運命の恋(第8話):夏休み

 高校に入学してから、ボクの周囲が変わって行くのを実感している。両親が離婚して一人っきりにさせられたのがどん底で、そこからやっと好転している感じかもしれない。教室では相変わらずだけど、歴研はあるし、諏訪さんとの帰宅の時の会話も続いている。

 もちろん空手道場もある。稽古はさらに進み、体も情けないぐらいブヨブヨだった腹は引き締まり、目に見えて筋肉も付いて来ている。体力も上がり、運動部でバリバリにやっている連中とも余裕で張り合えるようになった。

 もっとも体育の授業ではセーブしている。長年の学習でとにかく目立つことはするのは良くないとわかっているからだ。もちろん空手を学んでいるなんて諏訪さんにも言っていない。もっともマナから殴られたり、蹴られたりの傷は隠せないけど、

「ちょっと転んで・・・」

 それぐらいで諏訪さんは納得してくれた。この言い訳も毎日どれだけ転んでるんだの話になってしまうが、諏訪さんの関心は無くて助かっている。これはボクへの関心がその程度の裏返しかもしれないけど、それは、それで余計な話をせずに済んで助かってる。


 そうこうしているうちに夏休みに突入。マナは日の出と共にやって来やがる。それでもジムの基礎体力養成時間が減り、空手の稽古が増えている。稽古段階も自由組手になって来た。

 自由組手とは練習試合みたいなものだけど、波濤館には他流派との練習試合が無いと聞いて驚いた。今どきのことで、格闘技をやっている連中は他流派や、異種格闘技との交流をするものが多い。そうやって自分の実力を計ったり、他流派の良いところを取り入れたりで良いと思う。ところが波濤館ではこれを道場破りと見なすんだよな。

「そうだね、練習試合じゃなくて、すべて生死を懸けた決闘としてる」

 波濤館みたいな田舎の道場にもたまに来るけど、まさに叩きのめして追い払ってる。たいがいはマナが相手するけど、挑戦者は十秒も経たないうちに血反吐を吐いて失神させられる。マナがどれだけ強いのかわかるのと、ボクの稽古ではかなり手加減しているのは嫌でもわからされたかな。

 他流試合がそんな調子だから、他流儀は取り入れないかと言えば全く逆だ。空手は立ち技の打撃が中心だけど、波濤館流では柔術や合気道も取り入れている。

「実戦では立ち技だけで終われない事もあるからよ。立ち技でケリがつかずに、つかみ合いに持ち込まれる事もあるじゃない」

 さらに剣術の要素まで取り込んでいる。

「だって武器持った方が強いじゃない」

 空手や柔術、合気道とかは無手の格闘技だけど、いくら強くなっても相手が武器を持つと差が縮まるどころか逆転するとしていた。

「昔から剣道三倍段っと言ってね、無手が刀持った相手と互角となるのは、あいての三倍ぐらいの強さが必要ってされてるの」

 これは素人がナイフを持っただけでも変わるとしてた、

「素人の素手の一撃は怖くないけど、これがナイフになると切られたり、刺されたりするもの。ただの拳がいきなり凶器に変わるぐらいと思えば良いよ」

 もちろんすべての格闘技に習熟しているわけじゃないけど、ベースの空手に加味している感じで良いと思う。ちなみにマナが得意としているのは手裏剣術。手裏剣と言っても映画やマンガのように八方手裏剣を投げるのじゃなく、どちらかというか投げナイフみたいなもの。

 もうちょっと言えば投石術に近いかな。とにかく投げられものなら、なんでも武器になると思えば良い。普段はポケットにビー玉を忍ばせている。

「手裏剣って暗器みたいなものでしょ」

 その威力はボクも経験させられたが、とにかく強烈。さらにその正確さは飛んでいる虫だって撃ち落とすぐらいだ。ボクも教えて欲しいと頼んだ事もあるけど、

「教えるほどの物じゃないよ、数投げれば、そのうち出来るようになる」

 その通りだけど、マナはどんな姿勢からでもなんでも投げられるし、威力も変わらない怖ろしい技なのは間違いない。


 このなんでもありの波濤館流空手だけど、自由組手になって新たな脅威が加わった。なんとだよ、波濤館流では急所攻撃が禁止されていない。禁止されていないどころか、ごくごく当たり前に狙われる。急所攻撃でも、こめかみとか、鳩尾とか狙うのは他の流派でもあるが、波濤館流では当たり前の様に金的を狙ってくる。ボクも喰らったが、まさに悶絶した。マナに言わせると、

「ジュンちゃんのを潰したりするものか」

 そういうけど、女のマナに加減が本当にわかっているのか疑問だ。

「使えなくなっても、ジュンちゃんには使い道がなさそうだから大丈夫だよ」

 ウルサイわい。そりゃ年齢イコール彼女いない歴更新中だけど、ボクだって使う時があるはずだ。急所、とくに金的攻撃は執拗に行われ、マナとの自由組手は常に自分が男であり続けられるかどうかの危機となった。

 だが金的のガードを意識しすぎると、今度が頭なりに強烈な一撃がお見舞いされる。とにかくマナの攻撃は鋭くて、針の穴ほどの隙も見逃さずに撃ち込まれてしまう。その上だぞ、波濤館流では一切の防具を使わないんだよ。

「実戦で防具を付ける暇なんかないでしょ。それに防具なんか付けると、どうしてもそれに頼ろうとしてしまうのよ。そこに油断や隙が生じるから使わない」

 そりゃ理屈はそうだろうけど、殴られたり、蹴られたりする方からすればたまったもんじゃない。

「とにかく体で覚えたら忘れないよ」

 いつの時代の稽古法だよ。マナの攻撃パターンとして、顔面の攻撃を意識させておいて、金的蹴りに移るのが多いのに気が付いた。その日も電光のようなマナの突きを交していたが、マナの足が動き出そうとするのが見えたんだ。

 好き放題金的を蹴らせるものかと、ガードの意識が金的に移った。するとマナの足は高々と舞い上がり、そこから無慈悲にマナの踵はボクの頭に落下した。

「金的を意識させると上半身の防御が手薄になるのよ」

 それにしても爺さんじゃなかった、師範は何を考えてるんだろう。マナだって女だぞ、殴ったり、蹴ったりなんて出来ないじゃないか。もっとも殴りたくても当たらないし、蹴っても空振りするのはさておきだけど。

「それはね、ジュンちゃんがそれだけ強くなったってこと」
「とは思えないないけど」
「そんなことないよ。今ではかなりマナツの動きを見れてるじゃない。ここまで出来るのは、道場でも数えるほどだよ」

 盆も休みなしだったけど、その頃からマナは回し蹴りや、後ろ回し蹴り、上段蹴りや、踵落としみたいな頭を狙う蹴り技を多用してきた。何度も、何度もぶっ倒されたけど、そのうちにマナの動きから読めるようになった。

「ジュンちゃん。蹴り技は見抜きやすいでしょ。どうしたって動きは突き技に比べて大きくなるからね。たしかに威力は大きいけど、交わせる技だよ」

 マナは勝負を決めるのはやはり拳だとしていた。蹴り技に比べると遥かに動きが小さいし読まれにくいとかなんとか。

「もちろんコンビネーションが重要。パンチを意識させて蹴りを決めるのもありだしね」

 そんな事を言うけどマナの蹴り技の多彩さ、スピードは目が眩むぐらい早い。とんでもない距離から一瞬で間合いを詰めて蹴りを放ってくる。

「これは躰道の動きを取り入れてるの。ちょっとアクロバチックな動きだけど、嵌れば相手の視界から消えたようになるよ」

 こんな高一の夏休みの過ごし方はどうかと思ったけど、空手に明け、空手に暮れたようなもの。でもさすがに力は付いた気がする。マナ以外なら勝てるかもしれない。マナは論外だ。

 それにしてもマナも女だろ。それも高校生じゃないか、男の金的を蹴り飛ばすのに抵抗は無いのかな。少なくともボクを恋愛対象としては見てないのは確かだ。そんな感情が少しでもあれば蹴れるものか。