宇宙をかけた恋:食べ物の話

    『コ~ン』

 今日は女神の集まる日ですが、シオリさんもアカネさんも殺到する仕事のために欠席。オフィス加納も活況のようです。その代りに招いたのは、

    「船長のジュシュルです」
    「技術担当のアタブです」
    「事務担当のディスカルです」

 そうエランの幹部たち。交渉も今は空港ロビーではなく、クレイエール・ビルのECOで行われる段階に進んでいます。今夜は地球食に御招待です。

    「今のエランも統一食ですか?」
    「よくご存じで・・・」
    「地球食は素材をそのまま使うから抵抗があると思うけど、アラも気に入って食べてたから安心して下さい」

 エラン人たちは薄気味悪そうにしていましたが、地球で唯一頼れる人からの接待ですから口にしないのはエランでも儀礼に反するようです。おそるおそる一口食べると、

    「こ、これは・・・」
    「うむ、味が一種類ではない」
    「信じられないほど複雑な味がします」
    「こちらなんて・・・」
 エランの食べ物が大きく変わったのは千年戦争の時からのようです。とにかく千年ですから、戦争前には百億人を越えていたのが、アラが平和を取り戻した時には一億人を切っていたそうです。

 そこまで人口が減ったのは強力すぎる兵器の応酬の被害はもちろんですが、戦争末期に都市だけでなく農村も戦略目標になったためのようです。殆どの農地が汚染され、食糧が生産できなくなり、餓死者が大量に発生したとなっています。

 そこで食糧生産はすべて工場でのオートメーション・システムになり、人口も工場での食糧生産量で制限されたとなっています。ここで興味深かったのは、工場で作られた作物です。

 そういう技術の進歩もあるのだと思ったのですが、品種改良の末に一種類しか栽培していなかったそうです。それこそ葉っぱの先から、根っこまですべて活用可能で、人間に必要な栄養素がすべて含まれているそうです。発育も早く、おおよそ一ヶ月もあれば育つそうです。

 ただその野菜を直接食べるのは無理だそうです。つまりは不味すぎて食べれる代物ではないそうです。どうやって食べていたかですが、一度分子レベルまで分解して再構成していたそうです。

 まさに驚嘆すべき技術ですが、そのためにエランでは外食産業が衰退してしまったそうです。食糧生産も配給もコチコチの国家統制であったのも大きかったそうですが、調理が同じ素材を自動調理機にかけるものですから、コックの腕の揮い様がないといったところです。

 さらに食糧生産量に応じた人口制限を行っていましたが、平和が続くと人口が上回るようにどうしてもなってしまったようです。アラが一時、完全人工生殖にしようとしたのもその一環のようです。

 不足気味の食糧をカバーするために作りだされたのが統一食で良いようです。作物から一番効率よく作れる観点から編み出されたもののようですが、とにかく一種類しか味がありません。

 不評の塊になったのは当然ですが、何世代も続くうちにいつしかエラン人は食事とは楽しみではなく、単に栄養を取るためだけのものとなってしまったようです。そうそうアラが享楽欲に溺れた時に地球食に近いものを食べていましたが、あれは特別に栽培されたもののようです。

 これをエランでは特別食と呼び、これを食べられるものは特権階級と見なされていたそうです。反アラ戦争では特別食を食べている特権階級への反感も大きかったようで、アラが追放された後は特別食を作っていた農園はすべて破棄されたそうです。

    「地球ではどの階級の人まで食べておられるのですか」
    「わかりにくいと思うけど、地球にはそもそも統一食なんてないよ。まだまだ原始的だから」

 エラン人たちはミサキたちが飲んでいるビールにも興味を示しました。

    「それはもしかして」
    「エランでは神話の世界になるそうね。もっともアラや側近たちは飲んでたそうだけど」
    「ええ、発酵食品の一種だそうで、千年戦争の前には実在し、市販されていたとなっています」

 エランの食糧事情は酒の生産も禁止されていたようです。千年戦争後も作られていた時期もあったそうですが、統一食にするほど逼迫した状況ではアルコール飲料にする余裕などはどこにもなかったぐらいです。

    「今も厳しいの」
    「五年戦争の被害も大きかったので」
 五年戦争だけでなく反アラ戦争の被害も大きかったようです。食糧生産工場も戦略目標になり次々と破壊されたそうです。そのために反アラ戦争前に三十億人いたのが二十億人に減少し、五年戦争後には五億人を切るところまで減っているとのことです。もちろん人類滅亡兵器の影響も大きいものがあります。

 こうやって話を聞いていると、エラン文明を支えるエランの資源は尽きかけていると見て良さそうです。高度の文明を維持するには莫大なエネルギーと資源が必要です。惑星の資源は限られており、何万年もその状態を続ければいつかは尽きます。

 追い討ちになったのは戦争。アラも言ってましたが、戦争となると鉱山も戦略目標になり、破壊され汚染されます。千年戦争終了時点でギリギリだったのが、反アラ戦争、五年戦争でトドメに近いぐらいかもしれません。

    「我々は偉大なるアラが目指していたものを、やっと気づいたのです。偉大なるアラは独裁者であり、行われた施策は国民を苦しめているようにしか感じませんでしたが、あれをやらなければ九千年の平和はあり得なかったのです」
    「政治とはそんなものだ。国民が一番苦手なものは将来のために今を耐えること。とくにエランでは将来に夢を持たせようがなかった。ひたすら現状維持で目一杯ぐらいだった」

 シンミリした空気になっちゃいましたが、コトリ副社長が、

    「まあ先のことばっかり心配してもしゃ~ないやん。それより神話の世界の発酵食品試してみて」

 エラン人はおそるおそる飲みましたが、

    「船長、なんか気分が良くなった気が」
    「本当だ、なにか気分が高揚するようだ」
    「そやろ、だからアラも苦しい時に飲んだんや。飲んでる間だけは忘れるからな」

 ヤバイんじゃないかと思っていたら、あっと言う間にエラン人たちは酔いつぶれてしまいました。

    「ユッキー、エランは母星かな」
    「う~ん、シオリちゃんには母星になるけど、わたしはエラム人だし、コトリもシュメール人だよ」
    「ユダもエラン人やから神戸に顔を出したんちゃうかな」
    「やっぱり気になるんでしょ」

 ミサキやシノブ専務となるとエレギオン人になるのでしょうか。いや、

    「シオリさんも地球人でイイのでは」
    「そやな、記憶の根源は日本人やもんな」

 なにかを考えていたユッキー社長でしたが、

    「エランの意識分離技術の根絶は難しいけど、アラがいれば封じ込めは可能かもしれない」
    「コトリはやだよ。エランの女王なんてガラやないし」
    「わたしもよ。エレギオンHDの社長ぐらいなら気楽でイイけど、政治のトップは二度と御免だわ。行けば戦争になるのは目に見えてるし」

 なんだかんだと言いながら、お二人がエランの将来を心配しているのは間違いありません。ところで、

    「結局武力行使のオプションは無かったのでしょうか」
    「あったよ。あそこで血液の提供を呑んでなければ、彼らはやったよ。神戸を占領して、血液をかき集めるはずだったはず。それぐらい切羽詰まってると見て良いよ」
    「その時にもしかして」
    「ありえるよ。純血種を連行すれば、採血も繰り返して行えるし、生殖も可能になるじゃない。女もついでにさらって行くつもりであったに違いないわ」

 だからガルムムの説明をあれだけ求めたのか。ガルムムでさえ手出しできなかった事を強調して、武力オプションを封じるつもりだったとか。えっ、まさか、ひょっとして、

    「今度のエラン人は神」
    「船長はね。たぶん、現エラン政府のトップに近いはずよ。トップであってもおかしくないわ」

 そこまでの人物がわざわざ地球に乗り出して来たのなら、あらゆるオプションが可能になるわ。

    「神同士の争いは」
    「もしジュシュルがトップであれば、ジュシュルが今のアラになってるのかもしれない。神の抹殺は会議室でも可能だよ」
 やはり相手は神。油断は禁物のようです。