シノブの恋:団体戦

 当日は社長のクルマで野路菊クラブに。とは言うものの年季の入った軽ワゴン。車中で、

    「コトリ先輩、作戦は」
    「そやな、まずユッキーはアテにしてへん」
    「そりゃ、ないでしょ」
    「どこに期待できるとこがあるねん」

 ユッキー社長の馬術は上手い。でもコトリ先輩に言わせると、

    『ユッキーは何をやらせても覚えるのは早いし、コトリより器用やねんけど、馬はあんまり得意やない』

 コトリ先輩はほとんど付き切りでユッキー社長の練習を見てた。

    「対戦相手は?」
    「甲陵さんも大人げないで、素人相手にゴッツイのを出して来てる」

 まず白田さん。メンバーの中で一番若いけど、ジュニア時代から鳴らしてたみたいで、県の国体強化選手にも選ばれてる。若手のホープってところ。次が栗岡さん。去年の国体の代表選手で全日本にも出場して十位の実力者。最後は松本さん。アジア大会代表で、全日本でも四位のトップ・ライダー。

    「手強いで、つうか、勝ったら奇跡や」
    「ホントだね」
    「気楽そうに言うな」

 こういうもめ事をコトリ先輩は好きなはずだけど、今回は最初から気乗りしてないみたいなのよ。

    『あのなシノブちゃん、コトリは馬に愛着あるけど、辛い目にもあってるからな』

 エレギオン騎馬隊を、それこそ馬の輸入段階から作り上げたのは次座の女神。アングマール戦でも騎馬隊の活躍は合戦の命運を左右したのは聞いたことがあるの。当時の騎馬隊の威力は強烈で、これをいかに運用し、さらに相手の騎馬隊の脅威をいかに封じ込めるかで知恵を絞り抜いたみたい。

    『人も仰山死んだけど、馬も仰山死んだんや』

 騎馬隊は馬も騎手も養成するのに手間ヒマがかかって、これを維持するのは大変だったみたい。でも相手が持っているので、持たないと負けるから懸命になってそろえたみたいだけど、

    『とにかく一回作戦やったら、どれだけ損害でたことか』

 だから競技であっても『馬で戦う』のに気が向かないで良さそう。

    「とにかくシノブちゃんが、最低でも引き分けてくれたらなんとかする」
    「なんとかなるのですか?」
    「たぶんやけど」

 そんな話をしているうちに会場の野路菊クラブに到着。こじんまりしてるけど、観客席もある立派な馬場。さっそく着替えたんだけど、

    「装備ぐらい買っても良かったんじゃないですか」
    「別に使えるからエエやんか」

 服こそ自前なんだけど、ヘルメットも、プロテクターも、乗馬用のブーツも、鞍も北六甲クラブのレンタル。これも年季が入ってて、かなりみすぼらしい。それと、

    「シノブちゃんもね」

 相手が甲陵倶楽部と言うことで変装もバッチリ。肩書ばれたら面倒だって。着替えが終わったところで甲陵倶楽部の三人と顔合わせ。シノブたちの格好を見て、ギョッとしたみたいだけど、

    「今日はよろしくお願いします」

 なかなか紳士的で好感もてた。そこから貸与馬に御対面。馬はわかりやすくて、葦毛、栗毛、黒毛でこれも抽選で当てられるんだ。同じ馬が当たったもの同士が対戦することになる。抽選の結果、

    葦毛・・・ユッキー社長、白田
    黒毛・・・シノブ、栗岡
    栗毛・・・コトリ先輩、松本

 対戦順も同じで、一回戦、三回戦は甲陵倶楽部が先攻。二回戦は北六甲クラブが先攻に決まった。それぞれ二十分の慣らし時間を終えて、コースの下見。

    「障害は十二個やけど、凝ったコースやで。あの最大のオクサー障害飛ぶのに回り込まなアカンし、あそこの垂直障害も・・・」
 上り下りもあって難しそう。選手側の準備も整ったところで開会式。観客席は結構な人数が入ってる。

 小林社長だけでなく黒田会長もこの対戦を煽ったんで、双方のクラブの関係者がかなり集まったんだよね。ただ笑ったのは駐車場の様子で、甲陵倶楽部側はベンツがズラッて感じなんだけど、北六甲クラブ側はバンとトラックとタクシーがズラッ。大型トラックまで止まっていたもんね。

 観客席もそんな感じで、甲陵倶楽部側は正装で決めてるんだけど、北六甲クラブ側はもろの普段着。ガヤガヤとうるさいのも北六甲クラブ側。ありゃ、阪神の応援席にでもいるつもりの気がする。

 ただ甲陵倶楽部側のギャラリーの社会的地位が高いから、非公認の野試合みたいな大会にもかかわらず、開会のセレモニーはキッチリやってた。野路菊クラブの会長が、

    「双方、約定により今日の団体戦を行う。ルールは日本馬術連盟競技会規程に準じるものとする。なお双方がこの勝負に懸けるのは、双方のクラブの名誉である。異存はありませんか」

 そうしたら小林社長も黒田会長も、

    「異議なし」

 野路菊クラブの会長は、

    「馬術は紳士のスポーツ。フェアな戦いを希望します」

 甲陵倶楽部側の応援席からは静かな拍手が、北六甲クラブ側からは歓声が上がってた。

    「一番手はユッキー社長ですね」
    「どんだけ相手にハンデを与えるかみたいなもんや」
    「規定時間は六〇秒ですね」
    「厳しいで」

 甲陵の一番手の白田さんは滑り出しは順調だったんだけど、オクサー障害のところでリズムが崩れ出し、バーを三回落とした上にタイムは六二・七八秒で減点十三。

    「たぶんあの馬が一番難しいと思うで」

 ユッキー社長も、やはりオクサー障害のところからバタバタとバーを落とし始め、なんとこれが五本、タイムも八三・五九秒で、減点二十二。

    「まあユッキーにしたら頑張った方や」
    「九点差は大きいのでは」
    「今日は荒れ模様やから、これからや」

 予想通りとはいえ、シノブにプレッシャーがかかるのがわかる。そりゃ、シノブまで大差を付けられたら勝負は終りじゃない。

    「気楽に行きや」
 馬は北六甲に較べると格段にイイ。慣らしで乗った時の感触もイイ感じ。これだったら行けるかも。障害飛越はリズムが大事、乗り手も馬もいかにこれが乗れるかがカギ。審判の合図でスタート。

 第一障害をクリア、第二、第三障害もクリア。イイ感じ、イイ感じ。次々とリズムよく障害をクリアしたんだけど、ちょっとオーバースピードになっちゃって、問題のオクサー障害の回り込みが・・・

    『ガラン』

 引っかけた。でもここで動揺したら、馬も動揺する。イイ子だ、イイ子だ、トリプル障害でまたリズムを取り戻してくれてる。一六〇センチの垂直障害もクリア。もうすぐフィニッシュ。時間は六六・八八秒で減点六。

    「シノブちゃん、ナイス」
    「でもオクサーのところで」
    「しゃあない、しゃあない」

 そして栗岡さんのスタート。うわぁ、順調だ。リズムもイイわ、さすが全日本の十位。シノブが引っかけたオクサー障害もクリアしちゃったじゃない。これじゃ負けちゃう、

    『ガラン』

 さらに垂直障害で、あれは反抗。でも、すぐに立て直して走り出したけど、

    『ガラン』

 リズムを完全に崩してくれたみたい。二本落としてタイムは六九・五五秒。減点は十五。戻ったらユッキー社長が、

    「シノブちゃん、よく頑張った。同点で勝負はコトリになるわ」
 減点数は二組目が終わって二十八点で同じ。ここまで勝負は荒れ模様。どういう決着になるのやら。予想外の展開に甲陵側の応援席は心外の空気が漂う一方で、北六甲側は大盛り上がりって感じ。いよいよ勝負が決まる三組目だ。