五十年のタイムトラベル

 ハインライン、アシモフと来たらアーサー・C・クラークになり、クラークとなると2001年宇宙の旅になります。ハインラインの時にも書きましたが、2001年宇宙の旅どころか、続編である2010年宇宙の旅の時代も通過してしまっている自分に苦笑しています。

 ちなみにクラークは続編として2061年宇宙の旅、さらには3001年終局の旅まで書いていますから、こちらの続編の時代までは見るのは難しそうです。

 2001年宇宙の旅はスタンリー・キューブックが映画化していますし、この映画も不朽の名作とされていますが、正直言って難解でした。じゃ、小説ならどうだと言われると、一度読みましたが、あんまり面白くなくてそれっきりです。どうもクラークの作品とは相性が悪いようです。


 SF映画の名作の一つにブレード・ランナーがあります。原作はアンドロイドは電気羊の夢を見るか? でフィリップ・K・デックの作品です。デックの作品はよほど映画化との相性が良いみたいで、ブレード・ランナー他にもトータル・リコールなど10本ぐらいあるみたいですから、正直なところ驚かされます。

 ブレード・ランナーの映画化も難航したようですが、リドリー・スコットが描いたとくに冒頭部の世界をデックは絶賛したとなっています。私も見たことがありますが、テクノロジーは未来的なものを見せながら、現代の風俗も混じりあってるぐらいでしょうか。

 こういう未来世界の描写はそれまでなかった気がしています。未来世界の一類型として、お清潔社会がある気がしています。下手すれば服までユニフォーム状態です。そればかり見ていたので、未来とはそんなものだと思っていましたが、そっちの方がおかしいと感じたのがブレードランナーとすれば良いでしょうか。

 未来と言っても過去の延長線上に存在します。ちなみに毎度毎度嫌になるのですが、ブレードランナーの冒頭シーンは、なんと2019年の設定です。そう今年です。そりゃ、千年先とかの話ならともかく、数十年先なら今の風俗がある程度残っているとするのが現実的な気がします。


 SFではタイムトラベルものはポピュラーな設定です。未来へのタイムトラベルは現在でも理論上は可能です。ハインラインが夏への扉で使ったコールド・スリープもありますし、宇宙を光速に近い速度で飛べば、宇宙船内の時間の進みは遅くなり、猿の惑星状態で未来にたどり着けます。

 もっと現実的なタイムトラベルもあります。私だって半世紀ぐらいの記憶があります。50年かかって50年後にタイムトラベルを重ねてきたと言えなくもありません。

 子どもの頃に50年先にはどんな未来があるかはワクワクしてましたし、ごくごく素直に夢の社会を想像していました。では現実はどうかですが、ガシェットはSF作家でさえ想像できないものが出現しています。たとえば、これを書いているPCもそうですし、PCからつながるネットもそうです。ごくシンプルにスマホなんて驚異的なモノのはずです。

 では社会の仕組みはどうでしょうか。50年前の人間でも、半年もすれば余裕で馴染めるような気がしています。ガシェットの使いこなしにしても、時代が進むほどスイッチ・ポンですから、すぐに馴染んでしまいそうな気がします。

 次の半世紀は寿命が持ちませんが、今を生きる若者の50年後はどうでしょうか。その時に同じ感想を持つのか、違う感慨を抱くのかを想像するのがSF作家のお仕事かもです。