渋茶のアカネ:アカネの実力

 柴田屋のアカネ極渋茶の仕事の成功で、アカネにも仕事が定期的に回ってくるようになってくれた。と言っても、商店街の仕事だけど張り切ってやってた。相手は特売のパックの牛乳とか、洗剤だったけど、カネを稼ぐプロの仕事だもの。そしたらツバサ先生が、

    「そろそろ動くものを撮ってみようか」
 こう言ってくれたの。なんだろうと思ったら動物園のペンギンの撮影だった。あれも難しいんだ。とにかくオフィス加納の看板を背負わされてるから、ありきたりのものじゃツバサ先生が納得するはずないじゃない。

 ライオンとかトラはもっと難しかった。とにかく動いてくれなくて、開園から閉園まで頑張ってもダメ。頼み込んで閉園後から休園日まで頑張って、なんとか思うものが撮れた。水族館の大水槽の仕事もあったし。カルガモ追っかける仕事もあった。ツバサ先生のアカネの今の評価は、

    『アイデアの泉』

 泉はアカネの苗字に引っかけてのもの。作品が出来上がると、指導や指摘も入るけど、その前に、

    「おもしろいね。狙いがイイ。これは何を撮るかをしっかり理解していないと思いつかない」
 最近気になってるのはアカネの実力。どれぐらい付いてるんだろうってところなの。オフィス加納内では単純で、マドカさんの上ぐらい。つまりは下から二番目。外部の評価で手っ取り早いのはコンクールだけど、オフィスの内規で加納賞にも、麻吹賞にも応募できないのよ。まあ、これはわかるけど。


 そんな時にヒョッコリ会ったのが東野滋。こいつは中学の時から知っている。背は高いし、アカネの好みじゃないけど甘いマスクのイケメンってやつ。そのうえアカネが大苦戦した英語がペラペラ。教師よりよっぽど上手かった。

 理由は帰国子女ってやつ。中学校に入る前の三年ぐらいアメリカに住んでたみたい。ほいでもってスポーツも出来る。いわゆる本場仕込みのバスケってやつで、県大会まで行ってたし、県選抜にも選ばれてたはず。

 家も金持ち。東野工業っていえば二部上場の名の通った会社で、そこの跡取り予定。次期次期社長ってところかな。父親のアメリカ赴任に引っ付いて東野も行ってたぐらい。平たく言えばお金持ちのボンボン。

 高校は私学に行くと思ってたら、なんとアカネと同じ県立高校。もっともアカネは泣き泣き滑り込みで入ったけど、東野の野郎は余裕の単願。もっとも同じ学校だったけど、高校までは殆ど接点はなかったんだ。


 アカネは中学の時になかった写真部が、高校にはあったから勇んで入部したんだけど、なんと東野の野郎がいやがるんだ。アイツならバスケ部と思ってたけど、

    「あんな汗臭いものは中学までで十分。日本じゃプロになる意味もないし」
 まあ他人の勝手だけど、東野が入部したっていうだけで写真部の入部者が三倍になったって話だった。でもさぁ、でもさぁ、写真の腕で負ける気はなかったのよ。だってアカネは小学校からの筋金入りだし、東野は高校から始めたド素人みたいなものじゃない。

 でも悔しいぐらい東野には、写真の才能もあったと認めざるを得なかったの。アッと言う間にアカネどころか先輩たちも追い抜いてしまった感じかな。アカネも頑張ったけど、アカネが唯一賞を取った神戸まつり協賛写真展でも、一般の部の神戸市長賞を取ってたぐらい。ちなみにアカネは高校の部の入選。

 他にも県文化祭や、全国高校写真展なんかにずらりと入賞。ただの入賞じゃなくて、特選とか、なんとか賞とかゴッソリ。でもプロにはならなかった。

    「写真でメシを食うってか。夢見るほどバカじゃない」

 大学もアカネは辛うじて三明大、東野は余裕で港都大。二度と会うこともないと思ってたんだけどバッタリって感じで会っちゃったんだ。なんとなく大学を中退したのが言いにくくて適当に話を合わせていたんだけど、

    「アカネも写真続けてるのか」

 テメェに『アカネ』と呼び捨てされる筋合いはないと思ったけど、

    「部長も続けてたんだね」

 そう、東野は三年の時の部長。

    「今度、個展やるんだけど見においでよ。アカネの勉強になると思うよ。まあ、アカネのレベルじゃ、参考にもならないだろうけど」

 そう言われて案内状を渡されちゃってバイバイ。オフィスに帰ってからもムカムカしてた。東野を嫌いな点は才能を鼻にかけるところ。ちょっとは謙虚になればイイのに。出来ないやつを見下しやがるんだ。あの野郎の口ぐせは、

    『人間はサルより進化してるはずだけど、そうでもないのがいるのが良くわかる』
 そういや、カメラも散々バカにされたっけ。アカネのカメラは中学の時に泣き落としで買ってもらったもので、いわゆる初心者向けの入門機。でもデジイチだし、ちゃんと撮れるし、今だって使ってる。買い替えるカネがないのもあるけど、アカネのお気に入り。

 ところがところが東野の野郎は、毎年のように最新機種に買い替えてた。レンズだってアカネは基本セットのズームレンズ一本きりだったけど、あの野郎はカメラを買い替えるたびにゴッソリ買ってやがった。別にカネがあるから勝手だろうけど、

    「アカネ、腕の差もあるけど、そんなカメラじゃ、あははは」

 ウルサイわいと思たけど、勝てないから言い返せないものね。なんか東野ことを思い出すとムカムカして、オフォスで愚痴ってたらツバサ先生が、

    「アカネ、自分の今の実力を知りたいって言ってたね」
    「え、ええ」
    「その個展を見ておいで。アカネの実力がわかるから」
 そう言われちゃったからシブシブ見に行った。それにしても相変わらずカネ持ってるねぇ、イイとこ借りてるもの。ナンボしたんやろ。素人の趣味で開くには贅沢すぎるやろ。まあそれは置いといて、どれどれ、ふ~ん、こんな感じか。

 たしかに基本は守ってるし、小綺麗に撮ってるけど、東野の写真ってこんなもんだっけ。これもそうだけど、ピントの切れが甘いし、色の映えもイマイチ。こっちは構図がありきたり過ぎるし、こんなんじゃ、なにがこの写真のテーマかボケちゃってるよ。

    「アカネ、来てくれたんだね。勉強になるぐらいは写真の腕は上がったかい」

 だからあんたに呼びつけで呼ばれる筋合いはないって。カチンと来たから、お世辞抜きのホントの事を言ってやった。

    「大学に行って下手になったんじゃない。アカネだったらこんな写真を人様に見せて個展なんてやる度胸は無いよ」
    「アカネに何がわかる」
    「アンタじゃわかんないよ」
    「これは祝部先生が認めたものなんだ」
    「誰よそのハフリベって」

 大声の口論になったものだから人だかり、

    「そこまで言うならアカネの写真を見せてみろ。いや、撮り較べで勝負だ」
    「やだよ。そんなにアカネはヒマじゃない」
    「三流私大が忙しい訳ないだろう。尻尾を巻いて逃げる気か。この口だけ女」
    「なにを! 留年決定だからカメラで遊んでるんだろう。この高慢ちき男」

 同級生同士だからヒートアップしたところに一人の男がツカツカと。いくつぐらいだろ、頭は禿げちゃって、ヒョロッと細くて白い髭まで蓄えたご老人。なんか仙人みたいにも見えなくはない。

    「東野君、落ち着き給え」
    「はい、先生」

 名刺をもらうと祝部写真教室の校長って書いてあった。東野の写真の先生ってこのジジイだな。それにしても『ハフリベ』じゃなくて『イワイブ』とか『シュクブ』じゃないのかな。ようわからん。

    「この諍い、この老人に預けて頂けんかな」
    「どう預かるって言うのよ」
    「後日、撮り較べで決着はいかがかな。あなたも東野君の個展を乱したのだから、それぐらいは協力してもらっても良いはずじゃ」

 なんだ、なんだこの展開は。どっかの安っぽい料理勝負漫画みたいじゃない。でも、たしかに東野の個展を乱したのは間違いないから、その責任ぐらいはアカネにもあるのは、わからないでもないけど。でも、どうしよう。そうだ、適当に逃げを打っとくか

    「では追って祝部さんにご連絡で宜しいですか」
    「それで結構」
 ふんだ。こんなもの連絡しなければ、これでオシマイ。ああ気分悪かった。帰り道に思ったんだけど、東野も下手になったものやな。よくあの程度で個展を開こうなんて厚かましいにも程があるってもんだよ。

 それと、あの祝部って老人も勝負なんかさせる気ないやろ。本当にその気だったら、アカネの連絡先ぐらい確認するものね。まあ、勝負を条件にしないと東野の野郎も収まりが悪いぐらいだよ、きっと。ああいうのを年の功っていうんだろ。


 翌日になってツバサ先生から、

    「アカネ、どうだった」

 東野があんまりヘタクソになっていて参考にもならなかったって言ったら、

    「アカネはそう感じたのね」
    「そうですよ、時間の無駄でした」

 そこから東野と口論になった話をしたら、

    「へぇ、弦一郎ってまだ生きてたんだ。で、写真教室の校長か。まあ、それぐらいだろうな。それで写真勝負ってか。出来の悪い漫画のストーリーみたいじゃない」
    「そうなんですよ。勝負って言っても判定が祝部って人なら、東野の肩を持つに決まってるし」
    「まあ、普通はそうなるけど・・・おもしろそうだから、やってみたら」
    「ツバサ先生、冗談じゃないですよ」

 あちゃ、こういうもめ事は嫌いじゃなかったんだ。

    「そうだな、勝負だから立会人もいるよな・・・」

 まずい、ツバサ先生がその気になっちゃった。まさか喧嘩をやらかす気とか。

    「えっと、えっと、勝負会場に塩なんて置いてないだろうから・・・」
 うわぁ、その気マンマンだ。