謎のレポート(第13話)マリのムチ

 女になって二日目は朝からマリがきた。そこから浴室に連れて行かれ、部屋に戻れば髪のセットとメイクだ。昨日もやったが、手間はかかるし難しいものだ。女は本当にメンドクサイと思った。それ用の道具は大きなワゴンで運び込んでいた。

 ヒールもそうだ。こんな歩きにくい靴をわざわざ履くなんて信じられないぐらいだ。だが靴はそれしか与えられていないから仕方がない。逃げる時は裸足で逃げないと仕方がないだろう。

 言葉遣い、女らしい立ち居振る舞いの指導はとにかく口煩かった。食事の時もそうだ。オレが何かしゃべると倍ぐらい文句が入ったし、それこそオレが一つ動くたびに、

「そうではありません」

 一日中、小言の嵐の中で過ごしているようなものだ。オレなりに気を付けてやっても褒めることなどない。オレの目的は脱走のための情報を集める事だから、何とか雑談に持ち込もうとしたがマリはまったくと言うほど応じてくれない。

 昨日は女になって初日だったからかもしれないが、もう少し雑談みたいな感じの時もあったが、今日のマリは女教育以外のことは口にもしない。これほど徹底しているとは予想外だった。


 こんなウンザリするような時間もようやく夕食になってくれた。ここでも小言のBGMの中で食事は進んだ。ここでオレは賭けに出る決心を固めた。夜は一人にしてくれたからわかった事だが、部屋は監獄並みの堅固さで脱出は無理だ。

 浴室も窓すらないし、他の出入り口も見当たらない。廊下の他の部屋もオレの部屋と同じ構造の可能性が高い。もし窓が開き鉄格子がなかったとしてもロープ無しじゃ、ヒョイと飛び降りるのは無謀すぎる。逃げるなら廊下に出て浴室の反対側の扉に行くしかない。

 ここでだが、見る限りオレのいるフロアでマリ以外は見たことがない。風呂に行くときもマリしかいなかった。屈強な警備員みたいなものが部屋の外で待機している気配はないんだよ。

 だからマリさえ制圧できれば、廊下に出て扉までは行ける。だが扉の向こうに警備員がいるはずだ。そこさえ押さえておけば逃げられない構造としか見えないからだ。警備員がいれば、この女の体では簡単に抑え込まれてしまう。

 そうなると協力者が必要だ。そんな者がいるわけないから、オレが作る必要がある。そうなると手段は一つだ。マリを脅して人質にして案内役にするしかない。だがマリには腕力では勝てない。それは昨日知った。

 そうなると武器が必要だ。ハジキでもあれば言うことは無いがさすがにな。だがオレは見つけた。食事で使うナイフとフォークだ。これはやつらの油断だ。刑務所でもナイフやフォークを使うことがあるが、凶器にならないようにペラペラのプラスチック製になっている。

 だがここで出されるのは金属製だ。ひょっとして銀じゃないかと思ったりするが、とにかく金属製で持つからに重量感があり頑丈そうなんだ。これなら喉に当てれば、十分に脅しに出来る。

 オレは夕食まで待っていた。逃げ出すなら日が沈むタイミングが良い。逃げても追手が来るのは間違いないから、暗さを利用するしかない。今のオレの女のか弱い足ではそれが絶対に必要だからだ。

 勝負は呆気なかった。オレがナイフとフォークをつかんで立ち上がろうとした瞬間にマリの手が伸び、あっという間に捻り上げられた。痛さに耐え切れずナイフとフォークを手放すとマリは、

「無駄です」

 なんちゅう女だよ。オレがそうするのを読んでいたか。読んでいただけでなく、余裕でオレを制圧できる自信があったのか。オレは悟った。オレがそうするのを予期して罠にかけたんだと。どうされるかと思ったが、

「食事の続きをします」

 なんとナイフとフォークを渡されて夕食が再開したのだ。マリとオレの力の差は大人と子どもぐらいはあると改めて思い知らされた。食事用のナイフとフォークぐらいじゃ、話にもならないってことだ。

 マリはオレが襲おうとしたことなど忘れたように、またオレの食事の仕方に文句を並べやがった。暗い気持ちで夕食を続けた。また一つ、脱出の難度が高くなったのだけはわかった。そうマリの制圧は手強すぎる、余程の油断を狙わないと無理だ。

 それでも食事が終われば今日は終わる。また作戦の練り直しをするしかない。そのためには一人になって考える時間が必要だ。マリの小言の嵐の中で考えられるものか。するとマリは、

「これから反省の時間です」

 なるほど今日の締めにお説教か。これは念の入った事だと思っていた。予想通りというか、まさに延々とオレが今日出来なかったことをすべて並びたてやがった。もちろんオレがマリを襲おうとしたことも入っていた。

 よくまあ、あれだけ覚えているものだ。それでも逃げ出そうとしたのも小言で済んでくれるなら考えようによってはラッキーかもだ。あれで鎖にでも繋がれてしまったら、ますます逃げられなくなる。ようやく列挙が終わるとマリは、

「服を脱ぎなさい」

 着替えか。昨日から同じ服だからな。夜になるからパジャマでも出してくれるのだろう。メイド服を脱ぎ下着姿になったが、

「全部脱ぎなさい」

 刑務所に入る時を思い出した。あの時も素っ裸になって尻の穴までチェックされたが、あれをすると言うのか。女の前で素っ裸になるのに少し羞恥を覚えたが、オレの体は女だ。ここは監獄並みのところなのはわかったから、マリの監視の下で裸になるのは当然かもな。どちらにしても着替えとなると下着も変える必要があるから脱いだ。


 そこからマリが命じたのは服をたたむ事だった。これまた小うるさい注意がテンコモリあってゲンナリした。その後にマリは最後の晩餐でも使われた革製の腕輪と足輪をオレに付けやがった。これに首輪が加わったら奴隷そのものだな。

 だがこれを付けるということは、またベッドに縛り付けられるのか。まさかマリはレズか。いや最後の晩餐でオレに跨りやがったからバイか。ここも考えようだが女だって性欲はある。女のままだったら、女として性欲を発散させる必要がある。

 これを男を相手に性欲を発散させるのは論外だ。男に抑え込まれて貫かれるなんて考えただけでゾッとする。そうなると相手は女で、やることはレズか。まさか女教育の一環でレズの味も覚えるとかあるのか。

 レズもエロビデオで見たり、さらった女どもにショーとして無理やりやらせたことはあるが、実際にはやった事がない。当たり前か。だが女として暮らしていくためには覚える必要はあるのかもしれない。

 だがやられるとしたら縛り上げられたままでのレズ。そこまでのレズなら、嫌なものを思い出した、レズだってペニバンとかバイブで貫かれるんだよ。男よりマシかもしれないが、それじゃ、いくらレズでもレイプみたいなものじゃないか。

 待てよ、オレはまだ処女だ。さらに死刑以上の刑を受けると通告されている。そんな処女をレズレイプで散らすとは思えない。なら、今から男が入ってきて貫くとか。このシチュエーションでいきなりか。

 これはオレがマリを襲おうとしたから罰として急に決まったとか。刑務所でも脱走の罪は重い。ここでもそれは同じだろう。失敗の代償はそこまで大きいか。オレはこれまで監禁した女が逃げ出そうとした時にやった罰を思い出していた。殴る蹴るはもちろんだが、トコトンやったもんだ。あれを今からやられる。背筋に冷やりとしたものが走った。

 だがオレが指示されたのはリングのある壁に向かって立つことだった。マリは手際よく手足をリングに繋いだから、オレは手も足も壁に向かって大きく広げる姿勢になった。まさか処女を立ちバックで散らす気か。せめてベッドに寝かせてくれ、オレだって初めてなんだ、それぐらいの情けはあっても・・・

『ピシッ』

 尻に火の出るような激痛が走った。これはムチだ。マリが言うには、

「今日出来なかったことの反省です」

 ムチは一発では済まなかった。マリが並べ立てたオレの今日の失敗の数だけ叩くと言われた。ウソだろうと思ったし、冗談じゃないとも思ったが、マリはムチを揮い続けた。最初の何発かはこらえたが、こらえられるような痛みじゃなくオレは悲鳴を上げ、

「痛い、許してくれ、明日からはちゃんとやる。もう逃げようとも思わない、信じてくれ」

 悲鳴はすぐに絶叫になり、オレは泣き叫んだ。だがマリはまったく聞く素振りもなく、あれはまさに情け容赦なくオレを叩き続けた。ムチは尻だけでなく、背中も、足も叩かれた。脇の下を叩かれたときには息が止まるほどの激痛が走った。

 途中から何発叩かれたかわからなくなった。数える余裕なんてオレにはなかった。オレの頭の中はムチの痛みしかなかった。絶望なんて甘いものじゃない。殺されると思ったが、マリは息も乱さず冷たく、

「明日からも出来ない分だけ反省してもらいます」

 地獄のムチはようやく終わってくれた。まだ生きているのが不思議なぐらいだ、息も絶え絶えで立つことも出来ないオレは、なんとかベッドまで這って行った。だが背中は火が着いたように熱いし、何が触れても激痛が走りまくる。何もしなくてもそうだ。

 朦朧とする意識の中で、オレに女教育を強制させるために、なんらかの手段を取ると予想はしていたが、それがこのムチだったと思い知らされた。こんなもの耐えられるか。今日は生き延びたが、明日には死んでもおかしくない。