ミサトの旅:歎願行脚

 「加茂先輩はオフィス加納に行ったことはあるのですか」
 「あるはずないよ」

 オフィス加納への嘆願は代表のボクだけでする気だったのですが、伊吹君がそれこそ決死の勢いで同行を求めて来ました。断れば一人でも行きそうだったので一緒です。

 「ここですね。こりゃ、立派なビルだ」

 二人でGPSを頼りにオフィス加納に。加納ビルは一~二階がテナントで、三階がホール。四階からがオフィス加納になっているのはわかったけど、四階に上がるには一階からの専用エレベーターを使うしかないようだ。エレベーター・ホールの入口に警備室がありゲートになっており、

 「オフィス加納に行きたいのですが」

 アポイントメントがない者は通せないで門前払い。そう簡単に譲れないので、

 「ここで去年体験生を行った尾崎美里さんの友だちで同じ写真サークルのものです。尾崎さんに関する重大な相談を麻吹先生か、新田先生にさせて欲しいのです」

 でも反応は鈍いどころじゃなく、ほぼ門前払い状態。仕方がないので一階のホールで屯していたら、警備室で追い返される人が次々と。どうも知り合いとか、なんとかの口実を設けてオフィス加納に入ろうとする者が毎日大勢来るようです。

 「加茂先輩、うちは本当の話なのに」
 「しかたないだろう。口先だけでは無理ってことだ」

 この辺は、そう簡単にはいかないだろうと予想はしていました。

 「どうするのですか」
 「ここで待つ。麻吹先生にしろ、新田先生にしろ、ここで暮らしているわけじゃない。今日だってロケに出ている可能性もある。入口はあそこだけのはずだから、必ず通るはず」
 「そこで直訴ですね」

 やはり当初の予定通り、ここを通りがかるはずの麻吹先生か新田先生を呼び止めて話を聞いてもらうしかなさそうです。伊吹君とひたすら待って、待って、夕方になりついに麻吹先生らしき人を見つけたのです。駆け寄ろうとしたのですが、ボクたちと同じように一階ホールに屯している人が一斉に殺到。

 「麻吹先生サインください」
 「握手を」
 「こっち向いて下さい」
 「毎朝タブロイドですが・・・」
 「満点テレビですが・・・」

 これには伊吹君も意表を突かれたみたいで、

 「加茂先輩これは・・・」
 「これもある程度は予想していたが、ここまでとは・・・」

 殺到したファンやその他もろもろも、警備員やスタッフに遮られて近寄れず、ボクたちはさらに近づけずです。少し後に新田先生が出て来た時も同じ。

 「伊吹君、これは手強いぞ」
 「さすがに人気がありますね」

 この日はやむなく帰宅。翌日はすばやく反応して、警備員のところまでは近づいたものの、それ以上はどうしたって無理。向こうも手馴れていて、伊吹君でさえ弾き飛ばされそうでした。翌日もさらのその翌日も同じです。

 「加茂先輩、これでは埒があきません」

 二人で突破作戦をあれこれ考えましたが、二人の力では警備員やスタッフのガードを崩すのは不可能にしか思えません。これでは何日やっても近づけそうにありませんし、下手するとストーカー扱いにされそうです。

 通りがかりの直訴作戦が通用しないとなると、他の作戦を考えないといけません。その夜は伊吹君をボクの下宿に呼んで作戦会議です。夕食はケイコに頼んでおきました。

 「加茂先輩これは」
 「ケイコのメシは美味いぞ」

 ケイコもオフィス加納のガードの様子を聞いて、突破するのは無理そうなのはわかってくれました。階段から四階に上がるのも尾崎さんの話なら不可能で、非常階段も同様です。ケイコは、

 「あそこの商店街のバイトをやって、出前とかで潜り込むのはどうかな」

 それもアイデアですが、どこの店から出前を取るかから調べないといけませんし、そこの店がバイトを募集しているかも問題です。さらに言えば店から出前を命じられるかも未知数です。伊吹君は、

 「こうなったら窓から侵入して突撃しましょう」

 これもオフィスは四階からですから落ちたら死にます。というか登ってる途中に見つかったら不審者として警察のお世話になってしまい、最悪退学処分になりかねません。ロケ先を探し出して突撃する案も業務妨害として訴えられる危険がありますし、それ以前に同様の鉄壁のガードがありそうです。

 「やはり正攻法で行くしかない」
 「直訴を続けるのですか」
 「いや、もっと正攻法だ」

 ああいうところに入るには、誰かの紹介状が必要です。口添えでも良いのですが、一見さんでは門前払いにされるだけです。

 「シゲル、それはそうだけど、麻吹先生や、新田先生の知り合いなんていないよ」
 「それがわかってるから直訴作戦を取ったけど、無理だとわかったから、なんとしても探し出さないと」

 ケイコがぼやいてましたが、ボクたちは尾崎さんを通じて、有名人と近いところにはいます。麻吹先生や、新田先生もそうですが、エレギオンHDの女神たちも、かすかですがつながりはあると言えばあります。でもあくまでも尾崎さんを通じての間接的なもので、直接の面識はゼロで、ゼロだから困っています。

 「尾崎さんの交友関係って、そう考えれば途轍もない代物だよね。だからケイコたちのような下々のものでは、手がかりすら浮かんでこないのだけど」

 そのときに閃きました。

 「伊吹君の高校の時の写真部だけど、監督さんの名前は確か・・・」
 「里村輝先生です・・・そっか、それなら」

 伊吹君が聞いたところでは里村先生はかつてオフィス加納でお弟子さんをしていたはずですし、三年前の写真甲子園の時に麻吹先生とも話をしていたはず。

 「伊吹君、里村先生は今でも神藤高校勤務かな」
 「そのはずです」

 とりあえず神藤高校に行くことになりました。明朝に西宮を立ちましたが、懐が寂しいので特急を避けたら八時間ぐらいかかりました。ようやく神藤高校に着いたのですが、

 「里村先生は異動されまして、今はちょっと」

 なんと行方が分からないって言うのです。先に確認しておけば良かったと思いましたが後悔先に立たずです。県立高校の教師の異動ですから、行方が分からないのがおかしいのですが、神藤高校の話では里村先生は退職したというのです。

 安宿をなんとか見つけ出し、伊吹君には友人知人に連絡しまくってもらい、里村先生の行方を探してもらいました。これがなかなかわからず、翌日も夜になり、あきらめかけた頃に、

 「見つかりました、十津川高校です」

 翌朝に十津川高校へ。とにかく遠いバスの旅。

 「加茂先輩、予定外の旅行になったので」
 「ああ、ボクも厳しいけど・・・ここまで来たんだ、とにかく行こう」

 電車代、宿泊費、バス代・・・それでもなんとか十津川高校に到着。応接室に通されて恐縮しましたが、

 「誰かと思えば伊吹君じゃないか・・・」

 ボクも挨拶して事情を話して相談です。

 「尾崎君って、あの摩耶学園の。去年のハワイの活躍も聞いてるが・・・」

 事情を聞いて下さって、

 「麻吹先生に直に連絡を取るのは今の私では難しい」

 その代わりとして紹介状を書いて下さり、

 「あのぉ、実は厚かましいお願いなのですが・・・」

 もう財布はピンチどころじゃありません。ヒッチハイクでもしないと帰れそうにありません。今日だって野宿を覚悟しているぐらいです。

 「無鉄砲なところが学生らしいな。今晩は狭いがうちに泊まりなさい」

 聞くと奥様と官舎住まいだそうです。厚かましいと思いながらも、この好意を断ると野宿になりかねませんから素直に感謝して受けて。夜は御馳走にまでなりました。なかなか人間的にも魅力のある先生で、

 「星野先生にはお世話になったよ。もちろん麻吹先生にもな」
 「泉先生とか、新田先生も御存じなのですか」
 「ああ、もちろんだ」

 里村先生が星野先生に弟子入りしたのは、新田先生がプロになった頃のようで、

 「十六年前ぐらいになるなぁ。新田先生は凄かったし、泉先生なんて世界が違うと思ったぐらいだった」

 里村先生も頑張ったそうですが、

 「当時も写真の聖地と呼ばれてたけど、泉先生や、新田先生ぐらいでないとプロになれないって思い知らされただけかな。だから教師になったんだよ」

 翌朝は、大阪まで出るトラックに同乗できるように里村先生は頼み込んでくれて、

 「昨夜は楽しかったよ。少ないがフォト・サークル北斗星への寄付だ」

 これをトラックが発進する寸前に窓から放り込まれたのです。

 「伊吹君、里村先生って」
 「ボクらの恩師であり、永遠の師匠です。あの優勝旗を持って帰れなかったのが心残りです」