アカネ奮戦記:城下町フォト・コンテスト

 立木写真館のある赤壁市はこの地方の中心都市で、江戸時代から続く城下町です。旧制中学からの伝統校もあり、さらに県立大学の教育学部もあり、文教都市としても知られています。

    「立木さん、学校の写真とかの仕事はないのですか」
    「昔はやってたが・・・」

 今は出来なくなってるそうなのです。また古い街並みが残っているところが多く、ここが整備され観光客も多く、また伝統工芸品も有名です。つまりは観光都市でもあるのです。そうなれば観光写真にも手を広げたいところですが、

    「昔はやってたが・・・」

 観光都市として発展していく過程で、市長はサービスの質にこだわったそうです。あれこれ基準を定め、提供されるサービスの質を高め維持することによって、顧客満足度を高めようとする施策と見て良さそうです。

    「観光写真も規制がかかってだに・・・」

 それまでは市内の写真館が適当に縄張りをもって営業していたのですが、これを市長は許可制にしたそうです。とくに質を重視したそうで、

    「城下町フォト・コンテストが作られて・・・」

 これ自体も観光イベントなのですが、そこの上位入賞の写真館にのみ許可が下りることになったのです。立木さんも商売がかかってますから勇躍参加したそうですが、蓋を開けてみればシンエー・スタジオの圧勝。

    「そんなに差があったのですか」
    「そりゃ、相手は東京の一流スタジオだからだに」
    「そのシンエーって、あの東京のシンエー・スタジオ!」

 立木さんが悔しそうにいうには、あれは出来レースだったと見ています。市長は観光写真利権をシンエー・スタジオに与え、見返りをもらってるはずだと。

    「だってだよ、コンテスト前に突然支社が作られて急遽参加は怪しいとは思わんか」

 さらにコンテストによる許可のやり方もおかしすぎるとしています。市はまず撮影場所を選定しています。いわゆる有名スポットですが、事前の説明では上位入賞者から順に指定していく方式です。ある種のドラフトみたいな感じですが、

    「そこに複数指定可ってあっただに」

 複数と言っても市内の写真館ではせいぜい二ヶ所ぐらいが精いっぱいと考えていたようですが、シンエー・スタジオが参加したことで様相が変わります。グランプリを取ったシンエー・スタジオは東京本社からカメラマンを送り込んで独占してしまったのです。それぐらいの規模はシンエー・スタジオにはあります。

    「つまりグランプリをシンエー・スタジオが取る限り、他の写真館は手出しのしようがないシステムや。お蔭で市内の写真館は青息吐息や」

 フォト・コンテストの結果は観光写真だけでなく、市関連の他のところまで広がり、学校などの記念写真からも締め出されてしまったそうです。なんとかグランプリの奪取に頑張ったそうですが、

    「シンエーは大物が出て来るから話にならんずら」
    「大物って、辰巳先生ですか」
    「さすがに辰巳先生までは出てこんだら。支社長の築田だ」

 シンエー・スタジオの幹部で東京でも名の通った写真家です。田舎の写真館程度では歯が立たないのはわかります。

    「でも参加はしてるんでしょ」
    「それが・・・」

 最初の何年かは頑張ったそうですが、あまりの実力差に今は参加すらしてないそうです。まあ、築田先生が相手なら、やる前から勝負がわかってると言えばそれまでですが、

    「でも参加は出来ますよね」
    「ああ、もちろん」
    「もし参加してグランプリを取れば、一等地は奪い返せますよね」
    「築田に勝てればだに」

 でも手強い。ボクで築田先生に果たして勝てるかどうかです。

    「タケシ、挑戦してみるか」
    「すべきだと思いますが・・・ちょっと考えさせて下さい」
    「まだ時間はあるから、考えてみたらいいだに」

 翌日からまず築田先生の作品の確認です。さすがによく撮れてます。ですが、超一流クラスではありません。現時点では築田先生の方が上かと思いますが、詰められないほどの差ではない気がします。

    「立木さん、やってみます」
    「まあこれも勉強と思え」
 いや、やるからには勝たないといけません。そうだこれを課題と思おう。今度は逃げたりしない。逃げたばっかりに、どれほど後悔したことか。ボクがあの時に逃げたばっかりに、あれだけ多くに人に迷惑をかけ、アカネ先生まで失ったんだ。

 そんなボクを温かく迎えてくれた福寿荘の福丸さんや、立木さんのためにもこの勝負は負けられない。勝ってせめてもの御恩返しにしてみせる。