純情ラプソディ:第12話 辛い思い出

 二次会は高架下のカラオケ。大盛り上がりの梅園先輩だけど、ヒロコは雛野先輩とさっきのつづき、

「ムイムイもあんまり話したがらないけど・・・」

 一人になってまず直面したのはサークルの維持だって。サークルの存続条件はそれほどウルサクないらしいけど、一人ではさすがに無理で頭数をかき集めたで良さそう。つまりは名前だけの幽霊会員。

 ここでもガンになったのは元会員のボス女。ここまで小さくなったカルタ会を潰してしまおうと躍起になったんだって。もう対立相手がいなくなったから目的は達したようなものなのに、最後に残った梅園先輩も相手グループの残党と見なしたぐらいらしい。ここまでいけば逆恨みの塊だ。

 だから幽霊会員を集めるのも大変なんてものじゃなかったはずとしてた。横やりを入れられ、妨害されまくりだったらしい。雛野先輩もボス女の顔ぐらいは知っているそうだけど、見るからに陰険そうで、底意地が悪そうだったとか。

「元は知らないけど、ずっとそんな事をやっていたら、ああなるんじゃない」

 ここからは雛野先輩も知っている去年の話になるけど、まず幽霊会員問題で責め立てられたんだって。

「そうなのよ。ホントどんだけ工作してたんだろうと思うけど、学務課でも大きな問題として取り上げられちゃったのよ」

 ここまで来るともう怨念レベル。梅園先輩もカルタ会も憎たらしくて仕方がないで凝り固まってしまったとしか言いようがないじゃない。

「ヒナもターゲットになってた」

 ボス女の実家は有力者と言うか、市会議員やってるそうで、親まで巻き込んだらしい。港都大は国立だから直接には関係ないけど、地元の市会議員を無視も出来ないのはなんとなくわかる気がする。

 幽霊会員が良くないのは建前上と言うか、規則上は宜しくないけど、たかがサークルの存続条件で騒ぎ立てるにはどうかと思うもの。

「その辺はカルタ会は公認サークルだったから、公認とサークル室の問題にリンクされてガリガリやられまくった。公認を取り消した上でこの部屋を取り上げるってところまで追い詰められたのよね」

 そういう状況に追い詰められたら、幽霊会員じゃなく実質の会員だと釈明するしかなくなるけど、

「あの時は完全に追い詰められた。ムイムイが押し付けられた条件は団体戦への出場だった」
「団体戦に出場するには五人必要じゃないですか」
「ヒロコならわかると思うけど・・・」

 団体戦は五人必要だけど、現実問題として五人もそろえるのは容易ではないのよね。高校カルタだって、競技カルタ部があっても団体戦に出場できない時はあるもの。そういう時は個人戦のみに出場するんだよね。

 それとこれは明文化されたルールじゃないけど、競技カルタはレベルが近いものが戦うのが原則なんだよ。カルタの実力差は残酷なぐらいに出るから、そもそも試合にならないからぐらいで良いと思う。

 ヒロコも高一の時に数合わせで出たけど、そりゃもう完全にお地蔵様状態。なんにも出来なかったもの。それでも高校カルタではお地蔵様による数合わせは県予選レベルなら黙認されてた。参加校を確保するためのお目こぼしと、お互い様でいつか我が身ぐらいかな。

 これが大学カルタになると、その辺がシビアになるで良さそう。せめてC級以上は欲しいかな。D級選手を出してもかなり失礼に当たるぐらいの感覚になるんだって。初心者以下の素人なんて出すのはマナー違反も良いとこぐらい。

「それって事実上の最後通告」
「そうだよ。プライドにかけても出場できるものじゃなかった」
「でも、え、どうしたのですか」
「出たよ。出たから今がある」

 カルタ経験者を必死で探したそうだけど、ボス女の工作はそこまで回っていて、梅園先輩や雛野先輩が必死で頼み込んでもダメだったんだって。そもそもカルタ経験者の多くはカルタ会に入っていて、大喧嘩の末に退会しているから最初から無理難題でもあったそう。

 やむなく素人のお地蔵様を三人かき集めたんだけど、これすら妨害入りまくりで大会の応募締め切りのギリギリだったんだって、

「あれはギリギリですらなくて、名前を記入して提出して、ムイムイと二人で必死になって口説き落とした」

 綱渡りの末に団体戦出場を果たしたものの、結果は素人の助っ人三人は座っているだけのお地蔵様状態。これは仕方がないけど、

「どれだけ言われたか。

『カルタを舐めとんのか!』

 これも陰口じゃなく面と向かって言われたもの。もう会場に居るだけで針の筵状態。出さされたのが西日本王冠戦でさ、これが五試合もあったから、もうさんざん」

 素人を出場させるだけでもマナー違反なのに、それが三人。勝つ気がゼロなのは丸わかり。何も言い返せないのが辛かったって。とにかく恥を忍んで耐えに耐えたって。これで存続条件を満たしたはずだけど、

「カルタなんてマイナーな競技なのに・・・」

 マナー違反で大顰蹙を買ったのを言い触らされて、

『港都大の恥さらし』

 こんな悪口・陰口を叩きまくられたんだって。この悪評は執念深く続いて、

『レズ女の悪あがき』

 これもさらに火に油を注ぐように言われまくったんだって。だからあれだけ苦労して団体戦に出場した実績さえロクロク評価をもらえず、

「団体戦の後もムイムイと二人であれこれ折衝は大変だった。女で年下だからって、あれだけ言うかと思ったもの」

 雛野先輩も笑って誤魔化してるけど、どれだけ悔しい思いをしたんだろう。そこまで頑張っても、新学年になり突き付けられた条件が、まともな会員をそろえる事になったんだ。これだって冷ややかに見られていたそうで、

「毎日、ムイムイと祈ってたよ。どうか悪い噂が新入生に入りませんようにって」

 先輩たちはそれでもカルタを愛してたんだ。なんとかカルタ会を守ろうとしてたんだ。

「ヒロコさんも嬉しかったけど、早瀬君と片野君はホントに嬉しかったな。夢にまでみた男性会員じゃない。これで全部吹き飛ばせるよ。夢が、夢がかなったんだよ」

 たぶん雛野先輩もすべて話していないと思う。去年一年間だけでも、どれだけ心無い言葉を浴びせられたのかを。それこそ忍び難きを忍び、耐え難きを耐えて今があるに違いない。そこに梅園先輩がやってきて、

「なにお通夜みたいな顔してるのよ。そんなんじゃ、せっかくつかまえた男も逃げちゃうよ。ヒナもヒロコも歌おう、歌おう」

 雛野先輩が言うには梅園先輩がいたからカルタ会は生き残ったって。二人しかいないけど代表だから矢面に立ってどれぐらい頑張ったかわからないぐらいだそう。でも雛野先輩に見せる顔は、

『あははは、いつもあんな調子だよ。ガハハハと笑い飛ばしてた』

 でも見たんだって、隠れて泣いている梅園先輩の姿を、

『ヒナはね、なにがあってもムイムイを見捨てない。学校中が敵に回しても支えてやると思ってたんだ』

 あれこれ聞いてたんだけど、これってイジメだよね。イジメが起こる理由なんて理不尽だし、理由にさえならないものが多いけど、梅園先輩のケースだって、なんにも悪いことしてないじゃない。

 ヒロコはイジメが嫌い、大嫌い。そりゃ、止めて回るほどの勇気はないかもしれないけど、これで立たなきゃ女じゃないよ。それと雛野先輩も尊敬した。イジメのターゲットに味方するのは、もの凄く勇気がいるし、味方したってイジメられたり、今度はターゲットになってしまうぐらい怖いことなんだ。

 それでも梅園先輩を支え続けたのはすごいと思う。チラッと言ってたレズ疑惑だって、どれぐらい陰口を叩かれていたか想像するのも怖いぐらいだもの。この辺は高校と違って大学は規模が大きいし、高校生よりは大人だけど辛いのは一緒のはずだもの。そんなことを考えてたら梅園先輩がマイクを握り締めて、

「今に見ていろ、絶対に見返してやる!」

 もうそこからは大変。歌って、踊って、騒ぎまくっての乱痴気騒ぎみたいなもの。なんか辛かった思い出を吹き飛ばしてる感じがした。それでね、カルタ会に入って良かったと心から思ったよ。

 生きてきて尊敬できる人なんて見たのは、中学の里崎先生と高校の石村先生ぐらいだけど、梅園先輩も雛野先輩もそれに負けないぐらいだもの。ヒロコもカルタ会を支える。この時ばかりはヒロコがカルタが出来てホントに良かったと思ったもの。