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『カランカラン』
左手の甲に塩を盛っておいて、それを舐めながら生のテキーラを飲むスタイルかな。一度やった事があるけど、さすがに生のテキーラはちょっとってところ。
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「お待たせ」
やっと来てくれた。まずはシノブが考えた頼朝の黄瀬川進出の意図を聞いてもらったんだけど。
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「おもいしろいね、実にイイ視点だと思う。吾妻鏡では黄瀬川にお歴々がずらりと雁首そろえてるってなってるけど、実は相模に居たというのが面白い」
基本的にシノブの意見に賛成してくれたんだ。
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「頼朝と関東の豪族では考え方が違った部分があったと見てる」
頼朝は京都育ち。いわゆる都会人でイイと思う。当時で都会なんて京都しか無いようなものだし、あらゆる文化の源泉が京都と思ってもイイはず。そんな都会人の頼朝からすれば、関東は草深すぎる田舎と感じてもイイ気がする。
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「頼朝は早く京都に戻りたかったのかもしれない」
富士川の合戦当時で頼朝は三十三歳。この時の頼朝の指向は西に偏っていた可能性があったんじゃないかと伊集院さんは考えてた。だから駿河にチャンスがあれば、これを見逃したくないぐらいかな。
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「でもね、坂東の豪族はちょっと違うんだ」
ただなんだけど、坂東の豪族同士は仲が良くないんだよ。そりゃ、所領の奪い合いを繰り返していたようなもので、誰かを立てて坂東独立国を作るところに進みようがないぐらい。
頼朝の父の義朝やさらにその祖父の義家が坂東の豪族の求心力になれたのは、坂東から見れば貴種の血であり、坂東豪族との確執が少なかったからじゃないかと。石橋山で敗れた頼朝が短期間で再起できたのも坂東独立国の夢のためじゃないかって。
坂東豪族が頼朝に求めていたのは、坂東独立国の創設。具体的には所領の保証と、もめ事の公平な仲裁。このどちらもが京都朝廷には出来てなかったんだ。頼朝は求められた仕事を忠実にこなしたと伊集院さんは見てる。
それが出来たからこそ鎌倉幕府が成立して行ったんだけど、頼朝はあくまでも京都との関係にこだわりがあったと伊集院さんは見てる。
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「そもそも天下を取るってなにかな」
そこら辺まではともかく、坂東への内向き志向の坂東豪族と頼朝の間には考え方の相違があったのは確かみたい。伊集院さんは富士川の頼朝の行動は、頼朝の意志を通したものじゃないかとしてた。
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「それが失敗に終わったから、以後は出せなくなったのかもしれない」
シノブの考え通りなら、頼朝にも勝機はあったはずだって。伊豆が動揺してるぐらいだから、駿河にも頼朝シンパが出ていてもおかしくないだろうって。頼朝が出馬してくれば、東駿河は靡いた可能性もあったはず。
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「でもね、頼朝は武将としては勝ち運に恵まれていないところがあるんだよ」
頼朝の初陣は平治の乱。負けて命こそ助かったものの、伊豆の蛭が小島に流刑。旗揚げの時の山木重隆館の奇襲こそ成功したものの、石橋山ではコテンパンニやられてる。
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「でも、あれは兵力差が余りにも・・・」
「そうじゃないと見てる。そりゃ、大庭氏の方が多かったとは思うけど、三浦氏の援軍が来ればなんとかなると考えたから戦ったんだろ」
なるほど! 平家物語や吾妻鏡では圧倒的な大庭軍の前に善戦奮闘虚しく敗れたみたいに書いてあるけど、そうじゃなくて、石橋山で時間を稼げば十分に勝機があると見たから戦ったんだものね。
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「ボクは頼朝の油断が敗因だと見てる」
石橋山は大庭軍の夜襲でケリがついてるけど、これが頼朝にとって不意打ちになったんじゃないかとしてるんだよね。確かにそうかもしれない。以後もそうで富士川は参加してないし、本格的な源平合戦になってからも、頼朝は鎌倉を動かず、義経が独りで平家を叩き潰したようなもの。
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「あれも頼朝の計算外だと考えてる。もっと源氏は苦戦するはずだし、その時に関東から大軍を率いて雌雄を決する見せ場があると思ってたはずだよ」
今夜の歴史ムックはこの辺で終りだけど、富士川の合戦ムックも殆ど終りじゃない。終わったら、終わったら、次はどうなるの。まさかこれでオシマイじゃないよね。オシマイじゃなかったら、次はどうなるのよ。
新しいテーマで歴史ムックをやるとか。やって欲しいし、やりたいけど、伊集院さんとの関係はそれだけなの。この次はないの。伊集院さんにとってシノブは歴史ムックのお相手だけ。
コトリ先輩の時もこんな感じで終りそうになっていたと聞いたことがある。その時はコトリ先輩が一発逆転の告白をしたんだけど、伊集院さんはしてくれないの。終わらせるものか、ここはなんとか、
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「伊集院さんは、歴史以外に趣味はありますか」
そしたらちょっと照れくさそうに笑って、
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「他ですか・・・馬を少々やります」
「馬?」
「最近やってないですけど、乗馬が好きなんです」
へぇ、意外な趣味だ。
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「見せてもらってもイイですか」
「恥しいな。素人の横好き程度ですよ」
ここは逃がしてなるものか。粘った末に乗馬クラブに一緒に行くことを約束してくれたんだ。やった、これはデートよね。ステップ・アップ、ステップ・アップ。ところが、
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「だったら結崎さんも乗られませんか」
「えっ、私が馬にですか」
「ちゃんと入門コースもありますから」