黄昏交差点:意外な推測

『カランカラン』

 食事も終わりいつものバーに。

「前の話だけど・・・」

 二十五年前の淡い初恋話。

「あれでわからないとは鈍すぎるよ。智子はね、妬いてたんだよ。妬いたから、あんたから逃げようとしただけ」
「あの智子が嫉妬だって。そんなことがあるはずない」

 恵梨香はロックグラスを傾けながら、

「あんたのロマンチストのところだけど、その智子って子を聖女みたいに思ってるだろ。そんな女はいないよ、智子だって普通に恋する女だってことさ」
「それって」
「ここまで言わないとわかんないかな。智子はあんたが好きだったってこと。いつからかわからないけど、下手すると小学校からかもしれないよ、あんたは鈍くて感じなかったろうけど」

 そんなぁ、あの智子がボクを好きだったなんて、

「外野から見れば丸わかりじゃないか。美佐江って子がユニをプレゼントしたのを見てるんだろ。それをあんたは嬉しそうに受け取った。これって恋人からのプレゼント以外に見るのは無理だろ」

 言われてみればそう見えるかも。他のクラスメイトがそんな事をすれば、そう思うものな。でも智子だぞ、

「智子は振られたと思ったんだろ。少なくとも自分は選ばれなかったと考えて、あんたを避けようとしたんだよ。それ以外に理由があるはずないじゃないか」

 美佐江からのユニのプレゼントはそんな影響が、

「でも呼び止めたら、元に戻ったけど」

 恵梨香はグラスを傾けた後に、

「それはね、智子の心に希望の灯が着いたで良いと思うわ。これなら、なんとかなると思ったはずよ」
「あの智子がボクのことをそこまで思っていたなんて、ありえないよ」

 グラスを飲み干した恵梨香はラスティ・ネールとサキイカのフラッペをオーダーして、

「あんたは智子のことを究極の美少女とか、穢れなき聖女みたいに思ってるでしょ。惚れたからにはそれぐらい想うのは悪くないけど、恵梨香の智子のイメージは全然違うよ。チンチクリンだし、胸だってペッタンコ。臆病でオクテで、男友だちなんて絶対に出来ない地味な女の子にしか思えないってこと」

 いくら恵梨香でも、会ったこともない智子のことをそこまで言うのは、言い過ぎだと思ったけど。思い当たる節が無いこともないんだよな。智子は嫌われるタイプじゃなかったけど、友だちの多いタイプには思えなかったのは確か。女友だちでもとくに親しかったのは誰かと言われると思い出せないぐらい。

 それと幹事をやった小学校の同窓会の時のこと。あの時は、幹事長の方針で幹事会と言いながら、最初の何回かはそれこそのプチ同窓会の飲み会だったんだよな。ボクは神戸から出かけてたけど、帰りが同じ電車の神戸に住んでる女性幹事とあれこれ話をしたことがある。

 この女性幹事は高校は別だったけど、話がいつしか誰があの頃好きだったの話に雪崩れ込んでしまった感じかなあ。とにかく一時間以上かかる電車だから、問い詰められる感じになって智子の名前をだしたのだけど、

『えっ、智子だって・・・・・・』

 よほど意外な名前が出てきたって反応だったんだよ。これも当時付き合ってたの話じゃなくて好きだったの話なんだよな。女性幹事が挙げた名前だって『やっぱり、あいつか』ぐらいのレベルのお話。今から考えても、その女性幹事ですら、当時の智子が恋愛対象になっていたのが驚きだった感じがする。

「あんたが見えてる智子と、周囲が見る智子は違うよ。智子はどこにでもいる普通の地味な女の子だってこと。そんな智子が選んだのがあんただ」

 恵梨香はサキイカを囓りながら、

「智子の贈ったペンケースの意味なんて恵梨香には怖すぎるぐらいだよ。少なくとも二つの意味がある。一つは贈ったペンケースをあんたが本当に使うかだ」

 大喜びで使ったけど、

「智子はあえてキキララのペンケースを選んだのだよ。あんたは無邪気に喜んで使ったけど、普通なら恥しくて使えないよ」

 言われてみれば。さすがに恥しかった部分はあったものな。もうちょっと無難な選択はいくらでもあったはずなのに、あえて智子があれを選んだのにそういう意図があったなんて。

「それとサイズ。あの頃なら缶ペも流行ってたけど、あの大きさを智子はあえて選んでる。」
「どういうこと」
「削りたての鉛筆が入らないサイズってこと。そのペンケースではユニの鉛筆は使えなくなるのだよ」

 恵梨香が言うには、ボクが逃げようとする智子を呼び止めた時に、美佐江とは親しい女友だちである可能性を感じたとしてた。つまりはボクはまだ空いてるぐらいかな。それを確認するために、わざと男の子なら使いにくいペンケースを贈り、さらに美佐江のプレゼントを使えなくなる状態を受け入れるかどうかをテストしたってっさ。

「そんな回りくどいことをしなくとも」
「良く言うよ、あんたもヘタレじゃない。いや、あの頃は誰もがヘタレだった。でも賢い子だと思うよ。そこまで考えるとはね」

 そこから恵梨香はなにか考えていて、

「やっぱり中二からかもしれないね。あんたも惚れたけど、智子も惚れたんだよ。その親戚の塾に行ったのも智子の意思に違いない」

 これまた恵梨香が言うには、塾生集めの時にまずボクが親戚だから目を付けられ引っ張り込まれたんだろうって。それはわかりやすいけど、

「あんたが言ってたメンバーじゃ普通は智子は来ないよ」
「どうして」
「智子の友だちがいないじゃない。そりゃ女はいたけど校区外の子じゃない。そういうシチュエーションの時には誰か友だちを引っ張り込むんだよ」

 それはなんとなくわかるけど、

「智子は五人目だった可能性が強いね。先に決まっていた四人の面子を聞いて、あんたと近づける可能性があるから入ったとしか考えられない」

 そこから恵梨香はスマホの地図を見せながら、

「気になって確認してみたんだ。この辺が塾だろ、これが県道で、市道の前が智子の家だよな。これってどう通っても最後はあんたと智子が最後に二人になるルートだよ。智子はそれも計算していたでイイと思う。最初の頃に駅前の信号まで迂回していたのは、直進するより時間が長くなる可能性があったからのはず」

 その時に突然思い出した。最初の塾の帰りの時に商店街から県道に出た時に三人は立ち止ったんだ。山岸が、

『僕はこっちになるから』

 山岸の家はちょっと遠かったから、ボクが、

『ほんじゃ、せめて次の信号のとこまで送るわ』

 山岸も最初は断ったけど、さして時間も距離も変わるわけじゃないから、じゃあ、そこまでと走りかけると智子も付いてきたんだよな。

「甘酸っぱくて楽しいね。智子はあんたと直進になると思ってたはずだよ。それを、あんたが山岸を少しだけでも見送ろうとして焦ったんだよ。智子には結果オーライだたろうけど」

 恵梨香の推測がどれだけ当たっているかは、智子しか知らないと思う。でも、あの時に不自然さを感じた智子の行動が説明できてしまうのは否定できないよ。でも、それだけ想いがあるのにあれだけ話が弾みにくかったのは。

「それが当時の智子だってこと。あんただって、女の子と二人きりの時に何を話すか困ってだろ。智子はそれ以上に困ってたんだよ。秘密のデートと言っても、長くて五分ぐらいじゃないか、何か話さないといけないと思いながらタイムアウトってこと」

 臆病なオクテの子が、好きな男と二人きりになって言葉が出なくったんじゃないかと恵梨香は笑ってた。それにしても、どうしてボクを。

「あんたと同じ理由じゃない。人を好きになるのに最後は理屈じゃない。あははは、智子には白馬の王子様に見えてたかもよ」

 この夜はこの辺でお開き。次回は延長戦をやるって張り切ってたな。