目指せ! 写真甲子園:初戦審査会

 審査が行われるのは五月二十四日。とはいうものの、非公開だからどうなってるのかわりようがないのよね。

 「野川君、結果はいつわかるの」
 「二十五日の午後から順次学校に連絡が入るとなってるけど」

 月曜の授業はまさに上の空。昼休みになんとなく部室に集まったものの、みんなそわそわ。

 「通ってるよね」
 「あれだけやったじゃないか」
 「もう午後だよ」
 「事務局だってお昼ごはん食べてるよ」

 こんな大事な時にって憤慨したけど、焦ったって結果はもう出てるはずだし。午後の授業もジリジリしながら待ってたんだ。


 そうそう、三年も野川君と同じクラスになってたんだ。思わず、

 『やったぁ』

 内心だけどこう叫んじゃった。サヨコも一緒で嬉しかった。でもちょっと寂しそう、

 「大伴先輩、ダメだったんですよね」
 「あの時期に、あの大怪我だからしかたないよ」

 サヨコは何があっても大伴先輩の志望している港都大に入るんだと頑張ってる。望み通りになれば同級生だものね。

 「どこまで行ったの」
 「キスだけ。あの体じゃ無理だよ」
 「そういうけど、もう治ってるじゃない」
 「お互い合格してからにしようって」

 なるほどね。とりあえず順調そう。

 「エミはどうなのよ」
 「なんの話?」
 「イイ男になったじゃない。ボヤボヤしてると誰かに盗られちゃうよ」

 去年の今ごろの野川君はキャーキャーなんて無縁だったけど、今は違うのよね。校内予選が盛り上がってから新入部員が増えたけど、野川君目当てが確実にいるし、今年もそんな感じ。これだったらもっと早くアタックしとけば良かったかも。午後の授業の最後は豆狸の日本史だったんだけど、

 「野川、職員室に行って来い。連絡入ってるらしいぞ」
 「先生、それは」
 「写真甲子園だ」

 野川君と二人で職員室にダッシュ。部室に行くと全員が待ってて、

 「初戦審査会は通りました。これでサークルへの降格はありません。頑張ってくれたみんなに感謝します」

 途端に、

 「やったぁ」

 大歓声があがったのよ。そりゃもう、誰彼なしに抱き付きあって大喜び。そこから祝勝会になったけど、

 「麻吹先生には」
 「喜んでくれてた」

 写真部も例年なら文化祭で三年生は引退なんだけど、今年は写真甲子園が終わるまで続けることになってるんだ。もっとも三年生と言っても藤堂君だけだけどね。

 「新しい部長先生だけど気の毒したね」
 「やる気がありそうで良さそうな先生なんだけど」
 「タイミングが悪すぎたな」

 前任の部長先生はやる気ゼロで部室にも来たことがないぐらい。そういえば、校内予選の時すら顔出さなかったぐらいの先生。この先生が春に退職になって、新しい先生が入って来たんだよね。

 若い先生で田淵先生って言うのだけど、写真も本格派らしくて、望んで部長先生になってくれたらしい。ただ前任の部長先生からの申し送りはまったくなかったで良さそう。なんにも知らなかったんだ。部室に乗り込んできた田淵先生は部員を集めて、

 『ボクが来たからには写真部にも変わってもらう。これからはすべてボクの指導に従ってもらうから、そのつもりで』

 かなりの上から目線が気にはなったけど、部長先生が指導するのは当然だし、今までまともな指導者がいなかったのも写真部の低迷の原因の一つ。これぐらい意欲的な先生なのは歓迎だけど、今はちょっとややこしい時期なのをどうやって説明しようかと思ってたら、ミサトさんがいきなり絡んじゃったのよね。

 『指導されるのなら、それに相応しい技量を見せて頂けますか』

 そこまで言うかと思ったけど、初戦審査会の撮影の真っ最中に呼び出されて機嫌が悪かったって言ってた。その気分はエミにも少しあったからわかる部分はあったのはある。田淵先生もカチンと来たみたいだけど、最初が肝心と思ってたみたいで、

 『ボクの作品を見てもらう。君たちをこのレベルに少しでも近づけるのが当面の目標だ』

 おもむろにメモリー・カードを取り出したんだ。なんだ、持って来てたのかと思ったけど、たぶんだけど田淵先生の自信作を見せてくれたんだ。

 「下手だったね」
 「そんなことないよ。アマチュアなら相当なレベルのはずだよ」

 これは何か言うべきかどうかをエミも悩んでいたんだけど、ミサトさんがツカツカとスクリーンの前に出てきて、

 『少し意見させてもらってよろしいですか』

 田淵先生の写真にツッコミを入れかけたその時に、

 『なんだこのヘタクソな写真は! 尾崎、昼に悪いもんでも食ったのか』

 突然入って来たのが麻吹先生。

 『先生、これはミサトが撮ったのではなく、田淵先生が撮られたものです』
 『誰だそいつ』
 『新しい部長先生です』

 田淵先生は非常勤顧問の先生がいることさえ聞かされてなかったみたいで、

 『写真部の部長先生だろ。ちっとはマシな奴が就任してくれないものか。だいたいこの写真だが・・・』

 まさにコテンパン。

 「田淵先生、凹み切ってたね」
 「ああ可哀想なぐらいだった。聞きなれてないからなぁ」

 去年からコテンパンにされ続けているエミたちにとってはいつもの麻吹先生だったけど、田淵先生は初めてだったから相当応えたみたい。

 「麻吹先生もあそこまでやらなくてイイ気もしたけど」
 「ボクも後で聞いたんだけど・・・」

 麻吹先生はどうやってか知らないけど、写真部の部長先生が代わったのを耳にしていたらしいのよね。それも前任のやる気ゼロじゃなくて、かなり意欲を持ってるって。

 「あんなことしちゃったら、前の部長先生みたいになっちゃうよ」
 「いや、そうしたかったみたいだ。言われて気が付いたんだけど、ブロック審査会にしろ、決勝大会にしろ出場できるのは選手三人と監督一人なんだ」
 「あ、そっか。あんなにやる気でやられたら、監督は田淵先生に・・・」
 「そういうこと。引っ込ませるために、わざとあそこまでやったらしい」

 野川君は麻吹先生に、

 『ここまで来て、トンビに油揚げみたいに監督の椅子をさらわれてたまるか。あんなもの一度で十分だ』

 田淵先生も腰抜かしただろうな。だって高校の写真部の部室にいきなり麻吹先生が入って来たんだもの。それも非常勤だけど顧問だもんね。そりゃ、公式には、

 部長先生 〉 非常勤顧問

 この序列になるけど、相手が悪すぎるよ。

 「でもさぁ、麻吹先生も言ってたけど、写真部もちゃんと部員を指導させる部長先生が欲しいよね。田淵先生の意欲は買うけど、あの程度の技量じゃ話にならないもの」

 そしたら野川君が苦笑いして、

 「田淵先生は師範資格を持たれてるよ」

 ひぇぇぇ、知らなかった。

 「あの程度で師範資格なの」
 「そうだよ。小林君は写真教室に通ったことがないからわからないだろうけど、たとえば川中先生より上手だよ」

 どういうこと。すると野川君は感嘆するように、

 「麻吹先生はそこまでボクたちを引っ張り上げてるってこと。田淵先生だってボクたち以外の指導だったら十分できるよ。でも今年は例外」

 エミもそんなに上手になってるのかな。実感ないけど。