船内は高級ホテルそのものの感じで、昼間はカジュアルな服装で構わないのですが、十八時以降は日によってインフォーマルとフォーマルのドレスコードが定められ、夜の催しに沿ったものが求められます。
テーマナイトがあり、ブラック・アンド・ホワイト・ボールやマスカレード・ボールが代表的ですが、他にも趣向を凝らしたものがあります。もちろんお二人はノリノリもいいところで、ある夜なんてテーマは仮装だったのですが、コトリ副社長が髭まで付けたスーツ姿、ユッキー副社長が中世風のスカートの裾が広がった貴婦人姿で登場し、
-
「どう、タカラヅカよ」
とにかくこの調子で思うぞんぶん船内を楽しまれてますから、嫌でも注目を浴びています。そりゃ、そうでミサキで二十代半ば過ぎですが、ユッキー社長やコトリ副社長になると二十歳そこそこにしか見えません。欧米人から見たらもっと若く見えるかもしれません。
そんな若すぎるというか、子どもにさえ見えそうな日本人女性三人がプレデンシャル・スイートに泊ってるだけでも驚きなのに、ダンスはできるし、会話だって、ほぼ何語でもOKです。さすがにミサキは英語とイタリア語ぐらいで、フランス語やドイツ語になるとたどたどしくなりますが、ユッキー社長になるとアラビア語でさえOKです。
会話内容だって古今東西の歴史・文化に精通しておられますし、政治経済だって本業に関わりますから質の桁がちがいます。ウイットに富んだ受け答えが当意即妙にできますし、礼儀作法についても、これも仕事が仕事ですから水際立っていますし、場馴れだって十分すぎるほどです。
大きいと言っても限られた船内ですから、ダンスホールにしろ、バーにしろ姿を現しただけで注目の的です。さらに夜ともなればプライベート・パーティに呼ばれたりしますし、その返礼に自分の部屋にも招いたりもあります。
船旅は順調で神戸から香港に寄り、次にベトナムのチャンメイに寄港してシンガポール、今はマラッカ海峡を抜けてスリランカのセイロン。セイロンからセーシェルのヴィクトリア、モーリシャスのポートルイスを経て、南アフリカのケープ・タウンを目指しています。
今日のミサキはデッキ9のリド・プールのサイドでのんびり寝ころんでいます。ユッキー社長とコトリ副社長はリラクリゼーション・ルームに行かれたのですが、ミサキはちょっと別行動。潮風が気持ち良い感じです。な~んか、ゆったり時間が過ぎている感じがして、仕事から解放されてるって感じを満喫しています。
青空と船が波を切る音を聞きながらボンヤリとお二人の事を考えてました。コトリ副社長とは、それこそ入社式、さらには最初に配属された総務部以来のお付き合いですが、ユッキー社長はこれに較べると浅いところがあります。
最初に会ったのこそ、ユッキー社長とコトリ副社長が、首座と次座の女神として対決した山本先生のマンションからでしたが、ユッキー社長は山本先生の中に長い間、引っ込んでおられまして、そうそうお話したことがありません。
もちろん舞子の魔王戦で傷ついたコトリ副社長の治療に協力して頂いたり、デイオルタス戦で相談に乗って頂いたりしていましたが、本格的にお付き合いが始まったのは魔王にミサキが襲われてからになります。
ユッキー社長のイメージはとにかく怖かった。これは今だってそうで、仕事中はそれこその氷の女帝。古代エレギオンで『氷の女神』として君臨していた時は、こんな様子だったとよくわかります。もっともコトリ副社長に言わせると、あれでもかなり温和になってるって事なので、どれだけ首座の女神が怖かったか想像するだけで震えがきそうです。
ユッキー社長は典型的な優等生タイプで、どんな時でも沈着冷静です。ユッキー社長を知る人間は氷の女帝の他に、
-
『完璧超人』
こうやって並べると近づきがたい人のイメージしか出てきませんし、仕事をしている時はだいたいそんな感じですが、確実に違う面を持たれています。コトリ副社長とコンビを組んで暴走する点はもう良いとして、他にも意外な側面があります。
とにかく寂しがり屋なのです。コトリ副社長とは大喧嘩もされますが、コトリ副社長の出張が少しでも長引くと、
-
「ミサキちゃん、コトリが帰ってくるのはいつ」
三十階の仮眠室に仕事帰りに女神が集まる時も、そりゃ、張り切って食事や歓迎の準備をされます。ミサキもシノブ専務も家庭がありますから帰るのですが、それはそれは名残惜しそうにされて必ずと言って良いぐらい、
-
『はい、旦那さんとお子様にお土産』
コトリ副社長を別格として、ミサキやシノブ専務を気にかけて頂いているのは痛いほどほどよくわかります。時に家に御招待するのですが、そりゃ、もう喜ばれます。口では、
-
「お邪魔虫して悪いわね」
この辺はコトリ副社長と同様に子どもが出来ない寂しさもあると思っていますが、あの怖い怖い氷の女神にあんな表情が出来るのかと思うほど優しい笑顔なもので、ミサキやマルコがいくら社長は実は怖い人だと言っても、
-
「ユッキーが怖いわけないよ。あんなに優しいお姉さんだよ、お父さんとお母さんのウソつき」
こう言ってた時代が長かったものです。今だってユッキー社長が家に来るとなると、なんとか都合を付けて家に帰ってくるぐらいです。会ったら会ったでユッキー社長は抱きしめるように喜ばれるのでサラなんて、
-
「いつかユッキーのような社長さんになる」
こう言ってるぐらいです。この辺のことをコトリ副社長にも聞いたことがあるのですが、
-
『そういう面はあるよ。とくにアングマール戦の時から強くなった気がする』
アングマール戦はとにかく凄惨だったようで、コトリ副社長だけではなく、ユッキー社長にも未だに影を落としている気がします。コトリ副社長は重ねて、
-
『あれな、アングマール戦が終わった後の方がユッキーには強烈だったかもしれへん』
詳細については口を濁して話してくれませんでした。ただ、
-
『コトリがあの時に立ち直れたのは、すべてユッキーのお蔭だよ。その恩だけでも返せんぐらいあるわ』
そんなユッキー社長が動揺する顔なんてまず見ることはないのですが、実は一度だけあります。コトリ副社長が舞子の決闘で魔王に重傷を負わされて生死の境を彷徨った時です。
あの時はミサキが癒しの女神として頑張ったのですが、もしコトリ副社長の神があのまま亡くなっていたら、ユッキー社長がなにをされたか想像するのも怖いぐらいです。おそらく逆上しまくって、この世ごとぶち壊しかねない殺気を確実に感じました。
そんなお二人が、四百年ぶりにコンビを組んだクレイエール、さらにはエレギオンHDでのユッキー社長は本当に楽しそうです。そんな楽しそうなお二人を見るだけで、きっとこの形がお二人にとって最高なんだとつくづく感じています。
-
「ミサキちゃん、お待たせ」
「はい、フルーツ・パフェよ」
「コトリ副社長は?」
「チョコパ、ユッキーはプリン・パフェやで。後で変えっこしよ」
三人とも酒飲みなんですが、甘いものにも目が無くて。
-
「なかなかやな」
「このプールサイドで食べるのがイイのよ」
「そう思う。抜けるような青空と潮風とパフェの組み合わせは最高」
「そうよね。潮風の塩味がパフェの甘さを余計に引き立たせているわ」