渋茶のアカネ:天国に一番近い島

 数日後に、

    「アカネ、海外取材だ」
    「関空ですか、成田経由ですか」
    「いや、神戸から飛ぶ」

 神戸からも国際便は出てるけど、香港ぐらいのチャーター便しかなかったはず。

    「それと二人で行く」
    「二人だけですか」
    「そうだ、オーストラリア・ドルに変えとけ」
    「クレジット・カードがありますから」
    「使えん」

 おいおい、どんな国に行こうっていうんだろ、

    「天国に一番近い島だ」

 なるほど、天国ではクレジット・カードは使えないのか。でもオーストラリア・ドルが使えるってのも変なところだ。

    「で、どこなんですか」
    「アカネに地名を言っても無駄だ」

 ギャフン。方向音痴じゃないけど、地理も苦手。つうか得意科目ってのが、そもそもないんだよね。ホント、カメラの才能があって良かった。バタバタと旅行の準備をして神戸空港に。そこにいたのは、

    「アカネさん、慣れた?」

 ユッキーさんこと小山社長。

    「悪いなユッキー」
    「これぐらい、気にしない。うちの仕事でもあるし。手配は済ませといた」
    「サンキュー」

 そうやって連れていかれると、小型のジェット機が。

    「ユッキーのところのプライベート・ジェットだ」

 ひぇぇぇ、さすがはエレギオンHD。ビジネス・ジェットも持ってるんだ。こんなの一生縁がないと思ってた。へぇ、キャビン・アテンダントまでいるじゃない。

    「ち<ょっと時間がかかるから、ユッキーがサービスで付けてくれた」

 中はさすがに広くないけど、ツバサ先生とアカネ、CAさんとパイロットの四人しか乗ってないからゆったり。ちなみに六人乗りみたい。パイロットも制服着こんで格好イイ。シートベルトを付けてあっさり離陸。

    「ところでどこ行くのですか」
    「ツバルだ」
    「ハマチの小さいやつ」
    「それはツバスだ」

 ツバルはポリネシアにあるらしいんだけど、ポリネシアと言われてもわかんないし、

    「オーストラリアの東、ニュージーランドの北の方って言っても。アカネにはわからんだろうな」

 うん、わかんない。

    「ハワイの近くとか」
    「かなり違う、南半球だ。フィジーとか、トンガとか、サモアに近い」
    「じゃあ、ラグビーが強いとか」
    「強くない」

 まずグァムまで飛んで給油、さらにフィジーまで飛んで給油。こりゃ、遠いわ。どこ飛んでるかアカネにはさっぱりわからないけど、ひたすら機中の人。給油中に空港で手足が伸ばせるのが嬉しい。

    「ツバルって島の名前ですか」
    「いや国の名前だ」
    「大きな国ですか」
    「いや、小さい」

 妙にツバサ先生は詳しいんだけど、総面積が二十五・九平方キロだって。これがどれぐらいだけど、ポートアイランドの三倍チョットぐらいみたい。淡路島どころか小豆島の四分の一ぐらいで家島諸島の一・五倍ぐらいって言われても、行ったことがないからよくわかんない。人口だって一万人ぐらいだって言うから、これは小さい。

    「それって本当に国なんですか」
    「ああ、国連加盟国だ」

 島国もイイところで、九つの島に人が住んでるみたいだけど、どれもがいわゆるサンゴ礁で出来た島で良さそう。

    「首都はフナフティ」
    「スナフキンですか」
    「違うフナフィティだ。そこに国際空港もある」
    「国際空港もあるんだ」
    「週二便だから、普段は子どもが遊んでる」

 週二便で普段は子どもの遊び場って、なんてのどかな。

    「ところでユッキーさんからの仕事って」
    「広報事業の宣伝」

 なんとものどかそうな国なんだけど、一番高いところが標高五メートルしかなくて、地球温暖化たらの影響で島ごと沈んでしまう可能性もあるらしい。その防止事業にエレギオン・グループも協力しているみたい。

    「慈善事業みたいなものだけど、そういう事業に参加しているというのが広報の狙いだよ」

 企業のイメージアップって奴かな。

    「でもユッキーがやってるのは、かなり本格的なものだよ。他から土砂運んできてフナフティの中心部のかさ上げやってるからな」
 なんでもオーストラリアから土砂積み込んで船で運んでるみたい。とにかく国とするにはささやかすぎるところで、政府収入だって八十億円もないみたいで、主要産業は農業と漁業。これだって輸出云々と言うより、自給自足みたいな感じで良さそう。

 後は海外出稼ぎからの送金とか、漁業権収入とか、切手売ったりとか、そうそうツバルの国としてのドメインが『TV』だからこれをレンタルしての収入とからしい。後は海外からの援助かな。

    「観光は」
    「週二回の定期便だからね」

 飛行機でも使わないといけないところだけど、とにかく遠い上に交通は不便。よくまあ、こんなところにエレギオン・グループがって思わないでもない。そんな話をしてるうちについにツラギが見えてきた。

    「ツバサ先生、あれがスナフキン」
    「だからフナフティだって。エエ加減覚えろ」

 なんか漫画の吹き出しの線だけみたいな島が見て、比較的太めの角っこのところに空港はあった。よくまあ、こんなところに無理やり作ったみたいな空港。下りたって誰が迎えに来てくれるわけじゃなく、テクテク歩いてファミレスみたいな建物に。そこが空港ビルらしい。空港ビルを出ると街にはなってるけど、

    「ここが首都ですか」
    「そうだ全人口の半分ぐらいが集中してる」

 半分っても五千人か。空港ビルからテクテクって程でもなく、百メートルちょっとぐらい歩くと白い二階建ての建物が見えて来て、

    「あれが宿だ」

 なんて言うかな、ペンションの出来そこないみたいなところ。アカネはその程度でも全然気にならないんだけど、

    「アカネ、今回はちょっとリッチさせてもらってる」
    「なにがリッチなんですか」
    「ここはツラギでも三ツ星ホテルなんだ」
    「じゃあ、神戸で言えばホテル・オークラみたいな感じですか」
    「日本で言えば帝国ホテルだよ」

 さすがの長旅だったので、この日はメシ食って寝た。翌日はエレギオン・グループの事業の撮影。と言ってもさほどのものがあるわけでなく、半日ほどで終了。だって狭いんだもの、お隣さんを次々に撮って行ったらオシマイみたいな感じ。昼からはツバサ先生とビールを飲みながら、

    「これでエレギオンの仕事はオシマイだ」
    「あれだけですか」
    「そうだよ、あれで全部だからもう撮るものはないし」
    「ところであの荷物なんですか」

 撮影から帰るとなにやら大層な荷物が、

    「あれか? キャンプ用具一式だよ。ユッキーに手配してもらった」
    「キャンプですか」
    「アカネは嫌いか」

 嫌いじゃないけど、それにしても荷物が多すぎる気が、

    「まあな、一週間は最低覚悟してる」
    「い、一週間!」
 ツバサ先生はフナフティではなく他の島でキャンプするつもりみたいなんだけど、渡るのが大変。国営のフェリーがあるというか、国営のフェリーしかないんだけど、これが二隻しかないんだって。

 航路は北部・中部・南部と三つあるんだけど、どれもフナフティに帰ってくるのに三日ぐらいかかるそう。目指すのはナヌメア環礁だそうだけど、これはツバルでも一番北側にあって、順調に行っても次のフェリーが来るのは一週間後になるみたい。

    「ナヌメアにはホテルがないからキャンプしないといけないし、食糧だって持って行った方が無難だろ」
    「そりゃ、そうだけど、どうしてナヌメアに」
    「ルシエンの夢のためだよ」

 翌日にはフナフティを出港。大丈夫かいなって船だけど、とにかく乗り込んだ。フェリーは一日かけてまずヌイタオに、そこで泊って、翌日には目的地のナヌメアに。

    「アカネ喜べ、これだけ街があれば食い物の補給は不可能じゃない」

 それぐらい調べとけって思った。ナヌメアも環礁になっていて真ん中が海。この環礁は長細い感じで、南側が比較的島が広くて人も住んでるけど、北側は無人みたい。ツバサ先生は、

    「さて、歩くぞ」

 道路もあるんだけど、ツバサ先生は礁湖に沿ってまず南側に。すぐに市街は終り、ひたすらテクテク。グルッと礁湖を回る感じでやがて北の方に。とにかく荷物が重いから少々、いやかなり辛い。

    「カメラマンだろ、これぐらいの荷物で苦にするな」
    「どれぐらい歩くのですか」
    「三キロぐらいかな」

 まあそうなんだけど辛いのは辛い。やがて道がなくなるとツバサ先生は浜に降りて、

    「うん、計算通りでちょうど引き潮だ。ここを渡るぞ」

 海の中に、下半身ずぶ濡れになってやっと対岸に。そこからはひたすら浜に沿って歩いていくとかなり広い砂浜。どうも島の北の端みたい。

    「着いたぞアカネ、テントを張ろう」

 テントの設営やら、なんやらキャンプの準備が整って見回すと風景は壮大。礁湖の外側に面してるから、目の前にドカンと太平洋。風景に見とれていたら、ちょっと出かけると言っていたツバサ先生がポリタンに水をくんで来てくれて、

    「ここは水があるのがイイんだよ」
    「どうしてそれを」
    「前に来たことあるからさ」
 そんな感じがしてたけど、やっぱり相手は・・・