでエエと思うけど、二人でもマスツーなんよね。

 和製英語やから定着したらそれでエエようなもんやけど、マスツーも大集団を見る事もあるけんど、せいぜい五人ぐらいが多い気がするわ。クルマでもそうやろけど、台数が多すぎるとはぐれやすいんよ。

 ごく単純には信号や。大集団やったら切れてまうこともある。目的地がわかってるから、追い付けば良さそうなものやけど、大集団になるほど道を把握してないメンバーが多いんよな。人任せにしとるから適当に追っかけたら迷子のパターンや。

 クルマやったらスマホで連絡しやすいけんど、バイクでスマホはさすがにな。ナビがあるから、目的地にはそのうち着くけんど、それやったら、つるんで走る意味ないやんか。コトリも集団で走るのは好きやない。そやから基本はユッキーと二人ツーリングや。


 バイク乗りでもキャンプが好きなのもおる。バイクにキャンプ道具一式積み込んでキャンプや。それも一人で行くのもおって、ソロ・キャンプと呼んでるわ。コトリとユッキーの場合は二人やから勝手にペア・キャンプと言っとる。

 ペア・キャンプのメリットは荷物が分担できること。ぶっちゃけ、ソロでもペアでも持ってく荷物はそんなに変わらへんのよね。とはいう物のしょせんはバイクや、クルマに較べたら持って行けるものが限られるんよな。

「そこは創意工夫のゆるキャン」

 そういうこっちゃ。クルマを使うキャンプやったらバーベキューでもラクラクやろうけど、バイクでコンロなんか運んどれんって事や。食い物かってそうで、持ってけば持ってくほど荷物が増える。現地調達できるものは、そっちで買うんよ。

 最低限必要なのがまずテントとグランド・シートで、次がシュラフかな。夏とかやったらいらんと思われそうやけど、床が地面みたいなもんやんか。敷布団代わりにもなるんよね。これもポイントやけど、楽しむキャンプやから快適さも必要ってことや。

 次は焚き火台や。キャンプに焚き火がのうて、なにがキャンプやってところや。これも地面で直火でやらせてくれるところなら省略できるけど、直火禁止のところが殆どやからな。

「ランタンも必要ね」

 一回目の時に焚き火でOKやろと思って持ってかへんかってんけど懲りた。やっぱり暗いわ。これは、トイレに行くときの懐中電灯代わりにもなるしな。そうそう、トイレも必要やから有料キャンプ場にしとる。無料のところのトイレに夜入るなんて、ありゃホラーやと思うで。

「薪も買えるしね」

 後は椅子とテーブルが欲しいな。メシは座って食べたいし、寛ぐのにも必要や。テーブルはキッチン兼食卓やな。この辺はキャンプ場にもよるけど炊事場があるとこもある。

「せっかくじゃない」

 使わんことにしとる。これは好き好きやけど、コトリはキャンプとは制限された条件の中で楽しむもんやと思てるわ。それはユッキーも同じや。日常とちゃうことをするのが楽しいってことや。そっちがやりたいなら、キャンピング・カーでも買ったらエエんやし。


 ゆるキャンやったら、バーナーを持参する者も多いんよ。あれは焚き火台の問題が絡んでくる部分がある。焚き火台もピンキリやけど、大雑把に分けたら、焚き火だけしか出来へんやつと、焚き火の上で焼き網おいて調理できるやつがある。

 調理できるタイプの方が大型になるし、重いし、かさばるぐらいでエエと思うで。クルマやったら無視できるぐらいかもしれんけど、バイクとなると大問題になるぐらいや。そやから焚き火専用の軽いやつと、調理用にバーナー持ってくぐらいや。

 そやけどコトリたちは焚き火だけでやる。それも一番コンパクトな焚き火台でやる。コトリたちが使っているタイプは四本の棒をクロスさせた上にメッシュシートを敷いただけものや。

「そこからが創意工夫よね」

 調理に使うんやったら、どうしても焼き網ぐらいは載せれるならんとあかん。ちなみにトライポッドも持っていかん。荷物になるからな。その代わりに薪で台作る。焚き火台の高さが三十センチぐらいで、薪が四十~四十五センチぐらいやから、ちょうどエエぐらいになる。四方に立てとくんや。

「薪も本当は問題なのよね」

 その通りや。キャンプ場の薪は割高の上に質が悪い。生乾きやったり、大きさもマチマチや。製材所の端材とか使いもんにならんのを仕入れて置いとるようなとこも珍しない。それと殆どが針葉樹や。針葉樹は着火にはエエけど燃えすぎて火持ちが悪いんよな。

 そやからクルマで行く連中はホームセンターで買ったり、通販で買うのが多いみたいや。焚きつけの時は針葉樹使うて、次に広葉樹みたいな順番や。そこにこだわる気持ちはわかるけど、バイクで薪なんか抱えてキャンプなんか出来へんからな。

「着火も火加減も本当は難しいのよね」

 着火もマッチ一本でやる本格派もおる。そのために、焚きつけ用に薪を細う割ってくだけやなく、フェザースティック作ったり、小枝とかを拾い集めるのもおる。着火剤使うにしても、ある程度は細くしておく必要がある。そのためには鉈やナイフが必要になる。

 それと風も困る。エエ焚き火台やったら風よけのために四方を囲むタイプもあるけど、コトリたちのはフル・オープンや。

「女神をやってると便利なことも、たまにはあるのね」

 そういうこっちゃ。あんまり女神の力を使うのは気が乗らへんけど、荷物には代えられん。着火も火加減も、燃え加減も、風ののコントロールも朝飯前や。ついでに言うたら、立てた薪の柱も倒れんようにしとる。

 これもその気やったら、湯も沸かせるし、火を使わんでも焼いたり、温めたりも出来る。コトリは苦手やけど、調味料使わんでも味付けもできる。そやけど、それはやらん。つまらんからな。

「そうよキャンプに行ってるんだもの」

 持って行く調理器具もシンプルや。基本はヤカンと鍋だけや。鍋一つで焼き物も、煮物もやる寸法や。鍋だけにしよかと思たけど、お湯沸かしながら、鍋料理するのは無理があったわ。そやから作る物も大したもんやない。

 最初に行った時なんかヤカンだけ持って行って、カップラーメンにコンビニおにぎりやったもんな。朝食は帰りの喫茶店でモーニングやったし。そうやねん、ゆるキャンってこれぐらいのレベルでやれるもんなんや。

「でも美味しかったよね」

 いつもとちゃうところで食べたら、カップラーメンでも味が全然違うってことなんよ。そうそうキャンプのゴミは持ち帰りやから、それも考えとく必要もあるで。そのゴミやけど、ビールの空き缶の処理がいっつも困る。ほいでも飲みたいしな。

「あれもあんなに美味しくなるなんて」

 キャンプ場の近くにスーパーがあって、そこに串に刺した焼き鳥売っとったから、焚き火で炙り焼きにしたんや。串は燃やしてもたら済むからラクやった。コトリもユッキーも焼き鳥にはウルサイ方やけど、スーパーの焼き鳥でも一流店と余裕でタメはれるわ。

「あれ買おうよ」

 ユッキーが持って行きたがってるのが食パンが焼けるフライパンや。ココロは朝飯に目玉焼きを焼いて、パンに乗せて食べたいぐらいや。次は持って行くつもりや。

「夜が最高」

 ああエエで。星空は綺麗やし、空いとったらホンマに静かやねん。

「こんなキャンプが出来る日が来るなんて夢みたいだね」

 コトリもユッキーもキャンプはベテランやねん。いつやったかって、そりゃエレギオン軍を率いての宿営や。アングマール戦の時は何か月どころか、何年も続けてやったからな。今と較べたら装備は良うあらへんし、雨なんか降られたら最悪やった。

 テントも服も靴も防水機能なんかあらへんから、雨漏りするし、なにもかもビチャビチャになる。着替えもビチャビチャになったし、着替えすらない事も多かったからな。戦争やから着替えより武器や食い物運ぶのが優先なんよ。

 それにいつ敵の襲撃があるかわからんから、夜かって神経ピリピリさせとかなあかん。もちろんやけど、こっちかって夜襲する機会を常に考えとったからな。夜襲がのうても、常に相手の情報を頭に入れなアカンから、斥候が帰ってきたら深夜でも起きて聞かんとこっちがやられる。

 食い物も酷かった。今とちゃうからカチカチの保存食ばっかりや。それも戦争が終盤に向かえば向かうほど質も量も落ちて行った。半分腐ったようなものも普通やったし、食料があるだけありがたいぐらいの感覚や。

 これが負けて敗走するときはもっと辛かった。体一つで逃げるんやけど、あのクソエロ魔王は敗走路にもびっしり伏兵を配置しよるんよ。こっちも勝った時には同じことやっとったから他人のことを言えへんけど、まともに逃げられへんのよ。

 相手の伏兵を読んで、それを避けて逃げるんやが簡単に言うと大回りになる。そやから味方のところに戻るまで、一週間ぐらいかかることはザラやった。テントなんかあらへんから野宿もエエとこやったし、食い物どころか、水かって泥水さえあらへんことも多かったんよ。

 真冬にびしょ濡れになっても焚き火も出来へんかった。火着けたら見つかるからな。そやから朝になったら起きてこられへん部下が次々に出て来たわ。死んだってこっちゃ。そりゃ、そうなるわ。疲労困憊で飲まず食わずでガンガンに冷えたら死なん方が不思議やで。

「お互い、よく生き残れたね」
「そやな。キャンプでワクワク楽しめる時代が来るとは思わんかったで」

 エレギオン王国時代の思い出話なんか滅多にせえへんねんけど、キャンプに来ると思いだしてまうわ。それとやけど、思い出話が出来るのは世界でユッキー一人だけや。今もそうやし、これからもずっとそうや。

「コトリがいたから生きてこれたよ」
「コトリもそうや」

 ユッキー泣いとるやないか。まあええか。あの頃のことを思い出したらそうなるわな。

「ところでコトリ」
「あかんて」
「一度ぐらいイイじゃない。これも女の楽しみよ。怖がる必要なんかないんだから」

 コトリもやった事はあるって。そりゃ、ユッキーは優しうしてもうて、エエ思いをしたみたいやけど、コトリはエライ目に遭わされたんやから。

「だからコトリにも良い思いを教えてあげるから」
「いらんて」

 ユッキーの悪い癖や。寂しくなるとやりたがるんよ。

「寝よか」
「じゃあ、OK」
「そんなわけ、あるはずないやろ」