謎のレポート(第7話)死刑

 死刑囚が死刑執行を告げられるのは当日のようだ。かつては前日に告げられて最後の晩餐みたいなものもあったそうだが、トチ狂って自殺したのがいたそうで、それから当日告知に変わったそうだ。自殺でも、死刑でも死ぬことに変わりはないと思うが、判決通りに死んでもらわないと困るってご苦労さんの話だよ。

 この呼び出しは死刑囚にとっても恐怖のようで、これが怖くて気が狂ったのもいるそうだ。気持ちはわからんでもない。死刑になるだけの犯罪をやらかして、死刑判決を受け、出る望みの無い死刑囚になっても死にたくないの願望は残るものだ。オレだってそういう部分は確実にある。

 脱獄も真剣に考えた。でもオレだけじゃ無理だ。少なくとも外部に協力者がいないと話も始まらない。それにだ、外部に協力者がいると言うことは、オレを助け出せば巨大な利益があるのがセットになる。無一文のオレを助け出す理由なんてどこにもない。

 それにたとえ、脱獄できても日本のサツはアホラシイぐらい優秀だ。脱獄囚が逃げおおせたケースなんて殆どない。脱獄しても逮捕される確率が異常に高いし、捕まれば刑期は当たり前だが長くなる。それだったら真面目にお勤めした方が近道なのが日本の刑務所だ。

 死刑囚はたとえ脱獄しても刑期が増える事はないだろう。まさか懲役労働が加わるはないはず。せいぜい死刑執行が早まるぐらいだから、チャレンジしても損はないが、チャレンジのしようもないのが死刑囚の拘置所としか言いようがない。そしてついに来た。刑務官がいつもの違う時間に緊張した声で、

「出ろ」

 ああ来たか。三か月の早期組にオレはやっぱりなったらしい。

「いよいよですか」
「黙ってろ」

 刑務官も色々で、死刑囚にあれこれ気を遣ってくれるのもいたが、逆に冷たく扱うのもいる。まあ、どうせ死ぬか、ここで飼い殺しの二択の御身分だから、外聞を気にする必要はないものな。

 それでも早かったな。死神の法務大臣が嬉々としてサインしやがったのが目に浮かぶようだ。これで在庫が一人減って、税金の節約になるぐらいだろう。


 刑務官に連れて行かれたのは仏壇がある部屋。そこに袈裟を着た坊主がいた。この部屋は教誨室と呼ぶらしく、坊主は教誨師になるらしい。死ぬ前に悔い改めよって事だろうな。それにしてもキリスト教徒とか、イスラム教徒ならどうする気だろう。まあ、仏壇の扉を閉めるぐらいか。文句を言っても、それこそ死人に口なしだ。

 まず聞かれたのが遺品の処理だった。そんなものがオレにあったかと思ったが、逮捕された時の血まみれの服とか、腕時計とかスマホの類のようだ。もっとも服は証拠として押収されたようだが、

「そうだな天皇陛下にプレゼントしてくれ」

 坊主は苦笑したようだが、

「こちらで処分で宜しいですね」

 こんなものまで書類にサインかよ。お役所だねえ。そこから、お説教みたいなものが始まったが、

「最後に聞かされる話がこんなものじゃツマラン」
「では、どんな話がご希望ですか」
「猥談」

 坊主も適当に話を切り上げてくれた。その次に遺書はどうするかと聞かれたが、

「書く相手がいないから、いらないよ」

 これは本音だ。そこから坊主は態度を改め直し、

「最後に何か希望はありますか」
「せめて女と最後に一発」

 ここも聞くと、最後の希望と言っても、せいぜい駄菓子の類ぐらいらしい。この辺で坊主もサジを投げ、

「御仏の導くままに」

 坊主と問答しながら思ったのは、何年も死刑囚として過ごせば、たぶんだぞ、あくまでもたぶんだが、それなりにあきらめるんだろうって。もちろん、あきらめ切れるものじゃないだろうが、最後に坊主の慰めを求めるんだろうなって。オレのように三か月じゃ、娑婆っ気が強すぎて坊主も仕事がやりにくいんだろ。

 そこに刑務官が入ってきて、さらに別の部屋に連行された。次に行くのは死刑場だ。さすがに足に震えが来た。いくら強がりを言っても殺されるのは怖い。部屋に入ると何人かの刑務官が待ち受けていて、

「死刑を執行する」

 他にもグジャグジャ言っていたが、最後通告ってことのようだ。この部屋で死刑を受けるのじゃなく、どうもカーテンの向こうの部屋らしい。自分が死ぬ部屋ぐらい見たいと思ったが目隠しをされ、後ろ手錠をかけれた。この格好で死ぬってことだ。

 カーテンをくぐる感触があって、さらに首にロープがかけれれた。話に聞く十三階段ではないらしい。死にたくないと思ったよ。しばらくして、

『カタン』

 足元の感触が急になくなりオレは落下していくのがわかった。次に来るのは首のロープが締まるはず。だがオレは落ちただけだった。それだけじゃなく、誰かに受け止められた。こ、これは死んでないぞ、オレは絶対に生きてるぞ。

 目まぐるしく頭の中に色んな考えが浮かんだが、死刑囚が生きて娑婆に戻れる最後の可能性がこれだ。死刑とは厳密には殺されることではなく、死刑という刑を受ける事になるそうだ。

 具体的には、オレが受けたような手続きをあれこれ受けた末に、首にロープを懸けれて突き落とされることになる。そういう一連の行為が死刑になる。普通はそれで死ぬのだが、なんらかもトラブル、たとえばロープが切れたりして助かっても死刑を受けたことになるのだそうだ。

 つまり失敗してもやり直しもないどころか、これで死刑を受けたことになり、刑を償ったから出所になるんだよ。滅多どころか、日本の死刑執行史上でゼロでないぐらいの、言ってしまえば奇跡のようなものだ。だが。それが起こったのは間違いない。どう考えてもオレは死んでないし、生きてるからだ。

 あははは、オレはまだまだ生きられるぞ。もちろん娑婆にも戻れる。女だって襲い放題だ。悪運が強いと言うなら勝手にぬかせ、生きててなんぼの世界だろうが。ところがだ、オレを抱きとめている刑務官は一人じゃないようだし、放す素振りも見せないぞ。むしろよりガッチリ抑え込まれた末に、

『ブスッ』

 なにかを腕に刺された。これは注射か、すぐに体に力が入らなくなる。ちょっと待て、絞首台で殺せないからと言って毒薬でトドメを刺すのはインチキだぞ。ここは国が管理する拘置所だし、死刑執行は厳格なルールで執行されないといけないはずじゃないか。

 いかん意識が朦朧としてきた。なにがどうなってるんだ、オレが知らないうちに死刑のルールが変わったのか、それともこの拘置所の闇ルールか。いくら死人に口なしでも卑怯すぎるぞ。釈放だ、釈放してくれ・・・