アカネ奮戦記:シンエー・スタジオ

 ここは東京のシンエー・スタジオの会議室。

    「・・・次の議題は赤壁市の城下町フォト・コンテストです」
    「今年も築田君が出るのかね」
    「もう若いのにやらせようと考えています」

 社長の辰巳はさして興味はなさそうに、

    「そうだな。どうせ内輪のコンテストみたいなものだから、わざわざ築田君が出ることもないだろう」

 この議題はこの程度で終りそうだったのですが、

    「実はですが、今年は市内からの応募が一件あります」

 辰巳社長は意外そうに、

    「そこはどこかね」
    「立木写真館です」

 社長はしばらく思いあぐねていましたが、

    「やっと思い出した。あそこの爺さんが出てくると言うのかね」
    「いえ、去年から入った若いのが出てきます」

 少し興味を示した辰巳社長が、

    「若い奴の腕試しだろうが、調べているだろうな」
    「はい。名前は青島健。関東芸術大学卒業。コンクール受賞歴は・・・卒業後は独立するもこれを閉じて、オフィス加納に入門。ただ二年で逃げ出しています。たいした事はないかと」

 辰巳社長はピクッと眉毛を動かし。

    「オフィス加納に入門を許されているのか。しかも二年もいたということは、アシスタントはクリアしている事になる」
    「あ、はぁ」

 辰巳社長の意外な反応に築田は驚きながら、

    「でも逃げてるのですよ」
    「じゃあ、君に聞く。君ならオフィス加納に入門できるかね」

 築田の痛いところで、かつて入門志願者を出したことがありましたが、まったく返事がなかったのです。

    「青島の写真は」
    「赤壁に来てから集められるものは集めています」
    「見せてみろ」

 スクリーンに写真が映しだされます。

    「こ、これは」
    「悪くない」
    「いや、良く撮れてるとしてイイのじゃないか」
    「これは甘くないぞ」

 辰巳社長は、

    「築田君、これを見ても若手にやらせようと思ったのかね」
    「いや、その、まあ・・・」
    「資料は集めるだけでなく見ないと意味がない」

 引き続いて辰巳社長は写真のチェックを続け、

    「上手いな。それも最近になるほど進歩しておる。もっと最近の物はないのか」
    「最近は店にも出ていない様子です。おそらくコンテストに備えて準備中かと」
    「う~む。化けると怖いな・・・」

 ここで築田が、

    「青島健の調査に不備があったのは申し訳ありませんでした。例年通りに私が出ます」

 辰巳社長は、

    「この写真だけなら築田君の方が上だが、赤壁市に来てから青島の写真は伸びておる」
    「でもこの程度なら」
    「負けてはならんのだ」

 築田は社長の声に心外そうに、

    「私では勝てないとか」
    「だから負けてはならないと言っておる!」

 声を荒げた社長に会議室に緊張が走ります。

    「城下町フォト・コンテストは支社のために作られたようなコンテストだ。だからシンエー・スタジオは必ず勝たねばならない。そういう風に築田君は位置づけた」
    「そうですが」
    「シンエー・スタジオの相手は誰だ」
    「立木写真館です」
    「一介の町の写真館に負けることなど許されないということだ」

 社長の言いたいことが会議室の出席者にわかってきました。

    「赤壁市のコンテストは個人のためのコンテストではない、実態はスタジオ対抗戦になっておるのだ。築田君の敗北はシンエー・スタジオの敗北になる」

 辰巳社長はじっと考えこみ。

    「万全を期すべきだ」
    「では、どうされると」
    「築田君にはもちろん出てもらう。だがそれだけでは不安が残る」
    「では誰を?」

 辰巳社長は決然と、

    「私が出る」

 会議室にどよめきが、

    「ちょっと待ってください」
    「そうですよ、わざわざ社長が出られなくとも」
    「社長が出られるようなコンテストではありません」
    「いや、社長が審査員ならともかく、今さらコンテストに出ること自体がおかしすぎます」

 口々に反対意見が唱えられます。

    「私は築田君の意見を認めた。シンエー・スタジオの看板を許し、コンテストにシンエー・スタジオの看板での参加も認めた。この責任は取らねばならぬ。獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くすという。今がその時だと判断する」

 粛然とする会議室。

    「諸君にも言っておく。青島健を舐めるな。今度のコンテストはシンエー・スタジオだけではなく西川流の名誉もかかっておる。これは総力戦だ。是が非でも勝たねばならない」

 赤壁市のローカル・コンテストでこんな事態に陥るとは誰もが意外でした。

    「心配するな。青島健は強敵だし、伸び盛りではあるが、まだ私には及ばぬ。怖いのは油断だけだ。諸君も心してかかるように」