女神の休日:赤道祭

 社長と副社長はトムを呼び出して説教してました。もちろんミサキも加わってです。トムはかなり渋ったのですがユッキー社長は奥の手を使っています。まあ、あれをやられて抵抗できる人間はまずいないのですが、トムもしゅんとなってます。

    「で、いくら負けたの」
    「もう十五万ドルぐらい」

 お二人はため息をつかれて、

    「ベスもお友だちだし、トムも元とは言えうちの社員だから特別に取り戻してあげる」
    「えっ、出来るのですか」
    「一ドル寄越しなさい。それと赤道祭のカジノのルールは」

 賭け金の上限はいつもの二倍の千ドルになるそうですが、ルーレットにはさらに特別ルールがあるそうです。

    「アウトサイドベッドは普段通り五百ドルですが、インサイドベッドは五千ドルまでになります。ただしストレートアップだけに制限されます」
 赤道付近は無風帯になりやすくスコールなども多かったので、帆船時代は航海上の難所とされていました。この赤道を越える安全祈願が赤道祭の始まりとされ、かつては赤道を越えた経験をもつものは熟練者とみなされていました。

 今は単なるレクリエーションとして行われることが多く、クルーズ船では実際のところ仮装パーティみたいな状態になっています。そんな少し浮かれた船内でミサキたちはカジノに向かいます。仮装パーティなのでミサキたちも仮装しないといけませんが、

    「はい、ミサキちゃん」

 これは女神の衣裳じゃありませんか、いつのまに準備していたことやら。今日はコトリ副社長だけがプレイヤーで挑みます。コトリ副社長は、

    「ミサキちゃん一万ドル用意して」
    「そんなに」
    「まあ、イイから。コトリの腕を信用して」

 コトリ副社長は好調そうです。一時は五千ドルぐらいは勝っていて、

    「今日は快調、この船取って帰るわよ」

 ところが途中から負け始めます。ジリ貧からドカ貧状態になり、

    「ここで最後の大勝負」

 一万ドルが手元から消えちゃいました。やはり玄人には勝てないものだと思っていたら、

    「じゃ、じゃ~ん。まだ終わりじゃないよ。ここにもう一枚残ってるんだ。勝負はね、下駄を履くまでわかんないの。よっしゃ、ルージュに全部よ」

 全部と言っても一枚なのですが、ここからコトリ副社長の快進撃が始まります。

    一枚 → 二枚 → 四枚 → 八枚 → 十六枚 → 三十二枚 → 六十四枚

 賭けてる額が少ないのであれですが、六連勝となり周囲のギャラリーから、ちょっとしたどよめきが起ります。コトリ副社長は、

    「エエ風、吹いてきたで」
    六十四枚 → 百二十八枚

 ついに七連勝です。次は赤か黒かとギャラリーの誰もが注目していたのですが、コトリ副社長が選んだのは赤。ところがさっと手が動いてチップはゼロに、

    「やったぁ、大当りよ」

 これは凄い、チップは一挙に四千六百八枚です。ギャラリーから大きな歓声があがります。

    「ついてる、ついてる。次を最後の勝負にするわ」

 ディーラーがボールを投げると同時にコトリ副社長が賭けたのは黒の二十です。ボールはコロコロと転がって、

    『うわぁぁぁぁ』

 カジノ中はちょっとした熱狂の渦になります。これで十六万五千八百八十枚です。

    「やったぁ、お祝いに皆様にシャンパンを一杯ずつ御馳走します」

 そうやって帰ろうとした時にカジノの支配人が現れました。

    「もう一勝負いかがですか」
    「もう終わりって言ったのが聞こえなかったかしら」
    「聞こえましたが、今日は赤道祭。宜しければ記憶に残る勝負をして頂ければと」
    「どうやるの」

 カジノの支配人が持ちだしたルールは、ストレートアップの一発勝負で、賭け金は青天井としました。

    「それだけでは伝説にならないので、配当を二倍にします」
    「七十二倍ってことなの。そんなに払えるの」
    「この私が責任をもって支払います」
    「キャッシュだよ」
    「もちろんです」

 カジノの中は興奮の坩堝と化してます。そりゃ、もしコトリ副社長が全額賭けて勝てば途轍もない金額になるからです。興奮と熱狂の中でボールが投じられるとコトリ副社長は無造作に、

    「赤の十一に全部」

 ボールはカラカラと転がり、

    「入ったぞ、赤の十一だ」
    「おい、いくらになるんだ」
    「オレは伝説を見たぞ」

 ところがカジノの支配人は、

    「そんなバカな、どうしてそうなるんだ。これはインチキだ」

 こう騒ぎ始めたのです。コトリ副社長は、

    「客に向かってインチキとはなかなかです。そこまで言われるのなら証拠をお見せ下さい」

 ギャラリーも口々にカジノの支配人を責めたてます。

    「三回連続でストレートアップが当たるなんてありえない」
    「あり得たじゃありませんか。ギャンブルとは偶然と戯れるものじゃないですか」

 ギャラリーから

    「そうだそうだ」

 これの大合唱。

    「こちらの御婦人が不正行為を働いていない証言なら私がする」
    「オレもだ」
    「ボクも証人になる」

 それでも『インチキ、インチキ』とカジノの支配人が叫び続け、騒ぎはドンドン大きくなります。ここでコトリ副社長が、

    「そこまでインチキと仰るなら、もう一勝負しましょう。賭けるルールは今までと同じ。ただしボールを入れるのは支配人、あなたにやってもらいます。それでもインチキと呼ばせないように、先に賭けるところを言っておきます。黒の十三に全部よ」

 ああ、わかった。これはコトリ副社長が必ず勝つはず。カジノの支配人は自信満々にボールを投じましたが、思った通りにボールは黒の十三に吸い込まれます。カジノの中はもう騒然なんてものじゃありません。

    「おい、いくらになったんだ」
    「計算できないよ」
    「これは間違いなく伝説になるよ」
 コトリ社長の勝ち分は八億六千万ドル。プリンセス・オブ・セブン・シーズの建造費が十一億ドルとも言われてますから、ホントに船を取ったぐらいの大勝利です。騒ぎはカジノからアフターヌーン・ティー中のクイーンズ・ルームに伝わり、さらには船内全体に広がります。

 その時に現れたのがネプチューンじゃなかった、赤道祭でネプチューン役をやっていた船長です。

    「皆さま、落ち着いてください。この場は私に任せて頂きます」

 そこから船長は何人もの警備員やオフィッサーを呼んで調査に当たらせ、ミサキたちは部屋に戻って待機となりました。

    「ミサキちゃん、勝負はこれからよ」

 えっ、もう勝ったはず。とはいえ、あんなカネがいくらこの船でもキャッシュで出てくるはずもなし。ユッキー社長も、

    「ここまでは簡単なんだけど・・・」
 ミサキもなんとなくわかってきた気がします。