目指せ! 写真甲子園:エミ先輩の話

 「今日は尾崎さんが来てるからサービス」

 なんとクラブハウス内の立派なレストランに。なんか緊張しながらメニューを見たら、ムチャクチャ庶民的。

 「うちは名前こそレストランだけど、もともと大衆食堂だからね」

 まさに早い、安い、美味いの三拍子。食事をしながら話をしてたんだけど、

 「尾崎さん」
 「もうミサトって呼んでください」

 ミサトは豚のショウガ焼定食を頼んだんだけど、目からウロコが落ちるぐらい美味しいの。ここのレストランは噂では聞いてたけど、これなら繁盛するのがよくわかる。

 「ミサトさん、どうだった」

 エミ先輩は乗馬クラブの娘だから馬に乗れるのは不思議ないけど、あれほど見事だとは驚いた。なにか一幅の絵を見てるみたいだったもの。

 「それほどじゃないよ。テンペートのオーナーのシノブさんなんてもっと凄いし、シノブさんのお友だちのコトリさんなんてもっとだよ」

 そこから思い出話を聞かせてもらったのだけど、

 「・・・甲陵倶楽部って、あの甲陵倶楽部ですか」
 「そうよ、いろんな経緯で果し合いみたいな馬術勝負になっちゃったの」

 甲陵倶楽部はミサトでさえ聞いたことがあるセレブの社交クラブ。そこに乗馬クラブもあって、オリンピック選手も輩出する名門なんだって、

 「大障害Aって言ってね、オリンピック・クラスの障害飛越で対決したのだけど・・・」

 そもそも北六甲クラブにそんな障害を飛べる選手も、馬もいなかったってどういうこと。端から勝負になりようがないじゃないの。

 「そうよ、無謀すぎる勝負だったけど、あの時は受けるしかなかったの」
 「負けたら」
 「あの勝負は名誉を懸けてたから、名前がクソ駄馬クラブに変わるぐらい。でもお父ちゃんは、このクラブを閉じるつもりだった」

 なんてムチャクチャな。

 「だから頑張ったのよ。絶対に勝てない勝負だけど、あきらめずに頑張ったんだ」
 「勝ったのですよね」
 「辛うじてね」

 エミ先輩はニッコリ微笑んで、

 「野川君に誘われて写真部に入ったのだけど、降格問題を聞かされて、エミはあきらめるのが嫌だったの。だって、あんな絶望的な馬術勝負だって、なんとかなったじゃない。あの時の差に較べたら、ずっと小さいと思ったのよ」

 エミ先輩が入部してから写真部の雰囲気は明らかに変わったものね。そりゃ、摩耶学園のシンデレラがいるだけで違うけど、もっと違う感じ。あの、あきらめムードの野川部長の闘志に火が着いた感じがしたもの。

 「頑張ったら宗像君たちに勝てたじゃない。今度のミサトさんの課題は大変だと思うけど、麻吹先生が来られる前の状態を思い出して欲しい。あそこから、イブの対決で勝っちゃったのよ」

 そうだった、そうだった。それも勝ったのは宗像さんでさえなく、実は村井プロだって言うものね。あの頃の写真部からしたら夢みたいだよ。

 「麻吹先生は絶対に写真甲子園の決勝に行く気だよ。もうそれしか頭にないぐらい。今回のミサトさんへの課題は初戦審査会のためじゃなくて、決勝大会のためだよ」

 ミサトにもわかってきたけど、三人の選手の中で弱点はミサトになってる。エミ先輩の写真は猛烈なスピードで伸びて追い抜かれちゃった感じ。

 「そんなことないよ。テクニックならミサトさんに全然及ばないもの。ミサトさんがもう少し伸びてくれるのが、全国制覇のカギと麻吹先生は見てると思うの」
 「全国制覇!」
 「他に何を目指すの。こんなチャンスは二度とないよ」

 そうだ、そうだ。野川部長も、エミ先輩もラスト・チャンスなんだ。いやミサトだってそうかもしれない。来年になれば部長も、エミ先輩もいなくなり、麻吹先生もいなくなる。今年のこのメンバーで勝てなければ、次は無いかもしれない。

 「こういうものは天の時、地の利、人の和って昔から言うけど、天の時と、人の和はつかんでると思わない。後は地の利だよ。だからエミもモデルを引き受けた。後はミサトさんだよ」

 ここまで大きな流れが来てるのに尻込みしたらダメだ。ここで逃げたら女が廃る。ミサトだって北海道に行きたい。それにだよ写真部にミサトの代わりを出来る部員はいないじゃないか。

 「週末は泊り込みでおいでよ」
 「イイのですか」
 「もちろんよ、その代わりに泊ってもらうのはエミの部屋になるけどね」
 「温泉も」
 「食事付きでね。朝から夕まで撮ったらイイと思うよ」
 「でも、御迷惑が・・・」

 そこにエミ先輩のお母さんが顔を出されて、

 「それぐらい協力できますよ。以前のクラブハウスの時は無理だったけど、今なら余裕でOKです。エミも頑張ってるから応援しなくちゃ」

 今はミサトのターンと思おう。とにかく三月から撮りはじめる応募作品が決勝に進めるかどうかのすべてを決めちゃうんだ。そこに悔いを残したくない、ミサトが今出来ることをすべてやり尽くしてやる。

 「でも部活って楽しいね。こんなに一つの事に熱くなれるんだもの」
 「はい」
 「麻吹先生なんか、決勝大会のスケジュールをもう空けてるらしいよ」

 なんて気の早い。でも、きっとミサトがオープニングの一枚を必ずモノにするって信じておられるんだ。その期待に応えて、絶対に北海道に行ってやる。新田先生は怖いけど。