渋茶のアカネ:初仕事

 オフィス加納があるのは商店街の一角。アカネも初めて行った時には、なんかゴチャゴチャしたところにあると思ったもの。ここの商店街も御多分に漏れずシャッター商店街だったみたいで、加納先生は大きな呉服屋さんが潰れた跡地を格安で買い取って建てたそうなんだ。

 でも今はかなり活気がある。落ち込むところまで落ち込んでから、生き残った店が核になって復活したってところかな。この辺はもちろんラッキーもあって、隣接地域が震災の再開発地域になって成功して人口がどっと増え、古い街が一掃され大学まで来たのは大きいと思ってる。商店街を通る人も若い人が多くて活気があるもの。

 だいぶ苦労したみたいだから、営業している店はどこも個性的で活気がある。商店街最大の店舗はスーパー大徳だけど、アカネも良く買い物に行く。ここの魅力は普通のスーパーとかでは規格外で商品にしないものをメインで売ってること。最初は違和感あったけど、とにかく安いから曲がったキュウリとかお化けナスビもお気に入り。

 ドラッグストアの幸福堂も繁盛してる。ここはヘンテコな健康グッズが妙に充実していてるんだけど、意外なことにカツオ先輩が愛好者。定期的に新製品を買い込んで来て、みんなに披露というか能書き垂れるのがオフィスの風物詩になってる。釣られて買うもの多数で、オフィス加納健康クラブなんて作ってる。

 食品関係ならまず佃煮の佃丸。ここの佃煮とか塩昆布はホントに美味しくて、遠いところからもわざわざ買いに来る人も多いみたい。磯自慢好きのサトル先生が佃丸の佃煮に宗旨替えしてしまったぐらい。

 アカネのお気に入りはコロッケの今井。もともと肉屋さんだったらしいけど、今はコロッケ専門店になってる。衣はからっとサクサク、お肉はジューシーで最高って感じ。支店もあちこちに出してるみたいだけど、本店もすぐに行列が出来て大変。本店オリジナル・コロッケが目当てかな。

 ブタマンの蓬莱軒も最近評判の店で、ここもまた潰れかけの中華料理屋さんだったらしいけど、ブタマン特化で奇跡の復活って感じらしいの。前にテレビで紹介されてから一挙にブレークした感じかな。

 甘いものなら田中のアイスキャンディー。あれも変わった店で、店の外装は愛想もクソもないグレーのコンクリ吹き付けの壁。そこに腰高窓ぐらいが空いてて、そこで売ってるんだよ。アカネはアイスキャディーも好きだけど、あそこのソフトクリームも好き。


 オフィス加納は地元商店街の仕事も請けてるんだ。これは加納先生の時代からそうだったみたい。さすがにツバサ先生やサトル先生が撮る事はあまりないけど、今ならサキ先輩やカツオ先輩が主に引き受けてる。

 仕事と言ってもチラシや店の売り出しポスターの商品写真だし、依頼料も地元割引で格安だけど仕事は仕事。アカネも横目で見ながら、早く撮らせて欲しいと思ってたんだよね。ちょうどヨーロッパ撮影旅行から帰った時にツバサ先生から

    「アカネ、柴田屋の仕事あるけどやってみるか」
 こう言われた時には飛び上っちゃった。柴田屋さんは老舗のお茶屋さん。なんでも江戸時代から続くとか続かないとか言われてるぐらいの商店街の主みたいなところ。店は建て替えたみたいで綺麗になってるけど、置いてあるお茶が入ってる箱とか、茶壺は年季が入りまくってる感じ。

 ここの御主人は老舗を受け継いだだけあって謹厳実直そうな方。ここのお茶は有名な茶道教室の御用達にもなっていて、御主人も茶道には堪能みたい。行ったことないけど、お茶室もあるってお話。

 渋茶の一件でリベンジするために、特製渋茶を頼みに行ったのも柴田屋さん。ちょっと敷居が高いと思ったけど、エエイと入ったんだけど、御主人の顔を見ただけでさらに敷居が高くなり、そびえたつ壁みたいに感じたのを覚えてる。

 でもここまで来たんだからと相談するだけしたんだけど、ニコリともせずにこう言われたのよ、

    「それは悪ふざけのために使われるのですか?」

 ヤバイと感じた。御主人はお茶のプロだし茶道だって詳しいから、お茶をオモチャにするような事は断られるに違いないと思ったもの。

    「いえ、いや、あの、その、ちゃんと飲みます」

 御主人は相変わらずニコリともせずに、

    「これは別注になりますから、少々お日にちを頂きたいのですか」
    「別注って高いのですか?」
    「いえ、既製品でないからだけでございます」

 なんか不安だったけど、数日後に出来上がったの連絡があり店に。

    「こちらでございます。お召し上がりになりますか」

 立派な茶筒に入った抹茶。御主人は相変わらずニコリともせずに淹れてくれたんだけど、飲んでみたら脳天突き上げるほど、

    「ぐぇ~、渋い」
    「お気に召して頂けたでしょうか」
    「うぇ、うぇ、は、はい。おいくらでしょうか」

 アカネはツバサ先生の弟子だけど、正式にはオフィス加納の社員。弟子にしたら給料はイイらしいけど、自分用のレンズやその他の用具の購入で財布はいつもヒーヒー状態。別注でわざわざ作ってもらってるし、なにか見るからに高そうな茶筒に入っているのでビビってたら、

    「お代? これは遊びで作ったもの、商品ではございません。茶筒も悪ふざけの小道具に必要でしょう」

 それから定期的にスペシャル極渋茶の補充に行くのだけど、

    「アカネさん、新作でございます」

 持って帰って試飲したら七転八倒するさらなる進化型。あんな謹厳実直な顔をしながら、よくまあこんな商品にもならないような渋茶の新作を次々に作るって感心したぐらい。そしたらね、そしたらね、ちゃっかり商品化して通販で売ってるのにはさすがに驚いた。あんなもの売れるかと思ったけど、

    「世の中には、こういう悪ふざけが好きな人の需要があるようです」

 予想以上に売れてるみたい。見た目とは逆になかなか遊び心のある人なんだ。一つだけ気に入らないのは商品名が、

    『アカネ極渋茶』

 いくらなんでもと思ったけど、

    「茶道には遊び心が重要です。アカネさんはよく心得ておられます」

 この時はタダより高いものはないと思った。それにしても、まさかあの極渋茶をお茶会で出してると思わないけど、案外出してたりして。それでもって、今回のお仕事はネット通販用の写真の差し替え。ツバサ先生は、

    「アカネにはまだ早いと思ったけど、柴田屋さんからの指名依頼だからね」

 撮る、撮る、撮るよ、渋茶のアカネが撮らなくて誰が撮るっていうの。でも念押しが、

    「アカネ、先に言っとくよ。どんな仕事だってオフィス加納の看板を背負ってるからね。それを肝に命じときな」
 大喜びで取りかかったんだけど、どう撮ればイイんだろう。ネット通販用の商品紹介の写真だけど、とにかくアカネの初仕事。普通に撮れば茶筒の写真。でもこれじゃ愛想ないよな。というか差し替え前と同じ。

 う~ん、どうしよう。これも定番だけど、抹茶を白い紙の上に載せて撮ってみた。そのバックに茶筒を置いてみたんだけど、いかにもありきたり。商品紹介だから、ありきたりでもイイようなものだけど、これじゃオフィス加納にカネ積んでまで頼む意味がないものねぇ。

 う~んと、う~んと、こういう場合は商品のアピールポイントを強調するんだ。ただアピールポイントって言っても、見た目じゃないものな。味は写真に写らないよ。そりゃ、これが料理写真だったら工夫の余地はありそうだけど、モノはお茶だし。あれこれ撮ってたら、

    「アカネ、頑張ってるか」

 ツバサ先生が顔を出され、それまで撮ったものをチェック。

    「まあ、こうするな」
    「でも、これじゃダメだと思うのです」
    「ほ、ほう、じゃあ、何を撮りたい」
    「このお茶の魅力です」
    「わかってるじゃないか。また見に来るよ」

 ツバサ先生も心配してる。いや、あれはアカネを試してるんだ。アカネがどれだけ写真をわかっているかって。でも答えはわかんないな。とりあえず飲んでみるか。

    「うぇ、渋い」
 よくこんなものが売れるよな。でも買いたい人がいるわけで、こういう商品を探している人もいるわけだ。そういう人が『おっ』と思わす写真を撮ればイイんだ。そう、この途轍もない渋さを伝える写真こそがこの商品の魅力のはず。

 でも、いくら撮ってもお茶はお茶だもんな。それにしても、柴田屋の御主人は思い切ったパッケージにしてる。だってさ、だってさ、デッカイ文字で、

    『渋』
 こうすれば、どれだけ渋いか一目でわかるものね。一目でわかるか、そうだよ、写真は一目でわかるから写真なんだよ。それにこれは商品広告、お上品な芸術写真じゃないんだ。アピールしたもん勝ちみたいなものじゃない。

 そういえば柴田屋さんの御主人からのアカネへの指名依頼ってなってたじゃない。わざわざ指名したのに意味があるはず。それにツバサ先生は、

    『アカネ、プロの写真には基本はあってもタブーも、ルールもないよ。あるのは売れる写真と売れない写真だ』

 ようし、これで勝負だ。それから三日間、あれこれ工夫を重ねてツバサ先生のところに、

    「先生、見て下さい」
    「どれどれ」

 ツバサ先生はひっくり返って笑ってた。笑い転げた末に、

    「アカネ、狙いは」
    「このお茶の魅力をストレートにかつインパクトをもって伝えることです」
    「たしかに、これ以上のインパクトは難しいかもしれないね」
    「合格ですか」

 ツバサ先生は、

    「合格だけど採用にはしない」
    「ダメなんですか」
    「アイデアは最高だけど、撮り直しだ。足が出るけど、それだけの価値はある」
    「はぁ?」

 アカネが撮ったのは極渋茶を飲んだアカネの渋い顔。ツバサ先生は、

    「モデル代が出るほどの仕事じゃないから、アカネがモデルになったのはわかるけど、さすがに禁じ手だ。オフィス加納のプライドにかけても採用できないよ。でも、これを見ちゃったら、他のどんなアイデアを出されても霞んじゃうものね」

 なんとプロのモデルを呼んでの撮り直し。仕事としては赤字になっちゃったけどツバサ先生は満足してた。ちなみに柴田屋のアカネ極渋茶の売り上げは五倍になったそうで、御主人も喜んでくれて、さらなる改良型のアカネ極渋茶を贈ってくれた。みんなに振舞ったら、

    「ぐ、ぐぇぇぇ、渋い」
 悶絶状態だったけど、初仕事としては成功かな。