運命の恋(第10話):文化祭

 夏休みが明けると歴研は秋の文化祭準備に突入。これに従って道場の方もだいぶ減らさせてもらった。マナがなんて言うか心配だったけど、

「文化祭が終われば冬休みも春休みもあるから、だいじょうぶ」

 正月もやる気まんまんだ。そんなにボクを鍛え上げて何させたいのだろう。歴研の発表は展示方式。模造紙に研究成果を書き込んで、それを見てもらうスタイル。ちょっと芸がないけど、ジオラマ作ったりするには人が少なすぎるし、予算もない。

 ちなみにだけど同好会には学校からの活動費はない。だから会費を積み立ててる。そういう意味では去年は香取代表一人だったから、実質的には個人発表みたいなもの。

「まあ、去年のことは聞かんといて」

 今年も例年に準じる事は決めたけど、余計な事を言ってしまったんだよな。

「展示だけでなく研究の成果を冊子にしたらどうですか」

 了承はされたけど担当は言い出しっぺのボク。でも自分が変わって来ていると感じてた。何事も後ろ向きがモットーだったのに、自分で動き出している気がする。高校入学前ならたとえ歴史研究会でも入らなかったろうし、空手なんてもっての他だよ。

 それが結果的にとは言え能動的に動いてるものな。時間的には歴史研究会、空手道場、さらに勉強と目いっぱいだけど、それが苦痛じゃなくて楽しんでいる気分だ。ちょっと、いやかなり勉強がお留守になっているのは置いとく。


 冊子の製作はかなり熱中した。文章の推敲やレイアウト、イラストも頑張ってみた。オタク的な内容になってしまうのは仕方がないけど、そうでない人にも少しでもわかって欲しい思いかな。

 冊子の作成と並行して展示の方もアイデアを凝らしてみた。例年は文字と年表の羅列みたいなものらしいけど、ここまで力を入れているのだから、やっぱり見てもらいたいぐらいだ。

 そうそうイラストに関してはボクは才能なかったけど、意外だったのは諏訪さんだった。上手いんだよな。諏訪さんは読書少女だけど、それだけでなく小さなころからイラストを描くのも好きだったみたい。でも他人に見られるのが恥かしったそうだけど、ボクのイラストがあまりにヘタクソだったので

「これで良ければ・・・」

 そうやって見せたもらったイラストに絶句したぐらい。こりゃ諏訪さんは歴史オタクなだけでなく、相当なアニメ・オタクで良さそう。


 そして迎えた文化祭当日。歴史研究会は地味だった。パラパラと通り過ぎる人がいるぐらいの寂しさ。まあオタク趣味みたいな発表だから仕方ない。だから生徒じゃなく一般客の方が多かったかな。

 それでも一般客には歴史オタクも居て、その人たちの質問を受け付けるのは楽しかったかな。内容からいくら頑張ってもこんなものだろうし、それについて香取代表も、

「去年よりマシだよ」

 そうしたら珍客がやってきた。あの五十鈴さんがやって来たんだよ。歴史なんか興味があるのかと思ったけど、えらい熱心に展示を見てくれた。五十鈴さんの取り巻き連中は退屈な歴史研究会をパスしたいと言うか、来たのさえ心外みたいだったけど五十鈴さんは気にする風もなく見てくれていた。

「ちょっとよろしいですか」

 驚いたことに五十鈴さんがボクに質問してきた。五十鈴さんの質問はゼラの戦いに関してだった。これはファルサルスの戦いで宿敵ポンペイウスを破り、逃げたポンペイウスをカエサルはエジプトまで追っかている。

 そこでナイル戦役があったり、クレオパトラとのロマンスが花開いたりするのだけど、カエサルがエジプトにいるのをチャンスと見て、ポントス王ファルケナス二世が反乱を起こすぐらいの筋書きだ。

 エジプトから取って返したカエサルはゼラで対戦しポントス軍に快勝。この時に元老院に送った報告書が、

『Veni, Vidi, Vici(来た、見た、勝った)』

 これが有名ぐらいだ。でも五十鈴さんの質問はスノブだった。ゼラの戦いの前に前哨戦があり、ファルケナス二世はドミティウス率いるローマ軍団を破っている。

「ここにドミティウスが率いたのは第二十二軍団としてますが・・・」

 これは細かい。第二十二軍団は五賢帝の一人トラヤヌスの時代まで記録に残っているのだが、第二十二軍団となった時期は微妙なところがある。第二十二軍団は愛称としてデイオタリアナ軍団とも呼ばれるのだけど、これは創設者のガラティア王デイオタルスに因んだもののはず。

 そう第二十二軍団はローマ人が創立したものでなく、友好国のガラティア王デイオルタスが作ったものになる。

「ミトリデアス戦争でも参戦の記録もありますよね。これはキケロの記録にもあります」

 そこまで五十鈴さんが知っているのに驚嘆した。さすが優等生だ。そんなスノブな会話をしているところに現れたのが池西。

「五十鈴さん、こんなクソつまらんとこやのうて、もっとオモロイところに行きましょうや」

 こんにゃろ、邪魔するな。ボクが五十鈴さんとお話できるなんて二度とないかもしれないんだぞ。そしたら五十鈴さんは、

「池西さん。あなたにとって退屈なところでも、わたしにとってはそうではありません」
「そ、そうですか。でもせっかくの文化祭やのに、こんなシケタところで時間を潰すのはもったいないやないですか。ましてやこんな歴史オタクの展示なんか」

 五十鈴さんはゆったりとした笑みを浮かべながら、

「人の興味は様々であり、それに上下はございません。わたしにとっては興味深く、楽しい時間でございます」

 五十鈴さんに言い負かされた格好になった池西は部屋から出て行った。それから五十鈴さんと第二十二軍団とガラティア王デイオルタスの話をした後に冊子を取り上げ、

「意義ある興味深い研究の展示、ありがとうございました」

 そう言って去って行った。池西の五十鈴さんへのアタックは有名だけど、いつもやんわり断られているのもまた有名。こうやって現場で立ち会うとよくわかる気がする。五十鈴さんはどう見ても池西に関心がないものな。

 五十鈴さんが池西に興味がない理由だけど、どうも心に決めている人がいるらしいの噂を聞いたことがある。たしかこんな事を言ったらしいけど、

『恋は運命だと思っております。わたくしは運命の人の言葉にのみ心が響きます』

 誰なんだろうになるけど、わかりようがないものな。とにもかくにも幸せ過ぎる野郎としか言いようがない。そしたらまた状況が変わった。文化祭後に五十鈴さんがカエサル研究について話しかけて来たんだ。あの時は心臓が止まるかと思ったよ。

 五十鈴さんは誰にでも優しいから、ボクに話しかけたのもそれだけのはずだけど、陰キャの権化のボクにまで五十鈴さんが話しかけたのはクラスの連中にしても意外だったようだ。ボクも意外過ぎたけど。

 それだけじゃなく、朝の挨拶だとかもしてくれるようになった。もちろんワン・オブ・ゼムなのは百も承知だけど文化祭前まではそれさえなかったもの。こういう状況は嬉しい一面、嫌な記憶を蘇らせた。下手に目立つとイジメのターゲットになってしまうと言う事だ。

 少しは変わったとはいえ、ボクのポジションは目立たぬボッチの陰キャ。それを守ってこそ平穏が与えられる。それなのに五十鈴さんとの絡みが目立つと何をされるかわからないってこと。

 そりゃ、ボクだって五十鈴さんが好きだし、恋人にしたい気持ちだけはある。ボクじゃなくてもそう考えている男子生徒はテンコモリだろうし、そうでない者の方が珍しいはず。こういう状況で下手に目立つと、

『出る杭は打たれる』

 間違ってもボクは出る杭じゃないけど、目障りぐらいにすぐされる。そうなるとボッチで平穏を守っている学校での生活が脅かされるリスクが大きすぎるぐらいだ。だから五十鈴さんとは距離を置くことにした。距離を詰めたって五十鈴さんには心に決めた運命の人がいるから無駄だもの。