流星セレナーデ:着陸前日昼間

 ポートアイランドの混雑はますますひどくなり、本社ビルから眺めても、人、人、人です。それに対応してユッキー社長は、本社機能を一時的に大阪支社に移すことにしました。これだけ人の山になってしまうと、通勤するのさえ一苦労だからです。シノブ専務と佐竹本部長を大阪支社に派遣し、社長や副社長に不測の事態が起った時に備えられています。シノブ専務は大阪に向かう前に、

    「社長、副社長、必ず無事に還られると信じています」
    「だいじょうぶよ、シノブちゃん」
    「そうだよ、そんな危ないお仕事じゃないよ。戦場に赴くわけじゃなし」

 ミサキも同行する件については案外すんなり認められたみたいです。総理も相当無理な要求をクレイエールというか、ユッキー社長や、コトリ副社長に押し付けている負い目があるのかもしれません。

    「コトリ副社長、やはり言葉の問題は会談で問題になりそうな気がしますが」
    「そうだねぇ、いっそアラでも連れて行って通訳やってもらおうか」
    「それは・・・」
    「冗談だよ。ちょっと考えてることはある」

 ただなにを考えているかわからないところがあるのがお二人で、

    「やっぱり弁当やろな」
    「ほか弁かなぁ。自衛隊の戦闘糧食の可能性もあるわよ」
    「どっちかやったら、そっちの方がイイじゃない」
    「ミリメシ食べたことないものね」

 なにを熱心に話し合ってるかと思えば、前日から泊まり込む空港ビルで出てくる食事のお話でした。

    「ビールはあかんやろな」
    「さすがにね、でも持ちこんじゃおうか」
    「ボディ・チェック厳しいから無理やろ」

 あのぉ、そういう問題じゃないのですが、

    「こういう会談って、なんか豪勢な食事が出て来るやん」
    「宮中晩餐会みたいな感じ?」
    「そこまで行かんでも、地元の海の幸、山の幸がテンコモリみたいな」
    「そうそうお酒も選り抜きで」
    「出すんやろか」
    「異星人相手だから、どうするんでしょうね」

 出る訳ないじゃありませんか、そりゃ、アラからの情報なら地球食でも口に合いそうだけど、そんな情報を政府が持ってる訳ないって言ったら、

    「そこなんよ、教えといたらやってくれへんかな」

 なにが『そこなんよ』ですか、普通の人間なら食べ物なんて喉も通らないぐらい緊張する状況なのに、食べ物の話によくあれだけ熱中できるものです。

    「だってさ、今回の会談に出席した代償言うても、感謝状ぐらいしか出えへんと思うねん。下手すりゃ、ねぎらいの言葉だけやで。せめてタダメシ分ぐらいでモト取らへんかっらら割に合わへんやん」

 そういう問題じゃないと思います。

    「ところでユッキー、なに着て行く」
    「思い切って振袖とかどうかしら」
    「イブニングの線もあるやん」
    「それだったら、微笑む天使が使えるじゃない」
    「アクセサリーも・・・」

 あのぉ、披露宴に出席するんじゃないんですからスーツで十分でしょ。

    「イイ男いるかなぁ」
    「いると思うよ。だって宇宙飛行士って、選り抜きのエリートがなるものじゃない」
    「そこ、そこ、コトリが期待しているのはそこなのよ」
    「また好みが被ったら譲らないよ」
    「コトリだって」

 どうしてそんなところに着目できるか不思議で仕方ありません。ミサキが一人で緊張しているのがバカらしく思えてきます。マルコなんてミサキが会談に出席すると聞いてから大騒ぎで、

    「あれ、マルコはあんまり日本酒好きじゃないんじゃないの」

 マルコが持っているのはお猪口です、

    「入ってるのはお水だよ」
    「水飲むんだったらコップにしたら」
    「いや、日本の風習では旅の無事を祈る時にお猪口で水を飲むと聞いた」

 水盃のつもりらしく、ミサキが帰って来るまで続けると頑張ってます。それだけでなく、お風呂に入るとお湯が残ってません。

    「マルコ、何したの」
    「日本の風習では、願い事をする時に水をかぶると聞いた」

 どうも水垢離のつもりのようです。若干ずれている部分はありますが、マルコですら、これだけ心配してるのに会談の当事者のお二人は能天気なものです。さて着陸前日の手筈ですが、三人は婦警に化けて空港に乗り込むことになっています。制服も届られたのですか、

    「やったぁ、婦人警官のコスプレだぁ」

 そこを喜ぶかと思いましたが、

    「ユッキー、ちょっとサイズが」
    「わたしもよコトリ」

 急場なんてオーダーなんて間に合いませんから、近いサイズのものになっています。

    「コトリに頼んでもイイ」
    「任せといて」

 えっ、と思ったらコトリ副社長は猛然と仕立て直しに取りかかられました。会社と空港の間だけのことだと言ったのですが、

    「ミサキちゃん、それは違うよ。天下のクレイエールの三人がサイズの合わない服を着るのは恥なの」

 そうでもない気がしないでもありません。さて前日は朝から移動です。婦警の制服を着こんだ三人はそれぞれの自宅に差し回されたパトカーに乗り込みます。パトカーは生田警察署に向かい、そこからこの日に警備に向かう警官と一緒にポリバスに乗り込み、空港島を目指します。さすがのお二人もポリバスの中では大人しくされてました。空港に着くと、別室に案内され待機です。斎藤補佐官が現れ、

    「宇宙船の着陸予定時刻は明日の十時頃となっている。会談は正午ぐらいを予定している」
    「斎藤補佐官、食事は」
    「弁当が出る」
 空港の警備は相当物々しいものです。空港も着陸前々日までは旅客機の離発着は行われていました。とはいえ空港ビルは素通り状態で、発着手続きはポートライナーの神戸空港駅の一つ前の京コンピュータ前に臨時で設けられた施設で行われています。

 海上も明石海峡、鳴門海峡、紀淡海峡で囲まれる海域に一切の出入りは禁じられ、水上警察だけでなく海上保安庁も動員され警備当たっています。陸上の警備も神戸スカイブリッジ中心と思っていたら、空港内にもビッシリと警官がいます。これは宇宙船着陸による不測の事態に備えているだけでなく、トチ狂った連中がテロに走るのも防ぐためだと斎藤補佐官は話してくれました。

 お二人が気にしていた夕食ですが、仕出し弁当で期待されていたミリメシは出ませんでした。空港警備にそもそも自衛隊が参加していないからです。これについては下山総理の判断で、

    『マイルドに友好的なものにしたい』

 斎藤補佐官は付け加えて、

    『相手が相手だから無駄の判断もある』

 あとはひたすら待機です。部屋は無理やり詰め込んだ簡易ベッド三台とテレビしかない殺風景なところです。

    「ユッキー、結構な待遇やな」
    「しかたないでしょ。政府からしたらオマケみたいなものだから」
    「でもワクワクする」
    「わたしもよ、ドキドキする」

 ミサキは緊張のあまりお昼の弁当に手を付ける気もなりませんでしたが、

    「あれ、ミサキちゃんの口にあわへんかった?」

 どうでもイイですが、弁当のお代わりのために斎藤補佐官を呼び出して交渉し、デザートまでせしめた神経の太さに驚かされます。そうそうミサキの弁当も食べられちゃいました。どれだけ食べるのかとあきれていたら、

    「ミサキちゃん、こういう非常事態の時には食べれるときにしっかり食べておくのが心得よ」