女神の休日:ラザロ騎士団

 とにもかくにも四十五万ドルが手に入ったので、その夜はヨット・クラブを貸切にしての大祝勝会が行われました。ヨット・クラブはデッキ10にあるダンスも出来るにナイト・クラブです。これもコトリ副社長曰く、

    「勝ち方の一つよ。これぐらいは還元しておかないと余計な恨みを買うからね」

 派手に遊んだ翌日です。

    「次は最後の寄港地のグラン・カナリア島で、その次はサザンプトンです。そろそろヨーロッパでの目的を聞かせて下さい」
    「あら、言ってなかったかしら、共益同盟からの招待だって」
    「それは聞いていますが、調べてもはっきりしなくて」
    「だろうね。まずはフランス革命から行こうか」

 恥ずかしながらミサキはベルサイユのバラに毛が生えたぐらいしか知識が無くて、話についていくのが大変です。フランス革命といえばバスチーユ監獄襲撃から、ルイ十六世やマリー・アントワネットの処刑までが有名ですが、それで終わりじゃありません。

    「ナポレオンが台頭するのよ」
 そうだったナポレオンがいたんだ。ナポレオンは革命後に成立していた第一共和政からから第一帝政に移行するのだけど、ロシア遠征に失敗して失脚、その後に来たのがなんと王政復古。

 王政復古はルイ十六世の弟のルイ十八世、さらにその弟のシャルル十世と続くけど、さすがに無理が出て、七月革命でオルレアン公のルイ・フィリップによる国民主権下の七月王政に移行。

 オルレアン家は日本で無理やり喩えると徳川御三家みたいなもの。オルレアン公ルイ・フィリップは十八年間王位にあったけど二月革命で第二共和政になるんだよね。シンプルには、

    第一共和政 → 第一帝政 → 王政復古 → 七月王政 → 第二共和政
 この後はナポレオン三世による第三帝政となるけどここは省略。日本の明治維新も複雑ですが、フランス革命は輪をかけて煩雑な経緯となっています。


 ここから話はぐっとマイナーになるのですが、王位請求者なる概念があります。これは、

    『世が世なら君主の座に就く者』

 これまた日本で無理やりたとえると、徳川家の子孫が征夷大将軍になり幕府復活を要求しているぐらいでしょうか。日本人的感覚では、

    『なに寝言を抜かしてる』
 ぐらいの感想しかでませんが、フランス最後の王であるルイ・フィリップの子孫のオルレアン家は今でもフランス王を自称し、その支持者もいます。話はえらく長くなりましたが、オルレアン家の当主は現在でも王位請求権者であるのがまずポイントです。


 さてですがマウントカルメル・ラザロ騎士団というのがあります。始まりは古くて、四世紀頃に聖バシレイオスがカッパドキアのカイセリアに病院を作ったのが始まりとされる聖ラザロ騎士団の流れを汲むものです。

 この騎士団も一八三〇年の七月革命でフランス王の承認を失い消滅したのですが、復活を目指す動きが延々と続けられています。騎士や騎士団の性質は様々な変遷があるのですが、ミサキも驚いたのですが現在でも国際法上で認められる正式団体として存在しています。

    「ミサキちゃん、驚かなくてもイイでしょ。ほら、イギリスにはナイトの称号があるじゃない」
 イギリスが例としてわかりやすいのですが、騎士になるとは騎士団への入団を認められることになります。騎士叙任とは入団許可であり、勲章は入団証みたいなもので、騎士の身分とは準貴族ぐらいの待遇です。

 そうなれば入団する騎士団が公式のものである必要があるのですが、これが設立・認可できるのは主権を有する者、具体的には主権国家、ローマ教皇、君主、そして一部の王位請求者となっています。

 復活を目指すマウントカルメル・ラザロ騎士団の総長にシャルル=フィリップ・マリー・ルイ・ドルレアンが就任するのですが、この人物はオルレアン家の嫡系の家長を名乗ってますから王位請求権者に該当します。

    「では公式に認められたのですか」
    「もめにもめて、宙ぶらりん」

 シャルル=フィリップ・マリー・ルイ・ドルレアンも騒動に巻き込まれた挙句、騎士団総長を辞任しています。

    「中世の亡霊みたいな騎士団一つに、どうしてそこまで」
    「それがね・・・」

 マウントカルメル・ラザロ騎士団ですが近年になり急速に力を付けているそうです。オルレアン家の当主が総長になったり、これの正統性を巡って騒動が巻き起こったのも、この騎士団の力を味方に付けたいの思惑だそうです。話が長引きそうなのでコトリ副社長は、

    「レーベンブロイを一ダース持ってきてくれる。それと生ハムとチーズの盛り合わせもよろしく」
    「コトリ副社長、一ダースじゃ少なくないですか」
    「あちゃ、そうやった。持ってきた時に追加オーダーしたらエエやろ」
 話はまだ共益同盟までたどりつきません。