恵梨香の幸せ:理恵先生への疑惑

 康太とのベッドは素晴らしいし、恵梨香以上の経験を持ってるとして良さそう。それはそれで良いのだけど、気になるのは別の点なんだよ。そう、康太は誰を相手にそこまで極めたかなんだ。

 これの答えもほぼ出てる。由佳でも智子でもないし、ましてやリサリサでもない。康太は高校生ではまだ童貞のままであったはず。元嫁も違う。元嫁と結婚する前にも看護師あたりの恋人なり、セフレがいた可能性もあるけど、あの段階に達するまでには時間がかかる。

 消去法で残るのは最後の恋人のみ。五年ぐらいの交際期間があるものね。それだけじゃない、康太が童貞を捨てたのも最後の恋人であった事になる。これが一番妥当なんだけど、そうでない可能性の女が残るのよ。

 康太の初めての相手が理恵先生じゃないかって。理恵先生とも長くて、少なくとも二年以上だし、それだけあれば極めるのだって可能ってこと。そう考え始めるとあの夜の会話が不自然に思えてくるんだ。


 映画のエピソードが不自然過ぎる。映画のデートが理恵先生の両親にバレたとなってるけど、どうやったらバレるかはまず疑問。その辺はタマタマもあったかもしれないけど、バレた後がおかしすぎるんだ。

 デートがバレたから両親に交際が発覚したまではまだ良いとして、交際するなら婿養子を康太に要求したのは不自然だ。あれは康太に要求しても無理があり過ぎる気がする。まだ十代だよ。

 あの年代でも付き合って別れるなんて日常茶飯事みたいなもの。結婚まで五年以上は待つ必要があるから、お互いに冷めちゃうことなんて珍しくもなんともないじゃない。別れた後に理恵さんに残るのはキズモノの評価だけじゃない。

 別にやったからって女の評価が下がるわけじゃないけど、そこはそれ恵梨香の想像もできないセレブの世界だから避けたいはずじゃない。だから婿養子の話は康太だけに承諾させても意味ないと思う。

 そうなれば婿養子の約束は家と家の約束にしないといけない。婚約でもまだ甘い気がする。それこそ学生結婚までさせて、上浦康太に正式にして初めて許すぐらい。そう、康太が理恵先生を抱く前にすべての逃げ道を塞いでしまうはず。

 ここまでは極端かもしれないけど、これに近い状態に康太を追い込んでこそ認められる交際になると思うのよね。そうじゃなければ映画のデートが発覚した瞬間に、

『うちの娘に手を出すな』

 これだろ。だから理恵先生は、神戸の夜の話ほど窮屈な異性関係を強いられていなかったとするのが真相の気がする。そりゃ娘ばかりだから跡継ぎに婿養子が必要としても、見合いでなくても恋愛でも相手が医者ならOKだったと見るべきじゃないかって。


 あの夜は恵梨香もいたから二人の関係を清い物にしたんじゃないかと思い出してる。それもだよ、打ち合わせなしの阿吽の呼吸でやったとしか思えないんだ。それもだよ、十五年ぶりぐらいに突然出会って出来たことになる。

 そこまで出来るのは半端な関係で出来ないはず。お互いのすべてを知り尽くし、些細な仕草、表情、反応から相手の意図を読み取れるとこまで進んでないと無理としか思えないもの。そう考えるとマフラーのエピソードも不自然に思えるものね。

 理恵先生は康太と付き合うまでは折り紙付きの処女に違いない。それもガチガチの箱入り娘。そんな女が男を触ったりしたら、あわてて引っ込めるしかないじゃない。触って大きくなるのまで確かめられるのは、康太を受け入れていたからこそとしか考えられない。

 女が男のあれを愛しく思えるようになるのは、あれを受け入れた経験を潜らないと無理だと思う。それだけでも無理かもしれない。あれで女の喜びを教えられてこそ、愛しい物にやっと変わるぐらい。そうじゃなきゃ、ただグロテスクなだけ。

 そうなるとマフラーのエピソードは、理恵先生が康太をベッドに誘うサインだったとしか思えなくなってくるのよね。そこまで二人の関係が進んでたとするのが自然だよ。もしそうなら相当な関係だよ。恵梨香だって康太を誘う時にそこまでしないもの。


 ここまで考えると婿養子の話さえ怪しくなってきた。理恵先生は長女だけど三姉妹。順当なら長女が婿養子を取って上浦病院を継ぐだろうけど、見方によったら三姉妹の誰でも良いともいえる。そりゃ、康太が婿養子になれば話は一番簡単だろうけど、康太の嫁になるのも不可能じゃなかったはず。

 だから婿養子の話は理恵先生の両親が康太に話したものじゃなくて、理恵先生が康太に提案した気がしてきた。そっちの方が自然だし、ありえそうな話だもの。理恵先生は恋愛は許されていたけど、結婚するななら出来れば婿養子が望ましいぐらいは吹き込まれていてもおかしくないもの。

 理恵先生の気持ち的には康太と結婚したいまでは行っていて、結婚するなら出来れば婿養子なってくれたらスムーズに話が進むぐらいの感じかな。もっとも康太も一人息子だから、その条件はさすがにすんなりウンと言えなかったぐらいだよ。


 うん、うん、うん、そうなれば理恵先生の不妊症の話も怪しいじゃない。理恵先生が見合いで婿養子を迎えたのは本当だと思うし、子どもが出来なくて離婚に至ったのも本当だと思う。

 でも不妊症の検査をするなら夫婦そろってじゃない。ましてや夫婦とも医者だから必ずそうするはず。百歩譲っても普通はまず女だろ。婿養子が種なしだったとしても、理恵先生が再婚しなかったのは自分が不妊症だとわかったからとするべきよ。

 これだけの話を十五年ぶりに突然出会って、恵梨香を気遣いながら即席であの夜にデッチあげたのなら驚くよ。お互いの言葉から阿吽の呼吸で清い関係にすることにし、話の辻褄を巧みに結び合わせてるんだもの。そこまで出来るのは二人の関係は、体も心も深く繋がっていたとしか思えない。


 だったらだよ、理恵先生が康太と別れたのはフェード・アウト的なものじゃなく、最後の恋人に奪われたかもしれないじゃない。そうだよ、康太と理恵先生の関係が冷めた後に最後の恋人が登場して入れ替わったみたいな平穏なものじゃなかったはず。

 康太を奪われまいとする理恵先生と、康太を奪いたい最後の恋人との間で壮絶な争奪戦が行われた気がするよ。その争奪戦の過程でアレの相性の話まで飛び出したとか。いや、どっちがベッドで康太を満足させるかで火花を散らしていたとしてもおかしくない。

 康太が理恵先生と最後の恋人の話を恵梨香に伏せていた原因もこれならわかる。康太は二股、三股をかけるような女たらしじゃないのは知ってるつもり。でも学生時代には結果的にそうなってしまったに違いない。

 だから由佳や智子の時のように、懐かしい思い出として恵梨香に話したくないに違いないと思う。それぐらいドロドロの関係になってた時期があったはず。康太への信頼は揺らぎもしないけど、康太にとって最後の恋人はどんな位置づけだったんだろう。

 だってだよ泥沼の関係になるってことは、理恵先生との関係が続いたままで最後の恋人が強引に割り込んだことになるじゃない。結果だけで言えば強引に割り込んだ末に理恵先生を追い払ってしまう略奪愛を展開したことになる。

 恵梨香が知ってる康太は元嫁と離婚した後で浮気は忌避していたけど、学生時代の康太は違ったんだろうか。ここになるとわかんないけど、康太のキャラ的には違うようにしか思えないよ。康太が学生の時に何が起こったんだろう。

 一番わからないのが最後の恋人と恵梨香はどこか似てる部分があって、康太の再婚の決め手になってるらしいのよ。これも実はおかしすぎるのよ。恵梨香との結婚の時は、先になぜか恵梨香を気に入ってくれたけど、最後の恋人との時に先にいたのはあの理恵先生だよ。