ミサトの旅:新歓コンパ

 ミサトもそうだったけど、文化会系のサークルに新入会員が入って来るのは学祭の後が多いのよね。だからサークルにもよるけど、学祭を新入会員勧誘のアピールに使っているところも少なくないかな。

 「うちはどうするのですか」
 「待つしかないだろ」

 学内にポスターぐらい貼りたいところだけど、これもかつて猛烈な枚数が貼られた時期があり、今は所定の掲示版に一枚のみ。それも、これまた規模や活動実績で掲示場所が変わり、去年のサークル北斗星のポスターが貼られている場所なんて二年のミサトでも、

 「それってどこなんですか」

 それぐらい目立たないところ。今年はだいぶマシだけど、あの一枚を新入生が見つけられるかと言えば疑問なんだよね。後は加茂先輩の手作りのしょぼいホーム・ページぐらい。

 「喫茶北斗星にポスター貼ってもらったらどうですか」
 「それも規制されている」

 学内ポスターが規制された後に、それこそ駅から校門までに間に無数の募集ポスターが貼られた事があり、近隣の人から苦情が押し寄せられたみたい。だから学外に募集ポスターを貼っているのがバレると即活動停止になるそう。

 「部活や公認サークルは学内に部室があるから、その前とかで募集活動をするのは良いことになってるんだよ」

 去年はナオミがあれこれ写真サークルを調べてたけど、学内にある公認写真サークルをまず目指した理由がそこ。他となると、

 「そういうこと。ネットとか、クチコミとか、学内に一枚しかないポスターでまず見つけ出し、自分で連絡を取って訪ねてくれないと誘い様がないんだ」

 これはミサトも経験したからわかるけど、入学してまだ一カ月過ぎたぐらいだから、新入生は学内事情に暗いのよね。新しい仲間に慣れ、大学の授業システムに慣れ、下宿した者はその生活に慣れるのに懸命って感じかな。

 「加茂先輩、今年の目標は?」
 「最低二人。尾崎さんがいるから五人ぐらい期待してるけど」

 二人の理由はそれで会員数が十人になり、公認昇格の人数条件を満たすからで良さそう。ついでに言えば今年で三年目だから継続年数も、もうすぐ条件を満たすのだそう。

 「公認を目指すとか」
 「可能性だけね」

 去年のツバサ杯事件で公認写真サークルが消滅しちゃったのだけど、同時に公認昇格の機運も出てるのは間違いなくて、

 「公認への昇格で現実的なネックは物理的なスペース問題があるからね」

 要は学内に部室に出来る部屋があること。それが公認写真サークル消滅でポッカリ出来てしまったぐらいかな。

 「でもフラッシュでしょ」
 「そうなんだが、あそこは広いから二分割の話もあるのはある」

 二つになれば北斗星も可能性はゼロじゃないから、とりあえず人数条件はそろえたいぐらいみたいで良さそう。


 そんな時にミサキは胃腸炎。ゲロゲロ吐いてお腹はピーピー。点滴もしてもらったけど、途中から猛烈に胃が痛くなって病院に担ぎ込まれた。胃カメラまでされて、

 「逆流性食道炎です」

 一週間ぐらい七転八倒で苦しんで学校はお休み。エライ目にあった。やっと回復してナオミに会ったら新歓コンパをやるって聞かされ、居酒屋タイガー堂に。加茂先輩があいさつで、

 「今年の入会者も粒選りになりました。まず仲野さんと家本さんは西川流B4級です。我がサークルの層もますます厚くなってくれました。それと伊吹君。彼には将来の北斗星を担ってくれる人材と期待しています。では阪神の勝利を祈ってカンパイ」

 結局三人か。目標の十人は越えたけど現実は厳しいな。ヒサヨ先輩と話してたのだけど、とにかく十五個も写真サークルがあるのがまずネックだって。新入生だって未公認だけで十五個も写真サークルがあるとは思わないものね。

 そのために写真サークルに入るつもりでも、最初に誘われたところに入ってしまうケースも多いだろうって。複数のサークルを比較しようにも存在を探し出すのが大変だし、接触したサークルから熱烈歓迎から熱烈勧誘になるだろうし。

 「三人でも十分よ。あんまり増えると喫茶北斗星では溢れちゃうよ」

 これも現実的な問題。フラッシュもその辺は苦労してるって聞くものね。それなりにちゃんと活動しようとしたら、撮影の後に批評会みたいなものは欠かせないけど、人数が多いほど会場確保に苦労するぐらい。

 「だから公認昇格も目指してるとか」
 「シゲルが置き土産にしたいらしい」

 加茂先輩もケイコ先輩も今年で卒業。ヒサヨ先輩も含めてたった三人で始めたサークルも、徐々に輪が広がって十一人。数だけじゃなくレベルも上がって来てるものね。今年は公認昇格の機運もあるから、なんとか潜り込みたいぐらいだろうな。

 「だけどね、今年で言えばシゲルはあえて三人に絞った部分もあるよ」
 「もっといたのですか」
 「それほどじゃないけど、やる気のあるのだけにしたって言ってた」

 加茂先輩、口ではああ言いながら本気だね。公認サークルになっても維持するのはラクじゃないのよね。サークルによるけど活動実績の目安を示されたり、幽霊会員のチェックもウルサイみたい。そういや、それがこじれたのが去年のツバサ杯事件みたいなものだものね。

 「ところで尾崎さんは今年も居てくれるの」
 「イヤですよヒサヨ先輩。ミサトを追い出すつもりですか」
 「そんなことないけど・・・」

 去年、新田先生や麻吹先生に殺されそうになるほど鍛え上げられたお蔭で、ミサトのレベルがトンデモないものになっているのは確かみたい。麻吹先生なんか、ミサトが望めばオフィス加納と専属契約を結んでくれるまで、お世辞だろうけど言ってくれてるぐらい。

 プロ契約はともかく、ミサトが望めば、あの写真の地獄じゃなかった聖地のオフィス加納に入門ぐらいは可能かな。じゃあ、大学中退してプロの世界に飛び込むかと言われると、ためらう部分があるのよね。せっかく入った大学だもの。麻吹先生に相談したことがあるけど、

 『オフィスの弟子は、どうしてもプロのフォトグラファーになりたいと思い詰めた者だ。だからオフィスの門を潜った瞬間から、プロになるかなれないかしか道はない』

 入門するだけでムチャクチャ難しいのはあまりにも有名。

 『尾崎は例外だ。まず弟子ではなく教え子だ。さらにプロに相応しい技量は身に付いている。プロになりたいのなら歓迎するが、プロの道も厳しい』

 要はミサトにはテクニックはあっても、プロになる覚悟が十分でないぐらいかな。大学についても聞いたけど、

 『フォトグラファーに学歴は不要だが教養はあった方が良い』

 新田先生のライフ・ワークみたいな仕事だけど、日本の伝統文化を紹介するシリーズがあるのだよね。撮られた写真は、まさに伝統や文化を知り尽くした素晴らしい作品。地味なシリーズだけど評価は非常に高いもの。

 『そうだな、あれはアカネでは到底無理だ。いや、わたしでも手強いところがあり、マドカにしか出来ない仕事だと思う』

 新田先生ほどの教養は無理としても、写真の質を高めるには幅広い教養がある方が良いとはしてた。必須じゃないけど、あった方が望ましいぐらいかな。

 『これはアドバイスでもなんでもなくて、わたしの独り言だが、大学を卒業してから考えるのはアリだと思うぞ』

 付け加えて在学中にプロになるのもアリだって。そんな片手間のプロなんかどうかと思ったけど、

 『尾崎。お前に自覚が乏しいのはわかるが、本当ならハワイの時点でプロ契約を結びたいスタジオが押し寄せているはずだ』

 そんなもの一件もないけど、

 『業界的には尾崎はオフィスと仮契約を結んでいるぐらいに見られてる。言いかえれば業界での師弟関係とはそんなものだ』

 なるほど。育て上げるたびにさらわれたらアホらしいか。それにしても仕事に厳しい麻吹先生にしたら甘い気がしたけど、

 『あははは、尾崎は弟子同然だが、あくまでも教え子。弟子同然だからプロの技量にはしてやったが、教え子だから進む道は自由だ。尾崎が片手間をしたいのなら師匠として協力する』

 麻吹先生が弟子をどれだけ可愛がるかは、体育会系の意味は体で覚えさせられたけど、愛情の意味でも骨の髄まで教え込まれた。SSK事件の時に麻吹先生に相談しなかった事を本当に怒ってたもの。そんなに頼りない師匠と思われていたのが情けないってさ。

 「・・・尾崎さんが北斗星にいる価値があるのかなって思って」
 「ヒサヨ先輩。そんなにミサトは不要ですか」
 「逆よ、北斗星に価値がないってこと。でも、居てくれたら感謝する」
 「居るに決まってるじゃないですか」

 そこに加茂先輩や平田先輩が来て、

 「なにを辛気臭い顔して話してるんや。今日は新歓コンパでお通夜やないで」
 「そうだよ。せっかくの新入会員が逃げちゃうよ」

 だよね。今日の主役は新入会員。それを先輩として歓迎しなくちゃ。加茂先輩が新入会員を呼び寄せて、

 「北斗星のスーパーエース、いやウルトラエースに御挨拶を」

 加茂先輩も酔ってるな。

 「仲野さつきです。よろしくお願いします」
 「家本文香です。可愛がってください」

 素直そうでイイ子じゃない。

 「伊吹明です」

 あれっ、どこかで、

 「お久しぶりです」
 「こんなところで会えるなんて」