目指せ! 写真甲子園:二月

 メイルを開くのが怖い。一月から新田先生のマン・ツー・マン指導状態だけど、送った写真にビッシリってぐらい指導が入るのよね。なんか胃がキリキリ痛む感じがする。文面は上品だけど指導内容はまさに容赦無し。

 ミサトが気づかない点にも指摘は入るけど、ミサトが『ちょっと』と思った写真なんてボロチョンぐらい。もちろん、あの上品きわまる文章でだよ。ミサトのとりあえずの課題は背景のはずだけど、背景だけ良くともダメ。いや、そっちの方がもっと手厳しいかも。

 「おう尾崎、今日もラブ・レターか」
 「やめてくださいよ藤堂副部長。こんなラブ・レターがどこの世界にあるものですか」

 これはミサトだけでなく野川部長も同様みたいで、麻吹先生に絞られてるみたいで顔色悪い。

 「ほいでも、よくまあ、これだけ書いて来れるよな」
 「ええ、毎日ですよ」

 ミサトが写真を撮って新田先生に送るのは部活が終わるころ。これは野川部長も同じだけど、翌朝にはキッチリ返事が入っているのに驚かされるもの。新田先生も、麻吹先生だって売れっ子なんてものじゃない写真界の巨匠。自分の仕事を済ませた上でこれだけの手間をかけてもらってると思うと怖くなる時があるんだもの。

 「どうや」
 「それがよくわからないのです」

 野川部長が言ってたけど、どうも麻吹先生は初戦審査会が始まるまでに、あるレベルにミサトたちを持って行こうとしてるのじゃないかと話してた。

 「どんなレベルや」
 「それが部長にもサッパリ見当がつかないって。副部長はどう思いますか」
 「野川でもわからんもんが、オレにわかるはずがないやろ。ところで相談やけど・・・」

 二学期になってから部員も増えて来て、今や十五人にもなってるんだ。つまりは新入部員が十人。こちらのお世話は副部長とアキコでやってるのだけど、

 「オレも南も合宿経験者やから、それなりに指導できるんやけど、やっぱり付け焼刃やんか。批評会にタマにでエエから顔出してくれへんかな」
 「部長は?」
 「顔見ただけで、よう言えんかった」

 かもね。ミサトもヘロヘロだけど、部長なんてゾンビみたいになってるもの。ミサトだって時間がないけど、たまには気分転換でイイかもしんない。今日も新田先生から与えられた課題を懸命にこなして批評会に。なんか久しぶりって感じ。部屋に入ると、

 「よろしくお願いします」

 あのぉ、ミサトだって一年なんだけど、選手は別格扱いされて照れくさい。それでね批評会が始まると、自分の目を疑っちゃった。すっごく見えるのよ。その写真がどういう意図で撮られて、どうしようとして、どうなってしまっているのか。ポンポンと指摘して批評会が終わったけど、

 「さすがは尾崎や。あんなとこ、よう気が付くな」
 「そんなことないですよ。副部長にもあれぐらい」
 「そんなもん、できるか!」

 副部長とアキコの写真も見たけど、あんなに下手だったっけ。夏休みの時はちょっと上ぐらいだったはずなのに。いや、違う、副部長もアキコも夏休みの時より確実に良くなってる。他の新入部員とは段違いだもの。

 こ、これは、ミサトが伸びてるんだ。それも信じられないぐらいに伸びてるんだ。選手に選ばれてから、部長とエミ先輩の写真ぐらいしか見てないから、気づかなかったんだ。三人の中ではミサトが一番下手になったと思ってたけど、三人とも格段に伸びてる中の話だったんだよ。

 こんなに伸びてるミサトや部長がこれだけ苦しむって、どんなレベルのトレーニングをされてるというの。次の日に野川部長に言ったら、

 「尾崎さんも疲れてるんじゃないか。そんなに簡単に上達するわけないじゃないか」
 「じゃあ、今日の批評会に出てみてください」

 批評会に出席した部長は、

 「尾崎さんの言う通りだ。前とは写真の見え方が全然違う。まるで写真の構成が透き通るようにわかってしまうんだ」
 「でしょ、でしょ」
 「だけど、尾崎さんや、小林さんの写真はそう見えないんだよ」

 そうだった。でも、なんでだろう。

 「答えは一つだ。たとえば、麻吹先生の写真を見てもわからないだろう」
 「ええ」
 「技量がある程度、離れると見えると聞いたことがある」
 「じゃあ、麻吹先生たちはミサトたちの写真を」
 「あんな目で見ているに違いない」

 野川部長が呻くように、

 「ボクらが目標にされているものがわかった気がする」
 「なんですか」
 「麻吹先生たちでも見えにくくしようとしてるんだ」

 ちょっと、ちょっと、

 「そう考えればわかるじゃないか。今のボクたちへの指導の意味が」
 「それって、ほとんどプロレベル」
 「それはわからない。西川流には認定試験があるが、オフィス加納にはない。無い代わりに、

 ・アシスタント段階
 ・課題克服
 ・個展の成功

 この三つの段階があるらしい。それぞれをクリアしたと判定するのは師匠の先生の判断だけど、それは見え方かもしれない。わかりにくいかもしれないけど、ある一定の見え方をすれば合格ってところだ」

 部長の推測がどこまで当たっているかは不明だけど、物凄いところにミサトたちを引っ張り上げようとしているのは良くわかった気がする。

 「尾崎さん、ここのところ麻吹先生の指導が厳し過ぎて悲鳴を上げそうになってたけど、もしそこまでのレベルに到達出来たら、凄いことになるよ。なんとか一緒に登ろう」

 とにかく付いて行けばゴールはあるはず。なんかファイトが湧いてきて、新田先生の指摘が入っても、前みたいにしょげることはなくなって、

 「だったら、これで文句ないだろう」

 こんな感じで写真を送れるようになったんだ。野川部長もそうみたい。なんか開き直った気がする。そしたら新田先生の指摘の要点が見えて来た気がしたんだ。どうして、今まで気づかなかったんだろう。

 最初から新田先生は同じことを何度も何度も繰り返し指摘していたのに、ミサトの目に入ってなかったんだ。それからは新田先生の指導が送られてくるのが楽しみになったんだよ。なんかミサトの前に進むべき道がパッと開いた感じと言えば良いのかな。そこをひたすら進んで行くのがはっきりわかったもの。

 月末になり麻吹先生と新田先生が来られたんだけど、

 「野川よく頑張った。これで確実に一皮剥けたぞ」

 あっ、部長の目が赤い。

 「ありがとうございます」

 新田先生も、

 「尾崎さんよく頑張りました。合格よ」

 これを聞いた瞬間に涙が止まらなくなっちゃった。もうボロボロになりながら、

 「ありがとう、う、う、う」

 新田先生に抱き付いちゃった。ここで麻吹先生が、

 「来週にはエントリーの受付が始まる。ついに本番の写真を撮る時が来た。この日のためにここまで努力した成果は必ず出る。いや出るようにしてやったつもりだ」

 麻吹先生はここで一息ついて、

 「でもその前に学年末試験をクリアしてこい。そこからが本当のスタートだ」

 えへへ、実は試験対策もバッチリなんだ。エミ先輩には家庭教師の先生がいるんだけど、頼み込んでミサトも見てもらうようになったんだ。ユッキーさんって言うのだけど、ホントに可愛くて優しいけど怖い先生。でも、ちゃんとやれば成績が確実に良くなる魔法使いみたいな先生。家庭教師だから高いだろうって。それがボランティアなのにビックリした、ビックリした。

 「これぐらいでお代はいらないけど、ミサトさんの家庭教師をやってるのだけは強調しといてね」

 あれって、どういう意味なんだろう。