渋茶のアカネ:病室にて

 うわぁ、良く寝た。あれ手にチューブが付いてる。なんか変なところにもチューブが。なんだ、なんだ、ここはどこ、私はアカネよね。うん、ここはアカネのアパートじゃない、どこだろう。

    「泉さん気づかれましたか」
    「え、はい、ここは」
    「病院です」
 えっ、あっ、そうか、そうか、及川電機のカレンダー写真が完成して、ツバサ先生に見せた後に、そうそう、残り半分を撮らせろって頑張ってるうちに倒れちゃったんだ。たしかカレンダー写真は合格だったよな。残り半分の返事は・・・あったっけ。

 とにかく、くたびれた。我ながら無謀なチャレンジ過ぎた気もするけど、なんとか出来た、終わったんだ・・・終わった! ヤバイ、終われば溜まっていた仕事が押し寄せてくるやんか。こんなところで愚図愚図してたら、

    『クラクラクラ』

 あかん起き上がられへん。

    「泉さん、まだ無理ですよ」
    「無理でも、なんでも、仕事に行かないと・・・」
    「無理なものは無理です」

 ホンマや、ぜんぜん体に力が入らへん。

    「アカネは病気ですか?」
    「寝不足と栄養失調です」

 がひぃ~ん。そういや、食べてなかった。最後に食べたのいつだっけ。腹減った、腹減った。しばらくすると、

    「アカネ、やっと気が付いたみたいだね」
    「どうしてサキ先輩が」
    「アカネが抜けちゃったから、動員されたんだよ。これでも社員だし」
    「すみません」

 しばらく話をしてたんだけど、どうも丸々三日も寝込んでたみたいで良さそう。

    「ツバサ先生も何度か来てたんだけど、伝言を頼まれてる。ゆっくり休めって」

 サキ先輩の方は順調みたいで良さそう。

    「オフィスで見せてもらったんだけど、凄い仕事だね」
    「でも、もうちょっと時間があれば・・・」
    「まだ良くなるとか」
    「だって表紙の写真でも・・・」

 どうしても不満が残っちゃうのよね。あれだってもうほんの少し、そう髪の毛一本程度深くすれば、もっと効果的だったのに。次のもそうなのよ、もう一センチ引くべきだった。欲を言えば、もう五ミリぐらい右にずらして・・・

    「アカネ、成長したね。サキなんか置いてきぼりにされちゃったのが、よくわかるわ。写真やめて良かったと思うもの」
    「まだまだ、サキ先輩の方が上ですよ」
    「動画ならね。でも写真じゃ話にならないよ」

 翌日になるとツバサ先生も顔を見せてくれた。マドカさんも一緒だったんだけど。いきなり、

    「アカネ先生」
    「だから『先生』と呼んじゃダメだって。オフォス加納では個展を開くのを許されて、そこで認められて初めて先生って呼ばれるって、サキ先輩やカツオ先輩に聞いたことがあるもの」
    「あははは、アカネに個展は不要だよ。あんだけの写真見せられて、個展を許すも許さないもあったもんじゃないよ」
    「でもまだまだ不満が・・・」

 ツバサ先生は笑いながら、

    「アカネの不満はわかる。表紙なら最後の踏込だろ。二枚目なら引きと右ずらしだろ」
    「そうなんですよ。よくあんな写真をツバサ先生が認めてくれたと思ってます。加納先生の作品には、そんな手落ちはなかったですから」
    「あれはわざとだろ。あえて外したんだろ。わたしの目は節穴じゃないよ。そこまでやれば加納アングルと同じになっちゃうから、外すことによる効果を狙ったんだろ」

 バレてた、さすがはツバサ先生だ。

    「イイと思ったのですが、やっぱり甘かったかなぁっと」
    「良くお聞き、そのレベルで話が出来る写真家はこの世でもほんの一握りだよ。片手もいないと思うよ」
    「あれぐらい誰でも見れば・・・」
    「加納アングルの本質がわかって、それにアレンジを加えられる奴なんて他にいるものか。とにかく早く元気になってくれ。仕事が溜まってしようがない」

 やっぱり。

    「溜まってますよね。商品広告」
    「ああ、たんまりな。渋茶のアカネの商売繁盛伝説は続いてるし」

 渋茶は余計だ。

    「スーパー大徳の特売セールも近いはずだし」
    「そうだよ。商店街の大売出しもあるし。幸福堂のもあるし、柴田屋さんも・・・」
    「十件ぐらい?」

 そんな訳ないよな。

    「百件近くあったかな」

 このまま入院してたら大変な事になる。

    「全部受けたんですか」

 ツバサ先生は悪戯っぽく笑われて、

    「とにかく早く帰ってくれないと困る」
    「はい、さっそく」
    『クラクラクラ』
    『ヘタヘタヘタ』
    「そんなに心配しなくてもだいじょうぶ。ゆっくり休め」

 アカネの入院は案外長引き十日もかかっています。姉ちゃんも見舞に来てくれたんだけど、

    「アカネ、これなら間に合いそうね」
    「なんにだよ」
    「私の結婚式」

 忘れとった。招待状も来てたけど、どっかに突っ込んだままだ。ふ、服がない。

    「ハワイだからね」

 あっ、そうだった。ツバサ先生に相談すると、

    「なに、ローマの時の服しか、まともなものはないのか」

 退院したらその足でドタバタと服を買うのに付き合ってもらい。

    「アクセサリーは、とりあえずわたしのを使ったらイイ。とりあえず、これで行って来い」

 四泊六日の姉ちゃんの海外挙式に付き合って日本に帰った途端に、

    「ひいばあちゃんが亡くなった」

 そう言えばまだ生きてたんだ。今度は喪服が・・・どうしてこんなに重なるんだよ。告別式も済んだ夜に、

    「うぅ、腹が痛い」

 トイレに一直線。病院に行ったら親族がずらっ

    「集団食あたりですね」

 仕出し弁当に当たったみたい。その中でもアカネが一番の重症みたいで、

    「入院」
 哀れ病院に逆戻り。七転八倒状態で見栄もヘッタクレもなく便器とお友だち。さすがに厄神さんでお祓いしてもらったけど、なんだかんだで一ヶ月も休んじゃった。