アカネ奮戦記:審査発表

    「青島健です」
    「はい、たしかに受け取りました」
 タケシはついにやってくれた。アカネも文句の付けようのない出来だと思う。審査結果がどうであれ、タケシはプロだよ。このアカネが認めた正真正銘のプロ。ツバサ先生だって文句を言わせない。

 作品の提出も無事済んだから、発表までタケシとデート。初デートだよ。ちょっと順番が逆になっちゃったけど、些細なことは気にしない。タケシの左腕にしがみついてる。人目なんか気にもならない。

 愛する人とのデートってこんなに楽しいんだ。こんなにワクワクして、ドキドキするんだ。色々想像してたけど、想像より何倍も、何倍も楽しいし、嬉しい。それもだよ、これがずっと、ずっと続くんだ。

 赤壁市に来てからも、タケシの指導と店番ばっかりやってたから、ロクロク観光やってないんだよね。へぇ、いい街じゃない。それとタケシはここに住んでるから詳しいし、あちこちの名店で取材してるから、どこも歓迎してくれる。

    「タケシさんの彼女ですか」
    「いいえ、フィアンセです」

 これを胸張って言ってくれるんだ。言われるたびにアカネの心がジンジンするんだよ。それとね、今夜は二回目のレッスンの予定。アカネはあれから毎晩でもレッスンして欲しかったんだけど、

    「コンテストが終わるまでは、この指導をものにするため頑張ります」
 きゃぁ、なんて格好イイんだろ。でもホントにやってくれたんだ。タケシこそ男の中の漢で間違いない。なんか夢のような時間を過ごして審査の発表会場に。小学生部門から順番に発表されていくんだ。

 そうそうグランプリ部門の応募作は全部で七作。立木さんに聞いたところでは、始まった頃は十席まで決めてたそうだけど、市内の写真館が参加をあきらめて、応募するのがシンエー・スタジオだけになってしまい、グランプリと準グランプリだけになったそうなんだ。

 でも今回は久しぶりに市内から応募があっただけではなく、もしかしたらシンエー・スタジオに勝つんじゃないかの前評判が盛り上がってるんだよね。なんか地元紙の取材も来てるし、会場は満員状態で熱気が渦巻いてる感じ。

    「まずは準グランプリ、シンエー・スタジオ」

 勝った、辰巳は準グランプリだ。

    「築田光男さん」

 えっ、どういうこと。そんな、ちょっと待ってよ。呼ばれた築田がステージに上がって表彰受けてるけど、そうなったらグランプリは、

    「ではグランプリの発表です。シンエー・スタジオ、辰巳雄一郎さん」

 そんなバカな、タケシのあの写真が準グランプリにも入らないなんて。そんなことはありえない。タケシの顔も引きつってる。辰巳がステージに上がって、

    「おめでとうございます。喜びの声をお願いします」

 ありゃ、辰巳の顔が暗いな。前祝いに飲み過ぎて二日酔いなのかな。

    「私はこのコンテストの応募者です」

 変な切り出し方だな、

    「一方で西川流の総帥でもあります」

 なにを今さら、

    「今井、白川、尾形、吉本、遠井」

 今日の審査員の名前だけど、

    「この場で破門とする」

 どよめく会場、そりゃ、どよめくだろう。でも辰巳は何を言ってるんだろう。

    「その上でグランプリ部門のやり直しを要求する」

 なんだって! どういうこと、なにがどうなってるの。

    「この要求が受け入れられなければ、私も築田も他のシンエー・スタジオの参加者も賞を辞退する」

 そこで突然、辰巳がこっちの方を向いて、

    「泉先生、それでよろしいですね」
    「どういうことですか」
    「私は色々陰で言われてるようだが、写真に関してはフェアだ。こんな茶番の審査での表彰など受け入れれば、西川流の看板に傷がつく。既に手を貸した連中の処分は終った」

 こりゃ、見直した。そこに市長が現れ、

    「そんな事を勝手に決めて頂いては困ります。これは市の主催のコンテスト。審査は終り決定されています。やり直しなど認められません」

 そりゃ、そうだけど。市長の言ってる事もどこか変な気が。そしたら会場から別の声が、

    「おもしろそうだから、やり直しに賛成」

 こ、この声はユッキーさん、

    「そうや、グランプリ取ってる辰巳さんが審査に問題があるって言うてるんやし」

 えっ、コトリさんまで。あの二人がエレギオンHDの社長と副社長として口を挟んだら市長はどうするんだ。

    「小山社長、そうは仰られますが主催は赤壁市でございまして」
    「それは聞きました。わたしも月夜野も単なる観客ですから意見を聞き流すのは市長の自由です。しかし、わたしはやり直しをさせると言いましたよ。聞こえませんでしたか」

 わぉ、市長の顔が真っ青になってる。そりゃ、そうよね。ユッキーさんが社長として口にしたことは必ず実行するのは有名過ぎる話だし、それに逆らった者の末路も、これまた有名。市長だって知らないはずがないもの。

    「市長がどうしても同意されないのなら、わたしが主催でやり直します。それなら文句はないでしょう」

 そこまで言うんだ。そしたら会場中から、

    「そうだ、そうだ」
    「やり直しをしろ」
    「これは市民の声だぞ、無視するな」

 ぐっと詰まった市長でしたが、

    「コンテストは市の予算で、スケジュールに副って行われている。今からやり直しをする時間はありません」
    「あらそうですか。では、市は市でこの決定で表彰されればいかが。わたしがコンテストを作り表彰するのは自由です」

 ユッキーさんはやると言ったら絶対やる人だもんね。それに、この状況でユッキーさん主催のコンテストで結果がひっくり返ったら、市のコンテストの権威は崩れるよ。市長も相手がユッキーさんじゃなければ押し切れるだろうけど、とにかく相手が悪すぎる。市長が困ってる、困ってる。

    「市としてはコンテストのスケジュールの変更は認められませんが・・・再審査なら考慮します」

 すると、タケシが、

    「誰が再審査されますか」

 さすがはタケシだ。えらい、さすがだ、惚れ直したよ。だよね、辰巳にしても破門にした審査員にさせるわけにはいかないだろうし。そしたら辰巳が、

    「麻吹先生にお願いしたい」

 あれっ、神戸から呼び寄せるとか、

    「それはフェアではないだろう。タケシはアカネの弟子であり、わたしの弟子でもある」

 あの声はツバサ先生。来てたのか、

    「いや、この状況でもフェアな審査が出来るのが麻吹先生だ。麻吹先生のプライドを信用する」
    「あははは、辰巳先生にそこまで言われれば断れんな」

 ここで市長が、

    「麻吹先生って、あの麻吹つばさ・・・」

 ツバサ先生は、

    「こういう状況での再審査を引き受けるなら条件がある。審査は公開審査にしてもらう。それもこのスクリーンに映し出したものを審査する」
    「わかりました」
    「もう一つ、条件がある。審査を行うのは辰巳先生とタケシだけ行う。辰巳先生、宜しいですね」

 辰巳は、

    「麻吹先生らしい。そこまで割り切りますか。イイでしょう、その条件で審査してもらいます」

 市長は口をパクパクさせてる。それにしてもエライことになったな。こんなローカルなコンテストに、これほどの大物が並ぶのも前代『未開』だものね。

    「ホントに前代『未聞』です」
 タケシかしこい。それは置いといて、会場は騒然だけど、とにかくツバサ先生が再審査することになっちゃった。