アカネ奮戦記:勝負の綾

 でも、あの審査結果がひっくり返ったのは辰巳が動いてくれたからだけど。あれはどういう事なんだろう。そしたらツバサ先生が、

    「アカネ、辰巳は慌てたんだよ。辰巳の目的は自分がグランプリを正々堂々と勝ち取ること」

 そのために辰巳は参加してるんだけど、

    「辰巳は築田も、それ以外のシンエー・スタジオの提出作品を知ってるんだよ」

 そっかそっか。でもタケシの作品は知らないはず。

    「アカネも翌日に展示された写真を見ただろう。あれを見てどう思った。とくに築田の作品だ」

 グランプリ部門は応募作品がすべて展示されてたんだけど、築田の出来はかなりどころでなく悪かった。

    「築田の作品では他のシンエー・スタジオの作品にも劣る。それも明らかに劣る」

 たしかに、そうだ。

    「それでも築田は準グランプリだ。そういう結果になるのは買収以外にありえない」
    「審査員のせいで逃げるとかは」
    「審査員は全員西川流だし、辰巳はその総帥だ。追い詰められるのは辰巳になる」

 とにかく展示されればアカネもツバサ先生も見るから、買収の首謀者にも思われるし、そうまでして勝ちたいかの悪評まで流されるよね。

    「だからあの場で破門のパフォーマンスまで必要になったと見て良い」

 だからあそこまでやったのか。たしかに即時破門までやれば、辰巳への疑惑は打ち消せる。

    「だがそれによって辰巳の最後の保険を失うことにもなる」
    「生命保険ですか」
    「違う。辰巳の勝利のための保険だ」

 そんな保険があるのかな。

    「失いたくなかった辰巳は最後に粘ってる」

 なにかやったっけ。

    「辰巳は最初に再審査ではなく、やり直しを求めてるんだよ。これは審査員を集め直す時間が欲しかったんだ」

 アカネでもわかったぞ。審査員はシンエー・スタジオとも立木写真館とも関係のない第三者ってのが建前になるけど、どう集めて選んでも西川流の息のかかった者が多数派になるんだよ。

    「それが辰巳の保険ですか。それじゃあ、買収と同じでは?」
    「辰巳は総帥だよ。そこまではやらせないさ。あくまでもある状況になった時の保険だ」

 ある状況ってなんだ。

    「話を順番に進めるとな・・・」
 辰巳のやり直しの提案はさすがに無理があったみたい。ここは市長の言う通り予算とスケジュールが絡むから。だから予算にもスケジュールにも影響の少ない再審査に意見が傾けば、それ以上の角を立てるのは避けたで良さそう。まあ、そうなるよ。

 次は再審査となると誰が審査員になるかの問題が当然出てくる。辰巳が破門にした連中を使うのは無理があり、集めるにも時間がない。辰巳はツバサ先生を担ぎ出したけど、あれってどういう事だったんだ。

    「辰巳は賭けに出たんだよ。自分の作品ならタケシの作品にわたしが審査しても勝てるはずだって。これ以上、完全な勝利はないだろ」

 あの作品なら辰巳がそれぐらい自信を持つのはわかるけど、それのどこが賭けなんだ。

    「辰巳とタケシの作品をアカネならどう審査する」

 う~ん、難しいな。それぐらい差はなかったと思う。出来れば引き分けにしたいぐらい。

    「そうだよな。わたしもタケシの作品を見て驚いたぐらいだ。もっと驚いたのは辰巳だと思う。だが今回のコンテストで引き分けは無しだよ。とにかく利権絡みだからな」

 その上での審査判定となると、

    「それが辰巳の保険だったんだよ。互角であるのにあえて判定を下さなければならないのなら、審査員の好みぐらいになってしまう。それより何より辰巳は西川流の総帥だ。互角であると判定した時点で辰巳の勝ちになる」

 なるほど!

    「もちろんこれは最後の最後の奥の手だ。これを使わず勝つのが辰巳の目論見だった。だからあれほどの撮影体制を組んだんだよ」

 辰巳はそこまで本気で勝ちに来てたんだ。

    「ツバサ先生が最後に辰巳に意見を求めたのは?」
    「確認さ。互角ならわたしが決めるよってね。もう少し言えば、辰巳の使うはずであった奥の手を使わせてもらう宣言かな」

 たぶん辰巳にすれば、まさかの互角であった時点で観念したぐらいと思う。

    「でも辰巳もしたたかだよ、もう一つ最後の保険を掛けてる」
    「まだあるのですか」
    「あるよ。わたしを審査員にしたことさ」

 そっかそっか。審査を下したのが明らかにタケシ側だから、ああいう場合はやむをえないぐらいの見方をしてもらう計算か。それでも辰巳にとって痛手だろうな。辰巳なら一蹴して当然の相手に互角まで持ち込まれた末に、理由はどうあれ負けたんだから。

    「じゃあ、市長が買収工作をやらなかったら辰巳の勝ち」
    「当然そうなる。それだけじゃない、市長の余計な工作は騒ぎを大きくしてしまった。平穏に辰巳がグランプリを取っていれば、タケシがいかに健闘していようが、辰巳に次ぐ二位の結果の評価しか残らなかったはずだよ」

 かもね。翌日に作品を見ればアカネも、ツバサ先生も二人が互角であったことはわかるけど、それを世間が知ることは殆どないものね。辰巳の勝利への準備はそこまで行われたんだ、さすがにタダ者じゃないよ。

    「それでも、あの時に辰巳がタケシの勝利に異議を唱えていたら」
    「そんな醜態はさらさないよ。辰巳もプライドの高い男だ。退く時の潔よさぐらいは心得てるさ」

 やれば恥の壁塗りだもんな。

    「違う! それは恥の上塗りだ」

 似たようなものじゃないか。まったくツバサ先生は細かいところにウルサイんだから。それでも、ここまでの勝負に持ち込むことが出来たのはタケシの写真だよ。タケシはそれだけの仕事を成し遂げたんた。

    「その通りだ。すべてはタケシが辰巳と肩を並べてくれたからの話だ。それも全力で来た辰巳にだ。タケシはよくやったよ」

 それとだけど、

    「ああ、タケシみたいなタイプがいた事も発見だったな。でもなアカネ、サトルやマドカもそうだったが、やはりプロになれるのは例外だ」

 だよねぇ。タケシみたいに重圧を掛けるだけかけたら万事OKじゃなさそうだもの。実際のところはタケシより遥かに軽いプレッシャーで悉く潰れてるし。

    「また手探りの日々が続くな」
    「はい」