ミサトの不思議な冒険:エレギオンの女神

 コトリさんも帰って来て、夕食は誰が作るかと思っていたらなんとコトリさん。そう言えば食料品を買い込んでいたけど。

 「ここは自炊やねん」

 出てきたのは素人離れした料理の数々。なるほどお昼はあり合わせって言ってたのがやっとわかった。

 「コトリちゃん、なにかわかったか」
 「今やってる最中やけど・・・」

 とりあえず裁判の話になったけど、

 「このまま、まともにやっても二審は負ける。それぐらい相手の材料はそろってる」
 「そんな事は許さん! 尾崎をそんな目に遭わせるのなら・・・」
 「シオリちゃんも落ち着いてえや。ホンマ、自分の弟子の事になったらガチになり過ぎるんやから」
 「あたり前だ!」

 コトリさんが言うには、確かに相手の証拠の揃え方は完璧だけど、

 「完璧すぎるところが弱点としてエエやろ」
 「どういう意味だ」
 「簡単なこっちゃや、あれだけ完璧にするには、準備の上でやらかしてるって事やんか。そこを突き止めれば簡単にひっくり返せる」

 仕組まれた可能性はうちの弁護士の田中先生も言ってたけど、

 「貞友って弁護士は辣腕の評判らしいが、かなりの香具師や。今回が初めてとちゃうでエエやろ。無敵将軍とも呼ばれてるみたいやけど、無敵にもタネがあるってこと。うちに関わってしもたのが運の尽きや」

 とりあえずどうするのかと麻吹先生が聞いたんだけど、

 「裁判やからまず和解申し込みかな」
 「それってタダにしろの和解だろ」
 「タダやない、迷惑料をキッチリもらう」
 「そんなものを相手は受けないだろう」

 コトリさんが凄まじい笑みを浮かべて、

 「この次座の女神に逆らうには五千年早いわ。知恵の女神の怒りを味わうと良い」

 これって親父が言ってた、

 『女神に逆らう者は決して許さない』

 これってことなの。さらに逆らう者の末路は悲惨ともしてたけど。それでもエレギオンHDに逆らうと怖そうな気がするのはミサトにもわかる。エレギオン・グループのコンプライアンスの厳しさはミサトですら知ってるほど有名として良いと思う。

 コンプライアンス遵守は内だけでなく外にもそうらしい。それがエレギオン・グループの信頼につながり、エレギオン・グループに認められて取引出来るだけで、取引企業の信用も上がり、株価まで上がるってお話。エレギオン・プレミアムとか言われてるらしい。

 だからエレギオン・グループに見放されると、エレギオン・グループだけではなくエレギオン・グループと取引している企業からも見放されちゃうんだって。日本だけでなく、世界にも大きく展開しているエレギオン・グループだから、大打撃を受けるだけでなく倒産してもおかしくないとされてた。


 北斗星のチサト先輩に聞いたことがある。チサト先輩は結構なお嬢様で、持っている物も、服だって垢抜けてるんだよね。チサト先輩の苗字は三井だけど、あの三井の一族だって聞いて驚いたもの。

 『それほどじゃないよ。財閥時代は大昔の話だし、三井と言っても端っこだし』

 それでもそういう企業の事情は詳しくて、

 『エレギオン・グループの凄いところは・・・』

 とにかく機を見るのに敏で、修羅場に圧倒的に強いんだって。

 『強い言うより、敵う者がいないとしてイイわ。あんな大バクチみたいな投機を失敗したことが一度もないって話だもの』

 それを指揮しているのがコトリさんこと月夜野社長だって。だから稀代の策士と呼ばれてるで良さそう。修羅場だけじゃなく、普段の先行投資も信じられないぐらい前から準備されてて、他の企業が宝の山を見つけたとばかりに群がる頃には、二歩も三歩も先行しているぐらいの感じだそう。

 だからコトリさんの一挙手一投足は世界中から注目されてて、どこに視察に行って、何を話したかどころか、何を食べ、何を飲み、何をお土産にしたかで世界経済に影響するとか、しないとか。そんなコトリさんが本気で怒ったら、どんな相手だって震え上がるんじゃないかな。そんなことを考えてたら、

 「ところでミサトさんの写真の腕前はどれぐらい」
 「尾崎は優秀だ」
 「へぇ、シオリちゃんがそこまで言うのは珍しいな。プロになれる可能性があるぐらいか」

 そしたら麻吹先生は朗らかに笑って、

 「バカ言え。世界でも尾崎に確実に勝てるのはわたしとマドカ、アカネぐらいしかおらん。その気になればいつでもプロになれるし、望めばオフィスと専属契約を喜んで結ぶぞ」

 ひぇぇぇ、そんなにミサトの写真って凄いの。でもちょっと言い過ぎ、お世辞も度が過ぎると嫌味になるってやつ。

 「わたしは写真で冗談は言わない。ヘタクソはヘタクソとハッキリ言う」

 ハッキリ言いすぎる気もする誰でもヘタクソ麻吹節。

 「尾崎の腕前は、この麻吹つばさが保証する。これだけの才能を、こんなツマラン事件のために潰してたまるか」
 「そやな。火まで付けよったから、きっちり落とし前は付けさせてもらう」

 ここに来る時は出口のない真っ暗な絶望の中に居た感じだけど、今は相手に同情したくなる気分。エレギオンの女神が本気になったら敵う相手なんていそうにないもの。そしたらコトリさんが、

 「やっと笑顔が出たな。泣き顔より笑顔の方が似合うで」

 やがて麻吹先生たちも帰り、お風呂にコトリさんと一緒に入って、しばらくお話したら、ずっと張りつめていた緊張が緩んで来て、

 「疲れたやろ、ゆっくりお休み。しばらく泊って行ったらエエわ」
 「それでは御迷惑が・・・」
 「かまへん、かまへん。御両親には了解もらったし、ここはコトリが一人で住んでるだけやから、居てくれた方が楽しいわ」

 これまた立派なベッド・ルームで、久しぶりにグッスリ眠れた。