シオリの冒険:シオリの体験

 次の宿主を誰にするかだけど、ユッキーに任せた。宿主は孤児ないし孤児に近い者から選ぶそうなのよね。まあ、そうしないと中身がそっくり入れ替わるようなものだから、後がややこしくなるのはわかる。

 最後に意識があったのはマンションの自分の部屋のベッドだったけど、気が付くとユッキーとコトリちゃんの顔が見えた。

    「わたしがわかる?」
    「ユッキーとコトリちゃんでしょ」

 そうしたら二人はハイ・タッチして、

    「やったぁ、成功」

 わたしが加納志織からの記憶を受け継いで宿主代わりに成功したみたい。たしかにそれ以前の記憶はないし、加納志織の記憶はあるものね。どうもここはアパートの一室みたいだけど、

    「わたしは誰になったの?」
    「麻吹つばさよ。鏡を見てごらん」

 これが今度の自分か。なんか変な感じ。

    「これが麻吹つばさの経歴。ちなみに今は西宮学院学芸学部メディア創造学科一年。どこの学科がイイのか聞きそびれてたから、シオリに向きそうな無難なところにしといた」

 とう言うことは学生で十九歳か。

    「学費や生活費はすべて振込で送るし、必要なものがあったら連絡してね。下宿も変わりたかったらOKだからね」

 おカネはいらないと言いかけたけど、加納志織の財産は御破算になってるのよね。

    「悪いわね」
    「遠慮することないからね」

 学生生活をどうしようって相談したけど、そこは自分でなんとかしてくれって言われちゃった。そこまでは助けようがないものね。ここでコトリちゃんが、

    「わからんところも楽しいし、すぐに慣れるで。後はコンパに合コン、学生生活を思う存分謳歌できるって」

 あははは、楽観的だねぇ。少し気になるのは麻吹つばさの容姿。宿主として使わせてもらってるのは感謝しないといけないけど、言っちゃ悪いけどパッとしない。

    「それやったら、変えたらエエねん。シオリちゃんなら、こうなりたいって念じてると、段々そうなるよ」

 そんなもので変わるんだろうか。しばらくあれこれ話はしたけど、

    「習うより慣れろやで」
    「困ったことがあったら相談に来てね」
 そう言って、二人は帰っちゃいました。さてと、まずは麻吹つばさの勉強をしなきゃ。まずは経歴からが基本だね。なになに、両親は三歳の時に離婚と来たか。原因は母親の浮気で引き取ったのは父親なんだ。これでとりあえず母方の親戚とは縁切れてるよね。

 父親は・・・孤児なんだ。父親は再婚もせずに男手一つで麻吹つばさを育てたみたいだね。なかなかやるじゃんか。それに高校は明文館だって。これは助かった。あそこの高校なら良く知ってるし。今はちょっと違うかもしれないけど、それなりに誤魔化せそうだものね。

 その父親だけど、麻吹つばさが大学に入る前年に交通事故で急死となってる。そっか、麻吹つばさが西宮学院に進学できたのは、この時の慰謝料かもしれない。さすがはユッキー、親族関係でトラブルは起りそうに無いようになってるわ。

 肝心の本人だけど、へぇ、写真部の後輩か、同級生関係は要注意ね。だからメディア創造学科なのか。そうなるとカメラを持ってるはずよね。えっと、えっと、あった、あった。EOSのKISSか、ありがたく使わせてもらおう。

 教科書の類はどこかな。なになに、イラストレーター・フォトショップ・インデザインの基礎講座みたい。この辺は仕事で使ってたから問題なさそう。こっちはメディア文化史か。この辺は学校に行って見ないと後はわからないよね。

 もう少し麻吹つばさ本人の情報はないかなぁ。日記とかつけてくれてると助かるんだけど、そうだLINEとかやってるはずよね。スマホは・・・あった、あった、指紋は同じだから、ほら開いた。

 ありゃ、ほとんど使ってないじゃないの。メイル・ボックスも空みたいなもんだし。こりゃ、友だち少なそう。でも今のわたしに取っては、こっちの方が都合がイイかも。だって人気者だったら誤魔化すのは大変じゃない。

 さてPCもあるけど、どうやって開くかだね。あははは、付箋が貼ってあるじゃない。これは助かった。とりあえず本人を撮ってる写真は無いかな。あった、あった、こんな感じのファッションか、それにしても地味だねぇ。

 それと麻吹つばさのカメラの腕だけど・・・ま、高校の写真部上がりならこんなものか。それにしても、もうちょっと個人的な話を書いてあるところがないかな。見たところなさそうね。

 おおよそのイメージとして、地味な暗めの女子大生ぐらいで良さそうな。彼氏も出来た事はなさそうだね。だったらバージンかもね。かなり可哀想な生い立ちに同情するけど、だいじょうぶ、わたしが変えてみせるわ。体を利用させてもらってるんだから、それぐらいはね。


 学校生活も慣れるまで大変だった。西宮学院ってどこにあるかから始まるし、教室がどこにあって、それまで麻吹つばさがどんな態度で授業を受けてたとか、どんな日常を送ってたかなんてわかんないから、すべて手探り状態。

 助かったのは、予想通り麻吹つばさが地味で暗い大学生活を送っていたこと。だってさ、初日なんてわたしも緊張してたけど、誰も声一つかけてくれなかったぐらい。徐々に慣れたいわたしには好都合だったけど、こんな寂しい生活を送っていたかとおもうと同情したもの。

 最初のうちは大人しくして情報を集めてたんだけど、少ないながらも声をかけてくれるのも出てきた。それが、なんかよそよそしいというか、腫物に触るみたいな感じで妙だったのよ。こっちもサッパリわからないから、せめて愛想よくしとこうと思って受け答えしてたんだけど。

    「あなた本当に麻吹さん?」

 バレたかと一瞬思ったものの、見ただけでバレるわけないよね。

    「そうだよ。顔にゴミでも付いてる?」

 なんか呆気に取られたような顔をしてた。その数少ない友だちから聞きだしたところでは、麻吹つばさは極度の緊張症だったみたいで、声をかけても飛び上るような素っ頓狂の応対しかしてなかったみたい。なるほど、それじゃ、誰からも敬遠される訳だ。ここも誤魔化さないと、

    「ちょっと心境の変化があってね」
    「それにしても変わり過ぎ。でも今の方が良いわ。声かけるのまで気を使うのはシンドかったもの」

 さすが若者、割り切りが早いわ。

    「でも心境の変化ってすごいものね。キャラもそうだけど、顔やスタイルまでも変わってるじゃない。好きな男でも出来たの、それとも、もう付き合ってるとか」
    「あははは・・・」
 適当に流しといた。このメディア創造学科って何をするところかだけど、情報メディアのプロを作るってのが目標みたい。撮影・音響・展示・デザインの専門知識・技能を覚えるだけでなく、これのプロデュース力も養成するぐらいかな。

 ユッキーは無難に選んだって言ってたけど、かなり考えて選んだと思ってる。だってオモシロイもの。わたしだって本業だったけど、実戦で泥縄式に覚えたようなものだから、こうやって系統だって理論づけられて学べれば役に立ちそうじゃない。

 一年の時は基礎講座が多かったけど、二年になるとゼミが始まり、実技講習が増えていたの。なかなか立派なスタジオもあって感心した。ただそうなってくると地が出そうで抑えるのに難儀した。かなり抑えて撮ったつもりでも、

    「麻吹君は写真の才能がある」
 そりゃ、あるよ。ダテにメシ食ってきたわけじゃないからね。それにしても学生だったら、あの程度のレベルでえらい評価するんだね。というか講師連中の腕が悪すぎるんじゃないの。あれがお手本じゃ伸びないよ。


 容姿はコトリちゃんの言ったとおり、格段に変わっていくのがわかった。元は麻吹つばさだけど、三ヶ月もすれば誰もが振り返るぐらいとすれば大げさかな。一年のあの時期で良かったとしみじみと思ってる。あの時期ならイメチェンしたって誤魔化せるからね。

 二年になった頃には、またもや注目の的。これも明文館で経験済みだし、明文館みたいに開けっぴろげで追っかけされる訳じゃないから、どうってこともないよ。ペーパー・テストは少々苦戦したけど、実技やらせれば段違いだから大学生活も順調ってところ。

 とにかく誘われるからコンパや合コンも良く行った。えへへへ、これも実は初体験。加納志織の時も大学には行ったけど、高校の時から坂元と付き合ってたし、入学早々襲われてロスト・バージンさせられて、ひたすらやられまくってたからね。ああ、イヤな事思い出しちゃった。これが記憶を受け継ぐデメリットかもね。

 そのせいでもないけど彼氏は結局作らなかった。さすがに幼稚に見えちゃった部分があるのは白状しておく。そりゃ、加納志織の続きだから八十歳半ばだからね。それでも若い連中と付き合うのは悪くなかった、いや楽しかった。宿主代わりしたら感性も若返るのかなぁ。


 四年にも無事進級し、このまま卒業したかっただけど、悪い話を聞いちゃったんだよね。オフィス加納が経営危機だっていうのよ。サトルの野郎、なに遊んでやがるんだよ。こっちが遊べないじゃない、もとい勉強できないじゃないか。でも仕方がないから中退してプロになるって言ったらビックリされたし反対された。誰もが口をそろえて、

    『せめて卒業までは』
 そう言うよね。でもね、オフィス加納の経営難は深刻そうだったから、卒業まで待てなかったんだ。大学中退も加納志織時代に続いて二回目だから、なんか自分の宿命かもしれないね。ま、フォトグラファーに学歴は関係ないんだけど。

 サトルに弟子入り希望したら、アイツ、わたしの写真を見て、目をシロクロさせていやがった。ただ提示された給与を見て呆れたよ。ここまで追い詰められてるのかって。ここまで苦しくなった原因もすぐにわかった。

 サトルの野郎、苦手の人物写真を逃げてやがるんだよ。そこでユッキーに悪いけど頼んだんだ。光の写真を条件に大きな仕事を回してくれないかって。ユッキーは快く了解してくれて、わたしでも驚くような大きな仕事を手配してくれた。

 サトルの奴、苦悩してたよな。アイツには光の写真は撮れないし、でも苦しい経営のためには、この仕事を物にしなければならないって。わたしはさぁ、サトルがここで一念発起するのも期待してたんだよ。

 アイツのテクニックで人物写真、とくに女の写真を撮るのは難しいけど、これが撮れるようになれば、光の写真に匹敵するかもしれない凄い絵が出来上がるはずなんだ。だけどサトルときたら情けないことに指をくわえていやがるんだよ。

 仕方がないから撮ってやった。自分が作ったオフィスを潰したくなかったからね。でもついにバレちゃったよ。これは奥の手だから出したくなかったんだけど、あそこまでやればサトルでも気づくよな。


 とにかくサトルには頭に来たから、人物写真でシゴキ上げてる。泣こうが、わめこうが、徹底的に締め上げてる真っ最中。サトルの奴はとにかく逃げようとするんだよ、

    「シオリ先生、人には得手不得手がありますから、ボクが風景とかを担当して、先生が人物を担当すれば丸く収まるんじゃないですか」

 カンカンになって怒ってやった。

    「バカ野郎。サトルが撮れるように、これだけ付き合ってやってるのに、なんていう言い草だよ。そこまでいうなら、麻吹つばさは独立する。一人で風景でも撮ってやがれ」
    「それは・・・」
    「それはもクソもない。よし決めた、サトルが人物を極めるまで、他の写真は一切禁止だ。それがイヤなら出て行くよ」
 この辺は頭から怒鳴っている麻吹つばさはサトルの弟子で雇われカメラマン。サトルはあくまでも社長だから叩きだすわけにもいかないから仕方がない。

 だいたいだよ、経営が危なくなるぐらい追い詰められているというのに、苦手の人物写真克服に精を出さないなんて信じられないよ。そこまで追い詰められたら、普通は死に物狂いでやるもんだろ。

 ホンマにアイツはわたしが付いていないと、どうしようない奴だと思ったよ。こうなったら、力づくでもサトルの皮をひん剥いてやる。痛がろうが、抵抗しようがビリビリに剥いてやる。覚悟しやがれ。

    「サトル、今日の分のチェックだ」
    「あ、はい」

 サトルの写真を見ながら怒りがムラムラと、

    「これがオフィス加納の金看板を背負った社長の写真か!」
    「でも、この辺は良く撮れてると思うのですが・・・」
    「これがか? サトルはこのレベルが合格点? それって写真と同じぐらい出来の悪い冗談じゃない。だからたった三年ぐらいでオフィスを潰しそうになったのが、よ~く、わかる」
    「経営を悪化させてしまったのは・・・」
    「今は経営の事なんか考えなくていい。わたしがちゃんと稼ぐから忘れろ。この写真だけど・・・」

 そこから傷口に塩、いやタバスコ擦りこむ指摘とアドバイスをみっちりと。

    「ボツ、ボツ、ぜ~んぶ、ボツ。話になんないよ。これでメシ食えるとでも思ってるの。味噌汁で顔洗って出直しな」
 スタッフが笑ってやがる。師匠が弟子をシゴクのはイイのだけど、人としてはサトルが師匠で社長だものね。弟子に搾り上げられる師匠がなんとも言えないおかしみを誘うよね。でもサトルも評価してるよ。

 あれだけ怒鳴られても付いてくるし、段々と良くなってるよ。時々だけどハッとする写真が混じってきたからね。頑張って付いておいで、今度こそ本当の一流の写真家にしてあげる。

 サトルが本当の一流になったら・・・はて、次はどうさせるつもりなんだろう。え~い、どこまで行っても世話の焼ける野郎だ、自分でなんとかしやがれ。