渋茶のアカネ:変身騒動

 トンデモないクレイエール・ビル三十階での一夜だったけど、朝、洗面所に寝ぼけ眼で顔洗ってたら、

    「誰ぇぇぇぇ」
 心臓止まりそうになった。そりゃ、アカネに似てるといえば似てるけど、なんかビックリするような美女がボサボサの髪で歯を磨いてるんだもの。それに胸だってツバサ先生ばりにボヨヨヨ~ん状態だから、誰かわかんなかった。

 自慢じゃないけどアカネはAカップ。それも、ブラはアカネが女であることの目印とまで言われたぐらいのペッタンコ。乳首しか存在しないとまで言ったのまでいた。どうにもも肉が付きにくい体質みたいで骨格標本アカネとも呼ばれてたんだ。つまりはガリガリ。

 とりあえず着替えようとしたら大問題が発覚。ブラが入らない。パンティだってヒモパン状態に。Tシャッツはパツンパツン状態でジーンズだって絶対無理。そう、服が全部ダメになっちゃってるのよ。

 買い直さないといけないんだけど、買い直すために着ていく服がない。服がないと部屋から出られないじゃないの。今日は休みもらってるけど、明日は仕事があるし、どうしよう、どうしようと、焦っていたら。

    『ピンポ~ン』

 まずい、こんな時に来客とは。出られないじゃないの。仕方がない居留守を使おう。

    『ピンポ~ン』

 だから居留守でいないって言ってるのに。そしたら、

    『ドンドンドン、アカネ、居るんだろ』

 あの声はツバサ先生。慌てて迎え入れたんだけど、

    「服困ってるんだろ、とりあえずわたしのを使え」

 紙袋をドン。これは助かったと思ったけど。なんじゃ、このドデカイ・ブラは。

    「小さいより、大きい方がなんとかなるだろ」

 たしかに。なんかフィットしないダボダボの服を着込んだら

    「買い物に付き合ってやるよ」

 あれやこれやといっぱい買ったんだけど、

    「これはアカネが払います」
    「イインだ。練習代だ」

 帰りにお茶しながら、

    「ヒドイじゃありませんか」
    「でも綺麗になったじゃないか」
    「そうかもしれませんが、これじゃアカネってわかってもらうのが大変です」
    「あん、すぐ慣れるよ」

 それだけ言って帰っちゃいました。翌朝になってオフィス加納に出勤して、

    「おはよう」

 やっぱり、なんか変な顔をされた。とりあえず自分の部屋に入ろうとしたら、

    「失礼ですが、泉先生にご用事ですか」
    「私はアカネよ、見てわかんない」
    「泉先生のお友だちですか」

 ヤバイ、

    「アカネ先生の部屋に勝手に入ろうとするのがいるぞ」
    「でも美人らしいぞ」
    「美人どころじゃないらしいぞ」
    「ならイイんじゃない」
    「そういう問題じゃないだろ」
    「じゃあ、どういう問題だ」

 物見高いのもオフィス加納。ワッと集まって来て、

    「私はアカネよ、信じてお願い」

 この絶叫も虚しく、

    「名前はアカネさんというらしい」
    「アカネ先生と同じか」
    「でもエライ違いだ」
    「どうせだったら、こっちの方がイイ」
    「でもアカネ先生となんとなく似てないか」
    「お前、眼医者に行った方がイイぞ」

 だから言ったじゃない。その時にツバサ先生の姿が。地獄にキリスト、違う、地獄に阿弥陀さん、なんか違う。難しい言葉は苦手だ、えっと、えっと、シンプルに行こう、捨てる神あれば祟る神ありだ。それじゃ救いようがないじゃないの。

    「ツバサ先生」
    「誰だ、こいつは」

 やると思ったけど、今日はギャグやってる余裕がアカネにはないのよ。こうなりゃ奥の手、

    「これじゃ、今日は仕事が出来ません」

 ツバサ先生の眉毛がピクッと動いて、

    「よく見たらアカネじゃないか」
    「でしょ、でしょ、でしょ」
    「お~い、こいつはアカネだ。ちょっとイメチェンしたから間違うなよ」

 これがちょっとか、

    「な~んだ、そうだったのか」
 それで納得するな! 納得してくれないと困るんだけど、どうもアカネとツバサ先生が仕組んだイタズラと思ったで良さそう。でもだよ、こんだけ顔変わって、スタイルもバリバリ変わってるのに、ここの連中は不思議と思わない・・・だろうな。


 まあ、それでもなんとかアカネと認識してくれて、仕事にも行ったんだけど、どうにも違和感が。とにかく胸が邪魔。とにかく重くて、振り向いても俯いても、体ごと持ってかれる感じ。腹這いになったらもっと邪魔で変な感じ。お尻もそうで、座っても今までの骨にダイレクトに当たる感じが無くて変。

 胸は仕事中だけではなく、何してても邪魔。ご飯食べる時だって下が見難いし、御手洗行ってもそう。帰りには生れてはじめて肩が凝った感じさえある。生まれて初めてと言えば、男の視線がアカネの胸ばっかりに集まってる気がして仕方がない。いや尻にも集まってる。

 一週間とにかく頑張ったけど妙に疲れた。仕事もなんとなくギクシャク。とにかく帰って寝ようと思ったけど、ツバサ先生が、

    「メシに付き合え」

 行ったのは串カツ屋。ビールの飲みながら、

    「どうだアカネ、ちょっとは慣れたか」
    「とにかく胸が大きくて、重たくて大変です」
    「そっか、それぐらいで止めておいて良かったかもしれないな」
    「はぁ?」
    「わたし並にしてやろうと思ったんだけど」

 そういや、ツバサ先生のブラはさらにデカかった。

    「どうしてアカネをこうしてしまったのですか」
    「あん、不満か」

 なんか微妙。そりゃ綺麗になりたかったし、オッパイだってもう少し欲しかったけど。

    「そのうち慣れるよ。あっても悪いものじゃない」
    「とにかく重いですがメリットは」
    「そうだな痴漢に狙われる」

 やだな、これは未体験だ、

    「油断すると襲われる」

 あるかもしれない。これも要注意だな。

    「女たらしにすぐ目を付けられる」

 男を見る目が必要になるんだな。

    「どこ行っても胸と尻をじろじろ見られる」

 これは経験した。ちょっと待った、ちょっと待った、ツバサ先生が並べてるのはデメリットばっかりでロクなことないやんか。

    「アカネは可愛い弟子だ。今までたくさんの弟子を育ててきたが、モノになったのは、ほんの一握り。その中でも最高だったのがサトルだ」

 だろうな。サトル先生の写真は凄いもの。

    「でもアカネはそれ以上だと思う。わたしが追い抜かされるんじゃないかと感じた初めての弟子だ」

 そこまで買ってくれてたんだ。

    「あの時にユッキーが止めたのは、アカネを女神にしようとしたからだよ」
    「アカネをですが」
    「この才能がアカネ一代で終るのが惜し過ぎると思ったからだよ」

 もしかしたら、あの時に不死の神になっていたかも。

    「後でユッキーに説教されたよ。永遠の記憶の放浪者を無暗に増やしたらいけないって」
    「記憶の放浪者って?」
    「不死は定命の人間にとって憧れだが、なってしまうと苦しいことの方が多いんだ。とにかく周囲の人間はみんな死んじゃうからね。わたしだって加納志織時代の知り合いで生き残っているのはごくわずかだ。これは寂しい物だってよくわかった」

 そうかもしれないけど、

    「小次郎の夢を叶えてあげようと決めたよ」
    「ルシエンの見る夢ですね」
    「そうだよ。冥土の土産に持っ行ってもらう。撮るのはアカネだ。今回のはその依頼料と思ってくれ」
    「いつですか」
    「くたばりそうだから、急がないとな。手配はしておく」