謎のレポート(第6話)囚人ライフ

 これも弁護士が教えてくれたが、死刑判決を受けた者は死刑囚になるが、刑務所に収容されないんだ。死刑以外の判決でポピュラーなのは懲役だが、懲役を意味するのが刑務所に収容されて、そこで働くことぐらいで良さそうだ。

 これに対して死刑囚は刑が死刑であり、刑が執行されるまでの身柄の拘束だから、拘置所に収容される。言われてみて、なるほどと思ったが、罪を償うのが懲役である労働でなく、命だと言う事だろう。さらに死刑囚から逃れる手段として、

「再審が認められるか、恩赦の対象になるとかありますが・・・」

 再審は無理なのはオレでもわかる。恩赦も昔は死刑囚にも及ぶこともあったそうだが、今じゃ無理らしい。可能性がゼロでないぐらいとはっきり言われた。死刑執行時期だが、

「法律では判決が確定してから六か月以内とされていますが、法務大臣の裁量が大きくなります」

 法務大臣も死刑執行に署名したら一人死ぬことになるから、目覚めが悪くなることがあるらしく、

「再審請求中とか、闘病中とか、拘束中に精神異常を来したとかの理由があれば署名しないそうですし、恩赦のタイミングなんかも気にされたりします」

 弁護士は言わなかったが、起こした犯罪の残虐性もあるとは思う。まあ、どう聞いてもオレはトットと死刑にされそうだ。これも弁護士の話だが、今の法務大臣は死刑廃止団体からは死神と呼ばれるぐらい死刑に積極的だとか。

 オレが収容されたのは大阪拘置所。死刑判決の可能性のある者は、多くの場合は最初から刑場のある拘置所に収容されるそうだ。だから死刑囚になったからと言ってどこかに移送されたわけじゃなかった。そう、オレが今見ている殺風景な部屋と死ぬまでお付き合いさせられるわけだ。


 死刑囚の生活だが、朝はは七時に起床、夜は九時に消灯だ。消灯と言っても真っ暗になる訳じゃなく、薄暗い照明が残されてる。メシも他の連中と同じだが、いわゆる臭い飯だ、だが実際のところは臭くないし、ちゃんと食べられるものだ。美味とはいわないが、普通に食えるぐらいは言えると思う。

 服は囚人服じゃなくとも良いのは刑務所と違うところだ。ただしこれは誰かが差し入れしてくれないと手に入らないから、オレは囚人服だ。風呂は週に二回、夏は三回になるそうだが、監視付きで単独浴場で十五分だ。のんびり湯船につかっていたら。すぐに時間切れになる。

 運動時間もあるが、なんか縦長のボックスみたいなところで毎日三十分ぐらい出来る。屋根はないからお日様を仰げるのは嬉しいが、雨になればお休みだ。運動というより、お散歩ぐらいになるが、行ったり来たりしていたら、動物園の熊を思いだした。

 だが拘置所内で動けるのはこれだけだ。独房から毎日運動場に出るのと、浴場に行くだけ。それも常に単独だ。ただし刑務官は除くだがな。誰かと話を出来ないのも死刑囚の暮らしになる。

 そうそう娯楽もある。週一回か二回程度だが、大河ドラマ、バラエティ番組、歌番組、映画をテレビで見れる。ちなみにラジオも流れている。新聞だって読めるし、スポーツ紙だって銭を出せば読める。

 この辺は他の刑務所でも近いのだろうけど、最大の違いは懲役労働がないことだ。初犯でぶち込まれたりしようものなら、あの地獄のような考査訓練がある。あれはオレでもウンザリさせられた。同時に刑務官への絶対服従も叩き込まれる感じだ。

 その分はラクだし、刑務所なら懲役労働をやらされてる時間は自由時間だが、部屋に閉じ込められているだけだから、とにかくやることが無い。メシ食って、寝転がるぐらいしかないんだよな。人間って何かをやってないと、本当に時間が長く感じるのは良く分かったぐらいだ。ついでだが時計もない。

 さらに言えばオレには面会もない。いや二度ほどあった。一度は担当した弁護士で、義理堅く最後の挨拶に来たぐらいだ、もう一度は、死刑廃止の人権団体。あいつらは主張ばかり垂れ流して帰っていきやがった。でもそれだけ。弁護士が情状酌量のためにお袋を探しあてて頼んだようだが、あっさり断られたそうだ。

 他にも違いがある。未決の拘置者の時は、取り調べと部屋の往復だし、裁判になっても裁判所と部屋の往復だけだ。これが死刑囚になると、

・請願作業・・・本人が希望する場合、軽作業を七時間程度行わせる事ができ、それによって収入を得ることもできる
・教誨・・・死刑囚に単独の宗教教誨を受けさせる
・礼拝用具等の使用・・・宗教的用具を所持使用させる
・教科指導・・・俳句や書道などを学習させる
・情操教育物の使用・・・書道の道具などを所持使用させる
・ビデオ視聴・・・映画等のビデオ鑑賞を独房内で行う

 辛気臭いものばかりだが、あくまでも死刑囚を悔い改めさせるのが目的だからしょうがないか。まあこんなところで、エロビデオの鑑賞を求めたって無理だものな。でも結構熱心にやっている死刑囚もいるのはいる。

 その中には本気で悔い改めようとしているのもいるし、オレに言わせるとそういう姿勢を見せる事によって死刑執行の延期を狙っているのもいるのだろう。それより、なにより多いのは暇つぶしの気がする。


 死刑囚は独房生活だし、原則として他の死刑囚と顔を合わせる事が無い。まあ、お隣さん同士で住んでるから、チラッとぐらいは見えるし、物音や気配もわかる。運動している時も壁を隔てても青天井だから、声ぐらいは聞こえる。だが死刑囚同士で話は出来ない。

 話し相手は刑務官ぐらいになるが、刑務官だって死刑囚との私語は禁止だ。せいぜい挨拶とプラス・アルファになってしまう。そのせいか古株連中は宗教教誨を受けている者も多そうだ。坊主だって、牧師だって娑婆の人間だし、刑務官よりは雑談が出来るからだと思っている。

 オレが思うだけだが、こんなところに放り込まれて何年もすれば気がおかしくなるだろう。気がおかしくなれば、死刑延期の理由になるから死ぬまで独房暮らしになるのはあると感じたよ。

 これも刑務所との違いだが、何年も、何十年も拘置所にいても、そこでは罪を償う罰を受けていないことになるんだよな。この辺はオレも勉強した。六法全書の死刑のところを読んだからな。もっとも漢字が多すぎてウンザリしたが、国語辞典片手に読んだよ。時間は腐るほどあるから一通りは理解したつもりだ。

 刑務所はたとえ無期懲役でも、刑務所にいる限り懲役労働の罰を受け続けるから、無期と言いながら出所できることはある。だが死刑囚はなんの罰も受けてないから出れる望みはないし、罰を受けたら死ぬことになる。そう出口が無いのが死刑囚で良さそうだ。

 拘束されているだけでも罰を受けているように思ったが、それ以上はオレにはわからなかった。わかったところで出られない現実は変わらないから、それぐらい理解出来たら十分だろう。


 死刑だが反対運動はあるし、死刑が廃止されている国もある。日本の死刑が廃止になりそうにはないが、死刑囚は百人以上はいるそうだ。この辺は判決確定から死刑執行までの平均が八年以上もあるからだろうが弁護士は、

「最近は流れが変わっていまして・・・」

 死神法相のためだろうと思ったが、それだけはないらしい。とにかく今までからすると異常に早い死刑執行が目立つらしい。それも死刑囚ならば一律と言う訳でないらしく、

「なんらかの基準によって選ばれてるのじゃないかと言われています」

 その基準ってなんだと聞いたんだが、比較的若い死刑囚が多い気がするとしてた。それが何を意味するかも聞いたが、とにかく死刑執行は法務大臣の胸先三寸で決まるからはっきりしたことはわからないとしてた。その辺は、そいつをあえて選んだ理由を説明する義理はないからだそうだ。

 異常に早いって一か月とかもあるのかと聞いたが、これもどうやらレベルらしいが、三か月になってるのじゃないかとしてた。三か月に理由があるのかと聞いてはみたけど、わかるはずないか。

「これはあくまでも噂に過ぎませんが・・・」

 早期の死刑執行に大きな圧力がかけられてるのじゃないかとしてた。あんまり嬉しい話じゃなかったが、どの道、オレに出来る事は何もない。わかったのは三か月で死刑になる可能性が出てきたことぐらいだ。

 とりあえずオレはまだ若いとして良いだろう。それに折り紙付きの凶悪犯だ。その異常に早い死刑執行に当てはまりそうな気がする。この辺の話は、もうちょっと詳しく知りたかったが、弁護士でもこれぐらいしか知らないし、拘置所の中では新たな情報なんて手に入るはずもない。面会もそうだ。


 死刑判決は仕方がないと思うが、オレだって死にたくはないし、出来れば脱獄して娑婆で好き勝手をやりたい。死刑囚の生活は刑務所よりマシな部分はあるが、しょせんは監獄だ。酒もタバコも女もいるわけがない。ついでに言えばオナニーも禁止だ。

 女か。数えきれないぐらいやりまくったつもりだが、最後に何が欲しいかと言われれば女だな。猟銃を奪った時にも、銀行の人質相手にもレイプしまくったが、あれでやり納めって気には到底なれねえぞ。

 刑務所の中での性処理は刑務官の目を盗んでのオナニーだが、本番はあるかどうかだ。かつては刑務官と女性受刑者が関係をもったなんて話も残されているが、異性相手はまず無理だ。

 囚人同士、つまり同性ならどうかだが、あったという話こそ聞くが、実際のところは難しい。オナニーでさえばれるケースが多いのに本番となると至難の業としか思えない。オレは見たことも聞いたことも無い。

 死刑囚になるとなおさらで、独房に一人じゃ同性すら相手にいない。刑務官がカマを掘らせてくれればあるかもしれんが、無いだろうな。これも死刑囚の性欲処理のリアルだな。