純情ラプソディ:第39話 司法試験予備試験

 五月にカスミンは司法試験予備試験を受けたのだけど、

「これで合否が決まるのね」
「まだだよ。今回は短答式」

 司法試験予備試験は三回もあって、

 五月・・・短答式試験
 七月・・・論述式試験
 十月・・・口述試験

 こんなスケジュールだって。

「短答式って?」
「要するに基礎知識のテストぐらいに思ったら良いよ。六割取れたら合格」

 聞くと試験は三回あるけど、一回ごとに不合格者は振り落とされていくんだって。短答式試験は第一関門になるんだろうな。でも基礎知識ならなんとかなるかも。ジャブみたいなテストだよね。

 六月になって結果が発表されたのだけどカスミンは合格してた。さすがカスミンと思ったけど、教室がひっくり返るような騒ぎになっっちゃった。どうして六割で合格できる基礎知識問題でそこまで驚くかを聞いたんだけど、

「倉科も法学部やったら知っとかないと・・・」

 まずだけど受験者総数が一万五千人ぐらいて、実際に受験したのが一万二千人ぐらい、さらにその中で途中退席が百人ぐらいいるんだって。それにしても欠席率が高いな。

「まあ短答式試験では冷やかしも混じってるから・・・」

 試験科目は憲法、行政法、民法、商法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法、一般教養科目とあって、一般教養科目が六十点で、それ以外は三十点の二百七十点満点になるから合格点は百六十二点だよな、

「合格者の平均点が百七十七点やねん」

 えっと、えっと、えらい合格点との差が小さいな。

「それでもって合格者は二千七百人ぐらいや」

 それって二割ぐらいしか合格してないじゃない。どこか基礎知識問題よ。ムチャクチャ難しいじゃないの。

「そりゃそうや。教授や講師だって合格する自信はないと思うで」

 カスミンに凄い凄いって褒めてたんだけど、

「ところでカスミンは何点だったの」
「二百七十点」

 さすがカスミンと思ったけど・・・ちょっと待った、二百七十点って満点じゃないの。

「だから基礎知識を問われる程度って言ったよ」

 腰抜かした。前からそう思っていたけどカスミンは人間じゃないよ。だってだよ、カスミンの次が二百三十二点だって言うんだもの。もう教室の中では完全に別格扱い。教授や講師の方がビビってる感じがアリアリだもの。

 今、ヒロコが受けている講義は法学の基礎から次の段階ぐらいだけど、そんな中に予備試験の短答式問題満点者がいるものだから、絶対に間違ったことを言ったらダメだってプレッシャー受けまくりの感じ。カスミンが質問なんかしようものなら、

『如月君、どこか間違いがあったかな』

 こんな調子になってるもの。次は七月の論述式試験だけどカスミンは、

「憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法・行政法・民事実務・刑事実務・一般教養の十科目で出題されて、それぞれが五十点ずつの五百点満点。合格点は二百三十点以上、つまり四割六分で合格」

 合格点がエライ低いな。これはそれだけ難しいの裏返しかも。

「そうとも取る人もいるけど、論述式だから採点者の主観が大きいからだと思ってる。コンクールなんかで、最初の方で登場した人は採点が抑えられるでしょ」

 そうだよね。最初の人に満点付けたら、その後にもっと凄いのが出てきたら困るだろうし。

「だから満点はないよ。意地でも付けない気がする。でも論述式は得意だからなんとかなると思ってる」

 これも他の人に聞いたのだけど、論述式は予備試験の中でも難関中の難関とされていて、短答式の合格者の二割弱ぐらいしか合格しないんだって。つまりはたった五百人程度ってこと。

『見ようだが論述式は法曹としての真の実務能力が問われてる試験ぐらいや。これを如月が合格したら事件だぞ。でも短答式の勢いなら・・・』

 さらに最後に面接試験があるけど、短答式、論述式と打って変わり九割五分ぐらいは合格するそう。

『それだけやない。司法試験の合格率も八割を超える』

 ここもごく単純に予備試験のレベルは司法試験に匹敵すると見てよさそう。この辺は経緯が複雑なところがあって、旧司法試験時代は年齢も学歴も関係のない一発勝負だったのだけど、現在の司法試験に変わった時に法科大学院コースが本線になったんだって。

 それでも大元が学歴・年齢に関係なく受験出来た趣旨が生き残り、裏道とか脇道みたいなルートで予備試験が行われ今に至るらしい。政府は予備試験ルートの存在をあくまでも例外的なものと位置づけたかったみたいで、予備試験ルートを塞ぐために無暗にレベルを高くしたぐらいかな。

 ところがレベルが上がり過ぎて司法試験並みになったがために、予備試験合格者の合格率が高くなってしまったんだろうって。予備試験合格者は五百人弱ぐらいだけど、司法試験の合格者が千五百人ぐらいだから、今では、

『ああ、そんな感じとしてもエエ。予備試験をクリア出来へんのが、法科大学院コースに回ってる感じさえもある』
『じゃあ、カスミンは来年にも司法試験を?』
『論述式試験をクリアしたら現実味が出てくる』

 司法試験史みたいなものらしいけど、法科大学院制度はアメリカのロー・スクールをモデルにしたらしいのよね。アメリカはロー・スクールを卒業出来たら弁護士になるのは比較的容易で良さそう。

 日本でも弁護士の潜在需要がそれぐらいあるはずだが考え方の基本ぐらい。それでもって司法試験合格者を増やしてみれば弁護士需要は言うほどなかったんだって。つまりは量産した弁護士が仕事にあぶれる状況が出現しちゃったみたい。

『日本では弁護士の数が少なかったから、アメリカでは弁護士がやってる仕事を法学部卒業生が肩代わりしている構造が出来上がってたぐらいや』

 たとえば企業の法務部みたいなところも日本では弁護士ではなく法学部卒業生がやってるってこと。そっちの方が人件費も安いから、弁護士が増えても企業は弁護士を雇う気はサラサラ起こらなかったみたい。実際もそれで困ってなかったし、その後も困ってないからだって。

 弁護士を増やしたら起こるはずだった潜在需要の喚起が幻だとわかった時点で、法務省は司法試験の合格者の抑制を始めたそう。それで起こるのが法科大学院卒業生の司法試験合格率の低下。

『あそこまで合格率が落ちると七年も通うのは人生の無駄やと思われたんや』

 法科大学院まで卒業すると七年かかる。理系の最高峰の医学部も六年だけど、医学部なら国家試験合格率は九割以上だから、高確率で医師になれるのよね。それが法科大学院では三割ぐらいしか弁護士なりになれないから、

『三分の一の確率で司法試験狙うより、法学部卒で就職した方がエエぐらいの計算や。就職の時かて法学部卒より法科大学院卒が別に有利ともされてへんし、給料や待遇でとくに優遇されるわけでもないしな。下手すりゃ冷遇されかねん』

 何度か予備試験を廃止して法科大学院ルート一本にする話も出たみたいだけど、結局のところ両立で今に至るぐらいみたい。とはいえ予備試験の合格者も年間わずかに五百人弱。超が付く難関であるのは言うまでもない。

『もし如月が予備試験を合格し、来年に司法試験も合格したらおもろい風景見れるで。そりゃ、バリバリのモノホン相手に講義するのは誰でも嫌やろ』

 短答式試験合格でもそんな空気がプンプンしてるものね。そもそも司法試験に合格しちゃったら法学部に在学している意味さえないもの。あえて言えば大学卒の資格のためぐらいかな。カスミンはどうすんだろう。聞いてみたのだけど、

「学歴はあんまり興味はないけど、卒業する予定」
「なんのために」
「学生生活楽しみたいし大学院も行ってみたい」
「法科大学院?」
「それは不要」

 カスミンはあくまでも合格したらと前置きしてたけど、もっと広くあれこれ学んだり、見たりしたいよう。なるほどね。うん! だったら法学部なんてどうして、

「人生は計算通りに行かない部分があるから楽しいのよ」

 なんでも出来そうなカスミンにも失敗があってホッとした。