天照放浪記

 これまでも旅行中に元伊勢とある神社を見かけたことがありますし、そこにかつて天照大神が祀られていた云々の由緒も読んだことがあります。正直なところ「あ、そう」ぐらいの感想しかなかったのですが、必要があって少し調べてみました。

 天照はシンプルに高天原の最高神と解釈して良いはずですが、これまた当然のように古代は宮中に祀られています。それがそうでなくなったのも日本書紀にあり、

天照大神・倭大國魂二神、並祭於天皇大殿之内。然畏其神勢、共住不安。故、以天照大神、託豊鍬入姫命、祭於倭笠縫邑

 読み下すのが大儀なので大意にしますが、天照大神と倭大國魂は天皇の御殿に並べて祀られていました。しかしその神の勢いは強く、一緒にいるのが不安になりました。そこで豊鍬入姫命に託して、笠縫邑に祀ることにしました。これが崇神天皇六年の話ですが、天照が結局どうなったかですが、

離天照大神於豊鍬入姫命、託于倭姫命。爰倭姫命、求鎭坐大神之處而詣菟田筱幡筱、更還之入近江國、東廻美濃、到伊勢國。時、天照大神誨倭姫命曰「是神風伊勢國、則常世之浪重浪歸國也、傍國可怜國也。欲居是國」故、隨大神教、其祠立於伊勢國

 豊鍬入姫命から天照大神は離れたので倭姫命に託した。倭姫命は天照の鎮座する地として菟田の筱幡に詣った。さらに近江、美濃、から伊勢へと巡った時に「ここが気に入った」とした。

 倭姫命が具体的にどう回ったかについては皇太神宮儀式帳にあり、

  1. 美和御諸宮
  2. 宇太乃阿貴宮
  3. 佐々波多宮
  4. 伊賀穴穂宮
  5. 阿閇柘殖宮
  6. 淡海坂田宮
  7. 美濃伊久良賀波乃宮
  8. 桑名野代宮
  9. 鈴鹿小山宮
  10. 壱志藤方片樋宮
  11. 飯野高宮
  12. 多気佐々牟江宮
  13. 玉岐波流礒宮
  14. 宇治家田田上宮
 この次が現伊勢神宮です。なるほど元伊勢が量産されるわけです。ではでは豊鍬入姫命はどうなのかですが、これが調べきれなかったのですが、丹後にある元伊勢籠神社の社伝が興味深く、

神代と呼ばれる遠くはるかな昔から奥宮の地眞名井原に匏宮(よさのみや)と申して豊受大神をお祀りして来ました。その御縁故によって第十代崇神天皇の御代に天照大神が倭国笠縫邑からお遷りになり、天照大神と豊受大神を吉佐宮(よさのみや)という宮号で四年間ご一緒にお祀り申し上げました。

 これを信じれば豊鍬入姫命は笠縫邑から丹後に来たことになります。この社伝のどこが興味深いかですが、豊受大神の故郷になるからです。豊受大神と言われてもピンと来ない人が多いかもしれませんが、伊勢の外宮の祭神です。ですが私も豊受大神が出てくる神話を存じません。

 天照と並んで祀られるぐらいですから、派手な神話的なエピソードがあっても良さそうなものですが、どうにもなさそうです。ならばどうして豊受大神が伊勢の外宮に祀られたかですがwikipediaより、

伊勢神宮外宮の社伝(『止由気宮儀式帳』)では、雄略天皇の夢枕に天照大神が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の比治の真奈井(ひじのまない)にいる御饌の神、等由気太神(とゆけおおかみ)を近くに呼び寄せなさい」と言われたので、外宮に祀るようになったとされている

 これが雄略天皇22年の話となっています。色んな解釈があるようですが、単純に天照と豊受が仲が良かったぐらいでしょうか。仲が良かったからこそ丹後で一緒に暮らした時期もあり、伊勢の外宮に呼び寄せたぐらいです。


丹後国風土記逸文

 豊受大神の由来が丹後国風土記逸文にあります。原文が見つからなかったので久田勘鴎氏のブログより引用します。

丹後国風土記逸文……丹波郡比治の里にある、比治山頂の真奈井という泉に8人の天女が舞い降り、水浴びをします。ここに老夫婦が来て、こっそりと天女一人の上着と裳を隠してしまいます。7人の天女は天上に上がりますが、乙女一人が、体を泉に隠して恥らっていました。天女は老夫婦の子供となって十年余になります。この間、天女は万病に効く酒を造り、財産を蓄積し、老夫婦に与えたため、家は豊かになります。すると、老夫婦は天女に「お前は私の子ではないから出て行け」と言うようになりました。天女は、今更天に帰れないと各地をさまよい、竹野郡船木の里の奈具の村に留まりました(社に鎮座しました)。豊宇加能売命(とようかのめのみこと)のことです。

 いわゆる羽衣伝説の一つですが、残された天女が天に戻れず地に住んだになっているのが特徴でしょうか。ここもぶうっちゃけで強引に考えると豊受大神は丹後の神聖家系の豪族だったんじゃなかろうかです。そこに倭を放り出された豊鍬入姫命が落ち延びて行ったぐらいです。

 落ち延びて行ったのか、預けられたのか、訪ねて行ったのかは不明にしろ、何かを頼って豊鍬入姫命が丹後に行ったのはありえそうです。この縁が巡り巡って豊受が外宮に招かれる結果に結びついたぐらいです。


依代

 さてですが、天照が放浪して各地に元伊勢を残す原因はなんだろうです。それも書紀には書いてあって、

    然畏其神勢
 ほんじゃ、神勢ってなんだです。ここは素直に、御神託じゃないかと思います。そう、卑弥呼の世界です。天照は最高神ですから、天照の信託は政治的にも重要と言うか、それこそ絶対であってもおかしくありません。こういう神託は政治的に操作される事が多いのですが、操作しきれない神託が乱発されてしまったぐらいでしょうか。

 神託をするのは巫女であり、

    天照大神 = 豊鍬入姫命
 こうなっていたぐらいです。邪魔だからと殺せば祟りが怖いので、宮中から離しても、やっぱり信託が行われ困り、どこか気に入って神託を行わなくなる地を探し回ったぐらいの気がします。

 依代である巫女は豊鍬入姫命から倭姫命に変わっても猛威をふるい、倭姫命が依代機能を失う、または亡くなって後継者がいなくなったのが伊勢だったなんて気がしています。