純情ラプソディ:第8話 県予選

 ついに迎えた県予選。ヒロコにとっても全国への最後のチャンス。会場は西宮学院附属高校だった。ヒロコたちはこの日のためにユニフォームを作ったんだよ。高校カルタのユニフォームと言っても規定は、

『競技時の服装については、対戦者並びに観戦者に不快感を与えないものを着用しなければならない』

 これじゃ漠然とし過ぎてるけど補足として、

『服装については、和装が望ましいが、大会等で特段の指示がない場合は、Tシャツ、トレーナー、運動着等でもよい。しかし、ショートパンツ、胸の大きく開いた服等は好ましくない』

 さすがに高校生で和装で参加するのはまずいない。だから学校の運動服のところもあるし、競技カルタ部専用の運動服のところあるかな。ヒロコたちはズボンは学校の運動服を使うことにしたけど、上着はそろいの空色のTシャツにしたんだ。

 これも提案したら石村先生が買ってくれたのだけど、元は無地のTシャツだったから、まず背中に、

『明文館高校 競技カルタ部』

 こう二段に書いて、胸には縦書き二行で、

『目指せ全国、百年の悲願』

 正確には百年以上出場していないんだけど、そこは語呂で百年にした。どちらもアイロン・プリントで作り上げたよ。本当は染め抜きにしたかったけど、そこまで予算がなかったのよね。それでもTシャツに袖を通したら闘志がふつふつと湧いてきたもの。


 県予選の参加は十二校。少ないと思われそうだけど、これでも全国的には多い方なんだ。この辺も変遷が様々にあるのだけど、全国キップは全部で六十四枚。これをまず各県に一枚ずつ割り当てる。残り十七枚を予選参加校数に応じてドント式に割り当てるのだけど、ヒロコの県は二枚割り当てられてるんだ。

 県予選の方式もまず六校ずつにグループ分けされて予選リーグを戦うことになる。これを勝ち抜いた上位二校が全国キップを争う決勝トーナメントに進出することが出来るシステム。ちなみに明文館はB組。ちょっと回りくどい方式だけど、トーナメント方式では半分の高校が一試合しか出来ないからこうなったそう。

 初戦はヒロコもバリバリに緊張してけど、みんなもそうだったみたい。だってだよ、明文館は県予選でもずっと勝ってなかったんだもの。ユニフォームのTシャツの文字を鼻で嗤うのもいたぐらい。それぐらいの弱小校だと見下されていたってこと。

 石村先生の指導は偉大だったと思う。初戦に勝ったんだ。そう十二年ぶりの勝利。初戦の勝利に勢いに乗った明文館は次の試合にも勝ち、第三戦は優勝候補筆頭の西宮学園附属高。大会の会場を提供するほどの強豪校。

 ヒロコは勝てたけど、残念ながら二勝三敗で敗北。でもそこから踏ん張った。残り二試合に勝ち、グループ・リーグは四勝一敗で決勝トーナメント進出を決めたんだ。このグループ・リーグ方式になってから明文館が決勝トーナメントに進出するのは初めてだったんだよ。

 決勝トーナメントは変則で、まず優勝すればそのまま全国決定。もう一枚のキップは二位校と三位決定戦の勝者で争われるんだ。決勝トーナメント出場校は、

 A組・・・一位・星甲学院 二位・摩耶学園
 B組・・・一位・西宮学園 二位・明文館

 準決勝の星甲学院に敗れたけど、三位決定戦の摩耶学園には競り勝ち第二代表決定戦に進出。決勝は西宮学園が勝ちまず全国ゲット。明文館は最後の一枚を懸けて星甲学院との決戦に臨んだんだ。

 星甲学院はA組一位で決勝トーナメント準決勝で敗れた相手。もちろん県内の強豪校で去年の代表校でもある。もちろん今年も強いのだけど、ここにはトンデモナイ怪物がいたんだ。

 片岡君と言うのだけど、なんと、なんとA級なんだよ。うちの県予選にA級選手が出てくるのも珍しいけど、ヒロコもメンバー表を見ながら目をこすりそうになったけど、四段じゃなくて五段なんだ。

 ヒロコの県でA級五段なら高校生でダントツ最強だろうし、大学生以上も含めても屈指の強豪なのは間違いない。こんな化物に勝てるわけないじゃない。県予選もここまで全勝だし、付け入る隙も見せてないぐらいの圧勝だよ。

 ただ個人戦じゃなく団体戦なのにわずかにチャンスがある。だって星甲学院も西宮学園に負けてるものね。明文館に勝機があるとすれば、片岡君以外から三勝を挙げた時のみ。そうなると席割が重要になる。

 誰も片岡君に勝てないのはわかっているから、片岡君と対戦するのは一番弱いのが当たって欲しいんだ。もちろん片岡君には負けるけど、これを捨てゲームにして残り四人で三勝を狙うしかないもの。

 席割は自由だけど、試合前に席割票を記入して渡すことになってるんだ。これは相手を見ながら、座る直前で入れ替わるのを防ぐため。明文館が勝つにはヒロコを含めたC級三人のうちの誰かが片岡君と当たること。

 祈る思いで席割を見ると片岡君の相手はヒロコだった。内心やったと思ったよ。これで全国に首の皮一枚つながったと思ったもの。ただチームとしてはそうだけどヒロコは大変な羽目になった気分。

 勝てないとわかっていても一矢ぐらい報いたいじゃない。ボロ負けは恥しいし。この時にヒロコは開き直れたと思う。カルタにすっごく集中できて、邪念を追い出してひたすら札を追いかけられた。

 序盤戦は一枚札や二枚札が多かった。いくら札の配置を記憶していると言っても、札が多いうちは運不運が大きいところがある。この日は運もヒロコに味方したと思う。候補札が多い時は、自分の直感と言うか、さっと目に付いた札が出札かどうかが大きいのよね。

 そうやって序盤戦はヒロコがリードを奪う展開になったけど、札が減ってくるとA級五段の実力はダテじゃなく逆転されちゃった。それでもヒロコは必死になって食らいつき、僅差で終盤戦に突入していった。

 終盤戦に入ると他の四人の試合が先に終わって行ったんだ。隣に並んでいるから嫌でもわかるのだけど、ヒロコのところを残して二勝二敗。そうなんだよヒロコの試合が全国行きを決める戦いになってた。もうバリバリの緊張感だった。

 でも劣勢は劣勢。ここまできてヒロコは四枚、片岡君は二枚。もうギリギリの状態。この状態で相手陣の札を取るのは至難の業になってくる。ましてや相手はA級五段の片岡君。ここで気になっていたのはまだ大山札が残っていたこと。それも片岡君の陣に一枚。持ち札になっているのは、

 わたのはら やそしまかけて

 これのセットになる大山札は、

 わたのはら こぎいててみれば、

 これが空札になっていて、まだ詠まれていない。決まり字は『や』か『こ』だけど、『や』なら出札、『こ』なら空札って事こと。当たり前だけど出札である確率は二分の一。でも位置が悪い。相手陣の下段の左端に一枚状態。

 あそこで大山札となるとそう簡単に取れないよ。でも取りたい。もし取れれば一枚差になり、そうなれば運命戦に持ち込める可能性が出てくる。少なくとももう一枚の片岡君の札を取るより可能性があるはず。そしたら、

『わ』

 出た大山札だ。でもさすがは片岡君、機敏に反応して囲い手にされちゃったよ。するとは思ってたけど、やられると困るのは確かだものね。こういう時はフェイントをかけてお手付きを誘うのだけど、そんなものには動じないか。

『・・・たの』

 あれが空札だったらだけど、今回は取られないけど、次に出札になった時に一枚札になるんだよね。その時に取れるかになるけど、まず無理の可能性が高い。そんなに甘い相手ではないのは思い知らされてきた。

 そうなれば出札に賭けて囲い手を破るしかない。囲い手は強力だけど無敵じゃない。決まり字が出るまで札に触れたらいけないし、今なら下手に触れると空札の時にお手付きになる。

 そう片岡君は親指側を畳に付けて札を手のひらで覆ってるけど、小指側には隙間がある。囲い手破りとは、その隙間に指を差し込んで札を引っ張り出して飛ばしてしまうこと。

『・・・は』

 片岡君は囲い手に出れたから慎重になっているはず。そう、お手付き警戒。五十%で空札だから、決まり字を確認してから取りに行くはず。ヒロコにチャンスがあるとすればそこだけ。

 ここでだけど実際のところ決まり字ルールは殆どの札は関係ないんだよ。だって八十六首は三文字以内に決まり字が出るし、三文字詠む間なんてまさに一瞬。だから決まり字違反になるのではなく、単なるお手付きになるのが関の山。

 それと決まり字が出ると同時に札に触れるのはセーフ。大山札なら第一句の間に触るとアウトぐらい。そんな大山札の特徴は決まり字が第二句の先頭にあることだけど、さらに第一句と第二句の間に少しだけ間が出来る事。

 チャンスがあるならここしかない。第一句が終わると同時にチャレンジする。ここもだけど、ヒロコのチャレンジに反応して片岡君が取りに行ってくれて空札ならお手付きになる。もちろん囲い手破りに成功して取れれば、ヒロコの取りになる。この一枚に全国への可能性のすべてを懸ける。

『ら・・・』

 ヒロコは第一句が終わった瞬間に指を差し入れに行ったんだ。片岡君にもよもやの油断があったかもしれない。上手く差し込むことが出来て、渾身の力で引っ張り出し吹っ飛ばせた。ヒロコにしたら快心の囲い手破りだったけど第二句は、

『こぎいててみれば』

 無情にも空札。お手付きになり勝負を決する送り札をもらって敗北。県代表の夢は散っちゃった。悔しかったな。あれが成功していれば県代表になれたかもしれなかったのに。石村先生は泣きじゃくるヒロコたちに、

「よくやった。顔を挙げろ、胸を張れ。誰にも恥じる事の無い立派な試合だった。ここまで頑張ってくれたのを先生は誇りに思う」

 石村先生はずっとポーカーフェースだったけど、あれはフリだけだったのはヒロコたちは知ってる。本当は熱血型の先生だったんだよ。県予選大会ではヒロコたちと同じぐらい、いやそれ以上に入れ込んでたもの。

 そんな熱血にヒロコたちは引っ張ってもらったんだ。石村先生がいなければ、ここまで来るのは不可能だもの。石村先生も悔しかったと思うよ。絶対に勝つ気で臨んでいたのがビンビン伝わってきてヒロコたちも奮い立ったもの。

 県予選三位の実績を残して高校カルタはおしまい。ヒロコは個人戦出場も辞退した。そして追い出し会で、

「石村先生、ありがとうございました」

 こう言って花束を渡したら、もう顔がグシャグシャだった。

「全国に連れて行ってやる約束を果たせなかったのは今でも無念だ。でもカルタに費やした時間は決して無駄にならない。今後の健闘を祈る」