黄昏交差点:カルチェ・ラタンでの出会い

 恵梨香の住んでるマンションは繁華街の裏通りみたいなところ。お水の商売らしい女も住んでるよ。通勤に便利だものね。それで近所にカルチェ・ラタンってスナックがあるんだよ。

 スナックって水割り飲んでカオラオ歌うところと思われてるし、そういうところが多いのだけど、カルチェ・ラタンはかなり変わってて、食事重視なんだよね。冬ならおでんもあるし、カウンターの上には大皿があって、好きなものを注文できる。

 もちろん他にも注文すれば色々出来るけど、これがなかなか美味しいのよね。スナックというより、居酒屋に近い気がするけど、あくまでも看板はスナック。恵梨香のお気に入りの店の一つ。恵梨香も常連だから覚えてもらってて、ママさんにも可愛がってもらってる。

 客層は近所の人やサラリーマンも多いけど、特徴としてお水系の女も目に付くことかな。仕事帰りに一杯やったり、食事をしたりに利用しているで良さそう。下手な店に行くより美味しいし、夜遅くまで開いてるし、そのうえ安い。店の名前がえらくオシャレだけど、

 喫茶 カルチェ・ラタン → スナック カルチェ・ラタン

 始まりの喫茶店が潰れて、二代目のオーナーがスナックにしたけどこれも潰れて、今のママさんが居抜きで受け継いで三代目って聞いたことがある。だからでもないけど、店はボロくて、お世辞にも綺麗とかオシャレとは言いにくいかな。


 そこに時々顔を見せるお客さんだけど、商売はお水で良さそう。服装とかお化粧とかがね。でも崩れた感じはなくて、店の帰りに立ち寄るみたいだけど、居るだけで店が華やぐ感じがするんだよ。

 店に来てもはしゃいで騒ぐことはないし、どちらかと言うと静かに飲み食いしてる感じだけど、誰かが話しかけたら応えてくれるし、愛想も悪くない。

 ただ年齢は不詳としか言いようがないのよ。最初は若そうに思ってたけど、話をする感じではちょっと違う感じ。かなりの歳の感じがするというか、恵梨香と変わらない気がするぐらい。話題とかがね。

 そりゃ、お水やってるから話題は広くて当たり前だろうけど、あの話しぶりは、本とかで覚えたものじゃなく、実際に見聞きしたものとしか思えないのよね。それと妙というか不思議なのだけど、時事的な話題で飛んでる時期があるんだよ。誰でも知ってそうな話題を、どうも知らない気がしてならないんだよ。

 そうしたら、ある日、マンションで出会った。ゴミ出しのためにエレベーターに乗ってたんだけど、その人が乗り込んで来たんだよ。「あっ」って感じだったかな。朝だったし、ゴミ出すだけだからスッピンだったんだけど、その人はそりゃ、綺麗で可愛かった。

 お水の人って昼間のスッピンで見たりすると、誰かわからない人も多いんだよね。女優さんなんかにもいるって聞いたことがある。でもその人は、仕事用の化粧を取り、日の光の中でも輝くようだったもの。

 スタイルも悔しいぐらい抜群。背こそないものの、締まるところはところはキッチリ締まったグラマーだ。悔しいけど男がほぼ例外なく夢中になるタイプだよ、あれ。これって、いっつも思うけど、どうして恵梨香には何にもないのよ。神様は不公平すぎる。

 そこから少し親しくなって、カルチェ・ラタンで会った日にはマンションまで一緒に帰ることが多くなったんだ。まあ、一緒じゃない方が不自然だものね。自分のことを話したがらない人だけど、独身なだけではなく彼氏とか恋人もいないよう。

 もっと聞きたいのだけど、とにかく聞き上手。気が付いたら恵梨香がいつもベラベラしゃべらされてる感じ。反応とか、相槌、時に入るツッコミが絶妙ぐらいかな。恵梨香の話を面白がる時の笑顔なんて、食べちゃいたいぐらい愛くるしい感じなんだよ。

 でさ、ある日に恵梨香の部屋にお茶でもしないかって誘ってみたんだ。お茶と言いながらお酒になったのは時間帯と思ってね。あれこれ話をしたのだけど、いつしか初恋の話になったんだよね。

 その人は自分の事を話したがらないけど、恵梨香が淡路出身と聞いてるし、そりゃ二十年とか二十五年ぐらい前の話になるから、酒の肴に乗ってくれたと思ってる。恵梨香が知ってるはずの話じゃないから油断というより、安心してたはずなんだ。場所とかはボカしてたけど、

「初恋はね・・・」

 その話を聞いていて震えだしていた。中三、初恋の人を狙って入塾、さらに帰り道の秘密のデート。ここまで似ている話が他に世の中に転がってるとは、とても思えなかったんだよ。でも似てるだけで違う可能性もあるから、

「その人はどうなったのですか」
「高校が別になっちゃって終わりよ。でも、医者になったから逃した魚は大きかったかな」

 ここまで同じは、もう他にありえないじゃない。それでも最後の望みをかけて、

「もう初恋の人は結婚されてますよね」
「そりゃ、そうよ。でも、ちょっと前に離婚したって」

 決まりだ。この人こそあいつの初めての恋人、あの西村由佳に違いない。智子もビックリするぐらい若くて魂消たけど、由佳はそれ以上かもしれない。それにどう聞いても独身、結婚はしてたはずだから離婚したことになる。つまりはバツイチだけど、こんなのがあいつの前に現れたら大変な事になっちゃうじゃない。

 由佳の性格も悪くない。あいつとの事さえなければお友だちに是非なって欲しいタイプ。問題はその気があるかどうかになるけど、

「初恋の相手ともう一回なんて考えたことがありますか」
「そりゃね。ずっと、ずっと思ってるよ。夢かな」

 最悪だ。由佳もチャンスがあれば参戦する気が満々だ。どうして、どうしてだよ。あいつが離婚しただけで、こんなにイイ女が次々に湧いてくるんだよ。智子相手でも絶望感に浸りそうだったのに、由佳となると、どうやったら勝てるんだよ。

 智子とはタイプが違う分だけ辛うじて対抗出来るところがあるけど、由佳とはモロにタイプが被るじゃないの。恵梨香だって胸とヒップはデカいのよ。デカいだけでみっともないのは置いとくけど、強引に分ければグラマー・タイプ。

 グラマー・タイプと言ってもビヤ樽狸だけど、由佳は絵に描いたようなグラマー美人。恵梨香の理想として良いぐらいだもの。こんなものと、どうやって競うのよ。男の経験だって結婚してるし、

「まあ、こういう商売してるから見栄張ってもしかたないよね」

 そこまでサラッと言えるからには十分と見てよいはず。さすがに聞けなかったけど、智子はおそらく正統型に開発されてるだろうけど、由佳はビッチのトレーニングもされてる可能性だってあるじゃない。

 だって夜の商売で男とやるとなれば、基本的に不倫だろうし、不倫となればあの禁断の蜜を啜るし、啜ればアブに走る可能性が出てくるもの。恵梨香の秘密兵器、最終兵器であるビッチを由佳も身に着けていたら、お手上げじゃない。

「実はね、最近会ったんだ」

 聞いた瞬間に心臓が止まりそうになった。なんて事なのよ。恵梨香の、恵梨香の夢と希望が消えていく。

「まさか意気投合して」
「それはないよ」

 ここだけは辛うじてセーフか。まだ指一本ぐらいは引っかかってるよね。聞いているとあいつも再婚は考えてるでまず良さそう。一つだけホッとしたのは、コブ付きは避けてるみたい。なるほど、泥棒猫との仲が一時の勢いがないのは、そのせいかもしれない。そりゃ、そうよね。思春期に入ろうとしてるコブを受け入れるのなら、よほどの覚悟がいるものね。よっしゃ、一人消えたぞ。

 それと若いのは避けているみたい。あいつなら二十代だって選べるだろうけど、あんまり歳の差が開くとシンドイのは確か。恵梨香も後輩の若い子と話していると、ジェネレーション・ギャップを感じることがあるものね。

 なら恵梨香はレンジに入るけど、問題は全然解決しない。同じ年頃でも若く見える方が有利だもの。そりゃ恵梨香の方が年下だけど、なんなのよこの二人。魔女みたいに若いじゃない。若く見えるだけじゃなく、女の魅力だってバリバリじゃない。

「その初恋の人って、もう意中の人がいるとか」
「まだ友だちって言ってたけど、かなり気がありそうだったよ。きっと素晴らしい人なんでしょうね」

 誰だそいつ。恵梨香の知らない間に他に女を作ってるのかよ。まさか智子がもうとか。いや智子と出会った日の感じではまだだったはず。あれから、そんなに日が経ってないし、由佳があいつに出会った日は、たぶんだけど智子と会った日より前のはず。一体どうなってるんだ。

 それにしても魂消たよ。あいつが目を付けたのも、目を付けられたのも、飛び切りの女じゃないか。この歳になって、これだけ魅力的なのまで予測するのは無理だろうけど、なんちゅう眼力だよ。

 でもないか。嫁さん選びは失敗してるものな。なんで、あんなのをわざわざ選んだんだろう。それを言えば恵梨香が何故か候補に残ってるみたいなのも不思議すぎる。それより、どうして由佳に行かないのだろう。

 由佳の欠点は・・・やはりお水の点を気にしてるとか。それはないとは言えないかもしれない。セフレにするぐらいならともかく、結婚相手なら気になるところよね。辛うじて由佳に勝る点を見つけ出したけど、それでも由佳は強敵過ぎるよ。だって初恋でこそないものの、初めての恋人じゃない。思い入れは深いはず。